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ロンドンのゲストハウス
Mi. 19. Dez. 2018

55. セザンヌを訪ねて③:市街地

「リンゴ」
「リンゴ」

エクスの地図をもらうべく、ツーリスト・インフォのある「ロトンドの泉」を目指しました。ロータリーの道を挟んでインフォ側の広場には、セザンヌの立像が建っています。セザンヌがエクス周辺を写生するため画材を担いで歩いている姿を表現した像で、「フムフム、こんな感じで歩いていたのだなぁ!」と尊敬の眼差しで眺めました。

インフォでもらった地図はセザンヌゆかりの場所を分かりやすく歩けるように、オレンジの点線で散歩道を示してくれていました。このルートの道路には「C」(Cézanne)と書かれた真鍮が埋め込まれていて、迷わず歩けるようになっています。セザンヌゆかりの地は30カ所以上あってすべては回りきれませんが、ここからプラタナス並木の広々としたミラボー通りを通って生家を目指して歩き出しました。この道は歩道の幅がたっぷりと取られているので、心地よい散策が楽しめます。緑のテントが大きくテラス席に張り出したレストラン「レ・ドゥ・ギャルソン」が現れました。ここはセザンヌが足繁く通ったことで知られています。道を挟んだ角はセザンヌのお父さんが営んでいた「帽子店」の跡地です。また進むと、道が狭くなりオペラ通りへと入りました。この先にクロム・イエローの生家が残っていますが、扉は堅く閉じられています。Uターンをして今度はカルディナーレ通りのセザンヌが通っていた「ミニュ中学校」を目指しました。

この中学校では一つ下の学年にパリからエミール・ゾラが転校してきます。歴史に名を刻む2人が同時期にいたなんて、ものすごい学校ですね。しかし、パリからの転校生は「イジメ」の対象に。元来、気難しく人付き合いの悪かったセザンヌは、むしろゾラをかばい、いじめっ子たちからボコボコに殴られたことがあったそうです。それ以来、ゾラとは生涯にわたり親しく付き合うことになりますが、まだ中学生なのに、お互い才能の片鱗を見出していたのかも知れませんね。

この事件の後、ゾラは籠いっぱいのリンゴを抱えてセザンヌを見舞ったそうです。セザンヌの重要なモチーフの一つになった「リンゴ」は、このときの印象が強く残っていたのかもしれません。彼らはエクス周辺にも一緒に出掛け、サント・ヴィクトワール山や石切り場などを訪れています。セザンヌにとっては後に生涯に渡って向き合う重要なモチーフとなったのです。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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