第14回 リハビリ
16 June 2011 vol.1305
膝の手術後に目が覚めたときから、次の戦いは始まっていた。
術後直後の状態は人それぞれらしく、腫れがひどかったり、膝を曲げられない人もいるらしいのだが、自分の場合は幸運にもすぐに歩ける程度の状態だったので、即日退院することができた。
退院後数日は家で安静にするよう専門医に言われたが、ロイヤル・バレエ団のフィジオセラピスト(フィジオ)の方からは、自宅でできる簡単なエクササイズをすぐに始めなければいけないことも告げられた。傷が回復するのを待つのと同時に、手術を行うことでどうしても落ちてしまう筋力を少しでも保たなければならなかった。
リハビリは主にバレエ団でフィジオの方とピラティスのコーチが付きっきりで見てくれることになった。前後左右に歩く歩行訓練、階段の昇り降りなどから始め、術後1週間後には自転車トレーニング、ボール運動を行うとともにピラティスで膝の筋肉に負荷を掛けながら筋力をアップさせていき、2週間後には抜糸し、簡単なステップ限定だがバレエのクラスを開始した。バレエ・クラスでは、バレエ団プリンシパル・コーチのレスリー・コリア氏が毎日個人指導してくれた。基礎から 応用まで、すべてのステップにおける体の動きのチェックを目的に、自分では気付きにくい癖などを修正するとともに膝の筋肉の動かし方などを分かりやすく説明してくれた。膝に痛みが出ないことを常に確認し、一日一日、バレエ・ステップを増やしていった。
術後1カ月が経った頃には手術で失った筋肉もだいぶ戻り、膝の動きもかなり良くなってきていた。ジムでランニング、自転車、ウエイト・トレーニングをし、スイミング・プールに通いプール内でジョギングやジャンプのエクササイズも開始した。
ただ、肉体的には状態は良くなってきてはいたが、精神的には不安な日々が続いていた。また元のように踊れるかどうか不安でたまらなくなり、眠れない日も多かった。ときには踊っている最中に急に膝が動かなくなる夢なんていうのも見た。
リハーサル・スタジオやステージで踊っているダンサーたちを見るのがつらく、周りを避けてしまうこともあった。元気でいるか心配してくれる仲間の励ましが疎ましく感じることも正直、あった。気晴らしに友人と出掛けたり、映画を観たり、大好きな車に乗っても、なにか心の中がぽっかり空いた自分がいた。
そんなある日、久しぶりに地元北海道の友人に電話したときのこと。友人は趣味にしている夏のキャンプや冬のスキーの話をしていたのだが、「何かやりたいことがあるときって準備に時間をかければかけるほど楽しくなることがあるしょ」と言い出した。「だから健太も、今は怪我を治す時間と思わずに、もっと楽しいことをするための準備期間だと思えばいいんじゃないか」と。
その言葉を聞いてから、なんだか自分の心がパァーっと開けた感じがした。今まで怪我を治そう、治そうと考えてばかりいたせいか、いつも緊張してトレーニングも楽しめない自分がそこにいたのは事実。すぐに頭を切り替えるのは難しいし、今でも嫌な夢を見たりすることもある。でも、もう後ろは振り返らない。
自分にはまだまだこれからやりたいことが両手じゃ数えきれないくらいたくさんある。これからの自分のためにも絶対、この怪我を乗り越えてみせる。