ああ、ジェイン。なんといういじらしさ。なんというひたむきさ。いいなあ、ジェイン。しおらしくも、凛呼として貫かれた精神の気高さ。信念に磨かれた意志の強靭さ。貴女(あなた) のような女性がいることが、どれほど救いであることか。絶望の闇に希望の明かりを灯し、索莫(さくばく)とした荒野に可憐の花を咲かせる。ああ、ジェイン。人の世の潤いも香りも、貴女があればこそだ。
いきなりの詠嘆調をお許しいただきたい。異郷の田園に隠居同然の身とはいえ、これでも男の端くれ、異性である女性というものに対して、柳に風と流すことは難しい。かつまた、心惹かれる麗しの君から夢や憧れを無残に打ち砕かれる幾多の経験を積むと、このジェイン・オースティンの言葉に接して、聖なるものに出会ったごとくの感動を禁じ得ないのである。
オースティンは、才気溢れる作家であった。代表作の「Pride and Prejudice(高慢と偏 見)」には、機知に富んだ人間観察の至言がきら星のように綴られる。だが、今回の名言 の出典となる、作者最晩年の「Persuasion(説得)」には、ウィットやユーモアを超えて、 真情のこもった胸に響く言葉が多い。健康の衰えのなかで力を振り絞って書ききったと いわれるだけに、女としてのジェインの想いが結晶しているのだろう。この言葉にも、命をかけたオースティンの祈りが聞こえてくる気がする。
「女心と秋の空」ではないが、女性の変心を語り、揶揄(やゆ)した言葉は多い。だが、オースティンは敢てその逆を女の美点として挙げた。客観性に裏打ちされた鋭い人間観察を身上とした作者が、その客観性の枠をここでは少し拡げて、襟を正すようにして発言したのである。「claim for my own sex」とあるが、無論ここでいう「sex」とは愛の営みでは
なく性別としての女性のことで、つまりは全女性の想いを代弁するように語られている。オースティン自身、意中の男(ひと)への想いを一生抱えて独身を貫いたというが、その彼女の遺書、遺言でなくて、なんであろう。
私は古い道徳観にしがみつく人間ではない。型に嵌まった良妻賢母など、オースティンの想いからも遠かろう。それでも、祈りとも遺言とも言えるこのオースティンの言葉を、今の女性たちはもう少し大切にしてほしい気がする。芸能ゴシップ欄をにぎわすセレブの女性たちの厚顔無恥ぶりを、オースティンが見たら何というだろう。
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