英政界に影響力を持つマードック帝国 栄枯盛衰をBBCが放映 - 「メディア王」の50年を振り返る
新型コロナウイルスのニュースの影に隠れた格好で、BBCが米メディア大手「ニューズ・コーポレーション」のルパート・マードック会長(89)の世界的な影響力と、同氏の跡継ぎは誰になるかを描いたドキュメンタリー番組「マードック朝の隆盛」(The Rise of the Murdoch Dynasty)を7月中旬から3回に分けて放送しました。
「メディア王」と呼ばれるマードック氏はオーストラリア生まれの米国人で、父親キース氏は著名ジャーナリストであると同時にオーストラリアの複数の新聞の経営者でした。マードック氏がオックスフォード大学で勉学中に父親が急死。マードック氏はオーストラリアに戻って新聞社の経営に従事することになります。世界的なメディア帝国構築への第一歩が始まりました。まず国内でほかの新聞や放送局を次々と買収し、オーストラリアで初の本格的な全国紙「ザ・オーストラリアン」(1964年)を創刊しました。次に照準を合わせたのは英国です。
1960年代後半から、大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(以下、NOTW紙。2011年に廃刊)、「サン」紙、80年代には高級紙「サンデー・タイムズ」、「タイムズ」紙を手中に入れ、衛星放送BスカイB(現「スカイ」)の大株主でもあったので、英メディア界で首位的な位置に。米国でも大衆紙「ニューヨーク・ポスト」や経済紙「ウオール・ストリート・ジャーナル」、映画会社の20世紀フォックス(現20世紀スタジオ)を傘下に入れました。
マードック氏は英政界を牛耳る人物として知られてきました。BBCの番組は、同氏が所有する複数の新聞を使ってマーガレット・サッチャー首相(在職1979~90年)の保守党政権の政策を支持し、1997年の総選挙での労働党の圧勝にも力を貸したことを紹介しています。英政治家たちはマードック・メディアに好意的に扱ってもらえるよう心を砕くことになりました。
メディア帝国のほころびが出てくるのは2000年代です。NOTW紙による大規模な電話盗聴事件(携帯電話の伝言メッセージの盗み聞き)を高級紙「ガーディアン」が継続して報道しました。番組には元NOTW紙の記者が登場し、「どんな違法行為でもできた」と証言。2011年の報道で、失踪していた13歳の少女の留守電もNOTW紙記者が聞いていたことが発覚し、国民の間に大きな怒りが生まれます。この報道から6日後、NOTW紙は廃刊になりました。
盗聴事件をきっかけにマードック氏は事業を再編成し、英国の政治家とマードック・メディアの癒着はいったんは終わったように見えました。しかし、2016年6月の英国の欧州連合からの離脱を問う国民投票までの間に、マードック氏傘下の新聞は離脱を支持。番組の中で元英国独立党のナイジェル・ファラージ党首はマードック氏に協力を頼んだと述べています。紙メディアである新聞がどれだけ投票に影響を及ぼすのか、疑問を持たれる方もいるでしょう。確かに新聞「紙」を読む人は減っているのですが、大きな発行部数を持つ新聞はオンラインでよく読まれていますし、その報道はほかのメディアでも紹介され、ソーシャル・メディアで拡散されます。国民投票の前に「サン」紙が「女王が離脱支持」と題した記事を1面に出しました。実はフェイク・ニュースでしたが、既成事実として広がり、離脱支持の機運を高めてしまいました。
米国にも同氏のファンがいます。16年11月の米大統領選で、マードック氏のFOXテレビがドナルド・トランプ氏の当選に尽力したことを番組が紹介しています。マードック家のメディア帝国の後継者は同氏の長男ラクラン氏(ニューズ社の共同会長)になりました。今年11月の米大統領選の結果は国際社会にとっても見逃せません。BBCが次のシリーズを制作する場合、主要舞台は米国になるかもしれませんね
News Corporation(ニューズ・コーポレーション)
旧ニューズ・コーポレーションは1979年、オーストラリアで設立。新聞各紙、映画会社20世紀フォックス(現20世紀スタジオ)、FOXテレビジョンなどを傘下に置いた米複合メディア。2013年に出版・新聞関連事業を切り離し、現ニューズ・コーポレーションに。娯楽・映像関連事業は21世紀フォックス(現フォックス、2019年にウォルト・ディズニー社と合併)に引き継がれたが、FOXテレビを含むFOXコーポレーションはマードック氏らが経営している。