Fujitsu 202406
独断時評


なぜドイツのエネルギーはロシアの人質にされたのか(下)

1998〜2005年までドイツの首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(社会民主党・SPD)は2005年の連邦議会選挙に負けて首相の座から辞任すると、プーチン大統領から要請されて、ロシアからドイツへガスを直接輸送するパイプライン、ノルドストリーム1(NS1)の運営企業の監査役会長に天下りした。この会社はロシアの国営ガス企業ガスプロムの子会社だ。NS1は2011年に運開。ドイツのロシア産ガスへの依存度は、2010年の39.2%から2020年には55.2%にはね上がった。

2017年7月7日、ハンブルクで開かれたG20で握手するプーチン大統領とメルケル前首相2017年7月7日、ハンブルクで開かれたG20で握手するプーチン大統領とメルケル前首相

ドイツの元首相がプーチン大統領の「走狗(そうく)」に

シュレーダー氏はロシア政府のロビイストとして、NS1に並行するノルドストリーム2(NS2)を建設してドイツへのガス供給量を倍増させるべく、メルケル政権に働きかけた。シュレーダー氏は2014年のロシアのクリミア半島併合についても、プーチン大統領を擁護する発言を行い、ロシア政府のドイツにおける利益代表者の役割を演じるようになった。彼はロシア軍が一時占領したブチャで発覚した、ウクライナ市民に対する虐殺事件についても「プーチン大統領が命じたものではない」と語っている。

さて2005年に首相になったアンゲラ・メルケル氏は、社会主義時代の東ドイツで育ち科学者として働いた。このためソ連の支配体制のリスクを知っており、ロシアに対してはシュレーダー氏に比べると批判的だった。日本ではメルケル氏について「ロシア語を話すなど、プーチン氏との仲が良い政治家」という見方を持っている人もいるが、彼女はプーチン氏とは仲が悪かった。ロシアに出張したとき、国家犯罪を記録する市民団体メモリアルの事務所を訪問して、ロシア政府の神経を逆撫でしたことがある。

メルケル政権もパイプライン建設を推進

だがメルケル氏も、政経分離主義をシュレーダー政権から引き継ぎ、プーチン大統領の国際法違反や人権抑圧を理由に、ロシアとの経済関係に波風を立てることを好まなかった。2014年にプーチン大統領がクリミア半島を併合したとき、欧州連合(EU)はロシアに対して現在ほど厳しい経済制裁措置を発動しなかった。メルケル氏もEUに対しロシアを国際経済の中で孤立させるほどの制裁の実施は求めなかった。

クリミア併合から約1年しかたっていない時期に、NS2の建設を認可し、ロシア依存度をさらに高める道を選んだことは、メルケル氏の大きな失敗である。メルケル氏は、首相辞任直前に行ったインタビューの中で、「まさかプーチン大統領がクリミアを併合するとは思わなかった」と語り、ロシアに対して楽観的な態度を持っていたことを明らかにしている。

ちなみにウクライナのゼレンスキー大統領は、メルケル氏のロシアに対する忖そんたく度を批判したことがある。彼は4月3日のビデオ演説で「ドイツとフランスは2008年にブカレストで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、『ロシアを不必要に刺激するべきではない』という理由で、ウクライナをNATOに加盟させることに反対した。これは、愚かな心配だった」と語った。つまり彼は、ウクライナがNATOに加盟できなかった一因がメルケル氏にあると考えている。

ウクライナ政府がドイツ大統領を「門前払い」

さてドイツのロシアとの経済関係の緊密化のなかで、重要な役割を演じた政治家がもう一人いる。フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領(SPD)だ。彼はかつてシュレーダー派に属する人物だった。1999〜2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官、メルケル政権では2度外務大臣を務めた。

彼はこれらの要職にあったときに、NS1とNS2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。東欧諸国の警告を無視し、シュレーダー氏の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。

今年4月には、ゼレンスキー政権のシュタインマイヤー大統領への反感を象徴する出来事があった。シュタインマイヤー大統領はポーランドのドゥダ大統領とバルト三国の大統領と共に、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に、ウクライナ政府は「シュタインマイヤー大統領の訪問は、望まない」と通告し、「門前払い」を食わせた。当時ベルリンのウクライナ大使だったメルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークをクモの巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、このクモの巣に絡めとられている」と批判した。

ちなみにシュタインマイヤー大統領は「私は、パイプライン建設プロジェクトを、ロシアとドイツを結ぶ懸け橋と考えていた。だが東欧諸国の警告に耳を傾けず、このプロジェクトを推進したのは誤りだった」と述べ、対ロ政策のミスを認めた。

つまりシュレーダー・メルケル両政権の融和政策、政経分離主義の結果、製造業界の血液であるガスが独裁者プーチン大統領の「人質」にされた。両政権は、元KGB(ソ連の国家保安委員会)将校の本質を見抜くことができず、エネルギー安全保障という国家の重要任務をおろそかにしたのである。

日本のロシア依存度は、ドイツほど高くはない。しかし資源小国日本にとっても、ドイツの苦悩は決して他人事ではない。

最終更新 Donnerstag, 18 August 2022 10:06
 

なぜドイツのエネルギーはロシアの人質にされたのか(上)

ドイツは、日本と同じくエネルギーの自給率が低い。資源エネルギー庁によると、2018年のドイツの自給率は37.4%、日本は11.8%だ。日本は中東諸国に大きく依存しているが、ドイツはロシアに頼った。

2003年、サンクトペテルブルクの式典で談笑するプーチン大統領とシュレーダー元独首相2003年、サンクトペテルブルクの式典で談笑するプーチン大統領とシュレーダー元独首相

ガスは製造業界の「血液」

2021年にドイツが輸入したガスのうち、ロシアからの輸入量の比率は55%だった。欧州連合(EU)加盟国で輸入量が最も多い。輸入石炭の49.9%、輸入原油の35%がロシア産だった。石炭と原油については、今年中にロシアからの輸入量をゼロにするめどが付いたが、ガスは液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルがないため、時間がかかる。

ガスは、ものづくり大国ドイツを支える「血液」だ。消費量のうち、製造業界が消費する比率が最も多い。化学業界は「ロシアからのガス供給が止まった場合、第二次世界大戦後もっとも深刻な被害がドイツ経済に生じる。化学業界だけではなく自動車、製薬、繊維業界などのサプライチェーンが切断され、数十万人が失業する」と警告する。

Ifo研究所は、「ロシアがドイツへのガス供給を停止した場合、わが国経済には2200億ユーロ(28兆6000億円・1ユーロ=130円換算)の損害が生じる。来年の国内総生産(GDP)成長率はマイナス2.3%に落ち込む」という悲観的な予測を打ち出した。つまりロシアのガスなしには、経済が成り立たない。ロシアはガスの元栓を押さえ、製造業界を人質に取ったのだ。

ブラント首相の「東方政策」が発端

なぜロシアのエネルギーに対する依存度は、ここまで高くなってしまったのだろうか。政治と経済を切り離し、ロシアの国際法違反や人権弾圧を大目に見るドイツの「エネルギー重商主義」の発端は、1973年。この年に西ドイツは、ソ連からガスを輸入し始めた。

当時首相だった社会民主党(SPD)のヴィリー・ブラント氏は、東西に分断されたドイツで多くの家族が生き別れになっている実態に心を痛めた。彼は、東西ドイツ間の相互訪問を可能にするには、ソ連との緊張緩和が必要だと考えた。反共主義が強かった保守政党キリスト教民主同盟(CDU)とは対照的に、ブラント首相はソ連と対決するのではなく、貿易や文化交流などによって敵と接近することによって、相手を軟化させる政策を選んだ。ブラントの東方政策(オストポリティーク)の基盤は、「Wandel durch Annäherung」(接近することで相手の姿勢を変える)と呼ばれた。

ソ連接近の試みは、「ナチス時代の過去と批判的に対決し、被害国に対して反省の念を示すべきだ」という戦後西ドイツのリベラル勢力の姿勢とも関連があった。つまりSPDのソ連に対する融和姿勢の背景には、第二次世界大戦でナチス・ドイツが約2700万人ものソ連市民、兵士を殺害したことに対する負い目もあった。この大戦での犠牲者数はソ連が世界で最も多い。

さらに1970年代後半にロシアからのガス輸入量が増えた背景には、中東に端を発した1973年の石油危機もある。つまりドイツはエネルギーの調達先を多角化するために、ロシアからのガス輸入を増やしたのだ。

ソ連は東西冷戦の時代にも契約通り西欧にガスを売り続けた。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻し、翌年に米国などがモスクワ五輪をボイコットして東西関係が緊張の度を強めた時にも、ガスは西欧へ向けてとうとうと流れ続けた。この経験は、ドイツに「エネルギーについては、ソ連(ロシア)は信頼できる。この国は、エネルギーを武器として使うことはない」という誤った安心感を与えた。ドイツがソ連に機械や自動車を売り、ソ連がドイツにガスや原油など天然資源を売るという、相互依存体制が出来上がったのだ。

ドイツの元首相がロシアの「走そうく狗」に

ロシア依存度を特に高めたのが、1998~2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)である。彼はプーチン大統領の刎ふんけい頸の友で、2005年にロシアからドイツへ直接ガスを輸送するパイプライン(ノルドストリーム1=NS1)の建設プロジェクトをスタートさせた。両国のエネルギー企業が開催したNS1建設プロジェクトに関する調印式には、シュレーダー首相(当時)とプーチン大統領も出席している。

シュレーダー氏は、プーチン大統領をハノーファーの自宅に招待したり、プーチン大統領のソチの別荘に行って一緒にサウナでビールを飲んだりするほど親しい仲だった。2人とも貧しい家庭に生まれたことも、共通点の一つだった。

プーチン大統領は、ソ連の秘密警察・国家保安委員会(KGB)の要員として、社会主義時代の東ドイツ・ドレスデンに駐在していた。このためドイツ語に堪能である。彼は2001年9月にドイツ連邦議会で、ドイツ語で演説し「冷戦は終わった。ドイツとロシアは協力して、欧州共通の家を作ろう」と語った。ロシアの要人が連邦議会でドイツ語の演説をしたのは、初めてだった。彼はゲーテやシラーにも触れ、ドイツ文化に対する尊敬の念を示した。

この演説はドイツの多くの政治家に感銘を与え、プーチン氏について「ロシアに新風を吹き込む改革者」という楽観的なイメージを抱くドイツ人もいた。シュレーダー氏は、プーチン大統領について「虫眼鏡でじっくり見ても正真正銘の民主主義者(lupenreiner Demokrat)だ」と太鼓判を押したこともある。だがプーチン氏の素顔を見抜いた政治家は、ドイツにほとんどいなかった。(次号へ続く)

最終更新 Mittwoch, 03 August 2022 14:59
 

露のガス供給削減で独大手エネ企業が経営難

ウクライナ戦争の影響がドイツ経済に及び始めた。ロシアがガス供給量を大幅に減らしたため、ドイツの大手電力・ガス会社ユニパー(本社デュッセルドルフ)の経営が悪化し、政府に救済を要請したのだ。

5日、記者会見で話すハーベック経済気候保護大臣5日、記者会見で話すハーベック経済気候保護大臣

政府の資本参加も視野

ユニパーが6月29日にウェブサイト上で公表した情報は、経済界に衝撃を与えた。同社は、「ロシアの国営企業ガスプロムが6月16日以来、ガスパイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた1日の天然ガス供給量を通常に比べて60%減らしているため、わが社の経済的負担が大きくなっている。このためわが社は連邦政府との間で、経営を安定化するための措置について協議を始めた。政府からの緊急融資や保証、さらに政府のわが社への資本参加が行われる可能性もある」と発表した。

ガスプロムは「ガス圧縮装置の故障」を理由に、NS1を通じた1日当たりのガス輸送量を通常の1億6700万平方メートル(㎥)から6700万㎥に減らしている。ショルツ政権は、「故障」は口実で、プーチン大統領がドイツの産業にとって不可欠なガス供給を減らして、「経済戦争」をしかけていると見ている。

だがユニパーは小売契約に基づいて、化学メーカーなど顧客にガスを供給しなくてはならない。このためスポット市場といわれる卸売市場でガスを仕入れて不足分を穴埋めしている。この市場で取引されるガスは、長期契約のガスに比べて価格がはるかに高い。しかもスポット市場でのガスの卸売価格は、1年前に比べて約4倍に高騰。だがユニパーは、顧客に対するガス小売価格を急激に引き上げることができない。このため損失額が拡大し、政府に救済措置を要請したのだ。ウクライナ戦争に関連してドイツの大手エネルギー会社が政府の救援を求めたのは、初めてである。

ユニパーはドイツで最も多くロシアのガスを輸入しており、昨年外国から輸入したガス3700億キロワット時(kWh)のうち、54%がロシアからの輸入だった。その大半がNS1を通じてドイツに送られていた。同社は地域電力会社(シュタットベルケ)100社にガスや電力を供給しているため、ユニパーが窮地に陥った場合、エネルギー市場全体に影響が及ぶ。

政府はエネ企業救済の枠組み整備へ

連邦経済気候保護省のハーベック大臣は、7月5日の記者会見で「エネルギー企業が1社倒産すると、連鎖的に経営難に陥る企業が増える危険がある」として、ユニパー救済に前向きの姿勢を示した。

政府は、2020年のコロナ・パンデミックによる旅客数の激減が原因でルフトハンザが経営難に陥った際に、同社に資本参加して破綻から救った。ユニパーに対しても同様の措置を取るものとみられている。さらに政府は「経済安定・加速法」(WStBG)を改正してエネルギー企業に資本参加するための枠組みを整える方針だ。また政府は、ガス会社が卸売価格の高騰分を、顧客に転嫁するための仕組みも検討している。

その理由は、政府がユニパー以外にも苦境に陥るエネルギー企業が現れると思われるからだ。焦点となる日付は、7月11日だ。NS1では毎年夏に、ガスの輸送を止めて定期点検が行われる。今年の定期点検は7月11日から約2週間。ショルツ政権は、「ガスプロムが技術的な理由を口実にして、点検が終わってもガス輸送を再開しない恐れがある」と見ている。

現在ドイツのガス貯蔵設備のガス充じゅうてん填率は、約61%。政府は貯蔵設備の運営企業に対し、今年11月1日までに充填率を90%に引き上げるよう義務付けている。そのためには、夏のうちにガスを充填しなくてはならないが、NS1を通じた供給量の削減により、充填作業が予定通り進まない恐れがある。

ドイツには今のところLNG陸揚げターミナルがない。政府とエネルギー企業は北部のヴィルヘルムスハーフェンなど3カ所に陸揚げターミナルを建設中だが、完成するのは早くても2024年の夏になる見通しだ。つまりドイツはそれまでの間、ロシアからのガスを完全に代替することができない。

最悪の場合、冬のガス備蓄がゼロに

ハーベック大臣はドイツで将来起こり得るガス危機について、6月23日にシミュレーション結果を公表した。連邦系統規制庁(BNetzA)は、NS1のガス供給量の減少率、産業界のガス節約の進捗度などに応じて、六つのシナリオを作成した。そのうち、「7月11日以降NS1からのガスが完全に止まり、国内のガス消費量の節約も進まない」という最悪のシナリオによると、ドイツのガス貯蔵設備は、来年1月27日から4月23日まで、約3カ月にわたって空っぽになる。

BNetzAのミュラー長官は、「ドイツの産業界は、化学業界からの製品や原材料に大きく依存し、サプライチェーンが複雑に絡み合っている。このためガス・ロックダウンによって化学産業の生産活動が滞った場合、経済全体に与える打撃は、コロナ・パンデミックをはるかに上回る」と見ている。

米国の故ジョン・マケイン上院議員は、2014年にロシアについて「国家の仮面をかぶっているが、実はマフィアが経営するガソリンスタンドだ」と言ったことがある。同氏は今日の状況を鋭く見通していたのだ。

政府がガス緊急事態を宣言し、製造業界などへのガスの配給制度を導入するのは不可避と思われる。消費者が支払うガス代、暖房代も急激に上昇する。ドイツは戦後最大のピンチをどう乗り切るだろうか。

最終更新 Donnerstag, 14 Juli 2022 10:05
 

ロシアがガス供給量削減 政府はガス節約を呼びかけ

ロシアのウクライナ侵攻の余波は、ドイツ経済にひたひたと忍び寄っている。ロシアがドイツへの天然ガス供給量を減らし始めたのだ。

6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣

ロシアがガス輸送量を60%カット

6月15日、ロシアの国営ガス企業ガスプロムは、ロシアからドイツへガスを直接送る海底パイプライン・ノルドストリーム1(NS1)の1日当たりのガス輸送量を、通常の輸送量(1億6700万立方メートル)に比べて40%減らした。次いで6月16日には、通常の量よりも60%少ない6700万立方メートルへ削減。ドイツだけではなく、フランスやイタリアでも、供給されるガスの量が大幅に減った。

ガスプロムは削減の理由について、「ドイツのシーメンス・エナジー社によるパイプラインの修理作業が遅れているため」と説明している。欧州連合(EU)の対ロ経済制裁のため、ドイツ企業はNS1の修理作業を行うことはできない。

だがドイツの政界・経済界では、「技術的なトラブルのために、通常通りの量のガスを送れないというのは口実だ。ガス供給量の削減の真の目的は、ウクライナを強く支援するドイツ政府に圧力をかけることだ」という意見が有力である。

経済気候保護省のハーベック大臣は、6月21日にベルリンで行った演説で「ロシアのガス供給量削減は、ドイツ経済に対する攻撃だ」と断定した。大臣は、「この削減は、これまでとは異なる次元の攻撃である。ロシアはガスの供給量を減らすことでガスの卸売価格を引き上げ、われわれに不安を与えようとしている。つまりロシアはガスをわれわれに対する武器として使っているのだ」と述べ、プーチン大統領を非難した。

ロシアがガス供給量を通常に比べて60%減らした6月16日は、ドイツのショルツ首相がフランスのマクロン大統領、イタリアのドラギ首相らと共に初めてキーウを訪問し、「ウクライナをEU加盟候補国に指定することに賛成する」と発言した日だ。これを受けて欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、6月17日に、ウクライナを候補国に指定するようほかの加盟国に対して勧告している。ドイツの論壇には、「ロシアのガス供給量削減は、ドイツやEUに対するプーチン大統領の報復だ」という見方もある。

ガス卸売価格が急騰

ドイツのガス業界はロシアからの輸入量が減った分をほかの国から調達したため、今のところガス不足は起きていない。だが現在ドイツのガス貯蔵設備の充じゅうてん填率は約58%にとどまっている。貯蔵設備の運営企業は夏の間にガスを調達して備蓄し、今年10月1日までに充填率を80%、11月1日までに90%に引き上げなくてはならない。ロシアはガス供給量を絞ることで、ドイツの備蓄努力を妨害しているのだ。

欧州のガスの卸売市場Dutch FFTでも、すでに変動が起きている。6月14日午後にはガス1MW(メガワット)時の価格は84.4ユーロだったが、ガスプロムが供給量を60%減らした6月16日には、一時151.2ユーロまではね上がった。80%近い上昇率である。今後、家庭向けの小売ガス料金も高騰することは避けられない。ガスの卸売価格が上昇すれば、ロシアの国庫に入るガス代金収入は、自動的に増える。われわれはロシアからのガス、原油、石炭を消費することによって、プーチン大統領のウクライナでの侵略戦争を間接的に資金援助している。極めて情けない状況だ。

ドイツには液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルがないため、ロシアから輸入しているガスを他国からのLNGで完全に代替できるのは、早くても2024年の夏になる。万が一ロシアがドイツへのガス供給を突然停止した場合、ものづくり大国ドイツの製造業界、特に大量のエネルギーを消費する化学業界などは深刻な打撃を受ける。多くの工場が操業停止に追い込まれ、数十万人の雇用が危険にさらされる。

ガス危機の影響はコロナを上回る

ハーベック大臣は、「ロシアからのガス供給が停止した場合のドイツ産業界への打撃は、2020年のコロナ・パンデミックを上回る可能性がある。事業を継続できなくなる企業も現れるだろう」と警告し、産業界と市民に対しガスの節約を要請した。

政府は「代替発電所確保法」という新しい法律を近く施行させ、ガス供給が減った場合には電力会社に対してガス火力発電を禁止し、廃止される予定だった石炭・褐炭火力発電所を運転することを予定している。ハーベック大臣は、「石炭・褐炭の利用を少なくとも一時的に増やすと、二酸化炭素の排出量も増えるが、現在は緊急事態なのでやむを得ない」と説明している。野党からは原発の使用継続を求める声もある。

ドイツ政府は今年3月に「ガス緊急事態計画」の第1段階の「早期警戒段階」を発令した。ロシアからガス供給が止まった場合は第3段階の緊急事態を発令し、国民経済への重要度などに応じて優先順位を付け、メーカーにガスを配給する。家庭や病院、介護施設や小口の事業所へのガス供給は制限されない予定だ。

リントナー財務大臣は、6月21日の演説で「われわれは今後3~5年にわたり、ガス不足の危険にさらされる。エネルギー価格の高騰やサプライチェーンの寸断により、深刻な経済危機に直面するかもしれない」と語った。独産業界が割安のロシア産エネルギーを使って高付加価値の製品を造り、輸出するというビジネスモデルは崩壊した。ドイツ人たちは国富を増やすための新たな道を見つけなくてはならない。

最終更新 Donnerstag, 30 Juni 2022 08:41
 

エネ費用が増加するなか市民への支援は十分か?

エネルギーは、今ドイツの政治・経済の中心的なテーマの一つである。2021年以来続いている電力料金、ガス料金、燃料価格の上昇が止まらず、市民への負担が増えているからだ。ロシアのウクライナ侵攻という地政学的な不安定要因は、今年秋から来年春までに、価格高騰にさらに拍車をかけると予想されている。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

ガスの小売価格が1年で約95%増加

【電力】
ドイツエネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、年間電力消費量が3500キロワット時(kWh)の場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年では32.16セントだった。ところが、今年4月には37.14セントになり、約15.5%も上昇した。10年前に比べると、約43.5%も高くなっている。

【ガス】
BDEWによると、一戸建ての家に住み、年間ガス消費量が2万kWhの場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年には7.06セントだったが、今年4月には13.77セントとなった。実に約95%もの増加だ。

欧州の代表的なガス卸売市場であるダッチTTFプラットフォームによると、2021年1月1日には1メガワット時当たりのガスの価格は約20ユーロだったが、ロシアのウクライナ侵攻開始後の今年3月7日には、一時214.4ユーロにはね上がった。ドイツの家庭の約50%がガス暖房を使っている。したがって、卸売価格の高騰は来年多くの家庭が受け取る今年の精算書の請求額を、大幅に引き上げると懸念されている。

今後ドイツはロシアからパイプラインで送られているガスへの依存度を減らすために、カタールや米国から船で輸送される液化天然ガス(LNG)の輸入量を増やすが、LNGの値段はロシアからのガスよりも高い。万一ロシア政府が、欧州連合(EU)へのガス供給停止に踏み切った場合、ガス料金はさらに高騰する。

【自動車用燃料】
ADACによると、ガソリンエンジン用の燃料スーパーE10の1リットル当たりの価格は2021年3月には145.4セントだったが、今年3月には初めて200セント台を突破し、206.9セントになった。42.2%の上昇だ。ディーゼルエンジン用の軽油は、1年間で131.5セントから62.7%も増え、214セントになった。

エネルギー価格と食料価格の高騰により、今年4月、ドイツの前年同月比の消費者物価指数は7.4%に達した。過去41年間で最高のインフレ率である。

ショルツ政権のエネルギー手当

市民のエネルギー費用負担を緩和するため、ショルツ政権は今年3月23日にいくつかの対策を発表した。連邦政府はこれに150億ユーロ(1兆9500億円・1ユーロ=130円換算)を投じる。

まず電力コストの上昇の一因である再生可能エネルギー促進助成金(EEG-Umlage)を今年7月1日付で廃止する。これまで大半の市民・企業が電力を消費するごとにこの助成金を支払っていたが、今後は連邦政府の予算でまかなわれる。

さらにショルツ政権は全ての納税者に、エネルギー手当として300ユーロを支払うほか、子どもがいる家庭には養育補助に1人当たり100ユーロが追加される。また失業者など困窮者には、100ユーロのエネルギー援助金を倍増して200ユーロを支給する。困窮者への基礎援助金も、来年1月1日から引き上げる予定。

最も大きな影響を受けるのは、低所得層だ。連邦系統規制庁によると、2020年に市民が電力料金を滞納したために一時的に通電を止められたケースは、約36万件に上る。その意味で、失業者らに重点を置いて援助を行うことには意味があると思う。

またショルツ政権は、6月1日から3カ月間にわたり自動車燃料にかけられているエネルギー税を引き下げることで、ガソリン1リットルの価格を30セント、ディーゼル用の軽油1リットルを14セント安くした。これは郊外に住み、毎日大都市の職場に車で通勤している人や、トラックを使う運送会社に配慮した対策だ。

読者の皆さんの中には、すでに「9ユーロチケット」を買った人も多いだろう。6月から3カ月間、バスや地下鉄、市電、Sバーンなどの地域の公共交通機関を月9ユーロで利用できる。車ではなく公共交通機関を使う人が増えれば、ガソリンや軽油の消費量が減り、二酸化炭素(CO2)の排出量も減るので一石二鳥だ。

ヒートポンプ普及には膨大なコスト

ただしショルツ政権は、エネルギー費用の引き上げにつながる政策も予定している。例えば2024年以降に暖房器具を新設する場合には、使用するエネルギーの最低65%は再エネにすることが義務付けられる。これは、ガス暖房器具の新設の禁止を意味する。

政府はこの法律により、再エネによる電力を使ったヒートポンプを普及させることを目指している。ヒートポンプは、空気中の熱などを集めて暖房として使うが、電力コストが増加することは確実。ヒートポンプの購入には1万5000~3万ユーロもかかる。また、伝統的なアルトバウの住宅にヒートポンプを導入すると、新築の住宅よりもコストが高くなる。

ハーベック経済気候保護大臣は、ヒートポンプの普及数を現在の約100万台から2030年までに600万台に増やすことを目指している。脱ロシアとCO2削減のための費用が、政府、企業、市民の肩に重くのしかかることは避けられそうにない。

最終更新 Mittwoch, 15 Juni 2022 17:36
 

<< 最初 < 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 > 最後 >>
7 / 112 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作