ジャパンダイジェスト
独断時評


環境保護か経済成長か? 独政府のCO2削減策に厳しい批判

日本と同じモノづくり大国ドイツは、いま地球温暖化の防止と経済成長という2つの目標を同時に実現するために苦闘している。

9月20日、「2030気候保護プログラム」を発表するメルケル首相9月20日、「2030気候保護プログラム」を発表するメルケル首相

交通と建物に排出権取引を導入

そのことを浮き彫りにするのが、メルケル政権が9月20日に発表し、10月9日に閣議決定した法案パッケージ「2030気候保護プログラム」をめぐる議論だ。

この法案パッケージの目的は、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を、2030年までに1990年比で55%減らすこと。同国は来年から540億ユーロ(6兆4800億円・1ユーロ=120円換算)の費用を投じて、現在の年間排出量・8億7000万トンを2030年までに5億6000万トンに減らすことを目指す。政府は、今回発表された気候保護プログラムの中心を、交通と建物に使われる化石燃料に置いた。具体的にはガソリンや灯油など化石燃料を販売する企業に対し、2021年から2025年までCO2排出権証書の購入を義務づける。

政府は初年度に1トン当たり10ユーロに設定して年々引き上げ、4年後には35ユーロとする。さらに2026年以降は政府が毎年の排出量を制限し始める。また、企業は国内市場での入札により、排出権証書を購入することになる。2026年以降の価格は市場メカニズムで決まるが、政府は最低価格を35ユーロ、最高価格を60ユーロに設定。2026年以降は、毎年排出できるCO2の量も制限され、減らされていくという。

国内の空の旅が割高、列車が割安に

メルケル政権は、暖房効率を改善するための費用については、課税対象額からの控除を始める。ドイツには19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられたアパートが多く、窓などの密閉性が悪いものも少なくない。また灯油を使う暖房装置を再生可能エネルギーによる熱を使う設備などに更新するための費用も、政府が40%まで補助する。2026年以降は、灯油を使った暖房装置の新設は禁止される予定だ。

さらに、国内で移動する際に飛行機ではなく列車を使う市民を増やすため、列車の切符の付加価値税を19%から7%に引き下げる。逆に国内便の航空運賃は新税により割高になる。今回の法案は、ドイツの遠距離・近距離の公共交通機関、特に鉄道や路面電車を飛躍的に充実させる。連邦政府とドイツ鉄道会社(DB)は、2030年までに鉄道網の更新、拡充のために860億ユーロ(10兆3200億円)を投資するという。今年7月の時点では、ドイツで走っている電気自動車の数は約8万台にすぎないが、政府は2030年までにこの数を1000万台まで引き上げる方針。そのために充電ポイントの数を、2030年には現在の約2万個から100万個に増やす。

これまでドイツのエネルギー転換は、電力業界に集中していたが、政府は今回初めて交通と建物部門にメスを入れる。排出権取引という、企業にとっては最も付加的なコストが低い方法を選んだ。企業は自社に最も適したCO2削減の方法を選べるという利点がある。

市民の負担軽減措置も重視

これらの措置が実施されると、ガソリン、軽油、灯油の価格が上昇する。このためメルケル政権は気候保護プログラムに、低所得層の市民の負担を軽減する措置を盛り込んだ。例えば政府は、電力料金に含まれている再生可能エネルギー拡大のための賦課金を引き下げる。また車で職場へ通う市民が、通勤にかかる燃料費などをこれまでよりも多く課税対象額から控除できるようにする。

学界は「不十分」と厳しく批判

だがメルケル政権が発表した削減策は、学界から「不十分」と批判されている。気候学者の間では「この内容では、2030年までにCO2排出量を55%削減するという目標を達成できない」という意見が有力だ。ポツダム気候影響研究所のエーデンホーファー所長は、「メルケル政権は十分に踏み込まなかった。カーボンプライシング開始時の10ユーロという価格は余りにも低すぎる。CO2価格が10ユーロでも、1リットル当たりのガソリン価格は3セントしか増えない。本来は50ユーロから始めるべきだった」と厳しく批判した。

現在、欧州連合域内排出取引制度(EU ETS)における1トン当たりのCO2価格は約30ユーロ。ポツダム気候影響研究所は、「2030年までにCO2排出量を1990年比で55%減らすには、最終的なCO2価格を少なくとも70ユーロ、理想的には130ユーロにするべきだ」という試算を発表している。多くの環境保護主義者は、今回の法案を読んで唖然としたはずだ。

経済成長と雇用を重視したメルケル政権

要するにメルケル政権は、気候保護プログラムを、「企業や市民に過剰な痛みを与えない削減計画」にとどめた。政府は、景気や雇用に悪影響を与えないように、あえて初年度のCO2価格を低く設定し上昇率も遅くした。その背景には、景気の先行きへの懸念がある。米中貿易摩擦などによって、ドイツの第2・四半期のGDPは0.1%減り、景気後退の兆候が表れている。

メルケル政権は今年末までに、法案パッケージを連邦議会・連邦参議院で可決させる方針だが、緑の党は初年度のCO2価格の大幅な引き上げなど、法案の修正を要求している。今後ドイツでは温暖化防止と雇用の保護のバランスをめぐり、激しく議論されるだろう。

最終更新 Donnerstag, 17 Oktober 2019 12:11
 

州議会選挙でAfD躍進、東西間の心の分断が浮き彫りに

9月1日にザクセン州とブランデンブルク州で行われた州議会選挙では、予想通り、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)が前回の選挙に比べて大幅に得票率を伸ばした。AfDは旧東ドイツに固定的な支持層を持つ地域政党への道を着々と歩みつつある。同時にこの選挙結果は、ドイツ再統一から約30年経った今も東西間の「アイデンティティーの統一」が完遂されておらず、一部の市民の間では亀裂が深まっていることを明らかにした。

9月1日、選挙結果を受けて喜ぶ、AfDブランデンブルク支部長のカルビッツ氏(左)9月1日、選挙結果を受けて喜ぶ、AfDブランデンブルク支部長のカルビッツ氏(左)

ザクセンでは得票率が約3倍に

AfDの躍進は予想されていたとはいえ、前回の2014年の選挙に比べた増加率には驚くべきものがある。逆にキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)は両州で大幅に得票率を減らし、全国で続く凋落傾向に歯止めをかけることができなかった。

ザクセン州議会選挙では、AfDの得票率が前回の選挙での9.7%から約3倍に増えて27.5%となった。一方、CDUの得票率は7.3ポイント減って32.1%に、SPDの得票率は4.7ポイント減ってわずか7.7%に下落。SPDはザクセン州では泡沫政党への道を突き進んでいる。

「AfDは一過性の現象ではない」

ブランデンブルク州でもAfDは得票率を前回(12.2%)の約2倍に増やして、23.5%を記録。逆にSPDは得票率を5.7ポイント、CDUは7.4ポイント減らした。AfDブランデンブルク州支部を率いるアンドレアス・カルビッツ氏は、2014年から1年間にわたり「文化と歴史」という極右グループのリーダーだった。彼は開票結果が明らかになると「AfDは、一過性の現象ではない。われわれはここにとどまる」と勝利宣言を発した。カルビッツ氏は、AfDテューリンゲン支部長のビェルン・ヘッケ氏とともに、AfDで最も右に位置する組織「フリューゲル(翼)」で指導的な立場にある。フリューゲルにはネオナチ・グループと接点を持つ党員が加盟しており、外国人を差別する発言を行う者もいることから、ドイツ内務省の捜査機関・連邦憲法擁護庁は同組織に対する監視を行っている。

AfDがザクセンとブランデンブルク州で成功を収めた最大の理由は、同党が「旧東ドイツ人たちは29年前の東西ドイツ統一で貧乏くじを引かされた。今こそ旧東ドイツ人の利益を重視する『Wende2.0(第2の革命)』を起こそう」と訴えたからだ。AfDのこのスローガンについては、1989年にベルリンの壁崩壊につながる市民運動を行った人々の間から「AfDは、当時の社会主義政権に対する抗議運動を自分たちの目的のために悪用している」という批判が上がっている。

抗議政党としての地盤を確保

今回の市議会選挙で興味深いのは、過去に旧東ドイツの抗議政党と見られていた「リンケ(左翼党)」がAfDによって票を奪われたことである。リンケの得票率は、ザクセン州で8.5ポイント、ブランデンブルク州で7.9ポイント減った。つまり旧東ドイツの抗議政党としてのリンケの役割は、AfDによって取って代わられたのだ。この点には、旧東ドイツの右翼化傾向がくっきりと表われている。

AfDは2013年に創設された当時、ユーロに反対する泡沫政党だった。だが2015年にメルケル首相がハンガリーで立ち往生していたシリア難民ら約100万人に対し、超法規的措置としてドイツでの亡命を認めたことが、AfDにとって強力な追い風となった。

同党は2017年の連邦議会選挙で得票率を前回(4.7%)に比べて、ほぼ3倍の12.6%に伸ばした。AfDは連邦議会に100人近い議員を送り込み、泡沫政党から一気に第3党の地位にのし上がった。

しかしこの党の幹部らはイスラム教徒や有色人種、トルコ人に対して差別的な発言を行っているほか、ドイツが戦後続けてきた「ナチスの過去との批判的な対決(Aufarbeitung der NS-Vergangenheit)」を疑問視している。ヘッケ氏は、ベルリンに政府が建設したホロコースト犠牲者のための追悼モニュメントを「恥のモニュメント」と呼んでいる。つまりAfDは、ドイツの戦後レジームを破壊することを狙う政党である。

旧東ドイツ人の怨念が追い風

AfDの追い風となっているのは、政府の難民受け入れ政策に対する不信感と、旧東ドイツ人たちの怨念である。1990年に東西ドイツが統一されると、旧東ドイツの多くの国営企業が閉鎖や民営化されたりして、多数の市民が失業、もしくは早期退職に追い込まれた。早期退職した労働者たちの公的年金は、大幅に減額。2003年に、当時首相だったゲアハルト・シュレーダー氏は労働市場・社会保険制度の改革プロジェクト「アゲンダ2010」を断行し、長期失業者への援助金を生活保護と同じ水準に引き下げたが、この措置は旧東ドイツの多くの市民の暮らしに悪影響を与えた。

今でも旧東ドイツに本社を持つドイツ企業は存在しない。このため高学歴の若者の多くは、職を求めて旧西ドイツへ移住した。旧東ドイツの人口は1990年からの29年間で345万人も減った。

ドイツの政治学者の間では、「AfDの得票率は、旧西ドイツでは今後下がっていくだろう。しかし旧東ドイツでは、AfDは地域政党として固定した地盤を確保するだろう」という見方が強まっている。今回の選挙結果は、東西ドイツ間の心の壁がまだ崩れていないことを如実に示しているのだ。

最終更新 Donnerstag, 03 Oktober 2019 11:42
 

環境保護と政治経済、緑の党はどうバランスを取るか?

今年5月26日の欧州議会選挙では、ドイツで緑の党が前回の選挙に比べて得票率を約2倍に増やし、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)に次ぐ第2党となった。また今年6月に発表された公共放送局ARDの政党支持率調査では、緑の党がトップの座に立った。どちらもドイツの政治史上初めてのことである。

緑の党のハベック共同党首1日に行われたザクセン州とブランデンブルク州の議会選挙の結果を聞く、緑の党のハベック共同党首

緑の党政権入りの可能性強まる

それに対し、現在大連立政権を構成するCDU・CSUと社会民主党(SPD)の支持率は低下する一方だ。90年代末に有権者がコール首相の長期政権に不満を強めたように、人々は政治の刷新を望んでいる。このため今日の状況が続いた場合、2021年の連邦議会選挙では、緑の党が連立政権に参加する可能性が濃厚だ。連立のオプションは、緑の党とSPD、左翼党(リンケ)が組む緑・赤・赤政権、もしくはCDU・CSUと緑の党が連立する黒緑政権などが考えられる。

政党支持率調査(2019年6月6日発表)

政党支持率調査(2019年6月6日発表)

また今年6月にエムニード社が発表した世論調査では、「もしも首相を直接選べるとしたら誰を選ぶか」という設問に対し、緑の党の共同党首の1人ロベルト・ハベック氏を選んだ回答者の比率が51%となり、保守陣営の首相候補と目されているCDUのアンネグレート・クランプ=カレンバウアー幹事長への支持率(24%)を大きく上回った。つまりこの国の歴史で初めて、緑の党から「エコロジー首相」が生まれる可能性すら浮上しているのだ。

緑の党は今や、2年後に政権入りすることを目標にした準備を着々と進めている。経済界、産業界の一部では「緑の党は環境保護に関する新しい法律を企業に押し付け、コストを増加させるので、国際競争力を弱める」という先入観が抱かれている。緑の党はこうした懸念を緩和するために、昨年「経済評議会」を設け、毎年3回緑の党の幹部、議員と大手企業の役員らが共同でワークショップを開催し、討論を行っている。また同党は社会保障や雇用問題についても同様の評議会を創設して、組合関係者らと協議を始めた。

ドイツ産業界も緑の党と意見交換

産業界も緑の党が上昇気流に乗っていることを敏感に察知し、緑の党のハベック共同党首ら幹部を招き、積極的に意見交換を行っている。たとえばドイツ産業連盟(BDI)は、今年6月4日の「産業の日」記念式典で、緑の党のアンナレーナ・べーアボック共同党首を締めくくりの講演者に選出。彼女は地球温暖化問題や環境保護だけではなく、国民と経済界にとって「欧州」としての結束を強めることの重要性を強調した。

べーアボック氏は、ドイツの雇用と繁栄を守るためには、欧州が結束して米国の金融資本主義、中国の国家資本主義に対抗する第三の道を目指すべきということ、経済のデジタル化や人工知能(AI)の開発においても、欧州の意見を強く反映させるべきと語り、会場の財界人から大きな拍手を受けていた。だが緑の党が今最も重視している温室効果ガス削減と、経済成長・雇用確保のバランスをどのように取るかについて、産業界は同党の一挙手一投足をじっと観察している。

環境保護と経済成長のバランス

例えば、緑の党は「メルケル政権は2038年までに褐炭・石炭火力発電所を廃止することを決めたが、緑の党が政権入りした場合、脱石炭を2030年に前倒しするのか?」、「緑の党は温室効果ガスの排出量削減のために、自動車や航空機の燃料、暖房用の灯油に二酸化炭素税を導入して、交通手段や建物に関するコストを引き上げるのか?」、「電気自動車の普及を加速するのか?」、「緑の党は公約通り、ロシアからの天然ガス・パイプライン『ノルドストリーム2』の建設計画を中止させるのか?」、「再生可能エネルギー比率の大幅な引き上げに必要な、高圧送電線の建設をどのように加速するのか?」といった問いへの回答を求められる。

ドイツは電力料金が欧州で最も高い国の1つだ。環境保護のための政策を急テンポで進めた場合、この国で事業を継続するためのコストが増大し、企業が工場などを国外へ移す可能性もある。産業の空洞化は、雇用が減ることを意味する。企業経営者だけではなく、市民も恐れている事態だ。緑の党は実効性のある地球温暖化対策を進める一方で、経済界が抱いているこうした疑問に、一つひとつ答えていかなければならない。

緑の党は2011年の福島原発事故直後、バーデン=ヴュルテンベルク州の州議会選挙で躍進し、初めて州首相を輩出。だがCDU・CSUなどすべての政党が脱原子力を目指したために独自色を失い、2013年の連邦議会選挙の得票率は8.4%に留まった。緑の党は当時の失敗を繰り返さないために、慎重に戦略を練りつつある。ハベック氏とべーアボック氏は、どちらも緑の党内では左派でなく、現実路線を重んじる政治家だ。彼らが環境保護と経済成長・雇用保護のバランスをどのように取ろうとするかが、大いに注目される。

最終更新 Donnerstag, 19 September 2019 10:23
 

ドイツの好景気についに陰り?

私は東西ドイツが統一されて以来、29年間にわたってドイツで政治・経済の定点観測を続けている。

ドイツ経済の「わが世の春」

この国で、2010年以降の9年間ほど景気が良い時期を経験したことは一度もなかった。ドイツの失業率は欧州連合(EU)圏内でチェコに次いで最も低い。今でも多くの企業がITなどの分野で高度なスキルを持つ人材を探している。スーパーマーケットやパン屋さんですら、人手不足に悩んでいる。

2018年には、ドイツ株式指数市場(DAX)に上場している大手企業30社が、950億ユーロ(12兆3500億円・1ユーロ=130円換算)もの収益を上げた。これは1988年のDAX誕生以来、2番目に多い額で、株主たちの懐に多額の配当が流れ込んだ。ドイツの賃金水準もじりじりと上昇する傾向にある。税収は着々と増え、連邦政府や州政府は2014年以来財政黒字を毎年増やしつつある。昨年の財政黒字は、580億ユーロ(7兆5400億円)と過去最高を記録した。

昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた

経済諮問会議が2019年予測を下方修正

だが、ドイツの好景気には陰りが見え始めている。ドイツ連邦政府の経済諮問会議に属する経済学者たちは、今年3月の報告書の中で「ドイツ経済の拡大の速度は、目に見えて衰えた。好景気の時代は過ぎ去った」と指摘。経済諮問会議は、昨年の報告書の中で2019年の国内総生産(GDP)成長率を1.5%と予測していたが、今年3月にこの値を0.8%に引き下げた。

ドイツのGDP成長率資料=経済諮問会議(2019年3月発表)

2017年にドイツの経済成長率は2%を超えたが、成長のスピードは2年連続で減衰。経済諮問会議は2020年の成長率を1.7%と予測するが、今後の世界経済の動向によっては、この予測も再び下方修正される可能性がある。経済学者たちの悲観的な予測の背景には、いくつかの原因がある。まず輸出大国ドイツにとって都合の悪いことに、外国市場に不透明感が増してきている。

貿易摩擦・BREXITの影

例えばドイツ経済にとって最も重要な市場の1つの中国では景気に陰りが見え、需要が減っている。米中の貿易摩擦も、両首脳が今年6月の大阪サミットで「一時的に停戦」することで合意したものの、摩擦が完全に解消したとは言えない。またトランプ大統領はEU、特にドイツからの自動車に対する関税率を引き上げる可能性に言及したことがある。米欧間の自動車摩擦は、ドイツ経済が最も恐れている事態の1つだ。

さらにBREXIT(英国のEU離脱)も、大きな不安要素だ。英国がEUとなんの合意にも達せないままEUを離脱した場合、ドイツからの輸出品に関税がかけられるほか、英国からの部品や半製品、原材料の調達にも困難が生じる。経済諮問会議は「今後の経済動向に関するリスクは非常に高い。世界経済の成長テンポが減速しつつあることを考えると、各国が保護主義的な政策を強めた場合、ドイツに深刻な影響が及ぶかもしれない」と警鐘を鳴らしている。

人手不足で生産が間に合わず

さらに成長率鈍化は、メーカーなどの国内生産能力が限界に近づいたことも災いしている。つまり労働力不足の深刻化で、生産キャパシティーに余裕がなくなり、受注があっても企業が対応できなくなりつつある。

確かに一部のドイツ企業では、昨年度の業績にすでに陰りが見えていた。例えばBMWでは2018年度の売上高が前年比で0.8%、当期利益が16.9%減少し、普通株への配当を12.5%減らした。本社では昨年夏から、新入社員の採用をストップしている。

ダイムラーの2018年度の売上高は2%増えたが、当期利益は29%減少し、配当の11%引き下げを余儀なくされた。ドイツの自動車メーカーにとって世界で最も重要な市場は、中国である。ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲンが毎年販売する車の約35%は中国で売られている。だが中国の景気が冷却傾向を見せているために、2018年度の第4・四半期には、この3社の販売台数が前年同期比で6%減少。2019年は、この傾向に拍車がかかると予想されている。

人員削減を始める企業も

景気の冷え込みや市場環境の変化に備えて、リストラや人員削減を始める企業も現れている。大手電機・電子メーカーのシーメンスはエネルギー部門を中心に従業員数を約1万人減らす方針で、大手化学メーカーBASFも社員数を約6000人削減する。業績悪化と株価の下落に苦しむドイツ銀行も、約2万人規模の人員削減を検討している。各企業はデジタル化にも多額の投資を行わなくてはならず、社員にも新しい資格、技能を身につけることが求められる。10年近く「わが世の春」を謳歌してきたドイツの働き手にとっても、厳しい時代が到来するのかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 05 September 2019 12:37
 

イラン危機への対応に苦慮するドイツ

米国とイランとの間で緊張が高まるなか、ドイツ政府は重要な決定を行った。ドイツ外務省のハイコ・マース大臣は、7月31日にワルシャワで「わが国は、米国が計画中のホルムズ海峡の警戒作戦には加わらない」と述べたのだ。

7月31日にワルシャワで開かれた記者会見で話すマース外相(左)7月31日にワルシャワで開かれた記者会見で話すマース外相(左)

「イラン危機は外交交渉で解決を」

米国政府は、数週間前からドイツなど同盟国に対し、ホルムズ海峡に軍艦を派遣して、この海域を航行するタンカーを守る作戦に参加するよう要請していた。米軍が「センチネル作戦」と呼ぶこの作戦では、海峡を通過するタンカーに軍艦が随伴し、敵の攻撃から守る。イランの革命防衛隊がタンカーを拿捕したり、船体に機雷を仕掛けたりしようとした場合には、米軍が発砲し両国間で戦闘が始まる可能性がある。

マース氏はトランプ政権の要請を拒絶する理由について、「わが国は、イランへの圧力を最大限に高めるという米国政府の戦略には反対だ。あくまで外交的な手段を使うべきだ。米国主導の警戒作戦への参加は、外交手段を優先するわが国の方針と相容れない。これはフランスなど同盟国との協議の結果、決めたことだ」と説明した。

つまりマース外相は、ホルムズ海峡で軍艦を航行させてタンカーをイランの攻撃から守るというトランプ政権の方針に、真っ向から「ノー」と言ったのである。

マース氏は、「米国がホルムズ海峡に軍艦を派遣することは、中東の緊張をさらに高める恐れがある。軍事的なエスカレートは回避するべきだ。イラン危機を解決する唯一の道は外交交渉。軍事手段を使ってはならない」と述べ、トランプ政権の姿勢を間接的に批判した。マース氏は社会民主党(SPD)に属し、リベラルな思想を持つハト派の政治家だ。2003年にSPDと緑の党の左派連立政権を率いたゲアハルト・シュレーダー首相は、米国のイラク侵攻作戦への参加を拒否した。SPDは、それから16年後に再び、米国主導の軍事作戦への協力を拒否したことになる。

やはりSPDに属するオーラフ・ショルツ副首相(財務大臣)も「私は米国主導の作戦には懐疑的だ。今最も重要なことは緊張の緩和である。夢遊病者のように軍事衝突の道に迷い込むことだけは絶対に避けなくてはならない」と述べ、トランプ政権の方針に反対した。

EU主導の作戦を提唱

ただしドイツ政府は、米国主導ではない欧州連合(EU)独自の作戦を検討している。マース外相が考えているのは、米国のように軍艦にタンカーを護衛させるのではなく、ホルムズ海峡の状況に関するデータを逐一タンカーなど民間の艦船に伝達することにより、抑止力を高めようとするものだ。ただし万一タンカーがイランなどに攻撃されても、EUの艦艇は武力で反撃しない。メルケル政権は現在この作戦について、フランスなど同盟国と協議している。

ドイツ産業連盟(BDI)のシュテファン・マイヤー理事も「ホルムズ海峡は貿易立国ドイツにとって重要な交通路だ。攻撃的ではなく、欧州諸国が主導権を握る作戦を実施するべきだ」と述べ、マース外相の路線を支持する態度を打ち出している。BDIは、米国主導の作戦をメルケル政権が拒否したのは正しいという見解を持っている。

ホルムズ海峡で相次ぐ攻撃・拿捕

トランプ政権が昨年5月にイランとの核合意から撤退して以来、欧米とイランとの間の緊張は急激に高まっている。この核合意は、包括的共同作業計画(JCPOA)と呼ばれ、米国のオバマ政権、英、仏、独、中、露の6カ国が2015年7月にイラン政府との間で結んだもの。イランに対する経済制裁の緩和と引き換えに、同国の核開発にブレーキをかけることが目的だった。だがトランプ政権は、イスラエル政府の意向を受けて「最悪のディールだ」とこの合意から撤退しただけではなく、イランへの経済制裁を再び強化した。

それ以来、ホルムズ海峡付近では緊張が高まる一方だ。今年6月13日には日本船籍のタンカーを含む2隻が爆発物による攻撃を受けて損傷した。トランプ政権は「イランの革命防衛隊が船体に機雷を付着させた」と主張。イラン側はこれを否定している。

6月20日には米軍の無人偵察機が、ホルムズ海峡上空でイランに撃墜された。米国政府は同月21日以降に報復としてイランを攻撃しようとしたが、トランプ大統領は攻撃開始10分前に「民間人に多数の犠牲者が出る」として攻撃命令を撤回した。7月4日には英国がジブラルタル付近でイランのタンカーを拿捕。これに対しイランは同月19日以降、ホルムズ海峡を航行していた英国籍のタンカーなど3隻を報復措置として拿捕している。英国政府は、米国主導のセンチネル作戦に参加する方針を明らかにした。

ホルムズ海峡は戦略的に世界で最も重要な交通路の1つだ。幅は狭いところで約35キロメートルで、毎日約1700万バレル分の原油が輸送される。そのうちの約76%が日本、中国、韓国などアジア諸国向けだ。世界で消費される天然ガスの約30%、原油の約25%がこの海峡を通過している。万一この海峡が封鎖された場合、世界経済は深刻な打撃を受ける。欧米としては現在の状況を放置するわけにはいかないだろう。軍事的緊張を高めずに、ホルムズ海峡の安全を確保するというドイツ政府の戦略は成功するだろうか。ドイツの支援拒否にトランプ政権がどう反応するかも、注目される。

最終更新 Donnerstag, 15 August 2019 10:45
 

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