第79回 西から昇ったお日様が東に沈む
2019年全線開通予定のロンドン横断鉄道クロスレールは、シティ周辺では地下42メートルに達する深い地下鉄になります。毎日、直径7.1メートルの巨大な掘削機がお日様を見ることもなく地中で大活躍。このトンネルの掘削工法は英国エンジニアリングの父、ブルネル親子の考案したシールド工法です。それは1843年、テムズ川で世界初の水底トンネルを掘削する際に活用されました。
ブルネル博物館の煙突部屋は当時の機械室
この水底トンネルはシティ東隣のワッピングとテムズ川対岸にあるロザハイズを結んでいます。現在は鉄道トンネルとして利用されており、ロザハイズには当時建てられた機械室がブルネル博物館として残されています。テムズ川は蛇行しながら西から東に流れますが、シティを出てすぐの蛇行部分で半島のように突き出ている場所がロザハイズ。周辺は驚くほど平坦で水の流れが穏やか。水底トンネルをここから掘り始めた理由が分かります。
平坦なロザハイズ周辺。この付近でターナーが名作を描いた
川が蛇行する内側は流れが緩くて土砂が堆積しやすく、波止場や造船所、倉庫の建設に格好の場所。実はロザハイズは古くから船の母港であるとともに解体港として有名だったところで、解体後の木材やロープ、部品は新しい船のリサイクルに回されました。また、船の知識に優れたスカンジナビア半島からの移民が多く住んでいたこともこの街の特徴です。ふと、ブルネル博物館の近くにある古いパブ「メイフラワー号」に気が付きました。そう、ここは1620年に新天地アメリカに向かったメイフラワー号の母港でもあり、解体港でもありました。
メイフラワー号が出港したのはこのパブの裏手
メイフラワー号のジョーンズ船長のお墓もパブの向かいの聖メアリ教会にあります。
これまでたくさんの船がこの街で解体されてきましたが、その中で最も有名なのは戦艦テメレール号でしょう。
ジョーンズ船長が眠る聖メアリ教会
英国人が最も愛する絵画の一つ、J・M・W・ターナーの名作「解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号」の舞台はここ。絵の解説には「解体のためシェアーネス(テムズ河口)からロザハイズに向かう場面」と書かれています。
ターナーの名作「テメレール号」ではテムズ下流に夕陽が見える
この絵画、何度見ても最期を迎える艦船の夕陽に浮かぶ姿に心情が移ります。でも考えてみれば、テムズは西から東に流れていますので、この絵では夕陽が下流=東に沈むことを示します。まさかロザハイズでは東に夕陽が沈むのか――実地検証してきました。やはり夕陽は逆方向でした。絵画の世界では、芸術家の詩的許容(ポエティック・ライセンス)があるそうです。
テメレール号が解体されたドックはパブや住居に