第185回
日本の健康保険負担分を巡る課税問題
3年ほど前から、歳入関税庁(HMRC)は日系企業の従業員が英国に出向している場合、日本の健康保険制度への雇用主負担分は英国で課税対象になるべきと主張し始めました。それ以前はHMRCがそのような強硬な主張をすることはなく、突然の方針転換に在英日系企業の間で動揺が広がりました。特に過去年度にさかのぼっての修正申告などを求められると、その影響は大きくなる企業も多く、今後の動向に注視すべきトピックといえます。
HMRCの主張はどのようなものですか
健康保険は日本の法律で定められた社会保障制度の一つであるものの、英国における国民保険(National Insurance=NI)とは異なり、各雇用主により独立して運営される組合的な側面を持ちます。HMRCはここに目を付けたと思われ、これに対する雇用主負担分は英国で課税対象として扱われる「雇用に基づくベネフィット」であると主張しています。これに対しさまざまな税務的反論が考えられますが、HMRCはすでに中国の社会保障制度への雇用主負担分にも同様の対応をするなど、強硬な姿勢で臨んでいます。また欧州の中でも年金や健康保険などの社会保障制度の一部を、民間企業とのハイブリッド運営で行っている国もあり、HMRCは今後そのような国々にも目をつけるのではといわれています。
課税対象になるとどのような影響があるのでしょうか。
現行の日英社会保障協定に基づき、英国に赴任する日本人駐在員は英国駐在期間が8年を超えない限り、英国社会保障制度への加入が免除され、赴任中も引き続き日本の社会保障制度に加入し続けます。従って日本側の雇用主は、従業員の英国赴任期間中も引き続き健康保険制度への雇用主負担分支払いを継続することになります。
ほとんどの場合、海外駐在員の報酬に関わる税コストは雇用主が負担しており、つまり、健康保険への雇用主負担分が英国で課税対象のベネフィットであると見なされる場合、そこから発生する課税額は会社側が負担することになります。特に英国で長い歴史を持ち多数の駐在員を抱える在英大手日系企業にとって、過去数年にわたり数十人、または会社によっては数百人分の駐在員の修正申告を求められる可能性があります。
影響が少ない企業もありますか。
まだ英国進出してから間もなく、遡及的な修正申告を求められる年数が少ない企業、または駐在員数が数名程度である企業も多くあります。このような場合、たとえ課税対象となっても金額的な影響はさほど大きくなく、HMRCに異議を唱える労力やコストを考慮すれば、そのまま課税対象であるという方針に従ってしまうことも現実的な選択肢になり得ます。つまり、それぞれの企業の立場によってこの問題の重要度が大きく異なる可能性があるということになります。
在英日本国大使館からも意見を出したと聞きました。
すでにHMRCから直接レターを受け取り課税対象とするよう警告を受けている在英日系企業もあります。これを受け在英の日本商工会議所と日本国大使館が協力し、HMRCに対して正式な異議を唱えるレターを今年の1月に出しており、これに対する当局の返答が待たれます。
この問題は企業により温度差が大きく異なる可能性があるため、各企業の判断に任せてしまうと在英日系企業としての足並みがそろわず、散発的な異議申し立てに終わってしまう可能性があります。大使館が在英日系企業を代弁する形でレターを出してくれたことは非常に歓迎すべきことです。
*この記事は一般的な情報を提供する目的で作成されています。更なる情報をお求めの場合は、別途下記までご相談ください。

シニア・マネージャー ベルギーおよび英国の4大会計事務所にて、主に個人所得税やグローバル・モビリティー税務の分野でキャリアを構築。2023年にブリック・ローゼンバーグに入社し、ゼロからジャパン・デスクを立ち上げる。