Fujitsu 202406
独断時評


ウクライナ戦争に出口見えず - ドイツに迫るエネルギー危機

ウクライナから毎日数千人が到着するベルリン中央駅では、数百人のボランティアが対応している(7日撮影)ウクライナから毎日数千人が到着するベルリン中央駅では、数百人のボランティアが対応している(7日撮影)

第二次世界大戦並みの惨状に

ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってから2週間以上たったが、戦闘は続いている。プーチン大統領の「電撃作戦により、数日間でキエフ(キーウ)を陥落させる」というもくろみは外れた。このためロシア軍は戦法を切り替えた。軍事目標だけではなく、市街地に無差別に砲撃・爆撃を加えることで市民に恐怖感を与え、政府から民心を離反させようとする試みだ。

このため北部のハルキウ、南部のマリウポリなどでは病院、学校、商店などがミサイルやロケット弾で破壊され、第二次世界大戦に匹敵する惨状となっている。特にマリウポリでは、数万人の市民が水、電気、食糧、暖房、医薬品の補給を断たれて苦しんだ。ウクライナ政府は、いわゆる「人道回廊」を通じて、市民を脱出させる道を探っているが、戦闘が激しいために大半の市民が逃げ道を断たれた。避難している途中で迫撃砲弾による攻撃を受けて、死亡した親子もいる。

4日には、ロシア軍が欧州最大のザポリージャ原子力発電所を攻撃した。原子炉に被害がなかったとはいえ、原発が軍事攻撃の対象になったのは初めて。1986年のチェルノブイリ原発事故で放射能汚染を経験したドイツでは、市民が強い不安を抱いた。

ウクライナ政府のゼレンスキー大統領の補佐官・ショウクワ氏は8日、「ウクライナの主権が維持されるならば、わが国が中立国になる可能性についても、ロシアと協議する準備がある」と語り、北大西洋条約機構(NATO)加盟に固執しないという姿勢を打ち出した。しかし停戦交渉は大きく前進していない。

200万人を超えるウクライナ難民

国連によると、9日までに約201万人が戦火に追われてウクライナから国外に脱出した。第二次世界大戦後、最も深刻な難民流出である。

その大半は女性と子どもだ。18~60歳の男性は総動員令のために出国を禁止されており、家族を国外へ避難させたら、キエフなどに戻って軍務に就かねばならない。最も多く難民を受け入れたのはポーランドで、約120万人。国境近くに住むポーランド人たちが、身寄りのない難民たちを次々に自宅に引き取っている。

欧州連合(EU)はウクライナ難民については、全員に最低1年間は滞在・労働許可を与え、生活に困窮した場合には生活保護も支給することを決めた。国連は難民の数が約400万人に達すると予測している。オーストリアの社会学者ゲラルド・クナウス氏は、「最悪の場合約1000万人(人口の約4分の1)がウクライナから国外へ脱出する可能性がある」とみている。

ドイツには9日までに約6万5000人のウクライナ難民が到着した。彼らはベルリンなどの駅に到着すると、ボランティアから食糧や水、衣服などを手渡される。ドイツ移民・難民局がウクライナ難民の滞在先を募集したところ、企業や個人から「受け入れても良い」という申し出が35万人分集まっている。

ロシアが初めてガス供給停止の可能性を示唆

ドイツに住むわれわれの日常生活にも、ウクライナ戦争の影響が及んでいる。3月の第1週には、1リットル当たりのガソリンやディーゼル向け軽油の価格が初めて2ユーロ台を突破した。8日には、米国政府のバイデン大統領が「ロシアからのガス、石炭、原油のわが国への輸入を禁止する」と発表。ガス価格や電気料金も上昇する見通しで、昨年から続いていたインフレ傾向に拍車がかかる恐れがある。

ドイツ政府は「経済への悪影響が大きくなる」という理由で、ロシアからのエネルギーの輸入停止には踏み切っていない。ガス輸入禁止は、家庭だけではなく、化学、製鉄、セメントなどエネルギー集約型の製造企業にも深刻な打撃となる。

ドイツは輸入するガスの約55%、原油の約34%、石炭の約49%をロシアに依存している。同国はロシアからの輸入量を減らすために、米国やカタールなどからの液化天然ガス(LNG)の輸入量を増やす方針だ。しかし、短期的にロシアからの輸入量をほかの供給国で完全に代替することは極めて困難である。

ロシアがエネルギーを武器にする危険もある。ドイツ政府は2月22日に、ロシアからドイツへ直接ガスを輸送するパイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請の審査を停止した。これに対しロシア政府のノバク副首相は、8日に「われわれには、稼働中のパイプライン・ノルドストリーム1による西欧へのガス供給を停止する権利がある」と発言した。ロシアが報復としてガス供給停止の可能性を示唆したのは初めて。ハーベック経済気候保護大臣は「エネルギーはロシアの最大の収入源なので、輸出を止める可能性は低いが、ゼロではない」と語っている。

ベルギーのシンクタンク・ブリューゲル研究所は、今年2月に「ドイツは毎日ロシアに対して2億ユーロ(260億円・1ユーロ=130円換算)、毎月56億ユーロ(7280億円)のガス代金を支払っている」という推計を発表した。ガスをドイツに売っているのは、ロシアの国営企業ガスプロム。つまりこの収入はロシアの国庫に入る。今後各国からは、「ドイツは、ロシアのガスを買うことによって、プーチン大統領の侵略戦争に間接的に資金援助している」という批判が上がるかもしれない。

今後ドイツと欧州連合(EU)にとっては、ロシアからの化石燃料への依存から脱却するためにも、再生可能エネルギー拡大が極めて重要な目標となる。

最終更新 Mittwoch, 16 März 2022 16:16
 

ロシア・ウクライナ侵攻の衝撃 ドイツは大幅な軍備増強へ

最悪の事態が現実化した。2月24日にロシアがウクライナに対する侵略戦争を始めたのだ。ドイツは、欧州全体が脅威にさらされているとして防衛政策を根本的に転換し、大幅な軍備増強に乗り出す。

2月27日にベルリンで行われたデモでは、10万人以上の市民がウクライナへの連帯を表明した2月27日にベルリンで行われたデモでは、10万人以上の市民がウクライナへの連帯を表明した

第二次世界大戦以来、最大規模の戦争

首都キエフ周辺や第2の都市ハルキウなどで、ミサイル攻撃による爆発音が轟(とどろ)く。ウクライナの北部・東部の国境を越えて、ロシア軍の戦車や装甲兵員輸送車、自走りゅう弾砲など多数の軍用車両が侵入してきた。ロシアは16万人もの兵力を、ウクライナ周辺に集結させていた。両軍の兵士、民間人に多数の死傷者が出ている。ロシア軍は軍事施設だけではなく、キエフの高層アパートや幼稚園など民間施設も攻撃。30万人を超えるウクライナ人が隣国ポーランドやルーマニアに脱出した。欧州連合(EU)は最悪の場合、約700万人のウクライナ人が難民になると推定している。第二次世界大戦後、欧州で最大規模の戦争となった。

プーチン大統領は、24日のテレビ演説で「われわれはウクライナで虐待されているロシア系市民を救うために、この作戦を実行する。われわれの目的は、ウクライナを武装解除し、非ナチ化することだ。作戦の邪魔をする者には、過去になかったような報復を与える」と警告。西側諸国は、この言葉について、核兵器による報復を示唆したものとみている。彼は21日に親ロシア派が支配する「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認したときにも、「ウクライナは、外国に操られた植民地であり、主権国家ではない。外国の支援を得て、ロシアに対抗するための核兵器を持とうとしている」と主張した。

プーチン氏はしばしば「ゼレンスキー政権はネオナチに支援されている」と主張する。欧米は、彼がゼレンスキー政権の転覆と、親ロシア派による傀儡(かいらい)政権の樹立を目指すのではないかとみている。

ウクライナ政府はロシアと断交するとともに、18~60歳の男性に総動員令を出し、戒厳令を発布した。ゼレンスキー大統領は、ネット上にセルフィー動画を公開し「私はここに残り、最後まで国を守る」と語った。女性たちも自動小銃を持って国土防衛隊に参加し、子どもたちは空き瓶で火炎瓶を作っている。

EUが厳しい対ロ経済制裁を発動

ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領がクレムリンを訪れ、戦争を防ぐために必死の外交努力を続ける裏で、プーチン大統領は着々とウクライナ侵攻の準備を進めていた。それだけに西側諸国の政治家たちの怒りと絶望は深い。

ショルツ首相は、24日に「プーチン大統領の行動を正当化することはできない。ウクライナにとって恐るべき日であり、欧州にとって暗黒の日だ。ドイツはウクライナに対する連帯を表明する」と述べ、ロシアの軍事行動の即時停止を要求した。ベアボック外務大臣も「ロシアはウクライナ侵攻によって、国際秩序の最も重要な部分を侵害した。世界は、この恥ずべき日を永久に忘れないだろう」とプーチン大統領を批判した。EUは22日、ロシアがルガンスク人民共和国などの独立を承認した直後に、ロシアの銀行や企業、議員らのEU域内の資産凍結やロシア国債の取引禁止などの経済制裁を発表。24日にはさらに制裁措置を強化し、ハイテク製品などのロシアへの禁輸を決めた。

また欧米諸国は、26日にロシアの大手銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出すことを決定。多くの銀行で国を超えた送金を不可能にする、厳しい措置だ。EUはロシアの航空機のEU上空の飛行も禁止した。ロシアも報復でEU加盟国の航空会社に対して空域を閉鎖したため、EUから日本への空の旅にも支障が出る。

ドイツが初めてウクライナへ武器供与

ドイツは安全保障政策を大きく転換し、軍備を増強する。同国は26日に、約1000基の携帯式対戦車ロケット砲、約500基の携帯式対空ミサイルなどをウクライナに供与すると発表。さらにオランダ政府がドイツ製の対戦車兵器400基をウクライナに送ることも許可した。ドイツはこれまで、NATO加盟国の中で唯一、ウクライナへの武器供与を拒否していたが、各国の圧力に屈した。

またショルツ首相は27日に連邦議会で行った演説で、装備不足に悩むドイツ連邦軍のために1000億ユーロ(13兆円・1ユーロ=130円換算)の特別基金を設置するとともに、毎年の防衛支出が国内総生産に占める比率を2%超に引き上げることを明らかにした。

ドイツは22日、「ロシアからガスを輸送するパイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請の審査を停止する」と発表した。ロシアは、ドイツにとって最大のエネルギー供給国だ。2020年にドイツが外国から輸入したガスの約55%、石炭の約57%、原油の約34%をロシアから輸入している。ただしドイツ政府は、ロシアがエネルギーを政治的な武器として使う危険があるとして、今後は同国への依存度を減らす。

NATOはロシアに対する抑止力を強化するため、1949年の創設以来初めて緊急対応部隊をルーマニアに派遣した。これに対しプーチン大統領は、核戦力部隊を含む抑止力軍に警戒態勢を取るように命じ、さらに事態をエスカレートさせる構えだ。27日にゼレンスキー大統領は、ロシアの代表団とベラルーシ・ウクライナ国境で停戦条件について協議することを明らかにした。砲火が一刻も早くやむことを祈る。

最終更新 Donnerstag, 03 März 2022 14:46
 

なぜウクライナ危機で ドイツが批判されるのか?

各国の外交努力にもかかわらず、ロシアがウクライナ国境付近に集結させた約13万人の軍隊を撤兵させる兆しはない。こうしたなか、米国やウクライナではドイツに対する批判が高まっている。

7日、ショルツ首相は米国のバイデン大統領と会談し、結束をアピール。しかし、ノルドストリーム2への意見の相違が浮き彫りになった7日、ショルツ首相は米国のバイデン大統領と会談し、結束をアピール。しかし、ノルドストリーム2への意見の相違が浮き彫りになった

ウクライナへの武器供与をかたくなに拒否

最大の理由は、ショルツ政権がウクライナへの武器供与を拒否していることだ。同国はドイツに対して、携帯式対空ミサイル、ドローン迎撃用機関砲、弾薬、赤外線暗視装置などの供与を求めている。ドイツは「紛争が起きている国に兵器を供与することはできない」として断り、ヘルメットを5000個供与することだけを約束した。

この決定について在ドイツ・ウクライナ大使館のメルニク大使は、「ヘルメットは、シンボルとしての意味しか持たない。プーチン大統領は将来何をするか分からない。従って、ドイツはわが国への武器供与に慎重な路線を改めてほしい」と不満を表明した。

ドイツは、他国のウクライナへの武器供与にも待ったをかけた。エストニアは、1990年代にドイツから42門の榴りゅうだんほう弾砲を買っていた。これは東ドイツが所有していたソ連製の大砲だった。エストニアはウクライナを支援するために、この榴弾砲の供与を計画した。ところがショルツ政権は、エストニアに対してこの大砲をウクライナに移転することを許可しなかった。

ドイツの法律は紛争地域への武器移転を禁止

ドイツの「戦争兵器管理法」は、「紛争に巻き込まれている国、もしくは紛争が勃発する危険のある国に対する兵器の輸出や移転」を原則的に禁止している。

ドイツ人にとっては、第二次世界大戦中の記憶も武器供与をためらわせる理由となっている。ナチス・ドイツ軍がウクライナを含むソ連領土に侵攻し深刻な被害を与えたからだ。ドイツの政治家たちはウクライナに武器を供与することをためらう理由として、「過去の経験から」という言葉をしばしば使うが、ナチスがソ連に対して与えた甚大な被害に対する罪の意識を示している。

ほかの国々は、ドイツよりもウクライナに対する軍事支援に積極的だ。バイデン政権は2月2日に2000人の戦闘部隊をドイツとポーランドに送り、ドイツに駐留している1000人の兵士をルーマニアに派遣した。米国は昨年12月にウクライナに対し2億ドル(220億円・1ドル=110円換算)の軍事物資を供与することを約束し、ジャベリン対戦車ロケット砲や弾薬など約90トンの支援物資をキエフに送った。

英国政府は、今年1月「ウクライナに携帯式対戦車ミサイルの供与を開始し、同国の兵士たちをミサイルの操作法に習熟させるために少数の英軍兵士を同国へ派遣した」と発表。トルコも、ウクライナに対し地上攻撃ミサイルを装備したドローン「バイラクタルTB2」を売却している。

かつてソ連に強制的に編入され、1990年代に独立を回復したバルト三国も、米国政府に対して「米国製の武器をウクライナに供与することを許可してほしい」と要請。バイデン政権は1月中旬に、これらの国々に対し、米国から買っていた対戦車兵器などをウクライナに供与することを承認した。ポーランドも「ウクライナ政府に、携帯式対空ミサイルの供与を決めた」と発表している。

ドイツは、世界第4位の武器輸出大国だ。同国は昨年93億5000万ユーロ(1兆2155億円・1ユーロ=130円換算)の武器を中東、アフリカ、アジアなどに輸出した。2014年には、「紛争地域に武器を送らない」という原則の例外措置として、テロ組織・イスラム国と戦うクルド人の戦闘部隊に、対戦車ミサイルを供与した。米国やバルト三国が「ドイツはなぜ今回も例外措置として、ウクライナに武器を送らないのか」と批判するのは、そのためだ。

これに対しドイツ政府は、「わが国は2014年以来、ウクライナに18億3000万ユーロ(2379億円)の経済援助を行っている。2018~2019年にウクライナに対して行った経済援助額は2億2000万ドル(242億円)で、二国間の援助額としては、世界で最も多い」と反論する。

ウクライナはドイツの態度に強い不満

ただし、ほかの国々が武器を送っているときに、ドイツが「われわれは多額の金を払っている」と主張しても、理解を得ることは難しい。

2月1日にウクライナ議会で、議員たちは米国、英国、ポーランド、トルコなど同国に軍事支援を行っている国々の国旗を掲げて、感謝の意を表した。しかしその中にドイツの国旗は入っていなかった。ウクライナ人たちのドイツへの不満がはっきりと表われている。

もう一つの理由は、ロシアに対する経済制裁をめぐるドイツの態度だ。米国やウクライナは、「ウクライナ侵攻が起きた場合、ロシアからドイツに直接ガスを送るパイプライン、ノルドストリーム2(NS2)の稼働を禁止するべきだ」と主張。一方で、ショルツ首相は「あらゆるオプションを検討する」と言うだけで、明言を避けている。首相は「手のうちを全部見せない方が、抑止効果がある」と説明しているが、欧州連合(EU)のフォンデアライエン委員長もNS2を制裁の対象に含めると述べているなか、ドイツの首相が腫れ物に触るような態度を取っているのは、不自然だ。

ショルツ首相は、政権発足早々に吹き始めた逆風を、押し戻すことができるだろうか。

最終更新 Mittwoch, 16 Februar 2022 13:21
 

原子力はグリーンか?EUとドイツが対立

欧州各国でエネルギー価格が上昇を続けるなか、欧州連合(EU)では原子力が持続可能性が高いエネルギーかどうかについて、論争が起きている。

昨年末に廃炉になったニーダーザクセン州のグローンデ原子力発電所。環境保護団体グリーンピースが「原子力フリーの欧州のために」の文字を映し出した昨年末に廃炉になったニーダーザクセン州のグローンデ原子力発電所。環境保護団体グリーンピースが「原子力フリーの欧州のために」の文字を映し出した

EU、原子力の「グリーン認定」を提案

引き金となったのは、EUが昨年12月31日の深夜に加盟国政府に送った文書だ。EUはこのなかで、原子力発電所と天然ガス火力発電所が一定の条件を満たせば、「地球温暖化や気候変動の抑制に貢献する事業」のリスト(タクソノミー)に載せる方針を打ち出した。EUが作成中のタクソノミーは、持続可能性の高い経済活動の事業分類表で、民間の投資家のための指針として使われる。ここに記載された事業は「グリーンな経済活動」と認められて、将来資金の調達が容易になる。

EU提案によると、原子力発電所をタクソノミーに記載するには、最新のテクノロジーを使用すること、2045年までに建設許可を取得すること、2050年までに高レベル放射性廃棄物の処理方法について、具体的な計画があるなどの条件を満たすことが必要。

また2030年までに新設される天然ガス火力発電所については、電力1キロワット時を発電する際に排出される二酸化炭素(CO2)の量が270グラム以下であること、2035年までに燃料を天然ガスから再生可能エネルギーによる電力で作られる「グリーン水素」に切り替えることなどの条件を満たせば、タクソノミーに記載される。

ドイツは原子力のタクソノミー記載に反対

これに対しドイツは、EU提案に強く反発している。同国は2011年に日本で起きた福島第一原発の炉心溶融事故以来、脱原子力政策を進めている。これまでに14基の原子炉を廃止し、今年12月末には残りの3基のスイッチを切る。

連邦経済気候保護省のハベック大臣(緑の党)は、「原発からの高レベル放射性廃棄物は、人類と環境にとって長年にわたり負担となる。そう考えると、原子力をEU タクソノミーに記載することは、持続可能性の定義を不当に変更することになる。これはいわゆるグリーンウォッシングであり、誤りだ」と反対した。グリーンウォッシングとは、実際には環境保護に貢献しないものや事業を、表面的に「持続可能性が高い」と見せかけることだ。

すでに脱原子力を達成しているオーストリアも、EU提案に反対している。同国ゲヴェッスラー環境大臣(緑の党)は、「EUが原子力を実際にタクソノミーに記載した場合には法的措置を取る」として、欧州裁判所に提訴する可能性を示唆した。

EU提案の背景には、欧州の多くの国々で、「CO2を迅速に減らすには、原子力と天然ガス火力を使う必要がある」とする意見が強まっているという事実がある。その筆頭は、電力の約71%を原子力でカバーしているフランスだ。マクロン大統領は当初原子力の比率の引き下げと再エネ拡大を計画していたが、昨年のエネルギー価格の高騰で方針を転換し、2021年11月、原子炉の新設計画を発表した。

またポーランドは現在電力の78%を石炭に依存しているが、2049年までに脱石炭を実現するために、2033年までに最初の原子炉を稼働させる。EUのフォンデアライエン欧州委員長も昨年11月、「2050年までにカーボンニュートラルを達成するには、少なくとも過渡期のエネルギーとして原子力と天然ガスの使用が不可欠だ」と語っている。

つまり欧州では、EUのCO2削減政策が「原子力ルネサンス」の追い風となっているのだ。このためドイツやオーストリアは押し切られる公算が大きい。提案は、EUの人口の65%を持つ20カ国が反対しない限り、可決される。フランス、オランダなど12カ国が原子力のタクソノミー記載に賛成しており、反対しているのはドイツやオーストリアなど5カ国にすぎない。

ちなみにハベック大臣は「天然ガス火力発電所は、長期的には持続可能性が高いとはいえない。しかし過渡期のエネルギーとしての役割を果たすことができる」と述べ、タクソノミーへの記載に前向きである。ショルツ政権は連立契約書の中で、「電力需要が増えるなかで、安定供給を確保するために、天然ガス火力発電所を新設する。ただし、将来は燃料を天然ガスからグリーン水素に切り替える」と明記している。つまりEUは原子力のグリーン認定を求めるフランスと、天然ガスのグリーン認定を求めるドイツの意向に配慮したことになる。

金融機関も「原子力のグリーン認定」には当惑

重要な点は、EU タクソノミーが民間投資家のための指針であり、加盟国に対してエネルギー政策を命じるものではないということだ。各国はこれまで通り、独自のエネルギー政策を取ることを許される。つまりこの事業分類リストは、ドイツが脱原子力政策を貫徹する上で、障害にはならない。

また金融業界からは、EU提案に批判的な意見が出ている。これまでもドイツの一部の投資ファンドは、「大規模事故のリスクや、放射性廃棄物の問題がある」として、原子力関連事業が年間売上高の5%以上を超える企業への投資を避けていた。このため原子力がタクソノミーに記載されても、EUの思惑通り、投資家が原子力関連産業を含むポートフォリオへ投資するかどうかは、未知数である。EU加盟国間の原子力をめぐる論争には、まだ紆余曲折が予想される。

最終更新 Donnerstag, 03 Februar 2022 09:29
 

ウクライナ危機にNATO・ドイツはどう応える?

プーチン大統領は昨年秋以来、ウクライナ国境付近に約10万人の兵力を集結させ、米国と北大西洋条約機構(NATO)に対し、冷戦終結後の欧州の秩序に変更を加えるよう迫っている。ドイツなど西欧諸国の安全保障体制をも揺るがす事態だ。

1月9日、ウクライナのキエフにてプーチン大統領の政策に抗議する市民たち1月9日、ウクライナのキエフにてプーチン大統領の政策に抗議する市民たち

10万人の兵力が国境に集結

1月10日、ウクライナ危機をめぐって米ロ代表がジュネーブで最初の会議を開いた。ロシアのリャブコフ副外相は「われわれがウクライナに侵攻するというのは、フェイクニュースだ。わが国にはそのような意図は毛頭ない。ロシア軍は軍事演習を行っているだけだ」と述べ、西側の懸念を打ち消そうとした。これに対し米国のシャーマン国務副長官は「10万人の部隊を動員して、ウクライナ国境の近くで演習を行う必要はない。早く部隊を撤退させるべきだ」と反論した。

昨年11月米国のメディアは、「政府の安全保障担当者が部内の会議で『ロシアは2022年初頭にウクライナに侵攻するための準備を整えている』という見解を表明した」と伝えている。

NATOの東方拡大禁止を求めるロシア

昨年12月に、プーチン大統領の意図が明らかになった。同氏は米国とNATOに対して新しい条約の草案を送りつけ、「ウクライナをNATOに加盟させないことを条約によって約束しろ」と迫ったのだ。ロシアは2014年にウクライナの領土だったクリミア半島に戦闘部隊を送り、併合した。さらにウクライナ東部で起きている内戦では、ロシアはウクライナからの独立を求める勢力を支援している。

ウクライナはNATOへの加盟を希望している。NATOは2008年の首脳会議で、ウクライナに対し「加盟の可能性」を示唆したが、かつてソ連に属していた国をNATOに受け入れることはロシアを刺激するとして加盟を認めていない。リャブコフ副外相は、「NATOは2008年にウクライナに対して示した加盟の可能性を撤回するべきだ」と迫っている。

しかもプーチン大統領は「NATO・米国は、これ以上東側に拡大しないこと、もしくは加盟国の数を増やさないことを約束せよ」と主張。さらに、かつてソ連に属していた国に基地を置いたり、軍事的に協力したりしないよう求めている。またロシアは条約草案の中で「NATOとロシアは、自国領土内を除いて、互いに脅威を感じさせるような行動をやめるべきだ」としている。これは、ロシアがウクライナ国境付近で軍事演習を行えるのに対し、NATOにはバルト三国やウクライナでの演習を禁止する「不平等条約」である。

米国とNATOは、「プーチン大統領の提案には、受け入れがたい部分が多い」としている。例えばウクライナがNATOに加盟するかどうかは、同国とNATOが決めることであり、ロシアが口出しする問題ではないという意見が有力だ。このため西側では、「ロシアの本当の狙いは、無理な要求を突き付けることで協議を決裂させ、ウクライナに侵攻する口実を作ろうとしているのではないか」という懸念も高まっている。実際プーチン大統領は、「米国とNATOがロシアの要求を拒否するならば、私は軍人たちのアドバイスに耳を傾けるだけだ」と不穏な発言をした。

ドイツの安全保障にも大きな影響

NATO加盟国ドイツにとっても、プーチン氏の「挑戦状」は重要な意味をもつ。ドイツは英仏とは異なり自国の核兵器を持っていないが、米国の核兵器がドイツ領内に配備されている。米軍はドイツのほか、トルコ、イタリア、オランダとベルギーに自国の核兵器を配備している。

ロシアとの間で戦争が始まった場合、ドイツ政府はラインラント=プファルツ州のビュッヘル空軍基地に保管されている米国の核爆弾を、連邦軍の戦闘機に搭載して出撃させる。これはドイツ語で「nukleareTeilhabe」(核兵器を使った協力)と呼ばれ、NATOの核抑止戦略の中で重要な要素の一つだ。だがプーチン大統領は米国に対して、「これらの国々に配備している核兵器を撤去せよ」と要求。つまりNATOの核兵器は現在よりも大幅に減って、ロシアに対する抑止力は弱まる。

ショルツ政権は、連立契約書の中でNATO・米国との結束を維持する方針を明らかにした。「nukleareTeilhabe」についても原則として継続する方針だ。ただし、核爆弾を搭載するドイツのトルナード型戦闘機が老朽化しているため、ショルツ政権は連立契約書の中で、戦闘機を更新する必要性について言及している。

ショルツ首相は、マクロン大統領と共にロシアとの対話を深めることによって、ウクライナをめぐる緊張を緩和したいと発言。これに対してベアボック外相は、「ロシアはウクライナに侵攻した場合、高い代償を払うことになる」と警告し、ほかの欧州連合(EU)諸国と共に厳しい制裁措置を実施する可能性を示唆している。

西側の意表を突いた2014年のクリミア併合のときとは異なり、今世界中の目がウクライナ国境に注がれている。このため、プーチン大統領にとって奇襲効果は小さい。だがロシアは実際に戦車を投入しなくても、西側に打撃を与えることができる。同国が大規模なサーバー攻撃を行い、ウクライナや西側諸国の電力、暖房、水道、通信などインフラを麻ひさせる可能性がある。米ロ間の主張の隔たりは大きく、短期的な成果は望めないだろう。2022年が動乱の年とならないことを祈る。

最終更新 Donnerstag, 20 Januar 2022 09:51
 

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