第267回 逸話が豊富なアイザック・ニュートン
シティの南西にある美術館テート・ブリテンで、18世紀末に制作されたウィリアム・ブレイクの彩色版画「ニュートン」を見てきました。薄暗い海底でコンパスを使って無心に物質世界の解明を試みる科学者、アイザック・ニュートンの姿が描かれ、科学万能主義への批判が込められた作品といわれています。工業化が急速に進み、理性を偏重する社会に警鐘を鳴らす人々がニュートンを科学主義の権化として批判の矛先にしたものと思われます。
ブレイクの彩色版画「ニュートン」
18世紀のアイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトも、研究に没頭するばかりで倫理や道徳を忘れた科学者に対して厳しい批判を行いました。スウィフトの小説「ガリバー旅行記」では、小人の国で仕立て屋の計測ミスが起きますが、それは太陽と地球の距離を示す数字が印刷ミスで一桁多くなったニュートンの論文の暗喩といわれます。また、飛ぶ島ラピュタ国に登場する、世俗を離れた科学者はニュートンがモデルだったそうです。
「ガリバー旅行記」の小人の国
ニュートンがペットを飼っていたとする逸話もあります。ニュートンにはダイヤモンドという雄犬とスピットヘッドという雌猫がいたというのです。ある日、うっかり愛犬ダイヤモンドを部屋に閉じ込めて出掛け、戻ってくると愛犬が机の上にあったロウソクを倒して、書きかけの論文が燃えていました。ニュートンは愛犬を抱き抱えながら、「お前は自分の犯した罪を理解していない」と嘆いたとか。
愛犬ダイヤモンドと燃えた論文
また、光の研究に集中するため部屋を真っ暗にしていたこともありましたが、愛猫からドアを開けて外に出せとせがまれました。そこでニュートンは猫ドアを作り、子猫が産まれると子猫用の小さな猫ドアも加えました。ニュートンは子猫が小さな猫ドアを利用すると予想していましたが、子猫は親の後ろに付いて大きな猫ドアから出て行きました。ニュートンは親子が連なってくぐり抜ける様子を見て、自分の想定違いが信じられなかったそうです。
出入り自由の猫ドア
上述のペットの名前にも暗喩があります。光の屈折率の研究中、ニュートンはダイヤモンドは燃えると主張していましたが、燃えてしまったのはその論文。実際にダイヤモンドが強い火力で燃焼することが証明されたのはそれから約百年後のことでした。また、猫の名であるスピットヘッドは英南部ソレント海峡にある、海軍の観艦式を行う海域の名前です。つまり、親猫と子猫の隊列が親猫用のドアをくぐり抜ける様子を軍艦パレードに見立てるとそれを見守るニュートンは観艦式の観客ということでしょう。
スピットヘッドは英海軍の観艦式をする海域
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