年間約500万人が訪れるという世界最大級の現代美術館であるロンドンのテート・モダンにて、日本の写真家・森山大道氏の作品を集めた特別展が開催されている。「アラーキー」こと荒木経惟氏などとともに日本の写真文化を長きにわたって築いてきた同氏がとりわけこだわりを持つのが、街中で早撮りした、いわゆる「スナップ写真」。構図を細かく決めるのに最適なスタジオや、極限的な場面を捉えることができる戦場などでの撮影に比べると、プロとアマチュアの差が出にくいであろうスナップ写真に森山氏はなぜこだわるのか。同展のオープンに合わせて渡英した同氏に話を伺った。
1938年10月10日生まれ。大阪府出身。60年代に写真同人誌「provoke」に参加。その後「アサヒカメラ」の表紙を担当する。日本写真批評家協会新人賞、日本写真協会年度賞、ドイツ写真家協会賞などを受賞。東京工芸大学客員教授、京都造形芸術大学客員教授。「アレ・ブレ・ボケ」と形容される独特の作風で世界的な注目を集める。現在、森山氏が多大な影響を受けたという米写真家ウィリアム・クライン氏の作品と合わせた同氏の作品の展示会がロンドンのテート・モダンで開催中。
www.moriyamadaido.com
「William Klein+Daido Moriyama」展の入り口
フィルム・カメラの時代から写真家として活動されてきた森山氏にとって、デジタル・カメラの登場はどのような意味を持っていますか。
僕は今、フィルムとデジタルの両方を使って撮影しています。デジタル写真は、やはり枚数を多く撮ることができるというのが何よりの魅力ですね。特に僕の場合は、ストリートでスナップ写真を撮るというスタイルをずっと続けてきましたから、撮影する枚数がほかの写真家よりも自ずと多くなってしまうんです。デジタル・カメラが登場する以前からもともとフィルムでもいっぱい撮る方なので、自分にとって、デジタル・カメラの「多く撮ることができる」という特徴は大きな意味合いを持っています。
デジタル・カメラの普及によって大量に写真撮影するのが容易になったことによって、一枚の写真の価値が減ってしまったとは思いませんか。
そう仰る気持ちはよく分かります。ただ僕がこれまで撮影してきた路上のスナップ写真というものは、とにかく圧倒的に量を撮らないと意味がないんですよ。僕のスナップ写真に対する考え方の一つとして、「量のない質はない」というのがあります。それが僕のテーゼなんです。量を撮ることによって初めて質が確保できるというのも一つの真理だと思います。
ただ大量に写真を撮影したとしても、結局、作品として発表できるほどの良質のものは限られた枚数ということになりますよね。
その質問にとてもシンプルに答えるならば、撮ったものはすべてOKなんですよね。少なくともストリートで撮影したスナップ写真について言えば、これが良くてこれが良くないというのはないと思います。本当はできれば撮影したもの全部を展示したい。でも実際には展示スペースが限られているからそれは無理。だから仕方なく、いくつかを選んでいるということなんですけれども。
森山氏の2011年の作品「東京」
Daido Moriyama, TOKYO, 2011
Courtesy Daido Moriyama Photo Foundation © Daido Moriyama
「William Klein+Daido Moriyama」の展示室
森山氏はストリートでスナップ写真を撮影する際に、ファインダーを覗くことすらしない場合があるとのことですが、その際は直感だけを頼りとしているということなのでしょうか。
街中でカメラを手にしていると、確かに何となく一定の方向に「何かがある」と感じることがあります。だから、その方向にカメラを向けてシャッターを切る。もしかすると、そうした行動を「直感を頼りに行動する」と表現するのかもしれませんね。
ストリートでスナップ写真を撮影するスタイルは、「ヒッピーの父」と呼ばれる米作家ジャック・ケルアックの小説「路上(On the Road)」に多大な影響を受けていると聞きました。ご自身では具体的にどのような影響を受けたと思いますか。
僕の作品すべてがケルアックの影響を受けたわけではないので、その影響という観点のみから自分の活動を語ることはできません。ただ若いころにケルアックの世界を眺めるスタンスみたいものには大変に共感できたものですから。そして、若いときに感動を受けたものって、後の人生においても、たとえそれほど意識せずとも、半ば無意識にその影響が出てきてしまいますよね。それこそ直感というか、自分のベースとなりますから。一瞬のひらめきの中に、それまでの人生の中で積み重ねてきたものの影響が色々と出てくるんだと思います。
森山氏の代表作「三沢の犬」
Daido Moriyama, Misawa, 1971 © Daido Moriyamaa
展示会のオープンに合わせて、テート・モダンを訪れた森山大道氏(写真中央)
森山氏のようなプロの写真家に限らず、私たちのような一般人も、日常生活の中でデジタル・カメラを使ってスナップ写真を撮る機会は非常に多いと思います。写真技術に乏しい者が、美しい風景を美しいと感じたままに、尊敬している人を自分が尊敬しているということが分かるように撮影するには、どのようなことを心掛ければいいのでしょうか。
一枚の写真を撮るという行為には、やはり気持ちと欲が入り込みますよね。特にスナップ写真というのは、自分が持っている欲望を外界にぶつける、言わばショートさせる行為であるわけですから。そうであるとすれば、尊敬している人を撮るときには、撮影者が尊敬している感じが写真の中に映り込みますよ。あとはたくさん量を撮ることですね。まあ写真家として活動しているわけではない人に「量を撮れ」と言ったところで、その人たちにはほかにやらなくてはならない仕事や生活があるので無理でしょうけれども。もし量を撮れないのだとしたら、やはり心を込めることでしょうかね。それで、もっと写真を撮りたいという人はとにかく量を撮る。量を撮ることによって分かることっていっぱいあるんですよ。決して無駄にはならない。
気持ちやメッセージを込めるという意味で言えば、社会的なメッセージが込められた写真作品についてはどのようにお考えですか。
社会的なメッセージって、あんまりそれを表に出そうとすると、説明的になり過ぎて作品自体からリアリティーが失われてしまうんですよね。政治性とか社会性というのは、自分たちの日常の中に含まれているものでしょう。だからその日常そのものを撮ることによって、たとえストレートではなくても、作品がどこからかメッセージを発するというのが写真作品のあり方なのではないかと思います。
「William Klein + Daido Moriyama」に対する英各紙のレビュー
彼の探究心と性格は野良犬のよう - 「インディペンデント」紙
森山氏が撮る写真の多くは、痛ましいほどにはかなく、陰気で、不安定でさえある。彼が撮影する都市は、遠く離れたどこかであると感じさせる。そしてカメラのレンズには隙がない。彼の探究心と性格は、1971年に彼自身がカメラに捉えた野良犬を彷彿とさせる。
夢のような展示会 - 「イブニング・スタンダード」紙
あまりに多く使われ過ぎている感のある「大ヒット」という言葉だが、2人の偉大な写真家の生涯にわたる作品を集めたこの展示会には「大ヒット」という言葉がぴったりと当てはまる。その2人とは、ウィリアム・クライン氏と森山大道氏だ。まるで夢のようなこの展示会を去るとき、頭には決して消えることのない記憶が埋め込まれるであろう。
ゴールデン街を記録した写真家 - 「デーリー・テレグラフ」紙
近年では観光名所の一つとなっている新宿のゴールデン街だが、私が手にした旅行ガイドブックには、部外者扱いされるかもしくは金を巻き上げられる可能性があるからこの地区を通るのは避けるようにと記されている。しかし、今日は森山大道氏と一緒だ。森山氏は、60~70年代にかけて、この地区の生活を記録した写真家である。森山氏とゴールデン街に来るのは、フランス人画家のトゥルーズ=ロートレックとムーラン・ルージュを訪れるようなものだ。
興奮は展示場を去った後も続く - 「フィナンシャル・タイムズ」紙
森山大道氏は移動中の車の中から写真撮影を行い、街中で目にしたありとあらゆるものを驚くべき反射神経で撮影する。彼ほど過激な写真家でなければ、こうして撮影したもののほとんどを破棄していたであろう。だが森山氏は自分の反応を信じて、その反応によって撮影した写真を保存することにした。彼の写真効果の中には、ボケや極端な構図、そしてアレといったものが含まれる。しかし、それらの写真からは醜悪さが微塵も感じられない。これは非常に素晴らしい展示会だ。展示場の中を歩き回るだけで興奮するし、その興奮は展示場を去った後もずっと続く。
彼はすべてを写真に撮ろうとする - 「ガーディアン」紙
森山氏のヴィジョンはあらゆる意味においてすべて暗い。そして、彼はたとえどれだけ平凡なものでも、使い捨て用品であっても、とにかくすべてを写真に撮ろうとしているように見える。彼の写真には魅了される者と同時に当惑する者がいるだろう。だがそれは、本展示会におけるもう一人の写真家であるウィリアム・クライン氏のエネルギーに満ちたヴィジョンの延長上にある暗さとして意味を成しているのである。
2013年1月20日(日)まで
£12.70
10:00–18:00(金・土は22:00まで)
Bankside London SE1 9TG
Tel: 020 7887 8888
Southwark/London Bridge/Mansion House駅
www.tate.org.uk