ジャパンダイジェスト
独断時評


温暖化に歯止めはかかるか? CO2税をめぐる激論

日本とは異なり、ドイツでは地球温暖化と気候変動が最大の政治的課題の1つとなりつつある。そのなかで焦点となっているのが、二酸化炭素(CO2)の排出について税金をかけるべきかどうかという議論である。

CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ
CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ

CDU党首はCO2税に反対

連邦環境省のシュルツェ大臣や社会民主党(SPD)は、ガソリンなど化石燃料の消費に対し、CO2税をかけることを提案している。高い税金をかけることで、化石燃料を消費する市民や企業の数を減らすのが狙いだ。その価格は、CO2の排出量1トンあたりにつき20ユーロ前後になると見られている。だがCO2税は、車を毎日使って職場に通勤している市民や、19世紀に建てられた密閉性の悪い建物に住んでいるために冬に暖房をフル稼働させなくてはならない市民にとっては、支出を増やすことにつながる。

このためキリスト教民主同盟(CDU)のクランプ=カレンバウアー党首は5月4日に「CO2税は、所得が低い市民にとって大きな負担になる」として反対する姿勢を打ち出した。米中貿易摩擦の影響で、景気の先行きについて不安が増す今日、新たな税金の導入は消費者心理にとってマイナスになる可能性もある。これに対してCDUのアルミン・ラシェット副党首は「われわれはCO2削減のための努力を強めなくてはならない。あらゆる選択肢について検討すべきだ」と述べ、CO2税を除外すべきではないという態度を示した。

CO2排出権取引の拡大も選択肢の1つ

クランプ=カレンバウアー党首は、EUが行っているCO2排出権取引(ETS)を拡大するべきだという考えを持っている。現在エネルギー業界と産業界は、CO2排出のために排出権を購入しなくてはならない。クランプ=カレンバウアー氏は、これを交通や暖房などほかの領域にも拡大するべきだと考えているのだ。

ETSは2005年に導入されたが、CO2排出量の削減に大きく貢献しなかった。その理由は、市場で排出権の量がだぶつき、供給過剰の状態が続いたからだ。1トンあたりの排出権価格は、長年にわたり5ユーロ前後の水準で低迷していた。だがEUと欧州議会が2017年11月に市場の排出権の量を減らす方針を明らかにして以降、1トンあたりの排出権価格は約20ユーロに上昇。ETSを拡大すると自動車の運転や旅客機の利用、貨物船による物資の輸送などについてもCO2排出権の購入が必要になる。CO2税、排出権のどちらの道を選ぶにせよ、化石燃料消費のためのコストが今後上昇することだけは間違いない。

現在ドイツ政府は、ポツダム気候影響研究所のエーデンホーファー所長とRWI研究所のシュミット所長に対して、CO2価格の設定やその経済への影響について鑑定書の作成を依頼している。エーデンホーファー所長はパリ協定の目標を達成するには、1トンあたりのCO2価格を60~80ユーロに引き上げる必要があると主張。彼は「褐炭火力発電所や石炭火力発電所を停止するだけでは、CO2排出量を大幅に減らすことはできない。その理由は、卸売市場での電力価格が上昇して、褐炭・石炭火力の収益性が向上するので、ほかの会社が化石燃料をより多く消費するからだ」と説明する。褐炭・火力発電所の使用をやめた電力会社はCO2排出権を市場で売るので、排出権の価格も下がる恐れがある。エーデンホーファー氏は、市場だけに任せていたらCO2の本格削減はできないので、国家が価格を極端に引き上げる必要があると考えているのだ。

税収の大半を市民に還元へ

エーデンホーファー氏は、CO2税を導入する場合には、税収の大半を市民に還元することで経済的負担を緩和すべきだと主張。還元方法は、電力税の大幅な引き上げやクーポン券の配布などさまざまな形式が検討されている。例えば1トンあたりのCO2排出に60ユーロの税金をかける場合、国民1人につき毎年162ユーロを還元する。スイス政府はすでにCO2排出量1トンにつき80ユーロの税金を徴収しているが、健康保険などを通じ税収を国民に還元している。

環境保護のための価格引き上げは政府にとって両刃の剣であり、慎重な判断が必要だ。例えばフランスでマクロン政権が昨年11月に、「2019年1月からガソリンや軽油の価格を引き上げる」という方針を発表したところ、 市民たちが全国で抗議行動を行った。パリでは一部の参加者が暴徒化したため、マクロン大統領は価格の引き上げを撤回せざるを得なかった。この抗議デモは今なお散発的に行われており、政府の権威を著しく低下させた。

CO2価格についての国民的合意が重要

ドイツの公共放送局ARDが今年5月2日に発表した世論調査結果によると、回答者の81%が「地球温暖化に歯止めをかけるための努力を強めなくてはならない」と考える一方で、「CO2税の導入には反対だ」と答えた人の比率は62%に上っている。市民は気候変動の悪影響について懸念を強めてはいるものの、地球環境保護のために可処分所得が減ることを恐れているのだ。政府が一方的に市民の負担を増やした場合、政府に対する不満が高まって、右派ポピュリスト政党の下へ走る有権者が増える危険もある。このためドイツがCO2価格を設定する際にも、同時に負担の緩和措置を打ち出すことが不可欠である。石油燃料を使うことのコスト引き上げの是非についてじっくりと議論を行い、国民的合意を生む出すことが必要だろう。

最終更新 Mittwoch, 15 Mai 2019 16:30
 

住宅没収は許されるか? ドイツで激しい議論

ドイツでは大都市を中心に住宅不足が深刻化し、家賃が高騰。ベルリンでは、2030年までに約20万軒不足すると推定されている。こうしたなか、同市の民間団体が大手不動産会社を国有化して物件を没収し、市民が割安の賃貸住宅に住めるようにするための住民投票を準備している。政界や経済界からは、「社会主義時代を思わせる」とし反対の声が上がっている。

住宅没収を求める住民投票を請願

市民団体「ドイツ住宅会社(Deutsche Wohnen)を国有化せよ」(DWE)は、ベルリン市当局に対し、同社をはじめとして3000軒を超えるアパートを持つ不動産会社から住宅物件を没収し、割安の家賃で市民に賃貸させるべく、住民投票の実施を求めている。この団体は国有化によって20万人分の住宅が民間経済から没収され、市民が住めるようになるとしている。

ベルリンに本社を持つドイツ住宅会社は、約16万軒の住宅物件、約2600軒の商業物件を所有しており、ベルリンの不動産業界で最大の企業だ。同団体は4月6日にベルリンで住民投票を行うための請願運動を開始。署名者の数は初日だけで1万5000人に達した。住民投票を実施させるには、最初の段階で2万人、次の申請段階で17万人の署名が必要だ。この日、ベルリンの目抜き通りでは約4万人の市民がデモに参加し「不動産会社は家賃を釣り上げている」と抗議した。

4月6日にベルリンで行われたデモの様子
4月6日にベルリンで行われたデモの様子

DWEの主宰者の1人であるラルフ・ホフロッゲ氏は、「ベルリン市の憲法は、『すべての市民には適切な住宅に住む権利がある』と規定している。住む権利は、人間の基本的人権の1つだ」と主張。その上で彼は「だがドイツ住宅会社は収益を拡大して株主への配当を引き上げるために、家賃を釣り上げる経営方針を取っている。このため、企業の社会的精神に訴えるだけではもはや十分ではない。そこで、ベルリン市当局がこの企業の住宅物件を差し押さえて、割安な家賃で市民が借りられるようにするべきだ」と主張している。

憲法の中に没収を認める規定

ホフロッゲ氏の主張の法的根拠は、ドイツ基本法(憲法)第15条だ。この条文は「土地や天然資源、生産施設の所有権は、社会で共同使用するために、共同体に移管することができる。ただし、共同体への移管については、損害賠償の方法と規模を規定する法律に基づいて行うこと」と定めている。

さらに基本法の第14条は所有権を保障する一方で、「所有権は公共の利益に貢献しなくてはならない。所有権の没収は、公共の利益にかなう場合に限られる」と規定しており、公共的な目的に合致する場合は、例外的に財産の国有化が認められることを示唆している。

財産の国有化を可能にする基本法のこの規定は、1949年の制定時から含まれているが、これまで旧西ドイツではこの憲法規定に基づいて私有財産が国有化されたことは一度もない。その意味でこの市民団体が求めている不動産の国有化と強制収用は、ドイツの歴史のなかでも新しい試みである。ホフロッゲ氏らは、「1990年の東西ドイツ統一以降、社会主義国だった旧東ドイツで多くの不動産や企業が私有化、民営化された。さらに旧西ドイツでも多くの公営企業が民間企業に生まれ変わった。この結果、公共の利益が制限されている」と訴えているのだ。

「国有化しても住宅は増えない」

これに対してドイツ住宅会社のミヒャエル・ツァーンCEO(最高経営責任者)は、今年4月4日付のターゲスシュピーゲル紙に寄稿し、「ベルリンの住宅難の原因は、市当局の住宅政策の不備だ」と主張した。同氏は「住宅難を解決するには、新しい住宅を建設するための企業の投資を促進する枠組みをつくったり、建設許可申請の審査期間を短縮したりすることが必要になる。そのためには、不動産会社と市民、地方自治体が対立するのではなく協力し合うことが必要だ。不動産会社を侮辱したり、住宅物件を没収したりしても、市民が借りられる住宅は増えない」と述べて、国有化に反対する姿勢を打ち出した。

政界でも激しい議論が行われている。緑の党のロベルト・ハベック党首は、「高速道路を建設するときだけ土地を強制収用するのに、深刻化する住宅難を解決するために不動産の強制収用を行わないのは、おかしい」と発言して、住民投票を求める市民団体に対して理解を示した。これに対しアンゲラ・メルケル首相は「住宅の数を増やすことが重要だ」と述べて、不動産の没収には否定的な姿勢を打ち出した。また、キリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首は「不動産の没収は社会主義的な政策で、今日の市民社会とは相容れない」と批判。社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首も「市民の怒りは理解できるが、不動産を没収しても住宅は増えない。むしろ、家賃の上限を法律で設定するほうが効果的だ」として、緑の党とは距離を置いた。

独メディアでは、「住民投票でドイツ住宅会社から住宅物件を没収するべきだと主張する市民が過半数を占めても、企業側は行政訴訟や憲法訴訟を起こすだろう。裁判の結果が確定するまでには何年もかかるので、住宅難は直ちに解消されない」という意見が有力だ。憲法が保障する所有権と、住宅難の緩和という公共の利益のどちらを優先するべきか。仮に連邦憲法裁判所が没収を認めた場合、経済界にとっては衝撃的な事態だ。民間企業・市民、そして法学者にとって、ベルリンの住宅論争の行方は極めて重要である。

最終更新 Mittwoch, 01 Mai 2019 16:50
 

ドイツ経済はAIの普及を加速できるか?

ハノーファーでは、毎年春に世界最大の工業見本市「ハノーファー・メッセ」が開かれる。今年は4月1日から5日間にわたり、世界各国からエンジニアやビジネスマン、報道関係者ら約21万5000人が訪れた。

4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット
4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット

インダストリー4.0とAIが焦点

ハノーファー・メッセは、ドイツのデジタル化構想の中で重要な役割を果たしている。製造業のデジタル化計画「インダストリー4.0」が連邦教育科学省とドイツ工学アカデミーなどによって発表されたのも、2011年のハノーファー・メッセの直前だった。その後も、インダストリー4.0に関する重要な発表が、この見本市の会場で行われてきた。今年の展示の中心もインダストリー4.0だった。シーメンスやボッシュなど多くの企業が、機械と部品がネットで接続されたスマート工場のためのソフトウエアについて解説したり、デモンストレーションを行ったりした。

今回の見本市で加わった新しい力点は、人工知能(AI)だった。AIはインダストリー4.0を成功させる鍵の1つである。デジタル化とは、工作機械や部品をネットで接続させてコミュニケーションを可能にし、生産性を引き上げることだけではない。より重要なのは、世界中に売られた製品から毎日送られてくる膨大な情報(ビッグデータ)を分析して、製品の使用状態などをリアルタイムで把握し、メーカーが顧客に新しいサービスや製品を能動的に提供することだ。

たとえば一部のメーカーは、販売したエレベーターがリアルタイムで送って来る電力使用状況の変化などを分析して、故障が起こる時期を推定し、保守サービスを行う。そうすれば、エレベーターが故障して使えなくなる時間を最小限に留めることができる。この予測保全にも、AIは不可欠だ。

スマート・サービスに不可欠なAI

ビッグデータの分析によって新しいビジネスを生み出すことを「スマート・サービス」と呼ぶ。こうした新ビジネスが創造できないと、インダストリー4.0は本当に成功したことにはならない。ビッグデータを解析し、顧客の消費行動や機械の状態についての傾向を掴むには、AIが欠かせない。データ量が多いので、人間が分析することはコスト面から見ても不可能だ。

ドイツは1988年にカイザースラウテルンにドイツ人工知能研究センター(DFKI)を創設するなど、AIの研究を積極的に進めてきた。DFKIでは約1000人の科学者がロボットなどの研究を行っている。

ドイツの問題は、AIに関する研究水準が高いにもかかわらず、実体経済での活用が他国に比べ遅れていることだ。ドイツの企業コンサルタント会社などの調査によると、中国企業の81%がAIを積極的に利用しているのに対して、ドイツではその比率は49%にすぎない。

AI競争における遅れに警鐘

技術者からは、AIの応用の遅れを危惧する声が出ている。技術者や科学者約15万人が加盟する民間団体・ドイツ技術者協会(VDI)のV・ケーファー会長は、ハノーファー・メッセ初日の記者会見で「ドイツにはAIを活用するための技能や人材が不足しており、米国や中国に大きく水を開けられている」と警告した。

VDIが2018年に会員に対して行ったアンケートによると回答者の30.4%が「ドイツはAIに関して世界で指導的な立場にある」と答えたが、今年はその比率が半分以下の14.4%に下がった。対照的に「中国が指導的な立場にある」と答えたエンジニアの比率は、前年よりも約5ポイント増えて60.5%に。また回答者の59.7%が「ドイツ企業にはAIを効率的に実用化する技能や人材が欠けている」と答え、「そうした技能がある」と答えた回答者の比率(20.0%)を大きく上回った。

VDIによると、多くのエンジニアが悲観的な意見を持つ最大の理由は、IT関係の人材不足が深刻化していることだ。ドイツ企業は2018年の第4・四半期に約4万3000人のIT技術者を募集したが、そのポストに適した人材を見つけることができなかった。

メルケル政権は去年11月に発表した「AI戦略」の中で、「インダストリー4.0の普及にAIは不可欠。2025年までにAI開発に連邦政府の予算から30億ユーロ(3900億円・1ユーロ=130円換算)を投じ、大学のAI関連の教授の数を100人増やす」と発表した。しかしケーファー会長は、「世界各国がAI専門家を探しているなか、100人の教授をどこで見つけるのか」と述べ戦略の実効性に疑問を呈した。

インダストリー4.0導入における格差

インダストリー4.0関連技術の導入に関しても、大企業と中小企業の間で格差が開きつつある。ドイツ情報通信ニューメディア連合会(BITKOM)が今年1月に行ったアンケートによると、インダストリー4.0関連技術をすでに使っていると答えた企業の比率は47%だった。特に大手メーカーでは、デジタル化が急速に進んでいる。これに対し、中小企業の間ではデジタル化に二の足を踏む会社が多い。去年企業コンサルタント会社・EYが中小企業に対して行ったアンケートによると、「製造工程の全体、もしくは一部をデジタル化した」と答えた企業の比率は25%に留まった。

政府と産業界は、AIの利用に関して中国や米国との距離を縮め、中小企業をインダストリー4.0関連技術の導入に踏み切らせることができるだろうか?

最終更新 Mittwoch, 17 April 2019 16:29
 

中国への対応に苦慮するドイツとEU諸国

3月25日に、あるニュースが欧州の政界、経済界を驚かせた。フランスを訪れていた中国の習近平最高指導者とマクロン大統領は15件の通商条約に調印したが、これに先立って中国側はエアバス社の旅客機を300機購入することを発表したのだ。同社によると、総額は約300億ユーロ(3兆9000億円・1ユーロ=130円換算)に上る。フランス・ドイツを中心とする欧州最大の航空機メーカーにとって、またとない朗報である。

翌日パリで開かれた首脳会談には、ドイツのメルケル首相とEUのユンケル委員長も参加した。首脳会談に他国の首脳が出席するのは、極めて異例だ。マクロン氏は「中国からの訪問者に対して、欧州が団結しており協力していることを示したかった。さらに中国側が、多国間主義の将来について協議することを望んだため」と説明した。

EU側は、習近平氏に対し欧州諸国、特にフランスとドイツが独り歩きをせず、政策を緊密に調整して共同歩調を取ることをはっきり示したのだ。

左からユンケル欧州委員長、中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相
3月26日、パリのエリゼ宮殿にて。左からユンケル欧州委員長、
中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相

イタリアの一帯一路参加

首脳会談で語られた一字一句は、通常は公式に発表されない。しかし、マクロン氏らEU側が中国政府の「一帯一路」プロジェクトを議題として取り上げたことは、ほぼ確実だ。

その理由は、中仏首脳会談の直前の3月23日にイタリア政府が「一帯一路」に参加することを公表したからだ。この日、イタリアのコンテ大統領と習近平氏は、同国のプロジェクト参加についての覚書に調印した。これまでギリシャ、ポーランド、ハンガリーなどが一帯一路に参加しているが、G7(経済先進国)のグループに属する国の参加は、初めてのことである。

イタリアの決定に、西欧諸国は冷淡な反応を示した。ドイツのマース外務大臣は3月24日に「いくつかの国々が、中国と賢いビジネスをできると信じているとしたら間違いだ。彼らはある日突然目覚めて、中国に依存していることに気づくだろう」と、暗にイタリアを批判した。マース氏は「中国はグローバルな利益を、冷徹に追求している。欧州諸国は一致団結しなければ、中国、米国、ロシアに対抗できない」として、EUの連帯の重要性を強調した。

史上最大のインフラ建設プロジェクト

なぜドイツは、一帯一路に警戒感を抱いているのだろうか。中国政府が2013年10月に発表した一帯一路構想は、世界最大規模のインフラ建設プロジェクトである。正式には「シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード」と呼ばれるこの構想では、中国と欧州の間の約60カ国で鉄道、道路、橋梁、港湾など経済インフラの整備を行う。

建設資金は北京にあるアジアインフラ投資銀行(AIIB)など中国の銀行が融資し、工事の大半は中国の建設会社が担当する。AIIBにはすでに70カ国が参加している。欧州とアジアを結ぶ新シルクロードの総工費の推定額は発表されていないが、1兆ドル(110兆円・1ドル=110円換算)に達するという推計もある。

ドイツ最大の電子・電機総合メーカー、シーメンスのケーザー社長は、2018年に「われわれが好む好まないに関わらず、一帯一路は世界貿易機関(WTO)に代わって世界の経済秩序の大きな枠組みになる」と述べている。

一帯一路はEUを分断する?

しかし一帯一路に参加しているスリランカやパキスタンなどでは、借金の返済が困難になったり、公共債務が国内総生産に占める比率が急増したりして、中国マネーへの過度の依存を強いられる事態が発生している。その国が債務を返済できない場合、道路や土地を中国に没収される可能性もある。

一帯一路の背景には、ビジネスだけでなく地政学的な野望もある。中国はアジアと欧州との間に位置する国々の経済成長に寄与して、中国企業の受注額を増やすだけではなく、これらの国から「超大国」として見られることを狙っている。中国は新経済圏の構築により、米国と欧州主導の経済秩序に挑戦しているのだ。

欧州ではハンガリー、ポーランドなど中東欧諸国が一帯一路に強い関心を示し中国に急接近している。またギリシャのピレウスのコンテナ港では、中国遠洋運輸集団公司(COSCO)が資本の51%を握っている。COSCOはピレウス港に3億ユーロ(390億円)を投じ、地中海最大のコンテナ港にする計画を持っている。

このため2016年にEUが東南アジア・南沙諸島の領有権紛争をめぐり中国に対して批判的な統一見解を出そうとしたときに、ハンガリーとギリシャが反対したために、出せなかったことがある。つまり中国マネーはすでにEUの政治的団結を乱しているのだ。ドイツの外相だったガブリエル氏は「中国の一帯一路は、EUを分断する危険がある」と警告したことがある。

また、中国企業はドイツなど西欧企業の買収に積極的だが、メルケル政権は基幹産業や公共インフラに関する分野では、今後自国企業を買収から保護する方針を打ち出している。

しかしドイツの自動車メーカーをはじめとして、多くの西欧企業が中国市場でのビジネスに大きく依存していることも否定できない。EUは一刻も早く共通の対中国戦略を打ち出す必要がある。さもなければ、資金不足に悩む中東欧や南欧を中心に、EUの団結のほころびは広がっていくに違いない。

最終更新 Donnerstag, 04 April 2019 09:48
 

なぜSPDは社会保障の拡大を目指すのか

今年2月6日に社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首が発表した政策提案書「Sozialstaat 2025(社会保障国家2025)」は、ドイツの政界・経済界で激しい論議を巻き起こした。

SPDのアンドレア・ナーレス党首
社会保障国家2025を発表した、SPDのアンドレア・ナーレス党首

長期失業者への支援を拡大

その理由は、この提案が同じSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が2003年に断行した労働市場・社会保障改革「アゲンダ2010」の根本的な見直しを求めるものだからだ。「アゲンダ2010」は、現在のドイツの好景気と低い失業率の基盤をつくった改革として、経済界では高い評価を受けている。

ナーレス党首の改革案は、長期にわたって失業している市民らに対する国の援助を改善し、生活水準を引き上げることを目指している。たとえば現在58歳の失業者が受け取る「第1失業者援助金(ALG1)」は24カ月を超えると打ち切られるが、ナーレス氏はその支給期間を33カ月に延長することを提案している。

ALG1の支給が終わると、生活保護とほぼ同水準の「第2失業者援助金(ALG2)」の支給が始まる。その額は独身の失業者の場合、月424ユーロ(5万5120円・1ユーロ=130円換算)である。この援助金は、提案者(フォルクスワーゲン社の元労務担当取締役)の名前を取って「ハルツIV」と呼ばれていた。ドイツでは「あの人はハルツIVだ」というと、長い間失業しているということを意味するが、ナーレス党首はこの侮蔑的な名称を廃止し、「Bürgergeld(市民のための支給金)」という名称の導入を提案した。

ハルツIVの特徴は、制裁措置の厳しさである。たとえば失業者が正当な理由もなく労働局とのアポイントメントを無視したり、労働局がすすめた仕事に就くことを拒否し続けたりする場合には、支給金を削減されたり、停止されるなどの可能性がある。2015年には、13万1520人がこの制裁措置を受けた。

さらに財産や住んでいる住宅の広さによっては、労働局から「経済状態に余裕がある」と見られて支給金を減らされる可能性もある。

ナーレス党首は、「市民のための支給金」を受け取る失業者には、最初の2年間については事実上制裁措置を廃止し、財産や住宅の広さによる支給金の減額も廃止することを要求している。ALG1の期間には制裁措置はないので、長期失業者はほぼ5年間にわたり制裁を受けないことになる。

ナーレス氏は「国は5年間にわたって失業者を支えて、新しい仕事を見つけられるように支援を行うべきだ。失業保険のための資金は十分にあるのだから、われわれは社会保障国家を改革して透明性と公平性を高めるべきだ」と語っている。

アゲンダ2010との訣別

ナーレス氏の提案の背景には、SPDの支持率がアゲンダ2010によって急激に低下したという事実がある。シュレーダー氏が首相に就任した1998年にはSPDの連邦議会選挙での得票率は40.9%だった。しかしアゲンダ2010が旧東独を中心に多くの市民の生活水準を低下させたために市民の不満が高まり、SPDの得票率は2009年には23%に低下。今年2月のARDの政党支持率調査では、SPDを支持する回答者の比率はわずか17%だった。

シュレーダー氏は、財界と太いパイプを持つSPDでは異色の政治家だった。彼はアゲンダ2010によって、失業者の数を大幅に減らすことに成功したが、一方では低賃金部門を拡大したので、社会の所得格差が広がった。多くの有権者が「SPDはシュレーダー氏の下で企業寄りの党となった」という疎外感を抱いて、まずリンケ(左翼党)に鞍替えし、2015年の難民危機以降は右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の下へ走ったのだ。SPDは元々労働組合を最も重要な支持基盤としてきたが、現在では旧東独を中心に「多くの労働者の利益を代表するのはSPDではなく、AfDだ」という意見が強まりつつある。

またSPDが2005年以来3回にわたってキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立政権に加わったことも同党の支持者の数を減らした。長年にわたり政権の座に就くことによって、リベラル政党SPDと、保守政党CDU・CSUの政策の違いが国民にとって見えにくくなったからである。

保守党・財界はナーレス氏の提案を批判

ナーレス党首は、SPD左派に属する政治家だ。彼女は、ジグマー・ガブリエル元外務大臣など、アゲンダ2010を黙認してきたこれまでの党首たちとは一線を画して、シュレーダー時代との訣別を目指している。左旋回によって「庶民と労働者のために富を再分配する政党」という姿勢を鮮明にすることによって、支持率の回復を目論んでいるのだ。この背景には、今年重要な選挙が目白押しだという事実がある。5月には欧州議会選挙、秋にはザクセン州、ブランデンブルク州、テューリンゲン州で州議会選挙が行われる。

CDU・CSUやドイツ経営者連盟(BDA)からは、「ナーレス党首の提案は、アゲンダ2010による成果をなきものにし、失業者数を増やす」として強い反対の声が上がっている。ナーレス党首は「大連立政権を離脱するつもりはない」と語っているが、SPDが本気で社会保障サービスの拡大を実行しようとしたら、保守政党との正面衝突は避けられない。SPDはアゲンダ2010の呪縛から自らを解き放ち、支持率の低落傾向に歯止めをかけることに成功するだろうか。

最終更新 Mittwoch, 13 März 2019 16:20
 

<< 最初 < 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 > 最後 >>
23 / 113 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express Hosei Uni 202409 ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作