サドラーズ・ウェルズ劇場で「A NIGHT AT THE KABUKI」を上演野田秀樹 インタビュー
夏の始まりを思わせる良く晴れた6月のある日、弊社とのインタビュー取材のため、劇作家の野田秀樹さんがロンドン北部のカフェに、「すみません遅れて!」と単身で走り込んできた。さっとカプチーノを頼み着席。まるでここが地元とでもいうような自然な様子に、野田さんが30年前に留学生として、1年ロンドンに暮らしていたことを思い出した。留学終了後も、英語劇を作るため何度となくロンドンに戻ってきた野田さんだが、今年の秋には、歌舞伎の心意気をまとい、クイーンの名曲を散りばめたロミオとジュリエットの物語「A NIGHT AT THE KABUKI」のロンドン公演が待つ。英国での日本語上演はほぼ30年振りとなるが、今回はその準備でロンドンを訪れた野田さんにお話を伺った。(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)
HIDEKI NODA 演出家・劇作家・役者
1955年生まれ、長崎県出身。東京芸術劇場芸術監督。東京大学在学時に「劇団 夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁の芸術家在外研修制度(現・新進芸術家海外研修制度)で1年間、ロンドンに留学。翌年に帰国後、「NODA・MAP」を設立。歌舞伎の脚本・演出、英語劇の創作などを含む幅広い活動を展開。2009年に名誉大英勲章OBEを受勲。09年度朝日賞受賞。11年紫綬褒章受章。
ロンドン公演に至るまで
ロンドンは2018年の公演「One Green Bottle」(ソーホー・シアター)以来かと思います。久しぶりのロンドンの街はいかがですか。
実はホリデーで今年の5月に家族と一度来たので、4年振りという訳ではないんですよ。ロンドンはお店が前と変わっていたりと、やはりコロナのダメージが来ているのかなとも思いましたが、劇場も再開していますし、日本に比べたら街に活気がありますね。ロンドンは建物が低いので空の広さも感じられるし、近くの公園でゴロンと芝生に寝そべって、あぁいいな、ロンドンだなと。今一番良い季節でもありますしね。
大きなプロダクション
2018年の「One Green Bottle」時の弊誌インタビューで、「いつかロンドンの大きな舞台に日本のプロダクションを持って行きたい」とおっしゃっていました。その頃にはもう、「A NIGHT AT THE KABUKI」をロンドンでと考えていらしたのですか。
そんなこと言ってましたか。いえ、クイーン・サイドの方々からこのお話をいただいたときは、「ANIGHT AT THE KABUKI」を作っている最中だったので、2018年の時点ではまだ、これを持っていこうという気持ちはなかったですね。
ただ、ロンドンへは何かの作品で「いつか」という気持ちはありました。というのも、昔から僕のお芝居を観てくれている英国の演劇プロデューサー、セルマ・ホルトが、2010年くらいに日本で初めて僕の大きな芝居を観て、あなたの大きなプロダクションはこんなにも違うのかと驚いていたことがあるのです。英国で観るヒデキの小さい作品もいいけれど、大きいのを持って来なさいよと勧められました。そして英国では、これだけの大人数が繊細に動くアンサンブルの芝居はもう作っていないから、すごいことなんだと言ってくれたのです。人数も多いし大変だからというと、「何とかなるわよ、行くって言えばいいのよ」って(笑)。そのときはそれで終わったんですが、次に来日したときも勧められた上、ロンドンで一緒に仕事した役者たちにも「ヒデキは小さいプロダクションの人だと英国で思われてるけど、大きいのをやればいいのに」と言われていました。ですから、今までずっとロンドンで大きな芝居を、という気持ちを持ち続けていたのは間違いないです。
これまで英国では、キャサリン・ハンターさんなど現地の俳優やスタッフとゼロから小さめの作品を作ってきたのが、今回は念願かなって日本の大規模なプロダクションを持ってくるわけですが、アプローチの違いにどんなものがありますか。
まず最初、小さなプロダクションを作ろうと思ったきっかけは、1980年代、蜷川幸雄さんが大きい日本のカンパニーを英国に持ってくるということをしていたので、同じ方法で英国に来なくてもいいなと思ったことでした。蜷川さんは尊敬していますが、私はあまのじゃくなんです。あと、1980年代後半から90年初めに、エディンバラ国際芸術祭に2回招待されたのですが、そこで日本語でお芝居をしたときに、現地の人にどれだけ通じてるのかなと疑問に思ったのです。「良かった」と言ってくれるけど、どれくらい理解できているのだろうと。その後に英国留学を控えていたということもあって、英語でお芝居を作ろうと思い立ちました。それで何作か作り、一区切りついたかなというところまで来た気がしました。
そうしたら今度は、日本にもこういうダイナミックな演劇がある、というのを英国人に見せたいと思い始めたんです。英国人は自分の国の劇場が世界一と思っているので、「そうでない世界」もあるよ、と教えたい。例えば、日本人は「ロミオとジュリエット」といったら誰でも聞いたことがありますけど、逆に英国人に源氏物語とか歌舞伎とか能とか言っても、普通の人は知らないですからね。
若き日の愁里愛を演じるのは広瀬すず(写真中央左)。本作で第54回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。松たか子(同左)、上川隆也(同右)、志尊淳(同中央右)らと2組のロミオとジュリエットを演じる
クイーンと歌舞伎
ちょうど野田さんが「ロミオとジュリエット」の後日譚を考えていらしたときに、クイーンのアルバム「オペラ座の夜」を使って日本を舞台にしたお芝居が作れないかと打診を受けたということですが、どのような経緯だったのでしょうか。
クイーンの「オペラ座の夜」の版権を持っているソニーの英国法人の方が、「このアルバム曲を使って、日本を舞台にしたお芝居を、日本の演出家に作って欲しい」と来日していて、私に白羽の矢が立ったんです。しかし、ちょうど「ロミオとジュリエット」の後日譚を考えていたので、スケジュール的にもすぐ取り掛かることは難しい。でも、「ロミオとジュリエット」とうまく結びつけることができたら、やれなくはないかな?という感じで進んでいきました。そのうち、「ラブ・オブ・マイライフ」の曲はロミオとジュリエットの場面に使えるし、「ボヘミアン・ラプソディー」の不思議な歌詞をよくよく聴くと、殺人を犯したマザコンの青年を主人公にした、芝居のような作りになっている。これはロミオにあてはめられるなと。あともう一つ要素が加われば成立すると考えていたときに、源氏と平家の争いが「ロミオとジュリエット」のモンタギュー家とキャピュレット家の関係に繋がると気が付きました。プロデューサーに作品の説明をするときに、英国のソニーの方にも来てもらって話したところ、これはいいんじゃないかと。なので次に詳細なシノプシスをクイーンのマネージャーのジム・ビーチに送り、メンバーのブライアン・メイにも見てもらいました。メイはインテリな天文学者ですから、2カ月くらいまじめに読み込んでくれて、すごく面白いということで、この話にGoサインが出ました。
今回公演のあるサドラーズ・ウェルズ劇場は収容人数が約1500人と、日本公演時に比べてだいぶ大きいですね。劇場に合わせて演出を変えることはありますか。
変えることはないのですが、今回3階席からはちょっと違う見え方になるだろうなと思います。でもこれはしょうがない。そこを意識すると、役者の顔が上を向かなきゃならない。そうすると芝居の印象が変わってしまうし、ほかのフロアのお客さんへの見え方も変わってしまうでしょう。なので、そこは歌舞伎座の一番上の大向こうみたいな感じだと思ってもらえばいいかな。歌舞伎座の上の方の席が僕は非常に好きなんですが、それに似ています。この芝居はたくさんの人が動くので、全体が俯瞰して見えるのもいいと思います。
そういえば、「A NIGHT AT THE KABUKI」っていうタイトルから、歌舞伎だと思っている人もいるみたいだけど、まあ、時代設定が昔だし、演技の誇張もあるし、新しい歌舞伎だと思ってもらってもいいかもしれませんね。また、クイーンの曲を使うというので、誰かがライブで歌うのではないかと思う人もいるかもしれませんが、それもありません(笑)。ただ、歌舞伎のスピリットを持った全く別の楽しみが待っていますよ、ということです。
竹中直人(写真左)は野田作品への出演は本作が初めて
サドラーズ・ウェルズ劇場との縁
コロナ禍で当初の予定が変更になった、ということはありませんでしたか。
オリジナル・キャストからは早い段階でOKが出ていたのですが、コロナがいつ終息するか分からなかったから、「いつ行くか」が問題でした。2019年が日本初演で、本当は翌年すぐにでもやりたかったんです。最初は2021年とも考えましたが、今思えば止めておいてよかった。去年英国に来るのはちょっと厳しかったかもしれない。なので、英国で予定していた公演が延期になったというのは特にないです。それはラッキーでした。だいたい英国の劇場もみんな閉まっていましたしね。そんななか、サドラーズ・ウェルズ劇場がいち早く受け入れを名乗り出てくれたのです。この劇場は演劇をやっている人間からしたら非常に素晴らしい場所です。ピナ・バウシュをはじめとしたコンテンポラリー・ダンス系など、フィジカルな演劇に強い。
実は留学中、一番最初にワークショップに行ったのがサドラーズ・ウェルズ劇場のスタジオでした。当時は劇場の隣のスタジオ入口が階段になっていたのですが、その前で非常に躊躇(ちゅうちょ)したのを覚えています。その頃は英語もできませんでしたし、自信もなかった。英語を話せない人間がついていけるかなと。36歳くらいでしたね。
そして、その最初のワークショップが僕のロンドン・キャリアを作る上で非常に重要なもので、テアトル・ド・コンプリシテというサイモン・マクバーニーのワークショップだったわけです。そこで、その後一緒に仕事をする俳優たちに出会ったのです。キャサリン・ハンターをはじめ、皆このときの先生なんですよ。
英国に留学しなければあり得なかったことですね。
もちろんです。結局、そのときサイモンの新作「ルーシー・キャブロルの三つの人生」のワークショップに参加したんですが、英語が大変だろうからとサイモンからあらかじめ本を渡されました。それがまた幻想小説で難しくて……。家庭教師を付けて、ワークショップから帰ってきた後、夜9時ごろから一緒に読む、ということをしていました。でも、もう疲れてるから眠くて、11時には船を漕ぎ出すという具合でしたけど。まぁ、毎日朝から晩まで演劇のことだけ。濃密な1年でしたね。このときにだいたい200本は芝居を観ました。ウエスト・エンドやフリンジはもちろん、オペラも。イングリッシュ・ナショナル・オペラのステージは歌がどうというよりビジュアル的にステージがおもしろいので足を運んでいました。「タイム・アウト」誌で調べて、朝から夜まで1日で3本のお芝居を観たこともあります。夢のような暮らしでしたね。それが今、自分の財産になっています。
野田さんも源の乳母役で参加(写真左)
演劇は観客が対戦相手
英国ではロックダウンを経て舞台映像の配信が大幅に増えたのですが、お芝居を配信することについてどう思われますか。
配信というのは一つの在り方だと思うし、地方に住んでいて簡単に見に来られない人には良い、という話を聞いて、なるほどなとは思います。しかし、演劇という仕事は、やはり観客の目の前でやることの面白さですから、無観客なんて絶対にありえない。観客はスポーツでいうところの敵、対戦相手です。観客のリアクションで芝居は出来上がるものだから、観客のいないところで演劇を作ることはできないんですよ。配信を演劇の新しい形とかいう人もいるけど、ふざけるな、と。僕は以前、作品のビデオ録画にも反対していました。演劇は目の前から消え去る芸術で、「その人の中に入って一生残るもの」であるべきだと思っていましたから。そのため、若いときの作品もほとんど残っていない。ただあるとき、地方に住む高校生からビデオで作品を観て大変に感激したと手紙をもらいました。それで、演劇を知る取っ掛かりとしてはありなのかと思い、ビデオを残しておくべきだったなと思うこともあります。意外に地方でビデオを観てた子が、今、立派な演出家になっていたりもするので、そういう意味では、配信も演劇を広めるきっかけにはなるのかもしれない。それは否定しません。ただし、配信は「演劇」ではない。配信のクオリティーを高めていくと映画に行きついてしまうでしょう。だったら最初から映画を撮ればいいわけです。
私たち観客も芝居を盛り上げる一端を担っていることを認識させられたインタビューだった。NODA・MAP9月の公演「A NIGHT AT THE KABUKI」は、野田演出のだいご味ともいえる「生の迫力」を体感する貴重なチャンスだ。「英国人と一緒に来て」、と言う野田さんの対戦相手を務めるべく、この秋はサドラーズ・ウェルズ劇場へ。
繊細で華やかなアンサンブル・キャストの動きは野田作品ならでは
公演情報
A NIGHT AT THE KABUKI
12世紀の日本、激しく対立する源氏と平家。その戦禍のなか源の愁里愛(じゅりえ)と平の瑯壬生(ろうみお)は禁断の恋に身を焦がす。だがその恋路を阻まれ、すれ違って死を迎えるはずの2人が、もしも生きていたら……。英国が誇る世界的ロックバンド、クイーンが1975年に発表した傑作アルバム「オペラ座の夜」を物語の随所に組み込みんだ画期的な作風で、2019年に第27回読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞。作・演出を務める野田秀樹のほか、松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳など総勢10名の豪華人気俳優陣と16名のアンサンブル・キャストが出演。
2022年9月22日(木)~ 24日(土)
スケジュールの詳細はサイトを参照
£15~100
Sadler's Wells Theatre
Rosebery Avenue,
London EC1R 4TN
Tel: 020 7863 8000
Angel駅
www.sadlerswells.com