キッパー
Kippers
英国の魚屋さんでこれに出会ったときは、驚きました。というのも「ホッケの開きかしら? 」と思うような姿の魚が、生サバやサーモンの切り身の隣にディスプレーされていたからです。その「キッパー」は、英国屈指のホテル「ザ・リッツ・ロンドン」の朝食メニューにも並んでいるほど、格式のある(?)魚の開きです。
さて、キッパーとは、魚の名前ではありません。キッパーとして売られているものの多くはヘリングで、これは日本でいうところの「にしん」です。にしんというと、学生時代に住んでいた京都の、「総本家にしんそば 松葉」という老舗で食べた、にしんそばを思い出します。おせち料理で数の子を食べたことはあっても、その親であるこの魚を食べるのは、私にとってそれが初めてでした。
そばの下に横たわる身欠きにしん。甘く煮付けられ、茶色くなっている身をほぐしながら、麺にからませていただきます。それは、魚の旨味と甘辛さが染み込んだ汁まで、一滴残らず飲み干してしまえるほどのおいしさでした。
一方、英国で出会ったヘリングは、甘露煮にしてあるわけではないのに、なぜか色が似ていて銅色がかっています。へリングを開いて内臓を出し、塩をして干し、更に冷燻にするという作り方がこの銅色もたらすようで、その製法自体が「キッパー」と呼ばれるものです。元々この方法は、サーモンを保存するのに使われていました。
「英国料理の遺産」「英国料理の伝統」などと評され、前述のように、高級ホテルのメニューにも登場する食品ですが、燻製ヘリングとしての、キッパーの歴史は思ったほど長くはなく、19世紀半ばごろが始まり。起源には諸説ありますが、最もよく引用されるのが、1840年代にイングランド北東、ノーサンバランドに住んでいたジョン・ウッジャーという人物。彼が鮭の燻製法を真似て実験を重ね、「ニューキャッスル・キッパー」と呼ばれるヘリングの燻製を完成させたという説です。それが1846年に初めてロンドンの市場に並んだと言われ、今やスーパーで真空パック入りのものまで売られるほど、英国全土で食されるようになりました。
私がぎょっとしたのは、オレンジや黄色に着色されているのを見つけたとき。本来、キッパーの銅色は燻製によるものです。ただ、燻製時間が長いと身から水分が減少し、魚の重量は少なくなってしまいます。
第一次大戦中の食料難時代、ある生産者が身の重量を減らさないように燻製時間を短縮することを思いつきました。そのとき、短時間の燻製ではキッパーの色が出ないため、人工的に着色し始めたそうです。その名残か今でも着色キッパーは一般的です。ただし、近年は、添加物や着色料に対する人々の懸念を受けて、着色料を使用しない大手生産者も増えてきているとか。干物が好きな私たち日本人にとっても、無着色のキッパーのほうが親近感がわきますよね。
キッパーの調理法(1人分)
材料
- キッパー ... 1枚
- バター ... 適量
- 胡椒、レモン ... 好みで
作り方
調理法① - ジャギング
- 頭と尻尾を切り落としたキッパーを、大きめのジャグに入れる。
- ❶の上から沸騰したお湯を入れ、約10分ほどそのままにしておく。
- お湯を切り、キッチン・ペーパーで水気を拭いてバターを添える。好みで胡椒やレモンを添えて。 *キッパーの伝統的な食べ方の一つですが、お湯の中に魚の良い出汁がでてしまったような、かなりあっさり目の味わいになります(塩分が強すぎるキッパーの場合にはちょうど良いかもしれませんが)。
調理法② - グリル
- グリル用のトレーにバターを塗ったアルミホイルを敷き、 キッパーの皮目を上にして2~3分、皮にこんがりと色が つくまで焼く。
- 反対にして更に4~5分焼いて出来上がり。
memo
魚屋さんでキッパーの食べ方を聞いたら、グリルをするのが一番おいしいと教わりました。英国では、これをトースト(特にマーマレードを塗ったもの)と一緒に食べるのが一般的です。キッパーの上にポーチド・エッグを載せる食べ方もよく紹介されています。でも、私はやっぱり、おろし大根と醤油を合わせて白いご飯でいただくのが一番だと思います。