2026年のベルリンは雪景色と、放火による前代未聞の大規模停電で幕を開けた。厳しい寒さが続き、家にこもりがちになるからこそ、普段あまり行かない場所で生のエネルギーに溢れたものに触れたいという気持ちも湧いてくる。たまたまベルリナー・アンサンブルのパンフレットで見つけた「K.」という舞台にひらめきを感じて、私はすぐにチケットを押さえた。
凍てついたベルリナー・アンサンブル前の情景
1月26日夜、フリードリヒ・シュトラーセ駅で降りて、劇場に向かう。シュプレー川の手前の信号を渡る際、目の前の凍結した路上で男性がツルッと滑って転んだ。凍てついた川とその向こうの駅周辺の冬のベルリンらしい情景を見ながら、私も慎重に歩く。ベルトルト・ブレヒト広場に面した劇場周辺はモダンな集合住宅が立ち並んでいるが、劇場自体は四半世紀前に初めて訪れたときの温かみのある雰囲気が残っているのがうれしい。木の扉とクローク、まばゆいシャンデリア、7ユーロという格安で観られる立ち見席、等々。
バリー・コスキー演出の「K.」は、フランツ・カフカの小説「審判」をめぐる劇だ。「K」は「審判」である日突然逮捕される主人公ヨーゼフ・Kのイニシャルであり、それは同時にカフカ、そしてユダヤ人演出家コスキー自身のイニシャルでもある。
カフカというと、精せいかん悍な肖像写真の印象もあって、ドイツ社会に同化したユダヤ人というイメージが強いが、第一次世界大戦前のプラハでガリツィアからのイディッシュ語の巡回劇団に興味を持ち、カフェ・サヴォイで行われた公演に通い詰めるという体験もしている。やはり東欧ユダヤ文化にルーツを持ち、オーストラリア国籍のコスキーは、カフカの作品に通底するイディッシュ文化やユダヤ的なルーツをこの舞台によみがえらせた。
開演前に行われたレクチャーの様子
ベルリンのコーミッシェ・オーパーで長く首席演出家を務めたコスキーらしく、鍵となるのは音楽だ。20世紀初頭のワルシャワのイディッシュ劇場のレパートリーだった曲で演者が歌いダンスし、対照的にバッハの厳格なバロック音楽が、スリリングな編曲により演奏される。さらにシューマンの連作歌曲「詩人の恋」のハイネの詩がイディッシュ語で歌われ、カフカの最後の恋人として数カ月を過ごしたドーラ・ディアマントに重ね合わせられる。
コスキーはこう語る。「戦後、カフカはホロコーストなどの悲劇的な未来を予見した人物のように再解釈されましたが、それは事実ではありません。この作家を新たな視点で見直すことが必要です」。
カトリン・ヴェーリッシュ演じる主人公Kは、さまざまな不条理な出来事に巻き込まれながらも、原作のように「犬のように」殺されることはなかったのが少し救われた。このコスキー版「審判」、年明けから理解が追いつかない世界情勢によって、日常生活を送りながらも不利な状況にじわじわ追われている私たち自身をそこに見ているかのようだ。
駅までの帰り道、滑らないように気を付けながら、こんな時代にこそカフカをあらためて読んでみようかと思った年始の夜だった。
ベルリナー・アンサンブル
Berliner Ensemble
ベルトルト・ブレヒトと妻のヘレーネ・ヴァイゲルによって1949年に設立された劇場。1954年に現在のシッフバウアーダムの建物に移転し、ハイナー・ミュラー、クラウス・パイマンらが総監督を務めてきた。現在もブレヒト作品を多く上演しており、今回ご紹介したバリー・コスキー演出による「三文オペラ」も人気レパートリーに定着している。
オープン:月〜土10:00〜18:30(チケットオフィス)
住所:Bertolt-Brecht-Platz 1, 10117 Berlin
電話番号:030-284-08-155
URL:www.berliner-ensemble.de
K.
2025年9月にプレミエを迎えた、バリー・コスキー演出によるベルリナー・アンサンブルの舞台作品。ドイツ語、イディッシュ語、ヘブライ語が混じり合い、「ユダヤ文化の知られざる側面を紹介したい」というコスキーの願いが込められたパワフルな舞台だ。今シーズンは2026年3月3日と4日(それぞれ19時半開演)に予定されており、3月4日は英語字幕付き。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック



中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『






