Fujitsu 202406
独断時評


原子炉3基、運転継続へ 緑の党の苦悩深まる

10月19日に記者団の前に立ったハーベック経済・気候保護大臣とレムケ環境・消費者保護大臣(ともに緑の党)の表情は、さえなかった。2人の大臣は、「エネルギー危機に備えて、3基の原子炉を来年4月15日まで運転可能にする」と発表した。ショルツ政権はこの日、3基の原子炉の運転期間の延長を可能にするため、原子力法の改正案を閣議決定した。

10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)

「年末に脱原発」の目標達成できず

緑の党は、今年末までに原子炉を全廃するという目標を達成できなかった。ドイツは2011年に日本で起きた炉心溶融事故をきっかけに、当時使われていた17基の原子炉のうち、14基を廃止した。残りの3基も年末にスイッチを切られる予定だった。

だがロシアのウクライナ侵攻以降、経済学者や保守党から「脱原子力政策を見直すべきだ」という声が強まった。このため、ハーベック氏とレムケ氏は電力会社と協議。その結果、3月8日に「原子力エネルギーはリスクが高い技術だ。ウクライナのサポリージャ原子力発電所がロシア軍の砲撃を受けたことに表れているように、政治的に不安定な時代に原子炉を使うことは危険だ。3基の原子炉の運転を継続することによって得られる利益よりも、リスクの方が大きい」として、予定通り今年12月31日までに3基の原子炉を全て廃止するべきだと発表した。

だがロシアが6月以降、ドイツへ直接天然ガスを送っていた海底パイプライン・ノルドストリーム1を通じた輸送量を減らし始め、8月31日には完全に供給を停止した。このため経済界からは、「冬の電力不足を防ぐために、現在あるエネルギー源を全て温存するべきだ」という要求が強まった。企業経営者を支持基盤とする自由民主党(FDP)のリントナー財務大臣は、「発電に使われるガスを節約するために、3基の原子炉を2024年まで運転するべきだ」と主張した。

また連邦政府の諮問機関・経済専門家評議会のグリム座長も、「ドイツのエネルギー危機は、液化天然ガスの陸揚げターミナルが完成する2024年夏まで続く。したがって、再来年の夏までは原子炉を運転し続けるべきだ」と勧告した。

世論調査で81%が運転継続を希望

原子力に対する世論の流れも変わった。それは、ガス料金と電力料金の高騰によって、多くの市民が「エネルギー費用を払えなくなるのではないか」という不安を抱いたからだ。ドイツ公共放送連盟(ARD)が8月4日に公表した世論調査の結果によると、「3基の原子炉を来年1月1日以降も運転し続けるべきだ」と答えた回答者の比率は81%に上り、「予定通り今年12月31日に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率(15%)に大きく水をあけた。

緑の党も徐々に態度を変えた。9月5日にはハーベック大臣が「送電事業者4社に依頼した電力市場ストレステストの結果、さまざまな悪条件が重なった場合、冬に電力不足が起きる可能性がある」として、3基の原子炉のうち、イザール2号機とネッカーベストハイム2号機を年末に廃止せずに、来年4月15日までリザーブ電源として温存する方針を打ち出した。また、「3基とも発電を年末で停止する。エムスランド原子炉は、予定通り廃止する。残りの2基も発電は止めるが、4月15日までは廃止せずに、電力需給が逼ひっぱく迫した場合には、再稼働させる」と説明した。

特に深刻なのは、隣国フランスで56基の原子炉のうち32基が配管の腐食などのために停止していることだ。つまりドイツで電力が不足してもフランスからの融通を受けられない。しかも気候変動による降雨不足のために河川の水位が下がり、石炭火力発電所の燃料を運ぶ貨物船の航行に支障が生じている。ドイツ政府が期待していた石炭火力発電所の再稼働も進んでいない。さらに冬のガス不足を懸念した多くの市民が電気を使う温風ヒーターを購入しているため、電力需要が増えると予想されている。このためハーベック氏は「2基温存」を打ち出したのだ。

エネ政策の混乱で緑の党の支持率が低下

だがFDPのリントナー党首は、「3基とも2024年まで運転させるべきだ」と強硬に主張。ハーベック大臣は、妥協を拒否した。このためショルツ首相が10月17日に異例の首相決裁権を発動して、「エムスランド原子炉を含む3基の運転を、来年4月15日まで運転可能にする」と決定した。首相決裁権は、閣内の意見が分かれたときに首相に与えられている決定権で、めったに行使されない。政権発足から1年もたたないうちに「伝家の宝刀」を抜かなくてはならなかったことは、連立与党間の足並みの乱れを浮き彫りにしている。

緑の党の衝撃は大きい。同党の代議員たちは10月15日に開いた党大会で、「原子炉2基を4月15日まで運転。エムスランド原子炉は廃止」という執行部の決定を承認していたからだ。

エネルギー政策の右往左往のために、緑の党の支持率は下がりつつある。アレンスバッハ人口動態研究所によると、緑の党への支持率は今年6月上旬には22%だったが、10月上旬には19%に下落。社民党の支持率も、23%から19%に下がった。逆に極右政党「ドイツのための選択肢」は10%から14%に増えている。キリスト教民主・社会同盟も27%から30.5%に増加した。FDPは、2024年までの運転継続を目指して、来年も議論を蒸し返すものとみられている。緑の党の苦悩は、当分の間続きそうだ。

最終更新 Donnerstag, 03 November 2022 17:32
 

独政府、ガス・暖房料金に上限を設定へ

ウクライナ戦争の影響で市民のエネルギー価格高騰への不安が強まるなか、政府がガスと遠距離暖房の料金に上限を設定する構想が固まった。政府の委託を受けた「ガス問題委員会」は10日、市民や企業のガス料金負担の高騰を防ぐための方策を発表した。

10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏

政府が12月の料金を支払い

委員会の中間報告書によると、負担軽減策は二つの段階に分けて行われる。まず政府は第1段階として、今年12月の家庭・中小企業のガス料金を全額負担する。暖房の需要が強まる時期に、複雑な事務的手続きなしに市民の負担を軽減するのが目的である。

ガス料金を計算する基準は、今年9月の使用量。ガス価格に上限を設定するには、市民や中小企業の消費量に関するデータを集める必要がある。しかし政府がデータを集める時間がないため、委員会は政府に対して12月のガス料金を全額支払うよう勧めているのだ。委員会はこの措置のために50億ユーロ(7000億円・1ユーロ=140円換算)の費用を見込んでいる。

第2段階では、ガス料金の負担に上限が設定される。委員会によると、政府は来年3月1日から2024年4月30日まで上限を維持する。まず家庭と中小企業のガス料金については、1キロワット時(kWh)当たり12セントに上限を設定し、これを超える部分は政府が負担する。この措置によって、家庭と中小企業の今年9月のガス消費量の80%がカバーされる見通しだ。

市民にガス節約を促す狙いも

ロシアのウクライナ侵攻が始まる前には、家庭・中小企業向けのガス価格は1kWh当たり約7セントだった。つまり、負担額は約71%増えることになる。しかしウクライナ戦争の勃発以降、ガスの小売料金は1kWh当たり約30セント(戦争前の料金の4.3倍)まで高騰している。つまり12セントに上限が設定されれば、市民へのショックは幾分緩和される。

ガス問題委員会はウクライナ戦争前のガス価格よりも71%高い水準に上限を設定することで、市民や中小企業にガスの消費量を節約させることを狙っている。値段が上がれば、使用量を節約しようとする人が増えるからだ。ドイツ連邦系統規制庁(BNetzA)は、この冬のガス不足を防ぐには、ドイツ全体で消費量を例年よりも20%減らす必要があるとしている。

長距離暖房(Fernwärme)を使っている家庭と中小企業に対しては、上限を1kWh当たり9.5セントに設定する。政府は、市民と中小企業のガスと長距離暖房の価格の上限設定のために、610億ユーロ(8兆5400億円)を投じる必要がある。

またガス消費量が多い産業界の約2万5000社の企業については、消費量の70%が価格制限の対象となり、料金に1kWh当たり7セントの上限が設けられる。この措置の対象となるのは、ガスの年間消費量が150万kWhを超える企業。政府はウクライナ戦争が始まってから、産業界の消費量などについてのデータの収集を開始していたため、家庭や中小企業よりも2カ月早い来年1月1日に上限を導入できる。委員会は、このためにかかる費用を250億ユーロ(3兆5000億円)と推計している。

産業界は、ロシアがドイツへのガス供給量を減らし始めてから、製造などに使うガスの消費量を削減してきた。BNetzAによると、9月に産業界が消費したガスの量は、1998~2021年の平均に比べて19%少ない。政府は「家庭の消費量は例年に比べて減っておらず、節約努力を増す必要がある」と訴えている。

委員会の責任者は、政府の諮問機関・経済専門家評議会のヴェロニカ・グリム氏(経済学者)。さらに、ドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスヴルム会長とエネルギー・化学業界の産業別労組IGBCEのミヒャエル・ヴァシリアディス委員長も加わった。委員会が設置されたのは9月23日であり、グリム委員長らは3週間足らずで最初の提言を打ち出したことになる。

ショルツ政権はEUの批判を抑えられるか?

この提言は、ショルツ政権が9月29日に発表した「エネルギー費用負担抑制策」の一環。同政権はこのために2000億ユーロ(28兆円)、つまり連邦予算の約40%に相当する資金の投入を予定している。今回の施策にかかる資金額は910億ユーロ(12兆7400億円)に達する。政府は中間報告書の内容を検討しているが、委員会の提言の大部分を実行する見通しだ。

ただし、今回の施策はガスと遠距離暖房の料金だけを抑制するものであり、政府が目指す電力料金の上限設定策は含まれない。さらに、ガス調達価格の高騰によって経営難に陥った電力・ガス販売企業の支援策も含まれていない。電力業界では、「一部のシュタットヴェルケ(地域エネルギー供給会社)の経営状態も悪化しているので、政府支援が必要」という声が出ている。

また欧州連合(EU)のほかの加盟国からは、「豊かな国ドイツが多額の財政出動を行って、自国の企業と市民を救うのは、自由な競争を阻害する」という批判の声が出ており、ショルツ政権がEUの承認を得られるかどうかも重要なポイントだ。

ロシアのガス供給量抑制により、今年8月下旬の欧州のガス卸売価格は、一時的に1年前の約7倍に高騰した。このためドイツ市民、特に低所得層の間では、「ガスや電力料金の高騰のために可処分所得がゼロになってしまう」という不安の声が強まっていた。今回公表された提言は、ガス料金引き上げが市民に与える打撃を緩和するための第一歩だ。政府は低所得層を支援するための施策も手厚くすることが必要だろう。

最終更新 Donnerstag, 20 Oktober 2022 09:01
 

ショルツ政権支持率 エネルギー危機で急落

社会民主党(SPD)・緑の党・自由民主党(FDP)の三党連立政権を生んだ連邦議会選挙から、1年が経った。ロシアのウクライナ侵攻が引き起こしたエネルギー危機とインフレなどのために、ショルツ政権への支持率が急落し、逆に極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への支持率が増えつつある。

9月24日、ショルツ首相はサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、エネルギー分野で協調していくことを確認した9月24日、ショルツ首相はサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、エネルギー分野で協調していくことを確認した

ショルツ首相の優柔不断な態度に批判の声

アレンスバッハ人口動態研究所が発表した世論調査結果によると、昨年9月24日にはSPDへの支持率は26%だったが、今年9月16日には6ポイント少ない20%に急落。FDPへの支持率も、同時期に10.5%から7%に下がっている。これに対し野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)への支持率は、25%から30%に増加した。また連立与党の中では唯一、緑の党が1年間で16%から19%に増加した。

これらの数字には、ウクライナ支援策についての世論が反映されている。SPDの支持率が下がっている理由の一つは、オラフ・ショルツ首相の煮え切らない態度だ。例えば同氏は、当初ウクライナにドイツ製の対空戦車ゲパルトや自走りゅう弾砲などの重火器を供与することに反対していた。しかしウクライナや東欧諸国に強く批判された結果、重火器の供与にゴーサインを出した。現在もショルツ首相は、ウクライナ政府が求めているドイツ製のレオパルド2型戦闘戦車とマルダー装甲歩兵戦闘車の供与には反対している。

ショルツ首相は、今年1月には「ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2(NS2)は純粋に民間経済のプロジェクトだ」と公言して、稼働に前向きだった。しかし2月にプーチン大統領が親ロシア派の多いルガンスク人民共和国などの独立を承認したため、慌てて態度を変え、稼働を禁じた。

つまり多くの国民が、ショルツ首相の優柔不断な態度に失望しているのだ。もちろんこれはショルツ氏の慎重な性格を反映しているのだが、現在の緊急事態を考えると、「首相としてのリーダーシップに欠けている」と思う市民が増えるのも無理はない。

緑の党は重火器供与に前向き

SPDとは対照的に、緑の党への支持率が増えている理由の一つは、同党のウクライナ支援の姿勢が一貫していることだ。緑の党は、連立与党の中で戦闘戦車などウクライナへの重火器の供与について最も積極的だ。同党は環境保護だけではなく、人権の保護も重視する政党だからだ。

緑の党の政治家たちは、連邦議会・欧州委員会のアントン・ホフライター委員長のように、「ウクライナが勝てるように、ドイツはゼレンスキー政権を強力に後押しするべきだ」という態度を貫いている。この党は、ロシアのウクライナ侵攻が起きる前から、ロシアとNS2プロジェクトを進めることに反対してきた。

インフレに対する市民の強い不安

もう一つ、SPDの支持率を下げている理由は、エネルギー危機だ。8月31日以降ロシアがNS1を通じたドイツへのガス供給を停止したために、企業経営者や市民の間ではこの冬にガスや電力料金が高騰し、可処分所得が激減するという不安が強まっている。連邦統計庁によると、今年8月の消費者物価上昇率は7.9%。特に電力、ガスは46.4%、食料品は15.7%と二桁の上昇率で、過去約40年間で最高の水準だ。

インフレは通貨の価値と購買力を減らす。アレンスバッハ人口動態研究所が今年8月に発表した世論調査によると、「あなたの不安の最大の原因は何ですか?」という問いに対し、インフレを挙げた回答者の比率は83%で最も高かった。

ショルツ政権のエネルギー政策をめぐる右往左往も目に付く。今年8月には「エネルギー会社の連鎖倒産を防ぐために、消費者にガス賦課金の支払いを義務付ける」と発表したが、9月下旬には「消費者負担を増やすガス賦課金は無意味であり、撤回すべきだ」という意見が与党内で強まっている。

ショルツ政権は、今年3月には「3基の原子炉を予定通り今年12月31日までに廃止する」と発表していた。しかし9月27日には連邦経済気候保護省のロベルト・ハーベック大臣が「今年冬には電力不足が予想され、隣国フランスも電力の融通が難しいことから、3基のうち2基の原子炉は、来年1月1日から4月半ばまで運転させる必要がある」と政策を修正した。

本稿を執筆している9月28日の時点では、ショルツ政権がこの冬に何を財源として電力とガス料金に上限を設定し、市民の負担増加に歯止めをかけるのかについて明確な方針が打ち出されていない。エネルギー政策の右往左往とエネルギー・インフレの悪化は、ハーベック大臣が属する緑の党の支持率にも将来的に悪影響を与えるかもしれない。

われわれ外国人にとって気になるのは、極右政党への支持率がじりじりと増えていることだ。AfDの支持率は昨年9月には10%だったが、今年9月には13%に増えた。INSAが9月26日に公表した世論調査によると、旧東ドイツ地域ではAfDへの支持率は27%で、最も人気が高い政党になっている。これらの数字には、現政権のインフレ対策への市民の不満が浮き彫りになっている。

インフレを背景にAfDが勢いを増していることには、イタリア総選挙での右翼勢力の圧勝と一脈通じるものがある。市民の怒りが、ポピュリズム勢力にとって追い風とならないことを祈る。

最終更新 Mittwoch, 05 Oktober 2022 17:27
 

ウクライナ侵攻開始から半年 トンネルに光は見えず

ロシアが2月24日にウクライナ侵攻を始めて半年が経った。欧州を襲った、第二次世界大戦以来最も深刻な安全保障上の危機に、終結の兆しは見えない。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

米国諜報機関の予想が的中

ドイツのハーベック経済気候保護大臣は、「われわれは、欧州での戦争とは歴史の教科書の中だけで読むものだと思っていた。それが現実に起きてしまった」と述べたことがある。この言葉には、ドイツ人たちがこの戦争で受けた衝撃の強さが現れている。大半の欧州人たちは、米国の諜報機関が昨年12月以来発していた、「ロシアはウクライナに侵攻する」という警告を信じなかったが、国境に集結した10万人を超えるロシア軍部隊は、米国の予想通り軍事攻撃に踏み切った。

プーチン大統領は、2014年のクリミア半島制圧のように、数日でキーウを占領できると予想していた。侵攻作戦に参加したロシア兵たちは、当初3日分の食料しか与えられていない。だが、ロシア軍はウクライナ軍の激しい抵抗に遭い、米英などが供与した携帯式対戦車ミサイルなどで多数の戦車を撃破されたため、キーウ占領を当面あきらめたのだ。しかし、ロシアは攻撃の矛先を東部のドンバス地区や南部に集中させ、親ロシア派が支配するルガンスク・ドネツク両人民共和国と、クリミア半島を結ぶ「陸橋」を造った。現在ウクライナの領土の約20%がロシアに占領されている。

ロシア軍の残虐行為が明るみに

今回の戦争が世界を震撼させたのは、ロシア軍が一時占領したキーウ近郊のブチャやイルピンなどで、ロシア兵が住民を無差別に虐殺し、拷問・強姦などの残虐行為を行っていたことだ。ブチャだけでも、約400人の市民が殺害されている。さらにロシア軍は、国際法を無視して軍事施設だけではなく団地、病院、市民が避難していた劇場などを無差別に攻撃し、市民の間に多数の死傷者が出ている。国連によると、8月21日までに約5600人が死亡し、約7900人が負傷した。

多くの国々が、自走りゅう弾砲や対空戦車など重火器を含む多数の兵器をウクライナに送っている。キールの世界経済研究所によると、今年6月までに各国がウクライナに送った武器・弾薬や、同国が武器を買えるように行った資金援助の総額は360億ユーロ(5兆4000億円・1ユーロ=140円換算)に上る。

ドイツが紛争地域に重火器を供与したのは初めて。さらにドイツ政府は、2022年の防衛予算を当初の予定から49.3%増やして700億ユーロ(9兆8000億円)に引き上げ、来年以降も国内総生産(GDP)の2%を超える金額を防衛予算に回す方針だ。東西冷戦終結後続いていた防衛予算の減額に歯止めをかけ、連邦軍の装備の近代化と増強を始める。ショルツ首相が「時代の変化」(Zeitenwende)と呼ぶように、ドイツは2月24日前の国とは違う国になったかのようだ。

つかめない停戦交渉の糸口

米国・国防総省は8月末までに約7万人~8万人のロシア兵が戦死し、4万5000人が負傷したと推定している。またウクライナ政府は、今年6月までに約1万人のウクライナ兵が戦死し、約1万8000人が負傷したと発表した。ロシア軍が特定の地域を占領しても、西側のりゅう弾砲や多連装ロケット砲を使って反撃するという、一進一退が続いており、戦争は消耗戦の様相を呈している。ウクライナ政府は、クリミア半島を含めて、ロシア軍を自国領土から撤退させることを目標にしている。だがウクライナ軍には戦車や戦闘機が不足しているので、ロシア軍の駆逐は容易ではない。

このため本稿を執筆している8月末の時点では、ロシアとウクライナの間で正式な停戦交渉が始まる見通しは立っていない。ウクライナが停戦交渉に同意する場合、米国や英国などに対して、「安全を保証すること」を要求する可能性が強い。ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)には加盟できない代わりに、将来ロシアに再び攻撃された場合、米国やドイツなどが軍事支援を行うという約束を取り付けようとしている。この軍事支援が武器の供与に留まるのか、戦闘部隊のウクライナへの派遣をも含むかは、まだ決まっていない。

しかしNATO加盟国にとっては、ロシア軍と直接交戦することは、欧州大戦につながる危険性があるので、絶対に越えてはならない一線だ。ウクライナとNATO加盟国が軍事支援の内容について合意するのも容易ではない。つまり、この戦争がどのような形で終わるのかを予想することは極めて難しい。

ウクライナで終わる保証はない

一つだけ言えることは、ロシアが予測不可能な国になったということだ。ロシアの軍事作戦がウクライナで終わるという保証はない。かつてソ連に併合されていたバルト三国やワルシャワ条約機構に属していたポーランドも、狙われるかもしれない。将来プーチン大統領が失脚しても、「大ロシア」を夢見る国粋主義的な政治家には事欠かない。スウェーデンとフィンランドが中立主義を放棄してNATO加盟を申請したのは、そのためだ。欧州の地政学的リスクは、1980年代の冷戦時代並みに高まっている。

NATOのストルテンベルグ事務局長は、4月7日に「この戦争はすぐには終わらない。数カ月または数年続くかもしれない」と言ったように、現在の混沌は当分の間続くと考えるべきだろう。冷戦後約30年間続いた「平和の配当の時代」は終わり、われわれは暗いトンネルのような時代を手さぐりで進みつつある。

最終更新 Donnerstag, 15 September 2022 08:46
 

ガス賦課金による料金高騰をめぐり激論

ロシアが西欧へのガス供給量を大幅に削減したため、大手エネ企業ユニパーが経営難に陥った。このため政府は企業のガス調達費用の増加分の大半を、消費者に負担させる。市民のエネルギー費用は秋から冬にかけて、大幅に増加する。

8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした

ロシアのガス供給削減が発端

連邦経済気候保護省(BMWK)は8月15日、ユニパーなどガス輸入企業の倒産を防ぐために、今年10月1日から2024年3月31日まで、全てのガス消費者に対してガス1キロワット時(kWh)当たり2.419セントの賦課金の支払いを義務付けると発表した。

ユニパーなどの企業では、ロシアがガスパイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた供給量を通常の20%に減らしたために、スポット市場で割高のガスを調達しなくてはならず、損失額が増えた。ユニパーの1日の平均損失額は、6000万ユーロ(84億円・1ユーロ=140円換算)に達する。ショルツ政権はユニパーの株式の30%を取得するなど、150億ユーロ(2兆1000億円)の公的資金を投じて、同社を救済した。

賦課金の導入によってガス輸入企業は、実際の調達価格ともともとの購入契約の価格の差額の90%を消費者に転嫁できる。ただし実際の調達価格は今後もさらに上昇する可能性があるため、賦課金の額は3カ月ごとに修正される。

価格比較サイトVerivoxとCheck24によると、年間の天然ガス消費量が2万kWhで、居住面積が180平方メートルの家に住む4人家族の世帯が払うガスの年間費用は、賦課金の導入により575ユーロ(8万500円)増える。年間消費量が5000kWhの独身世帯では、年間121ユーロ(1万6940円)の増加だ。

付加価値税引き下げをめぐる議論

本来は、この賦課金に19%の付加価値税がかかるはずだった。ショルツ政権は、ガス料金と賦課金への付加価値税をゼロにするための許可を欧州委員会に申請したが、欧州委員会は却下。このためガス料金と賦課金の付加価値税を7%に下げることになった。

だが付加価値税の引き下げについては、批判も多い。サービス企業の産業別労働組合ver.diのフランク・ヴェルネケ委員長は、「7%への引き下げだけでは不十分だ。ショルツ政権は、年間のガス消費量が1万2000kWhまでの家庭に対して、ガス料金の上限を導入するべきだ」と主張している。

またVdKなどの社会福祉団体は、「付加価値税を引き下げると、貧しい市民だけではなく、高所得者の負担も減る。これは不公平だ。エネ費用の上昇は低所得者にとって特に大きな打撃なのだから、ショルツ政権は貧しい人々の負担を減らす政策を取るべきだ。負担軽減策は、最も弱い市民の可処分所得を増やすものでなくてはならない」という声明を発表し、政府に対して追加的な対策を求めている。

また賦課金による企業支援についても、批判がある。賦課金の額を計算する非営利企業Trading Hub Europe(THE)によると、これまでユニパーなど12のエネルギー企業が賦課金による支援を申請した。これらの企業に対する支援額は340億ユーロ(4兆7600億円)に上る。

だが12社の中には、ユニパーのように経営難に陥った企業だけではなく、ガス・電力価格の上昇によって黒字が増えたEnBWの子会社も含まれている。政界では、「エネルギー危機によって潤っている会社を、賦課金で支える意味があるのか」という疑問の声が聞かれる。

実際RWEとシェルは、「ガス調達価格の増加分は、自社の収益から負担できる」として、賦課金による支援は使わないと発表している。この2社からガスを買っている消費者は、賦課金を払う必要はない。

賦課金は今後も上昇か

市民にとっての大きな問題は、賦課金が2.419セントに留まる保証はないということだ。その理由は、卸売市場で価格の上昇に歯止めがかかっていないからである。欧州のガス卸売市場Dutch TTFのウエブサイトによると、8月22日に、1メガワット時(MWh)当たりの天然ガスの卸売価格の終値は、276.75ユーロと、過去最高値を更新した。1年前の価格(45.83ユーロ)に比べて6倍の上昇である。

価格高騰の理由は、ロシアが8月19日に、「NS1の点検のために、8月31日から3日間ガスの輸送を停止する」と発表したためだ。ドイツ政府は、ロシアがNS1を通じたガス供給を完全にストップするのは時間の問題と見ている。その場合、価格はさらに高騰する。

連邦系統規制庁のクラウス・ミュラー長官は、7月14日に「将来市民が払うガス料金は前年の3倍になる可能性がある」と語っている。8月7日に、ドイツ賃貸住宅テナント連盟のルーカス・ズィーベンコッテン会長は、「所得が最も低い人々、つまり市民の約3分の1は、ガスなどのエネルギー費用を払えなくなるだろう」と警告している。

ショルツ政権は、失業者への家賃補助額の引き上げや、低所得層を対象にしたエネルギー支援金の導入などを検討しているが、具体策はまだ公表されていない。政府はエネルギー費用の高騰のために市民の可処分所得が激減したり、真冬にガスを止められたりする事態を防ぐために、低所得層を中心に手厚い救済措置を取るべきだ。

最終更新 Donnerstag, 01 September 2022 08:54
 

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