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Sun, 22 December 2024
森尚子

ロンドンを拠点に軽やかで
ボーダーレスな活躍を続ける
森 尚子

現在ロンドンで上演中の人気ミュージカル「王様と私」。そこに渡辺謙や大沢たかおと並び、舞台で大きな存在感を放っている日本人俳優がいる。それはシャム王の第一夫人・チャン王妃を演じる森尚子さん。父親の転勤で渡英したとき12歳だった森さんは、以来、ロンドンを自分の居場所と定め、英国の舞台やテレビで俳優活動を続けている。今回はそんな森さんに、英国で俳優として活動する際の心意気や、ミュージカル「王様と私」への出演について語って頂いた。
(取材・文:ニュースダイジェスト編集部 / 写真:富岡秀次)

NAOKO MORI 11月29日、愛知県名古屋市生まれ。父の転勤のため4歳で米ニューヨークへ移住。10歳で日本へ戻り、その後12歳でロンドンへ。以来、英国を拠点に活躍を続ける俳優。17歳のときにシアター・ロイヤル・ドゥルリー・レーンの「ミス・サイゴン」で主演キム役をつかみプロ・デビューした。英国のテレビ・ドラマ「カジュアリティー」や「秘密情報部トーチウッド」にレギュラー出演するほか、主な映画作品にはマイク・リー監督の「トプシー・ターヴィー」など。2018年、ミュージカル「王様と私」でチャン王妃役に抜擢された。

それは「ミス・サイゴン」から始まった

俳優になると決心し、15歳からロンドンで一人暮らしを始めたそうですね。

父の仕事の関係で米国暮らしの後、12歳で英国に来ましたが、15歳のときに家族が本帰国することになり、「どうする?」と聞かれたのです。私はGCSE(義務教育修了時に英国の中学生が受ける中等教育修了試験)を前にしていたし、お芝居の勉強もしたい。ですから、「ロンドンに残る」と言ったら、「それじゃあ」とポーンと小切手帳を渡され、「後は自分でやっていきなさい」と言われました(笑)。そこでまず、私は住む場所を探すところから始めました。今考えると、なんてラジカルな親だと思いますが、海外生活が長く、俳優を目指す子供が、日本でうまくやっていけるのだろうかと考えたのでしょうね。

そのころからもう俳優を目指していたのですか。

そうですね、お芝居や歌は中学生のころからレッスンを受けていました。歌手になりたいと思ったこともあったのですが、だんだんに演技への興味が目覚めて来たという感じです。

ドラマなどで森さんの姿を拝見しているせいか、歌を歌われるイメージがありませんでした。

俳優としての初めての仕事はテレビではなく、17歳のときに出演したウエスト・エンド・ミュージカルの「ミス・サイゴン」(キム役)でした。このような大作でデビューを飾れたのは本当にラッキーだったと思います。その後はドラマなどテレビの仕事が増えましたが、歌のレッスンは続けて来ました。ただ、今回のように本格的に歌うのはおそらくウエスト・エンド・ミュージカル「アベニューQ」以来、11年振りだと思います。ですから、「王様と私」のお話しが来たときは、もう、「わーどうしよう!」とすごく緊張しました(笑)。「王様と私」は「サウンド・オブ・ミュージカル」などと並ぶ、名曲ぞろいのミュージカルですからね。チャン王妃の歌う「サムシング・ワンダフル」も、皆さんによく知られた曲なので、本当にプレッシャーです(笑)。

森尚子ロンドン中心部のCourthouse Hotelにてインタビュー

英国を拠点に活動していると、日本人ばかりでなく、東洋人全般を演じるのだろうと思いますが。

今回のチャン王妃や「ミス・サイゴン」のキムなどは例外ですが、実は私は、東洋人の役を演じたことがあまりないのです。「国境などのあらゆるボーダーを無くしたい」「ラベルを貼られたくない」と思っていて、日本人や東洋人の定型ではなく、「人間」を演じたい、昔から常にそういう姿勢でやってきました。ですから、今まで演じたキャラクターの90%が、もともと、東洋人向けに作られた役ではありませんでした。逆に、西洋人から見た日本人のイメージに合わせた役などは苦手で、「もうちょっと日本人ぽくして」とプロデューサーに言われても無理ですし、「そんな日本人は実際にはいないのに」と思ってしまいます。

1990年代のBBC医療ドラマ「カジュアリティー」では、プロデューサーに「なぜここ(緊急治療室)で日本人が働いているのか、どんな設定で脚本を書けばいいか」と聞かれ、そんなことはわざわざ説明しなくてもいいのではないかと伝えたことがあります。現実の英国の医療施設では、様々な国籍の人が働いていますし、ロンドンは特に多国籍ですよね。ですから、ドラマに無理に登場人物が日本人である理由を盛り込む必要はないと思ったのです。そんなことがあった時代からすると、現在はテレビの世界もだいぶダイバーシティーが進んできていると思うので、嬉しいですね。

人生はすべて縁や出会い

これまで演じた中で、お好きなキャラクターは誰でしょうか。

それはずいぶん難しい質問ですね! 私は、仕事や役というのはすべてご縁や出会いだと思っていますが、やはり「ミス・サイゴン」のキム役は最高でした。プロとしての1本目ということもあるし、ミュージカルの中で若いアジア人が演じる役としてはナンバー1ですから。あとは、オノ・ヨーコさんの役(「Lennon Naked」2010年)や、登山家の難波康子さん役(「Everest」2015年)。実在の人物を演じるのは非常に責任を伴いますが、このお二人を演じることができたのは、私にとって特別な経験でした。

そして、BBCの「秘密情報部トーチウッド(2006〜2009年)」シリーズのサトウ・トシコ役。この役は、新たなキャラクターを一から作り上げる面白さを教えてくれました。特に脚本家でプロデューサーのラッセル・T・デービスさん、英国では脚本家の神様みたいな方ですが、彼と新しいキャラクターを創造するプロセスは、もう一生に一度あるかないかくらいの貴重な体験だったと思います。デービスさんは本当に頭がよく繊細で、人間のことを良く分かっている、まるで宇宙人のような方です(笑)。彼の書いた台本を読むと、目の前にそのキャラクターがフワーッと立ち上がってくるのです。そういう意味では、本当に素晴らしいお仕事でした。

森尚子

「王様と私」のチャン王妃役についてはいかがですか。

実は「王様と私」では面白い話があります。父が商社マンだったので小さいときに米ニューヨークに家族全員で移住したのですが、そのときに初めて観たブロードウェイの舞台がユル・ブリンナー主演の「王様と私」だったのです! 私は当時まだ5歳でしたが、どういうセットで、ユル・ブリンナーが舞台のどこに立ち、どんなセリフを言ったか、いまだに覚えているのですよ。そのときのプログラムとユル・ブリンナーのサインが入ったLP レコードもまだ持っていて……。ですから、この仕事が決まったとき、家族で「うわーっ」と驚きました。

仕事や役は出会い、ご縁だと先程も言いましたが、まさにこれは、フル・サークル、円環といいますか、40数年前に体験したことが再び巡ってきたような、不思議な感覚です。人生って、すべてそういう出会いの数々で出来上がっているのかもしれないと思います。そして(渡辺)謙さんや(大沢)たかおさんとお会いしたことにもご縁を感じます。このお二人と一緒のステージに立っているなんて、もう光栄すぎて(笑)。しかも、日本人同士だと舞台上でも何かこう、繋がっている感覚があるのです。暗黙の了解というか、安心感とでも言うのでしょうか。

チャン王妃についてですが、王妃は非常に女性らしい、しなやかな強さを持っています。夫であるキングに対する忠誠心と愛情、その一方で第一夫人という、ほかの者に対する政治的な立場。舞台は1860年代のシャム(現タイ王国)ですが、日本人にも通じる「内助の功」的な要素が強いですね。チャン王妃は、毎日自分の中で成長しています。昨日はこうだったけど、今日はこうしてみよう、と少しずつ演じ方を変える。お芝居のだいご味は、そんな風に役が成長していくところにあると思います。つまり、完璧バージョンというのが舞台の場合にはないのですよね。常に微妙に変わっていく面白さがあります。そして、私はあまり意識して「こう演じるべき」「こういう性格だ」とはっきりは決めない方です。セリフが1番。セリフがすべてのヒントだと思いますし、謙さんやたかおさん、ケリー・オハラさんとのやりとりから、その場で役が生きてくる、と思っています。

音楽のある芝居

では最後に、弊誌の読者に「王様と私」の見どころを教えて頂けますか。

ロジャース&ハマースタインが生み出した「王様と私」は、70年前に書かれたとは思えないほど新鮮な物語です。西洋と東洋の関係や、女性の強さを取り上げるなど、まさに今の政治や文化について描いたと言っても通用するほどです。更にもう一つ重要なのが、演出家のバートレット・シャーさんは、この作品を「ミュージカル」というよりも、「音楽のあるお芝居」という観点から制作していること。これは役者の立場からすると、とてもありがたいことです。奇麗な歌と音楽だけではなく、物語と登場人物が非常に重要な役割を占めているということだからです。ですから、映画を含め、今までの「王様と私」をご覧になった方も、そして、たとえミュージカルが嫌いという方も、ぜひ一度試しに観に来て頂きたいです。色々な観点から楽しめる、まさに「Something for Everyone!」な作品だと思います。

公演情報

The King and I 「王様と私」

2018年9月29日(土)まで
月~土 19:00(水・土、8月30日以降の木は14:00もあり)
£29.50~175

London Palladium
Argyll Street, London W1F 7TE
Tel: 020 7087 7755
最寄駅: Oxford Circus
https://kingandimusical.co.uk

 

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*本文および情報欄の情報は、掲載当時の情報です。

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