Fujitsu 202406
独断時評


スウェーデンとフィンランドがNATO加盟申請

ロシアのウクライナ侵攻は、欧州の政治地図を大きく塗り替える。スウェーデンとフィンランドの北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請は、そのことをはっきり示している。両国は5月18日に、NATOのシュトルテンベルク事務総長に申請書を手渡した。これらの国々は、長年にわたり軍事同盟に加わらず中立を維持してきている。だが2014年のロシアのクリミア併合によって、プーチン大統領の対外政策が攻撃性を強めたと判断し、NATOの軍事演習に参加するなどして協力関係を深めてきた。

5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)

ウクライナ侵攻が引き金

両国の背中を押したのが、今年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略である。スウェーデンとフィンランド政府は、「この戦争は、欧州の地政学的状況を決定的に変化させた。もはや後戻りはあり得ない」と説明する。両国の国民の間でも、ウクライナ戦争勃発後は、NATO加盟に賛成する市民の比率が増えた。

二つの国が脅威を感じるのも、無理はない。ロシア軍が戦術ミサイル・イスカンダルを配備しているロシアの飛び地カリーニングラードは、スウェーデンからバルト海を隔てた目と鼻の先である。スウェーデン軍は数年前から、バルト海での国籍不明の潜水艦による活動に神経を尖らせていた。

フィンランドはロシアの隣国。同国は1939年11月から旧ソ連との間で「冬の戦争」と呼ばれる苛烈な戦いを経験した。ソ連はフィンランド軍の3倍の兵力を投入して同国に侵攻したが、約13万人の戦死者を出して苦戦。フィンランドは国家の独立を維持できたものの、国土の約10%に当たる南東部・カレリア地峡のソ連への割譲を余儀なくされた。

集団自衛権という「保険」

当然NATO加盟申請にはリスクもある。プーチン政権は、「両国の加盟申請は誤りであり、ロシアへの脅威を高める」と警告している。プーチン大統領は、NATOがさらに拡大することを防ごうとしていた。だがウクライナ侵攻によって、スウェーデンとフィンランドを刺激し、逆にロシアの隣国(フィンランド)がNATOに加盟することになった。プーチン大統領にとっては、オウンゴール(自殺点)である。

だがスウェーデンとフィンランドがNATOに加盟できれば、北大西洋条約第5条が規定する、集団自衛権の原則が適用される。つまり一国がロシアに攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同等に見なして、反撃する義務が生じる。ロシアは米国の核戦力と対たいじ峙することになるので、NATO加盟国への攻撃を思いとどまる可能性が強い。したがってNATO加盟は、欧州で最も重要な「保険」なのである。

ウクライナも、NATOへの加盟を強く希望していたが、ドイツやフランスの反対で実現しなかった。メルケル前首相は、ソ連の一部だったウクライナをNATOに加盟させることは、プーチン大統領を強く刺激すると懸念し、2008年のNATO首脳会議でウクライナの加盟に反対したとされる。その結果、ウクライナは今ロシアの侵略戦争の犠牲となりつつある。

スウェーデンとフィンランドにとっては、一刻も早くNATOに加盟することが重要だ。その理由は、ロシア西部の戦闘部隊がウクライナに投入されており、スカンジナビアを攻撃する余力がないからだ。それでも両国は、申請から正式加盟までの間にロシアから攻撃される場合に備えて、英国との間で二国間の相互防衛協定を結んでいる。

ドイツのショルツ首相は、5月4日にスウェーデンのアンデルソン首相とフィンランドのマリン首相がドイツを訪れた際に、「われわれは、両国が迅速にNATOに加盟できるように支援する」と約束した。ショルツ氏は、「スウェーデンとフィンランドがNATOに正式に加盟するまでの時期にも、国連憲章と欧州連合(EU)条約に基づいて、両国を守る」と付け加えた。

焦点は2年後の米国大統領選

ただしスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請がすんなり認められるわけではない。トルコが「両国は、PKK(クルド労働党)などのテロ組織を支援している」として、加盟に反対しているからだ。両国は、テロ組織を支援していないと反論している。

NATOの間では、「トルコの反対は、米国製兵器の購入をめぐる交渉の材料を増やすためだ」という見方が強い。トルコは米国製のステルス戦闘機F35の購入を希望しているが、ロシア製のS400対空ミサイルの導入を決めたことから、バイデン政権はトルコのF35購入に反対の立場だ。つまりトルコはスウェーデンとフィンランドの正式加盟への反対を取り下げる代わりに、米国製のF35型戦闘機の購入をバイデン政権に認めさせようとしているのである。トルコが両国の加盟に同意するのは、時間の問題と思われる。

それよりもNATOにとって重要なのは、2024年の米国大統領選挙の行方だ。この選挙でトランプ氏が大統領に再選された場合、米国はNATOへの関与を再び減らす恐れがある。ロシアのウクライナ侵攻はNATOの結束を強めたが、欧州政局への関心が低いトランプ氏の再選は、NATOに深刻な影響を与えるだろう。トランプ氏は、かつて米国がNATOを脱退する可能性すら示唆したことがある。いつの日かウクライナで戦火がやんでも、ロシアの脅威は残る。

つまりドイツを初めとする欧州諸国は、今こそ「米国が助けてくれなくても、自分たちを守れる能力」を身に着けなくてはならない 。

最終更新 Donnerstag, 02 Juni 2022 09:09
 

ドイツ・ウクライナが和解へ まず外相がキーウ訪問

ドイツ・ウクライナ両政府の関係には、約3週間にわたり軋あつれき轢が生じていたが、改善の兆しが見えてきた。5月10日には、ベアボック外務大臣がキーウを訪れてゼレンスキー大統領と会談した。ロシアのウクライナ侵攻開始後、ショルツ政権の閣僚がキーウを訪れたのは初めて。米英や東欧諸国に比べて、大幅に遅れた。

10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)

この訪問の最大の目的は、ウクライナ政府に改めて連帯を約束し、4月中旬以来ぎくしゃくしていたドイツとの関係を修復したいという意志を示すことだった。

ウクライナが独大統領を「門前払い」

関係を悪化させたのは、ウクライナ政府が4月12日にドイツのシュタインマイヤー大統領のキーウ訪問を拒絶したことだ。同氏はポーランドのドゥダ大統領、バルト三国の大統領と共に、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に5人の大統領の訪問を準備していたポーランド政府大統領府に、ウクライナ政府が「シュタインマイヤー大統領の訪問は望まない」と通告してきたのだ。ほかの4人の大統領は予定通りキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領とがっちり手を組む写真を全世界に公表した。ドイツだけが「仲間外れ」にされた。

シュタインマイヤー大統領は、ドイツで最高位の政治家である。その訪問を前日に断るのは、外交的な「侮辱」に等しい。ショルツ首相はウクライナの決定について、「etwas irritierend」(いくらかいら立っている)という言葉で不快感を表現した。ショルツ氏は公共放送ZDFとのインタビューで記者からキーウを訪問しない理由を問われ、「シュタインマイヤー大統領がキーウ訪問をできなかったからだ」と説明。連立与党の関係者たちからも、「ウクライナ政府は最低限の外交上の儀礼も守らないのか」と強い非難の声が上がった。

ウクライナ政府は、訪問直前にシュタインマイヤー大統領に「門前払い」を食わせた理由について沈黙している。だが同国関係者の発言から、ウクライナ政府が同氏を「ドイツの政治家の中で、最もロシアに親しい人物の一人」と見ていることは確かだ。

社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー大統領は、ロシアのプーチン大統領の「刎ふんけい頸の友」、シュレーダー元首相の派閥に属する人物だった。政治的な地盤は、シュレーダー氏と同じニーダーザクセン州。1999~2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官を務め、メルケル政権では2005~2009年と、2013~2017年の2度にわたり外務大臣を務めた。

シュタインマイヤー氏はこの二つの要職にあったときに、ロシアからドイツへガスを直接輸送するパイプライン、ノルドストリーム1と2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。ウクライナ、ポーランド、バルト三国は、「ロシアはこのパイプラインを政治的な武器として使うから、プロジェクトを進めるべきではない」と警告したが、シュタインマイヤー氏は耳を貸さなかった。彼はシュレーダー元首相の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。

ウクライナは大統領を「親ロシア派」と批判

このため在ベルリンのウクライナ大使メルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークをクモの巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、このクモの巣に絡めとられている」と批判した。

シュタインマイヤー大統領は、ベルリンでロシア人の音楽家が参加する慈善コンサートを企画したが、メルニク氏は「ウクライナで多くの市民が殺されているときに、このような行事を企画するのは無神経だ」として、参加を拒否。「シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領に対して『ドイツは私が仕切る』というメッセージを送るためにこのコンサートを企画したのだ」と指摘した。

シュタインマイヤー氏は、2014年にロシアのクリミア半島併合を批判したものの、「この問題は将来国際法の枠内で処理するべきだ」と述べ、融和的な態度を示した。メルケル政権は、このわずか1年後にノルドストリーム2の建設を承認し、ウクライナ政府をあぜんとさせた。

ウクライナが和解提案

つまりウクライナ政府は訪問拒否により、「シュタインマイヤー氏は、ドイツの融和的な対ロシア政策を築いた責任者の一人」という強烈なメッセージを全世界に送った。ちなみにシュタインマイヤー大統領は4月4日、「ノルドストリームの建設を推進したのは誤りだった。私はプーチン大統領の本質を見抜くことができなかった」と述べ、過去の対ロ政策の失敗を認めている。

ただしロシア軍と戦っているウクライナ政府にとって、欧州連合(EU)の重鎮ドイツとの間にわだかまりを持ち続けるのは、得策ではない。ショルツ政権は4月26日にゲパルト対空戦車50両など、重火器のウクライナへの輸出を許可する方針を明らかにした。ゼレンスキー大統領は5月5日にシュタインマイヤー大統領に電話をかけ、同氏だけではなくショルツ政権の全ての閣僚をキーウで歓迎するという意志を伝えた。両国の関係は修復へ向かう。

だがこの訪問拒否騒動は、ロシアのエネルギーの「甘いわな」に取り込まれたシュレーダー政権・メルケル政権の「過去」が、現在の欧州政局に大きな影を落としていることを浮き彫りにした。

最終更新 Donnerstag, 19 Mai 2022 08:29
 

ウクライナへの初の戦車輸出を承認

ドイツ政府がまたもや安全保障に関する原則を大きく転換した。ショルツ政権は4月26日、内外の圧力に屈して、ゲパルト対空戦車のウクライナへの輸出を承認すると発表した。ランブレヒト国防大臣によると、政府は武器メーカー、クラウス=マッファイ・ヴェクマン社が連邦軍から引き取って保管していた中古の対空戦車ゲパルト50両を、ウクライナに輸出することを許可。さらに政府は、中古のレオパルド1型戦車20両と、マルダー装甲歩兵戦闘車80両に関するウクライナへの輸出許可申請も審査している。

4月19日、バイデン米大統領と欧州首脳との電話会談後に記者会見するショルツ首相4月19日、バイデン米大統領と欧州首脳との電話会談後に記者会見するショルツ首相

ドイツが紛争地域に戦車を輸出するのは初めて。同国はこれまでウクライナに携帯式対戦車ロケット砲など小型の武器しか送っていない。ウクライナのゼレンスキー大統領は、「ロシア軍に包囲された都市を奪回し市民を救うには、戦車や自走りゅう弾砲などが不可欠」として、ドイツなどに重火器の供与を要請していた。

「第三次世界大戦を避けたい」

ショルツ首相は長い間、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走りゅう弾砲などの重火器をウクライナに送ることをちゅうちょしていた。その理由は、「重火器をウクライナに送ると、ロシアからドイツが交戦国と見なされる危険がある」と考えていたからだ。彼は、ドイツが第三次世界大戦に巻き込まれることを懸念している。

首相は、4月にシュピーゲル誌に対して行ったインタビューの中でも、「ドイツは、独り歩きするべきではない。ロシアと直接交戦する事態、そして核戦争は避けなければならない」と語っていた。確かにこの時点では、ポーランドなど東欧諸国は極秘裏に戦車をウクライナに供与していたが、米国、英国、フランスは戦車や装甲歩兵戦闘車を供与していなかった。

ショルツ政権は苦肉の策として、スロベニアがウクライナにT72型戦車を供与し、ドイツがスロベニアにマルダー装甲歩兵戦闘車を送って、兵器の不足を穴埋めする」という方針を打ち出した。ランブレヒト国防大臣は、「T72はソ連製なので、ウクライナ兵たちも操縦法に熟知しており、すぐに使えるという利点がある」と説明していた。

だがポーランド、バルト三国など北大西洋条約機構(NATO)加盟国からは、ドイツのためらいに対して、強い批判と不満の声が上がった。彼らは、「ウクライナ人たちは自国だけではなく、欧州全体をプーチン大統領の侵略戦争から守るために戦っている。毎日ウクライナ市民が犠牲になっているなか、欧州のリーダー国ドイツは、もっとイニシアチブを取って軍事支援を強化するべきではないか」と主張した。

さらに連立与党の間でも、重火器の供与を求める声が強まった。連邦議会国防委員会のシュトラック=ツィンマーマン委員長(自由民主党・FDP)や欧州担当委員会のホーフライター委員長(緑の党)は、「われわれに与えられた時間は少ない。重火器の供与が遅れれば、ウクライナでさらに犠牲者が増える」として、首相の決断を求めた。ベアボック外務大臣も、「ウクライナに対する支援内容にタブーがあってはならない」として、間接的に重火器の供与を求めた。

ホーフライター氏らは、「プーチン大統領の侵略戦争がウクライナで終わる保証はない。もしロシアが勝ったら、プーチン大統領はバルト三国などNATO加盟国に矛先を向け、欧州が第三次世界大戦に巻き込まれるかもしれない」と訴えた。首相が属する社会民主党(SPD)よりも、反戦主義的な傾向が強かった緑の党の方が、重火器の供与に積極的な姿勢を示した。

キリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首も「ショルツ首相が引っ込み思案であるために、ドイツの国際的信用が日一日と低下している」と批判し、ウクライナへの重火器供与に関する決議案を連邦議会に提出し、政府への圧力を高めた。

米国のオースティン国防長官は、ブリンケン国務長官と共に4月24日にキーウを訪問した後、ドイツで各国の国防大臣との会議に参加し、ウクライナへの軍事支援について協議した。同長官は、ショルツ政権が重火器の供与に踏み切ったことを歓迎した。

ドイツの指導力に陰り

しかし、ショルツ政権は当初説明責任を十分に果たさなかった。ドイツは「戦車を送る前に、まずウクライナ兵に訓練を受けさせて操作法に習熟させなくてはならない。現地で戦車が故障したら誰が修理するのか」、「自国領土の防衛やNATOの任務のためにも重火器が必要なので、連邦軍にはもはやウクライナに送れる兵器はない」などとさまざまな言い訳を述べて、重火器の供与を断ろうとした。同政権は内外で批判が沸騰するまで、戦車輸出にゴーサインを出さなかった。

ドイツは、今年1月にロシア軍がウクライナ国境に20万人近い兵力を集結させて緊張が高まり、米英が対戦車兵器などをウクライナに送り始めていたときにも、「わが国では法律で紛争地域への武器供与は禁じられている」としてウクライナの要請を断った。ランブレヒト国防大臣は、ヘルメット5000個の供与を発表して、全世界から失笑を買った。

ドイツの消極姿勢は、同国がこれまで欧州で果たしてきた指導的な役割に大きな影を落とした。特に東欧諸国は、ショルツ政権への失望を隠さない。シュレーダー・メルケル両政権がプーチン大統領に対して懐柔的な態度を取り、ロシアのガスへの依存度を高めたことと並び、ショルツ政権の優柔不断な態度は、各国のドイツへの視線を厳しいものにするだろう。

最終更新 Donnerstag, 05 Mai 2022 14:30
 

ブチャの住民虐殺で欧米がロシアを強く非難

戦慄すべき映像が世界中を駆け巡った。ウクライナ政府と欧米諸国は、「ロシア軍がキーウ(キエフ)近郊の街で多数の市民を虐殺した」と非難している。

4日、ブチャを訪問し、地元の市民と話すゼレンスキー大統領(中央)4日、ブチャを訪問し、地元の市民と話すゼレンスキー大統領(中央)

住民410人が虐殺される

現場は、キーウから北西25キロのブチャ(人口約2万4000人)。この街は3月上旬からロシア軍に占領されていたが、3月下旬にウクライナ軍が奪回した。4月2日に同市に入ったウクライナ国土防衛隊のオレクサンドル・ポーレビスキ氏は、道路のあちこちに住民の遺体が横たわっているのを見たという。ウクライナ軍の車両は、道に捨てられた遺体を避けて走らなくてはならなかった。一部の住民は手を背中の後ろで縛られており、後頭部を銃弾で撃ち抜かれていた。

ある家族の遺体は、一箇所に遺棄されていた。妻と息子の身体の一部が、土から突き出ている。夫の遺体には拷問を受けた後の傷があった。ロシア軍が司令部としていた建物の地下には、手を縛られて膝と頭を撃たれた遺体が、18体見つかった。自転車に乗っていて撃ち殺された男性、車の中で殺された母親と子ども。一部の遺体は、燃料をかけられて焼かれていた。

ブチャのアナトーリ・フェドルク市長は、「410人の市民の遺体が収容された」と語っている。ウクライナ政府のウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、4月4日に現場を訪れて生存者たちの話を聞き、悲痛な表情を見せた。彼は4月3日に行ったビデオ演説で、「これはロシア軍による民族虐殺(ジェノサイド)だ。なぜ無抵抗の市民たちが射殺され、拷問を受けなくてはならないのか?」と怒りをあらわにした。

国際調査団の派遣を要求

彼はブチャだけではなく、ロシア軍が占領したほかの地域でも残虐行為が行われていると危惧している。NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」も、「ウクライナ市民から、ロシア軍による民間人の射殺、性暴力、金品の略奪などの犯罪行為について多数の報告を受けている」と伝えた。

ウクライナ政府は国際犯罪裁判所(ICC)に対し、ブチャなどにおけるロシア軍の戦争犯罪を捜査するよう要求した。同国政府は4月4日に欧米の記者団に現地を訪問させ、殺害された市民の遺体の一部を公開した。現場の状況を記録させるためだ。ニューヨークタイムズは4月4日に衛星写真の分析結果を公表し、「ロシア軍がブチャを占領した3月11日以降、それまでなかった11人の遺体と見られる物体が、道路に現れている」と報じた。対するロシア政府は、「わが軍はウクライナ市民に全く危害を加えていない。ブチャの映像は、ウクライナ軍が演出したものだ」と反論している。

第二次世界大戦中のオラドゥール、ベトナム戦争中のソンミ村、ボスニア内戦中のスレブレニツァのような虐殺が、21世紀の欧州で繰り返されつつある。ICCは一刻も早く調査団をウクライナに送り、犯罪の証拠を収集するべきだ。国際社会は虐殺を行った兵士たちや、軍の責任者を処罰しなくてはならない。

独仏の対ロシア政策を批判

ブチャでの惨劇が暴露されたことで、ドイツやフランスなど、プーチン大統領に懐柔的な態度だった国に対する風当たりが強まっている。ゼレンスキー大統領は4月3日のビデオ演説で、両国を厳しく非難した。

「北大西洋条約機構(NATO)は、2008年のブカレストでの首脳会議で『ウクライナは将来のNATO加盟国』と述べた。だがこれは外交的な言辞にすぎなかった。実際にはドイツとフランスの反対によって、ウクライナのNATO加盟は拒否された。ロシアを刺激したくないという、独仏の愚かな恐れが原因だ。両国は、ウクライナのNATO加盟を拒否すれば、ロシアを懐柔しておとなしくさせられると思い込んだのだ」

さらに同氏は「14年間にわたる独仏の融和政策と誤算が、ロシアのウクライナ侵攻、そして今回の戦争犯罪につながった。私は、アンゲラ・メルケル前首相と、フランスのニコラ・サルコジ元大統領をブチャに招く。お二人には、拷問を受けたウクライナの男女に会ってほしい」と述べ、両国に矛先を向けた。

メルケル氏はこの声明に対し、ブチャでの虐殺を非難し、ロシアの野蛮な侵略戦争を終わらせるための国際的な努力を支援すると述べながらも、「2008年にウクライナのNATO加盟に反対したことは正しかった」と述べ、当時の決定を正当化している。

一方フランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領は、4月4日に「ロシアから直接ガスを輸送するパイプライン、ノルドストリーム2の建設に尽力したことは誤りだった。プーチン大統領の真意を見抜けず、東欧諸国などの警告を受け入れなかった」と述べ、対ロ政策の失敗を認めた。これは、駐独ウクライナ大使アンドリー・メリニク氏が3日に「シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領が仕掛けたクモの巣に絡めとられている」と批判したのに答えたもの。シュタインマイヤー大統領は、シュレーダー政権の連邦首相府長官、メルケル政権の外務大臣として、ロシアとの緊密な経済関係を構築した責任者の一人。大統領が過去の政策の誤りを公に認めたのは、極めて異例だ。

もう一つの焦点は、ドイツのロシアからのガス輸入だ。4月5日の時点では、ショルツ政権はガスの即時輸入禁止に反対している。虐殺により、ウクライナや東欧諸国からは「ドイツはいつまでロシアに多額の金を払い続けるのか」という批判が高まることは確実だ。ドイツ政府は、ますます苦境に追い込まれつつある。

最終更新 Donnerstag, 14 April 2022 08:15
 

ゼレンスキー大統領がドイツを厳しく批判

ロシアがウクライナに対する侵略戦争を始めて1カ月がたつが、犠牲者は増える一方だ。欧州連合(EU)はウクライナの人口の約4分の1に当たる1000万人が難民化する可能性があるとみている。そうしたなか、ウクライナ政府はドイツに対する不満を強めている。

3月17日、ドイツ連邦議会でリモート演説をしたウクライナのゼレンスキー大統領3月17日、ドイツ連邦議会でリモート演説をしたウクライナのゼレンスキー大統領

武器供与の遅れを批判

そのことを浮き彫りにしたのが、3月17日にゼレンスキー大統領がドイツ連邦議会の議員たちに向けて行ったリモート演説である。彼はドイツの連帯感に感謝したが、演説の中ではドイツのロシアに対する宥ゆうわ和的な姿勢への批判の方が強かった。

ゼレンスキー大統領は、「ドイツはロシアの侵攻を防ぐための努力を十分に行わなかった。戦争が始まる前に、われわれはドイツに対して武器を送ってくれと何度も要請したのに、あなた方の反応は遅く、送られた武器も少なかった」と指摘した。

米国や英国など北大西洋条約機構(NATO)加盟国が大量の携帯式対戦車ミサイルを送り始めてからも、ショルツ政権は「紛争地域に武器を送ることは、法律で禁じられている」として、当初ウクライナの要請を拒否した。ヘルメットを5000個供与した時には、駐独ウクライナ大使が「ジェスチャーとしての意味しかない。ドイツは冷たい」と厳しく非難している。

ドイツがようやく重い腰を上げて、対戦車ミサイルなどの供与に踏み切ったのは、ロシア軍がウクライナに侵入した2日後の2月26日だった。ショルツ政権の武器供与は、NATOで最も遅かった。しかもドイツが送った武器の中には、社会主義時代の東ドイツ人民軍が保有していた、ソ連製携帯式対空ミサイル「ストレラ」など、製造されてから30年以上経った旧式の武器も含まれていた。

ゼレンスキー大統領は、「ショルツ政権には、ウクライナに自衛用の武器を与えて、ロシアによる侵略を抑止しようという努力が欠けていた」と批判。彼は、「われわれは開戦前に、ロシアがウクライナへの侵攻を思いとどまるように、プーチン政権に対して厳しい経済制裁措置を発動してほしいと要請した。しかしあなた方はロシアとの貿易を重視し、経済、経済、経済の原則を貫くだけだった」と不満をあらわにした。

パイプライン計画に固執したドイツ

さらに痛烈なコメントは、ロシアからドイツにガスを輸送するパイプライン「ノルドストリーム2」(NS2)に関するものだ。ゼレンスキー大統領は、「われわれはドイツ政府に対し、『ウクライナを経由せずに西欧にガスを送るNS2は、ロシアの政治的な武器だから、建設を許してはいけない』と警告してきた。それなのに、あなた方は『NS2は純粋に民間経済のプロジェクトだ』と言うばかりで、警告を無視した」と指摘。

ロシアの国営企業ガスプロムは、ドイツ政府の許可を得て2018年にNS2の建設を開始し、昨年完成させた。つまりプーチン政権が2014年に国際法に違反してクリミア半島を併合したり、ウクライナ東部のドンバス地方の親ロシア派の分離独立の動きを軍事的に支援していたにもかかわらず、ドイツはロシアとの経済プロジェクトを粛々と進めたのだった。

ドイツ政府がNS2の稼働許可申請手続きを凍結したのは、ロシアが2月22日に「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認した後だった。侵略戦争開始の2日前である。ロシア政府のノバク副首相は「われわれはすでに稼働中のNS1による西欧へのガス供給を停止する権利を持っている」と恫どうかつ喝した。つまり「NSはロシアが西欧を脅すための武器だ」というウクライナ人たちの警告は、正しかった。この結果、ドイツは輸入するガスの約55%をロシアに頼るという、危険な状態に陥っている。

さらにゼレンスキー大統領は、「われわれをNATOやEUに加盟させてほしいという要求も、あなた方は聞いてくれない」と批判。彼は、「今欧州には新たな壁が築かれつつある。われわれは壁の向こう側に取り残され、ドイツは壁の西側に残る。あなた方はNSに関するわれわれの警告を無視し、NATOやEU加盟への道を閉ざすことによって、欧州を分断する壁を築くセメントを提供している」と述べ、ドイツがウクライナを見捨てようとしていると嘆いた。

大統領は、「ウクライナではすでに数千人の市民が死亡した。そのうち、子どもの死者は108人だ」として、ショルツ政権に対し「将来ウクライナを助けるために十分な努力をしなかったと後悔しないように、新たな欧州の壁を打ち破ってほしい」と訴えた。

第三次世界大戦を避けるという鉄則

ゼレンスキーの「告発」は、西欧諸国が直面するジレンマを示している。ウクライナが最も求めているのは、NATOが同国に飛行禁止空域を設定し、ロシア軍の戦闘機や巡航ミサイルによる攻撃を阻止することだ。しかしその場合、NATOは侵入したロシア軍機を撃墜しなくてはならず、第三次世界大戦が勃発する。このためNATOは飛行禁止空域の設定を拒んでいる。ゼレンスキー大統領は、西側に対し戦闘機の供与も要求したが、NATOは「戦闘機供与は、ロシアから交戦国とみなされる」として拒否した。ロシアは核兵器を使う可能性も否定していない。

つまり「第三次世界大戦を防ぐ」という鉄則のために、ウクライナが見殺しにされる危険が強まっているのだ。欧米の政治家たちは、この残酷なジレンマに対してどのような回答を示すだろうか。

最終更新 Donnerstag, 31 März 2022 16:59
 

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