中小規模M&Aと財務デューデリジェンス
現在は2011年ごろより始まったM&Aブームの中にあり、日系企業も多くのクロスボーダーM&Aを実現しています。M&Aは大型案件ばかりではなく、特に近年は中小企業や個人ビジネスの買収も目立っています。
弊社では英国の中規模企業の買収計画を進めていますが、財務面でどこまでターゲット会社を信用できるか心配です。
英国では中小企業の買収は成立しやすいのではと思います。というのも英国企業で監査を求められる基準値は非常に低く(売上1020万ポンド、総資産510万ポンド、従業員50名以上、の3条件のうち2つを満たせば対象となる)、買収する中小企業の決算書が監査を受けている可能性が高いことが挙げられます。また英国のカンパニーズ・ハウスに提出された全ての会社の決算書はオンラインで誰でも無料で閲覧でき、支配構造や役員名まで公表されます。こういった非常に透明性の高いシステムを持つ英国では、中小企業も含めた決算の質や信頼性は概して高いと考えられます。
買収ターゲット企業との買収交渉が始まっていますが、やはりデューデリジェンスは実施しておくべきでしょうか。
買収の判断や買収価格の決定、交渉における重要なプロセスに、財務デューデリジェンス(Finance Due Diligence =FDD)と税務デューデリジェンス(Tax Due Diligence =TDD)が挙げられます。FDDの目的はクライアントの依頼に応じてスコープを決めるため一概には語れませんが、簡単に言えば、FDDはターゲット企業の財務の観点から実態を調査し、リスクの洗い出し、買収の意思決定に重要な情報を提供するものです。一方、TDDは税務の立場からリスク調査を行い、法人税はもちろん、VATやPAYE、場合によっては移転価格などの領域が含まれます。
具体的にはどんな手続きが実施されますか。
案件によりますが、基本的には過去の決算データと直近の財務情報を基に収益性の分析を行ったり、将来のキャッシュ・フローやビジネス計画を入手、分析手続きや財務担当者、経営者とのヒアリングを実施して、矛盾点や無理な計画がないか、関係者間取引、訴訟などの状況または可能性、簿外債務、偶発債務の可能性なども探っていきます。ベースとなる過去の財務諸表は重要で、ここに信頼を置けなければ、現在のデータも含めて根本から疑念が生じます。監査を受けている場合は、監査人の許可のもと監査ファイルの閲覧を実施することもあります。TDDでは過去の税金申告書や税務当局による調査履歴などを調べることも重要ですが、上記で見つけられたリスクがどのように将来の税務に影響するかを測定することも必要です。こういったリスクを洗い出すことで、買収価格交渉に使用できる素材となりますし、場合によっては買収を諦めることにも繋がります。
売主、弊社ともに、とにかく買収完了を急いでいるようです。
M&Aがブームといっても、買収後の真の成功率は30%を下回ると言われています。主な理由は、買収価格が高すぎることで買収後の利益で元が取れない場合で、もう一つはポスト・マージャー・インテグレーション(Post Merger Integration=PMI)と呼ばれる買収後の統合プロセスで失敗するケースです。特に日系企業のクロスボーダーM&Aの場合は、経済環境や法環境の違いに加えて、従業員も含めた企業文化の異質性から、一層の苦戦が予想されます。また買収後には鍵となる人材や顧客、サプライヤーが離れることで、買収した会社の価値が著しく損なわれることもあります。急ぐ気持ちも分かりますが、専門家のアドバイスを受け、十分な計画とプロセスを踏んで進めましょう。
高西祐介
監査・会計パートナー
GBAにて資格取得後は大手会計事務所に移籍、多くの英系大企業監査を担当。日系企業をサポートしたいという強い思いからGBAに復帰。趣味はDJで、たまにショーディッチのバーで回している。