第4回 Leighton Buggard - Cosgrove
日本語で若者を叱りつける
30 September 2010 vol.1269
学生時代に読んだ本の景色
6月29日。今日行くコースは水郷地帯、自然が満ち溢れた田園風景が期待できる。渓谷を運河ルートに生かしたのだろう。大きく蛇行して進む幅広の水路は、グランド・ユニオン運河では珍しいのだという。這い上がるように登っていく丘は、途中で黄金色の麦畑や緑の牧場になって、あちこちに馬や羊の群れを見せている。岸辺に続いていく色とりどりの草花は、春の名残リとは言え、まだ生気を保って咲き競っている。
遠い昔の学生時代、辞書を片手に原書を読んだ「ヘンリ・ライクロフトの手記」の情景が思い出された。著者のジョージ・ギッシングが生きた19世紀後半は、運河が開削された頃に合致する。ただ既に6月も後半というのに、プリムローズが花開き、プッシー・ウィローが芽吹く景色しか浮かんでこないのは、そうした花々が咲く様子が描かれた「春の部」だけしか読み切れずにその本をギブ・アップしてしまったからなのかもしれない。
カヌーの下を電車が通っているのを見てびっくり
写真: 吉岡 嶺二
アクアダクト初体験
話が少し脇道にそれてしまったが、本日のハイライトは、イングランド南東部ミルトン・キーンズにあるアクアダクト(運河が通る橋)だ。高低差が大きい地形では、ロック(閘門-こうもん-)を築いて水位を調整するよりも効率的であるとして考え出された水道建設技術であり、またロック内に注水する水量を確保するための選択でもあったのだろう。凹字型の樋のような函を連ねた中に、水を通しているのである。
この後何本ものアクアダクトを見ていくことになるが、初体験となったグラフトン・ストリート・アクアダクトでは、眼下のハイウェイを見下ろして、ワクワクしながら進む漕航となった。それにしても、もしダクトが決壊したらどうなるのだろうか。地震大国の日本では、とても考えられない施設である。
山羊髭の効用とは
旅に出て4日目ともなれば、すっかり本来のペースになってくる。平素特別なトレーニングはしていない。カヌーを漕ぐのも、30年来のカヌー仲間との付き合い程度だから、長距離を漕ぐことはもうしなくなった。だから旅に出ると、ペースをつかむまでには2日間くらいの時間がかかる。身体も慣れ、食う寝る所の見通しも立って、なんとか「旅心定まりぬ」ということになったが、一つだけ重要な補足をしておく。
27日の夕刻、運河沿いの公園にテントを張った。すると突然一人の若者がテントに覆い被さってきたのである。「何すんだ!」と怒鳴りつけて飛び出すと、若者はパドルをつかんで逃げ出した。「泥棒、待て!」。すべて日本語である。振り返った若者は、山羊髭の東洋人を見てびっくりしたようだ。もしかすると、畏怖を感じたのかもしれない。Uターンして戻ってきてひざまずき、差し出すようにパドルを返してきた。一緒にいた仲間たちに良い格好をしようとでも思ったのだろうか。とにかくそれで許してやって、握手をして帰してやった。
この後、今度は老人が一人でやってきた。「ここでテントを張るのは全く問題ないが、酔っ払った若者が、悪さするから気を付けるように」と言ってくれた。テントのポールが曲がったくらいでことは済んだが、都会地で明るいうちにテントを張るのはやめた方がよい。教訓になった。ついでに髭の効用も発見した。
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