公共支出削減による閉鎖を背景に
増加する地域住民による図書館運営
本を借りるのはもちろん、調べ物や勉強ができる場所として、地域にとって欠かせない存在である図書館。その図書館が現在、多くの地域で閉鎖の憂き目に遭っているが、それに伴い、これまでと違った図書館運営の形が増えている。
「未来の図書館(Future Library)」プログラムとは
政府の外郭団体「美術館・図書館・古文書委員会(MLA)」と、イングランドの地方自治体の代表団体である地方自治体協議会(LGA)は昨年8月、「未来の図書館」と呼ばれるプログラムをスタートした。同プログラムの目的は、自治体の財政難を背景に、従来とは異なる画期的な方法による図書館運営の試みを支援すること。昨年8月に開始されたプログラムの第1段階では、合計36の自治体による10のプロジェクトが支援対象となった。
両組織は今年8月、プログラム開始から1年間の成果をまとめた報告書を発表。同報告書は、「未来の図書館」プログラムでこれまでに自治体が行った(または計画中の)図書館運営の試みを発表した(①)。同報告書はまた、21世紀における公立図書館の存続方法として、4つの選択肢を挙げている(②)。
①「未来の図書館」プログラムで実践された、または計画中の図書館運営方法の例 | |
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■ ブラッドフォード市 市内各所の小売店に、セルフサービスで図書館の本の貸出・返却ができる場所を設置。 |
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■ ロンドンのウェストミンスター区、ハマースミス・アンド・フラム区、ケンジントン・アンド・チェルシー区 3区の図書館運営業務を統合し、年間100万ポンド(約1億2000万ポンド)の経費を削減。 |
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■ ハートフォードシャ—州 高齢者ケアサービスの受給者を対象に、本の宅配サービスを行うこと、育児支援施設に図書館を設置することを検討中。 |
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② 21世紀における公立図書館の存続方法の案 | |
■ 民間企業、慈善団体、そのほかの自治体などと共同で図書館を運営する。 | |
■ 教会、商店、コミュニティー・ホールなどの地域の施設と図書館を統合する。その上で、図書館に、地域の保健センターなどを併設する。 | |
■ 経費削減のため、複数の自治体で、事務業務、移動図書館などの業務を共同で提供する。 | |
■ 図書館運営における図書館利用者の役割を拡大する。 |
イングランドにおける図書館利用率
調査対象者数 | 過去1年、図書館に行ったことがある人の図書館訪問頻度 | 過去1年1回 でも図書館に 行ったことが ある人の割合 |
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最低でも 週に1回 |
最低でも 月に1回 |
1年に 3、4回 |
1年に 1、2回 |
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2005年度 | 28,117人 | 7.9% | 16.4% | 13.4% | 10.4% | 48.2% |
2006年度 | 24,174人 | 7.2% | 15.7% | 12.9% | 12.9% | 12.9% |
2007年度 | 25,720人 | 6.7% | 14.9% | 13.0% | 10.5% | 45.0% |
2008年度 | 14,452人 | 5.9% | 13.3% | 11.4% | 8.9% | 41.1% |
2009年度 | 6,097人 | 5.4% | 12.8% | 10.9% | 7.9% | 39.4% |
2010年度 | 14,102人 | 5.8% | 13.4% | 11.6% | 8.9% | 39.7% |
Source: DCMS
(*)文化・メディア・スポーツ省(DCMS)が毎年行っている、イングランドの住民の文化・スポーツ活動などへの参加度を調べる調査「Taking Part」の結果。調査対象は、5〜15歳の子供及び16歳以上の大人。
裁判所は閉鎖の決定を支持
現在、イングランドの様々な地域で、自治体が公立図書館の閉鎖を決定し、住民が抗議運動を行うという事態が発生している。ロンドン北部ブレント(Brent)区は今年4月、同区内の6つの図書館の閉鎖を決定。これに反対する住民の訴えで、同決定に関する司法審査が行われたが、高等法院は10月中旬、ブレント区の決定を支持する判断を下した。このほかにも、ボルトン市やドンカスター市、ウォーリックシャー州、サマセット州、グロスターシャー州などを含めた多くの地域で、公立図書館が閉鎖されたり、または閉鎖の可能性が浮上しており、住民に怒りと困惑を招いている。
多くの地域で図書館が閉鎖されている理由は、現政府による公共支出削減で、イングランドの自治体への政府補助金が大幅に削られているからである。このため、全国の自治体は、公共サービスを削減せざるを得ない状況に陥っている。福祉や高齢者ケアなどと異なり、「どうしても必要」な公共サービスであるとは言い難い図書館運営業務は、財政難の場合、削減の対象となりやすいのである。
社会的企業が運営の例も
こうした中、いくつかの地域で、図書館存続の方法として実践されているのが、地域の住民グループや組織が、自治体から図書館の運営を引き継ぐというものである。例えば、ロンドン南東部ルイシャム(Lewisham)区では、今年前半、区内の12の図書館のうち5館の閉鎖が決定された。しかし現在、それら5施設はすべて、地元の団体やグループによって運営されている。
5館のうち3館を運営するのは、「エコ・コンピューター・システムズ(ECS)」と呼ばれる地元の社会的企業(social enterprise)であり、同組織の本来の業務はコンピューターのリサイクルである。ECSは、3つの図書館の館内で、本の貸出のほか、コンピューターの使い方や就職活動に関する講座の提供、不要になったコンピューターの回収受付なども行っている。ECSの創業者が最近、英メディアに語ったところによると、自治体が運営していた頃よりも館内で行われるイベントも増え、地元住民からは、「閉鎖にならないで良かった」と喜ばれているという。また、5館のうち1館は、地域の住民グループの支援を受けながら、地元住民がボランティアとして運営している。
「ボランティア候補60人いる」
政府の外郭団体「美術館・図書館・古文書委員会(MLA、右記「関連キーワード」参照)」の調査によると、このような地域コミュニティーが運営する図書館の例は現在、イングランド内で増加しており、今後も増える見込みである。冒頭で述べたブレント区の件は、高等法院による判断が下された数日後、控訴院が、住民に対して異議申し立てを行う許可を与えたため、10月末現在、まだ未決着の状態となっている。しかし、同区の図書館閉鎖反対キャンペーンで中心的役割を果たしている住民は、「許可さえ下りれば、ボランティアとして図書館運営を引き受ける意思のある住民が60人はいる」と述べている。これが実現し、同区でもルイシャム区のように、住民の運営という形で図書館が存続できることになるか、今後の行方に注目したい。
Museums, Libraries and Archives Council(MLA)
イングランドの博物館、美術館、図書館、古文書館のサービス改善・革新の促進、この分野における政府へのアドバイス提供などを業務とする外郭団体。文化・メディア・スポーツ省(DCMS)から運営資金を提供されている。イングランドの美術館及び博物館の支援プログラムやそれら施設の認可スキームの実施、非国立系美術館及び博物館に収蔵されている重要な美術品などの認定とリスト作成などの活動を行う。現政権は昨年、多くの外郭団体を廃止することを発表したが、MLAもその中に含まれていた。ウェブサイトのアドレスは www.mla.gov.uk
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