ジャパンダイジェスト

独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第22回ビジネス視点から読み解く ドイツ流行語大賞2024

毎年暮に発表されるドイツ流行語大賞では、その年のドイツの世相をうまく表現し、人気となった言葉が大賞を含めて計10個選ばれる。活きたドイツ語教材として有益なだけでなく、ビジネスパーソンにとっても示唆に富むものが多い。昨年(本誌1210号)に引き続き、2024年の流行語大賞をビジネス視点で読み解きたい。

  • 22年の「転換点」と23年の「危機モード」はドイツの現状を今なお的確に表現
  • 2024年は「新政権」「脱炭素」「AI」「従業員処遇」「節約志向」の関連ワードに注目
  • 今年はドイツの経営環境の激変が予想されるので覚悟されたし

ドイツの今を予言していた過去2年の大賞ワード

GfdS(ドイツ語協会)が毎年12月上旬頃に、その年の政治・経済・社会を代表する言葉として「Wort des Jahres」(ドイツ流行語大賞)を発表している。毎回10個のワードが選出されるが、これらは単なる流行語である以上に、ドイツにおける経営環境をより深く理解する上でも大いに参考になる。

例えば、2022年の大賞「Zeitenwende」(新たな時代への転換点)は、安全保障面の抜本的強化、経済再建、脱炭素・デジタル化対応などが急務という意味で、今なおその実現が待ち望まれている。また、23年の「Krisenmodus」(危機モード)は、エネルギー価格高騰をきっかけとした独経済の危機という形で、今も続いている。この2語は、現在のドイツの苦境を的確に予言していたように思える。

2024年大賞「Ampel-Aus」とそのほか注目ワード

2024年の大賞には、ショルツ政権の崩壊を意味する「Ampel-Aus」が選ばれた。「信号故障」を意味する造語だが、ショルツ首相の社会民主党(SPD、政党カラーは赤)、自由民主党(FDP、黄色)、緑の党(緑)による信号機連立政権が壊れて、ドイツが混乱に陥った様子を非常にうまく表現している。その「Ampel-Aus」後に誕生する新政権こそ、ドイツの今年最大の注目点であることは間違いない。

また、大賞以外にも入賞ワードが九つあるが、ビジネスの観点では次の四つにも注目したい。2位の「Klimaschönfärberei」(グリーン・ウォッシング)は、ドイツがこれまで情熱を注いできた気候変動対策に冷水を浴びせた。今年はトランプ政権が再びパリ協定から脱退するので、気候変動対策への熱意は欧州でも低下しよう。気候変動対策に今後どれくらい手間とコストをかけるのか、この機会に根本的に見直しておくべきだろう。5位の「generative Wende」(生成的転換点)は、AIの性能面でのブレークスルーを表現する言葉だが、昨年急増したAI投資に対して、今年はそのリターンが求められる年になる。各企業でのAI活用においてもそろそろ目に見えた成果が必要になるだろう。

7位の「Life-Work-Balance」(ライフ・ワーク・バランス)は、ドイツ人が大好きな言葉である。ドイツではどんなに景気が悪くても、倒産の危機に瀕しでもしない限り、日本の常識ではありえないような処遇改善(賃上げや労働時間短縮)が要求されうるので、予算策定の際にはご注意いただきたい。9位の「angstsparen」(不安からくる節約志向)は、ドイツの個人消費の予想外の弱さの主因になっている。ただし貯蓄は着実に増え続けており、その分潜在的購買力は高まっているはずなので、特に消費財関連のビジネスにおいては、この節約志向が緩んでくるタイミングを見逃さないようにしたい。

ドイツのビジネス環境の激変にどう対応していくべきか

今年はキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首を首相とする新政権が発足することになりそうだが、当面はトランプ政権への対応に追われ、安全保障面の強化とトランプ関税対策に奔走させられるだろう。肝心の経済対策では、エネルギーコスト低減、各種減税、働くインセンティブの強化などにより、ドイツの産業立地条件改善に注力するはずだ。

ドイツのビジネス環境が激変する可能性が高いため、ドイツ拠点には日本の本社から状況分析や対応方針についての問い合わせがかなり増えるだろう。トランプ関税と経済対策への対応がポイントになりそうだが、流行語大賞から垣間見えた、気候変動対策への熱意低下、AI本格活用、不況下での社員処遇、節約志向の緩みなどについても目配りすることをお勧めしたい。

2024年流行語大賞トップ10

❶ Ampel-Aus 信号機連立政権崩壊(奇しくもトランプ再選確定当日に発生)
❷ Klimaschönfärberei グリーン・ウオッシング(企業などが環境に優しいフリをすること)
❸ kriegstüchtig 戦争能力を有する(ピストリウス国防相の国防軍に対する危機感を表現)
❹ Rechtsdrift 右傾化(ドイツに限らず、欧州諸国や米国で近年急激に進行中)
❺ generative Wende 生成的転換点(AIの飛躍的進化の節目を表現)
❻ SBGG 性別自己決定法(登記での自己申告で性別変更が可能になった)
❼ Life-Work-Balance ライフ・ワーク・バランス(ドイツはその世界チャンピオンとも)
❽ Messerverbot ナイフ禁止(イベントなどでの単独テロ多発で導入された)
❾ angstsparen 将来が不安で節約する(経済長期低迷で広がった)
❿ Deckelwahnsinn 蓋の狂気(蓋を外せるペットボトルを禁止した不便なルールへの皮肉)

過去2年の大賞

2023年1位 Krisenmodus 危機モード(特にエネルギー価格高騰)
2022年1位 Zeitenwende 新たな時代への転換点(特に軍事面)
 
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