第26回 日本語Aレベルで芥川文学に出合う
英国に限らず海外で子育てをしていると、必ずぶち当たるのが日本語の問題です。幼少期の間は日本語を中心とすることが可能な場合もありますが、就学するとたちまち日本語から現地の言語に母語が入れ替わってしまいます。
7歳まで日本で育ち、家の中では日本語のみだった息子でさえ、現地校へ転校して2年も経たないうちに、日本語よりも英語の方が優位に立ち、英語が母語となってしまいました。それは成人して日本に暮らす現在でも、変らぬ事実です。
また日本語補習校が近くにない場合なども、日本語能力の維持や学習方法について途方に暮れる親御さんも多いと思います。カントリーサイドで子育てをしていた私も例外ではありませんでした。
義務教育修了試験(GCSE)のコース学習が始まる14~15歳になると、日本人のママ友同士でたびたび話題に上がったのがGCSEの現代言語の一つである「日本語」の受験や学習方法についてでした。
現代言語はGCSEや次の段階である大学入学資格試験Aレベルにおける主要科目ですので、大学受験には有利です。ただ、「日本語が果たしてGCSEやAレベルで有利になるのかしら?」と疑問が湧いてきます。ましてや我が家のように両親とも日本人の場合、名前だけで判断されれば100%日本人だと丸分かり。「大学側も日本語の評価は勘定しないのではないか。それよりもほかの主要科目に時間を割いた方が良いのでは……」と悩んだものでした。
結論からお伝えすると、我が家の場合はGCSE、Aレベルの日本語は、大学受験に大変有効でした。ただし、注意しなければならない点がいくつかあります。
バイリンガルの子供だからこそ、他教科の試験勉強で大変になる前に、早期に受験させてしまいたい――そう考えて本来よりも、1~2年、前倒しにして試験を受けさせることは可能ですが、これはできれば避けた方が賢明です。それこそ、子供がもともとのバイリンガルであることを、自ら告白しているようなものですから。このような場合は、大学側も日本語の評価を低く見ることがあります。
また、日本語に限ったことではなく、すべての主要科目について言えることは、GCSEからAレベルになると、難易度は驚くほど上がります。GCSEで最高ランクを獲得しても、Aレベルでは容赦なく2段階くらい評価が下がり、親子ともに慌てるケースが多いのは常のことで、日本語試験も同様です。
息子のAレベル受験当時はAS、A2と年ごとに試験があり、A2は芥川龍之介の「鼻」、江國香織の「デューク」、星新一の「特許の品」といった、日本文学作品のいずれかを選び、その内容をしっかりと理解した上で回答を求められる設問や、日本のある地域の特色を上げながらの研究作文など、事前に時間を掛け、相当念入りに対策を立てないと太刀打ちできない内容でした。
GCSEやAレベルともなると、特に文系の教科においては、英語を母語とする親でないと子供への協力は難しくなりますが、こと日本語に限れば、日本語ネイティブの親が最大限に協力できます。我が家にとっての日本語受験は、親子のコミュニケーションを育む結果になり、今にして振り返れば、とても良い思い出です。