第80回 アイザック・ニュートンの捕物帳
中世から20世紀後半まで、英国通貨の鋳造はロンドン塔やその近くの旧王立造幣所で行われていました(現在はウェールズのラントリサント)。科学者アイザック・ニュートンが晩年、造幣局に務め、その長官にまで出世したのは、造幣所がまだロンドン塔内にあったころのことです。この東側に貧民救済で有名な聖キャサリン教会があり、ここで結婚式を挙げた職人ウィリアム・チャロナーと造幣局官僚ニュートンとの間には、奇想天外な話があります。
1970年代後半まで通貨が鋳造された旧王立造幣所
50代半ばになったニュートンには造幣局監事という名誉職が用意され、周囲から悠々自適な生活を期待されました。ところが彼は着任早々、贋金作りを取り締まる「鬼警部」に変身してしまいます。当時の英国は銀本位制でしたが、通貨の偽造が蔓延(まんえん)し国家の財政が窮乏状態。信仰心の篤い彼には偽造が神への冒涜(ぼうとく)と思われ、犯罪撲滅に邁進(まいしん)していくのです。
科学者ニュートンが鬼警部に変身
一方のチャロナーはイングランド中部の貧しい家の出身。小道具や機械職人の奉公を繰り返すうち通貨の偽造技術を取得しました。銀貨を削って贋金を作ったり、銀の価値が高いフランスに贋金を輸出することは序の口。彼が印刷した銀行券や宝くじは本物と見分けがつきません。賄賂(わいろ)を駆使して造幣局職員や議員と懇意になり、国会ではいかに偽造を防ぐかを演説。贋金作り防止に貢献したという評判の裏で、闇の勢力を拡げていきました。
でも造幣局を通じて贋金を流通させるというチャロナーの野望はすんでのところでニュートンに阻止されます。結局、科学者ニュートンの理詰めと執念の捜査が実ってチャロナーは処刑場送りに。近世の知られざる捕物帳です。思えば旧王立造幣所の近くにあるワッピング港は、密貿易が盛んな場所として有名でした。そこには海賊処刑場があり、見せしめのため、犯罪人をテムズ河岸の処刑台で3度の満潮に浸からせたそうです。有名な海賊キッド船長もそこで最期を迎えました。
キャプテン・キッドが処刑された海賊処刑所近くにあるパブ
19世紀に入るとワッピングにはロンドン・ドックスが建設され、河岸より内陸側に近代化された港湾施設が出来ます。河岸を舞台にした数々の捕物帳は忘れ去られ、国際海運業の中心部として産業の発展に貢献。その後、第二次大戦の損傷から立ち直り、今は閑静な住宅街に変貌しました。過去に刺々しい歴史があったのも既に遠い昔の話。今は旧タバコ・ドックに残る海賊船(レプリカ)だけが居心地悪そうにひっそり佇んでいます。
運河沿いは自然豊かで閑静な住宅街に
旧タバコ・ドックに残る海賊船