第167回 西から昇ったお日様が東に沈む パート2
今春から新しい20ポンド札に国民的人気画家のJ.M.W. ターナーが登場しています。お札の背景に描かれているのはターナーの代表作品「解体されるために最後の停泊地に曳かれていく戦艦テメレール号」です。この帆船は1805年のトラファルガーの海戦で主要な艦船として活躍しましたが、蒸気船の時代に入り1838年に引退のときを迎えました。この絵はテメレール号が夕陽を背に解体場所に向かっている最終場面です。
新しい20ポンド札の顔になった画家のターナー
第79回コラム「西から昇ったお日様が東に沈む」でご紹介しましたが、この絵では夕陽がテムズ川河口側、つまり東に沈むように描かれています。それは芸術のためなら多少自然界の事実を曲げて描いても許されるからでしょう。ただ、解体されたテメレール号の木材の一部はサザックの聖マリア・ロザーハイズ教会の司教の椅子に再利用され、現在は教会内で南向きに展示されていますので、引退後は一日中太陽を見ているわけです。
テメレール号の廃材を利用した椅子
以前、ロザーハイズを訪れたとき、「西から昇ったお日様が東に沈む」ことを示唆する別のオブジェを見つけました。それは帆船メイフラワー号の船長クリストファー・ジョーンズの像です。ジョーンズ船長が東(=旧世界)を振り向き、子どもが西(=新世界)を向いています。ジョーンズ船長率いるメイフラワー号が清教徒ら65名を乗せ、旧世界から新世界に向けてロザーハイズを出港したのは今からちょうど400年前、1620年7月のことでした。
ジョーンズ船長は旧世界を向き、子どもは新世界を向く
当時、老朽化した貨物船だったメイフラワー号を使って清教徒を米国に渡航させたのはシティの冒険商人組合(Merchant Adventurers)でした。組合は米南部ヴァージニア植民事業でタバコのプランテーションを作って成功したため、二匹目のドジョウを狙って清教徒らに声を掛けました。清教徒はイングランド国教会の迫害から逃れるために多額の借金をして渡航費用を工面し、メイフラワー号に乗り込みました。でも新世界で待ち受けていたものは、地獄のような寒さと食糧難の日々でした。
メイフラワー号の出港地、ロザーハイズに建つ移住者の像
冒険商人組合からみればこの投資は失敗です。ヴァージニアを目指したのに航路を間違えて米北部プリマスに到着し、植民事業は赤字で事業解散しました。移住者は先住民のワンパノアグ族から食糧や衣料の援助を受けながら質素な生活を続けたとされます。やがて、英国から持ち込まれた疫病で先住民がほぼ壊滅。移住者たちは図らずも広大で豊かな土地を入手します。まるで西からお日様が昇るような意外な結末でした。
移住者を助けたワンパノアグ族は疫病でほぼ絶滅