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Fri, 22 November 2024
土屋範子大英博物館キュレーター
土屋範子さん

[ 後編 ] 片手の手のひらに簡単に納まってしまう小さな装身具、根付。大英博物館の奥深くに眠っていた2000を超える根付に再び光を与えた土屋さんは、その小さな芸術品に込められた文化的背景や愛らしい物語を、本という媒体を通して海外の人々に伝えていく。全2回の後編。
プロフィール
つちやのりこ - 東京都出身。慶応義塾大学経済学部卒。同大学文学研究科美学美術史学で修士号を取得。大手商社勤務を経て渡英。オークション・ハウスのサザビーズが運営する美術学校Sotheby's Institute of Artの東アジア美術コースで修士号(MA)取得。オークション・ハウスのボナムズでインターンを経て正社員に。数年働いたのちに大英博物館のキュレーターとなる。2014年6月、同博物館所蔵の根付100点についてまとめた書籍「Netsuke: 100 miniature masterpieces from Japan」を上梓。また、6月から8月にかけて、根付を含む江戸時代の男性用装身具に焦点を当てた展覧会「Dressed to Impress: netsuke and Japanese men's fashion」を開催し、好評を得た。
www.britishmuseum.org

 

大英博物館での初の大仕事

大英博物館ではアジア部門の日本セクションに籍を置く土屋さん。約3万3000点ある日本美術関連作品を計6人で管理している同セクションは、年に2回行われるギャラリーの展示替えに加え、異なる分野の専門家たちがそれぞれ複数のプロジェクトを掛け持ちしているため、常に忙しく駆け回っている雰囲気だという。セクション内は浮世絵など絵画に特化した2Dチームと、やきものや漆器など立体的な作品を扱う3Dチームの2つに分かれており、土屋さんは後者に所属。装飾美術を専門とする彼女の初の大仕事は、同博物館が所蔵する膨大な数の根付を分類し、本にまとめるというものだった。

展示会「Dressed to Impress: netsuke and Japanese men's fashion」
精巧な細工が施された根付

江戸時代、煙草入れや印籠を帯から紐で吊るした際の留め具として機能していた根付は、本国日本よりもむしろ米国やヨーロッパ諸国での人気が高い。「日本で学んでいるときには印籠や根付を日本美術として教わったことがなかったので、あまり知らなかった」という土屋さんも、ボナムズで働くようになって、欧州では根付が一つのカテゴリーとして成立しており、世界中にコレクターがいることを知った。現在、大英博物館が所有する根付はその数、何と約2300点。しかしそのほとんどが倉庫に眠っていた。「本を執筆するに当たり、計4人で丸2日間、朝から晩まで引き出しにぎっしりしまわれた根付を見ていきました。2300点から178点を選出。それから最終的に100点を選びました」。そして本の執筆とときを同じくして、もう一つのプロジェクトが進められる。博物館を入ってすぐ右手にある小さな展示室。年4、5回衣替えをするこの展示室は「朝日新聞ディスプレイ」と呼ばれており、朝日新聞がスポンサーとなっていることから、年に一度は日本美術に焦点を当てるのだが、土屋さんが提案した「根付に着目した江戸時代の男性ファッション」という企画に白羽の矢が立ったのだ。どうせならば展示と本の出版を同時に、ということで原稿執筆の締切も繰り上げられ、寝ても覚めても根付とともにある怒涛の日々を過ごし、6月に何とか両プロジェクトをまとめ上げた。

江戸時代の人々の息吹を今に伝える

図鑑のような体裁の本を開いてみれば、今にも動き出しそうな精緻なつくりの鼠や犬、当時はまだ珍しかったオランダ人の姿をコミカルに描き出したもの、そして男女の性生活を描いた作品が、江戸時代の市井(しせい)の人々の様子を瑞々しく伝えてくれる。「私が個人的に気に入っているのはこのちょっとメタボな金魚(笑)。当時はガラスの鉢が高級品だったので、庶民はたらいややきものの鉢に金魚を入れて飼っていたんですね。そうすると上からしか金魚が見えない。そして上から見たときに小判の形に見えるということで、このランチュウという金魚がもてはやされていた――こんな風に根付一つひとつに物語やユーモアがあるんです」。

シルクロード
根付を一つ一つ確認し、本にまとめ上げた

本が出版され、展示も無事終了。次に土屋さんが目指すものは何だろう。「根付は今でも世界中で作られていて、現代根付と呼ばれています。今回出版された本の中にも、現代根付が2点含まれていますが、日本に帰ったときに作家さんの工房を訪ねたりして、こうした作品も集められればと思っています。最近は着物を着ることが流行っていますし、ブローチにしたり、鞄から下げたりと、アクセサリーとして使っていただければな、と」。

大英博物館の設立者であるハンス・スローンは、「今の美術を集める」という方針の下、当時18世紀につくられた美術品を収集していたという。現在進行形で生み出される美の結晶を集めるのもまた、博物館キュレーターとしての大切な仕事の一つなのだ。

 

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