第2回 しんどくても
17 June 2010 vol.1254
今年初めに演じた「ロミオとジュリエット」よりマキューシオの舞台裏
「ロイヤル・バレエ団のダンサーって本当にタフだね」と、この業界にいる人たちは口を揃えて言う。実際、ロイヤル・バレエ団は世界一忙しいバレエ団としても知られている。
その理由は、舞台数と上演するレパートリー数が他バレエ団と比べて多いこと。自分の生活も、朝8時に起きて、10時半からバレエの基礎稽古。12時から17時半までリハーサル(間にランチ休憩1時間くらい)、19時半から22時半まで舞台をし、家に帰り風呂に入って寝るというのが、基本的な一日のスケジュール。これを週5〜6日間続け、やっと日曜日がきたと思ったら結局寝ておしまい、なんていう日も少なくない。
ロイヤル・バレエ団に入団したのは19歳、入団時と比べ、役の違いもあるが年々忙しくなっているような気がする。バレエは好きでやっているのでこれを続けていくのは全く苦ではないが、あまりに時間に余裕がないのも少し困る。体を酷使する職業なのに体をケアする時間がなかったり、少しでも体に異常があったときにうまく対応できないこともある。
虫歯になり、舞台に集中できないくらい痛くなってしまったときのこと。英国に住む人ならお分かりかと思うが、歯科医不足が深刻な問題となっているこの国では、すぐに治療してもらえることは少ない。このときも歯医者に行ったものの、受付の人に自分の希望する時間には診てもらえないと言われてしまった。
希望といっても前述の通り17時半から19時半までしか長い休憩はなく、舞台メイクや衣装の着替え、ウォーミングアップの時間を考えると、実際舞台前の休憩は1時間ぐらいしかない。同じ週にどうしても踊りたい役があったので、今、治療が必要だということを説明し、何とかその日のうちに治療をしてもらうことに。それでも会社から徒歩5分の歯医者を利用したにも関わらず時間はギリギリ。その日は舞台リハをしていたので衣裳の着替えに時間が掛かるし、治療に遅れたら舞台にも遅れてしまう。よく汗をかくのでいつも時間をかけてシャワーを浴びるのだが、その日は急ぎということで軽く浴びて歯医者へ猛ダッシュ。着いたら英国人女性歯科医でとても腕が良く、ロイヤル・バレエの事情もすぐ呑み込んでくれ、急いで治療をしてもらい、事なきを得たのだが、本当は「あの人、すごく汗臭かった」って笑われていたかもしれない。
自分だけではなくダンサーの大半は、シーズン中ほとんどプライベートな時間が取れないほど忙しい。毎日ベストな状態で舞台に立てればそれに越したことはないが、口で言うほど容易ではない。恋人と喧嘩して機嫌の悪い奴もいれば、舞台ぎりぎりまで歯医者に行ってる奴もいる(笑)。体の具合が悪くて熱のある人、緊張して寝不足の人、その日のダンサーの状態は千差万別。前日と同じ服を着て仕事場に来る同僚を見ては、服を選んでいる余裕もないくらい疲れているのが分かったりもする。
ただロイヤル・バレエのダンサーは、どんなことがあっても自分の体が動く限り舞台に立とうとする。少しくらい体調が悪くても「舞台だけは絶対にミスらない」という情熱家だらけ。
そんな情熱家の集まりであるロイヤル・バレエ団が好きだ。