第119回 右から、左から? 横書きの不思議
寅七が新人のころ、社内の稟(りん)議書の印鑑を右端に、左斜めに向けて押すよう言われたことがあります。かつて文書は縦書きが多く、横書きの押印欄は右から左に上位の序列を表し、左斜め印は部下が上司にお辞儀するように見えるからと。もちろん、今ではそんな指導をする人はいませんが、ただ、それは昔の日本の横書きが右から左に書かれていたこと、そして今でも墓石や石碑、印鑑にその習慣が残っていることを思い出させてくれます。
押印も、社長に礼儀正しくお辞儀するように
かつては日本の多くの人が左手で巻紙を持ち、右手で筆書きをしていたため、右から縦書きするのが基本でした。読む側も右から左に読むことに慣れていて、横書きの場合も右横書きが自然だったのです。ところが戦後の民主化政策で欧米文化の流入が進み、英語と同様、左からの横書きが急速に広まります。でもなぜ英語は左横書きなのか。更に、キリスト文化圏が左横書き、アラブ文化圏は右横書き。この違いはどこから来るのでしょう。
日本銀行の旧紙幣は右横書き
最古の絵文字、ウルク古拙文字が単純化され、粘土板に葦の尖筆を押して書かれた楔形文字の誕生は紀元前2500年ごろ。当初の縦書きから、字も横転して左横書きに変わりました。古代エジプトのヒエログリフは、動物や人の頭が左を向いていれば左から、右ならば右から読みます。古代文字の書字方向がどうして決められたのか、まだ判りません。やがて古代文字が簡素化され、フェニキア文字が出来ると、そこから2つの大きな流れに分かれます。
初期の楔形文字(紀元前2500年ごろ)
一方が東側の内陸部に広まるアラム文字。もう一方が西側の海洋部に広まるギリシャ文字。アラム文字はアッシリアやペルシャなど中央集権国家に採り入れられ、アラビア語やヘブライ語、シリア語に発展しました。一説では、彼らは言語が永久に残るよう碑文を重んじ、左手に鑿(のみ)、右手に槌を持って文字を石に刻む際、文字が隠れて見えなくならないよう右横書きにしたそうです。
ヒエログリフは頭が向く方から読む(紀元前2400年ごろ)
ラテン語に統一される前の古イタリア文字(紀元前3世紀ごろ)