独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計14年間ドイツに在住。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第26回IMFと5大研の分析に見るドイツ経済の課題と展望

トランプ関税による逆風とドイツでの大規模財政出動による追い風の間で大きく揺れ動いているドイツ経済の先行きは、今なお非常に見通しづらいものとなっている。今回は、内外有力機関による直近のドイツ経済予測の分析内容の中から、今後の経営環境変化をイメージする上で参考になりそうなポイントを抽出してご紹介する。

  • IMFの5年経済予測から、トランプ関税に直撃される輸出大国ドイツの姿が読み取れる
  • 5大研はドイツの潜在成長率が+0.3%まで低下すると警告。労働投入減少への対策が急務
  • 「Europe’s moment」にしっかり注目

IMFが予想するドイツ経済の成長軌道

毎年4月と10月に更新される国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しを見れば、世界の全ての国に対して5年先までの経済の主要計数が確認できる。直近の今年4月分によると、今後5年間のドイツの実質経済成長率は、今年のマイナスゼロから来年+0.9%、再来年+1.5%へと加速した後、2028年+1.2%、2029年+1.0%、2030年+0.7%と徐々に減速すると予想されている。今年はトランプ関税の影響で低迷し、来年以降はドイツの大規模財政出動で押し上げられるものの、時間の経過とともに低い潜在成長率(後述)に向けて尻すぼみになっていくというイメージだ。

ドイツ経済は国際競争力の高い輸出を強みとしており、輸出金額は国内総生産(GDP)の4~5割の規模を誇る。巨額の貿易黒字がGDP比6%超の経常黒字を生み出し、ドイツ経済のけん引役となっていた。しかし、その輸出にはトランプ関税による強い逆風が今後吹き続けることになる。IMFは、ドイツの経常黒字が今後4%台に向けて減少していくと予想している。ドイツの名目GDPは、現状の為替レートでは日本を大きく上回っているものの、1ユーロ=140円を割れてくると、再び日本に抜き返される可能性がある。

ドイツ5大研による経済予測のポイント

4月24日、ドイツの5大経済研究所から春季合同経済予測が発表された。トランプ関税とドイツ財政出動の影響を織り込んだ権威ある最新経済予測として注目に値するため、その概要を下表にまとめておく。実質GDP成長率については、今年+0.1%、来年+1.3%と市場コンセンサス並みの予想となっている。

今回の予測は、ドイツの潜在成長率に対する分析部分が衝撃的だった。潜在成長率を構成する3本柱のうち、資本投入と生産性は相応のプラスを維持するものの、労働投入が今年からマイナスに転じて潜在成長率を大きく押し下げ始めている。この労働投入のマイナス寄与のせいで、潜在成長率はわずか+0.3%に留まると推計されている。これは日本と同程度かむしろ低いぐらいの水準だ。少子高齢化による働き手の減少、労働参加率の低下、労働時間の短縮の三つが労働投入マイナス寄与の主因となっている。メルツ政権としては、働き手を増やし、労働時間を伸ばすインセンティブの強化を急ぐ必要がある。

ドイツ経済の低迷は当面続く見込みだが、今後10年間で1兆ユーロ(GDPの約2割相当)もの財政出動用資金が確保できていることは非常に心強い。経済通のフリードリヒ・メルツ首相は、この資金をフル活用して潜在成長率を押し上げようとするだろう。

日本にとって将来格段に重要になりうる欧州市場

前号では、日本にとってドイツ市場の魅力が増す可能性について議論したが、欧州連合(EU)についても同様のことが期待できそうだ。世界の名目GDPのシェアで27%を占める米国が、今後もずっと強国として独善的に振る舞い続けるようであれば、もともと同様の問題を抱える中国(シェア17%)と併せて、世界の2大市場がビジネスの対象として信頼しにくい存在になる。日本(同4%)にとって、自由貿易や国際ルールの尊重などの基本的価値を共有するEU(同18%)は、巨大単一市場としての魅力が格段に増すことになるだろう。

27カ国の集合体であるEUでは内部の利害調整が容易でないため、貿易協定の面では長年苦労してきたが、EUも英国に続いてCPTPP(米国離脱後のTPP)に参加する可能性が高まっている。全幅の信頼を置けなくなりつつあるドルの代替手段として、ユーロの重要性も高まりそうだ。「Europe’s moment」(欧州の真価が問われる分岐点)と表現されているこの歴史的チャンスを欧州がモノにするかどうかについては、在欧日系企業としても最大の関心をもって注視していく必要があるだろう。

5大研合同経済予測

2024年 2025年 2026年 一言メモ
実質GDP
(前年比)
▲0.2% +0.1% +1.3% しっかりしたプラス成長は来年以降
インフレ
(前年比)
+2.2% +2.2% +2.1% 上振れリスクは大きく後退
1人当たり賃金
(前年比)
+5.3% +2.8% +3.0% 雇用軟化で高賃上げは一服
失業率 6.0% 6.3% 6.2% 当面は失業の増加が続く
財政収支
(GDP比)
▲2.8% ▲2.6% ▲3.2% 財政出動で来年から赤字拡大
経常収支
(GDP比)
+5.7% +3.6% +3.0% トランプ関税で貿易黒字大幅減
※▲=マイナス
 
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