ジャパンダイジェスト
独断時評


新党首選出が露呈したCDUの深い亀裂

キリスト教民主同盟(CDU)は、12月7日の党大会でメルケル首相の「盟友」アンネグレート・クランプ=カレンバウアー幹事長(56歳)を新党首に選んだ。CDUは党の方針を急激に右傾化させる道を避け、メルケル路線の継承を望んだのだ。だが、クランプ=カレンバウアー氏の得票率はCDU党首選の歴史で最低だった。この事実は、メルケル派と反メルケル派の間の亀裂の深さをはっきりと示した。

クランプ=カレンバウアー氏とメルケル首相
CDU党首に選出されたクランプ=カレンバウアー氏(写真左)とメルケル首相

クランプ=カレンバウアー氏の薄氷の勝利

クランプ=カレンバウアー氏は保守派が推すフリードリッヒ・メルツ元院内総務、イェンツ・シュパーン健康大臣との最初の投票では過半数を取ることができなかった。このためメルツ氏との決選投票が行われたが、クランプ=カレンバウアー氏の得票率は51.8%で、メルツ氏の48.2%に対しわずか3.6ポイントの差をつけただけだった。つまりクランプ=カレンバウアー氏は、代議員の全幅の信頼を受けて党首になったわけではない。

メルツ氏はメルケル氏との権力争いに敗れて9年前に政界を去り、同氏の党首選不出馬宣言を受けてカムバックを試みた。彼は党首選の前に年収が100万ユーロ(1億3000万円・1ユーロ=130円換算)であるにもかかわらず、「自分は中間階層の上の方に属する」と言って世間の失笑を買った。庶民感覚では、年収が100万ユーロを超えている人は富裕層に属する。

またメルツ氏は「EU全体で難民受け入れに関する規則を統一するならば、ドイツの基本法で保障されている亡命権についても議論しなくてはならない」というAfDに似た発言を行って批判された。党大会での演説も外交問題などを前面に出し、自分がすでに首相になったかのような内容で、支持者を落胆させた。

こうした失点にもかかわらず、代議員の半分近くがメルツ氏を選んだことは、メルケル首相の息のかかったクランプ=カレンバウアー候補への反感がいかに根強いかを表わしている。辛くも党首に選ばれたクランプ=カレンバウアー氏は、涙をぬぐいながら党員たちに「われわれは欧州で生き残った最後の伝統政党だ。勇気を出して市民と語り合い、彼らの期待に応えていこう。そのためには団結する必要がある」と呼びかけた。

豊富な行政経験でメルケル首相に抜擢された

クランプ=カレンバウアー氏は、ほかの候補に比べて行政経験が豊富だ。同氏は2000年からザールラント州政府の大臣として内務、社会保障、労働行政、青少年問題などを担当した後、2011年から7年間にわたりザールラント州の首相を務めた。特に治安政策についてはメルケル氏よりも保守的な立場を取っている。たとえば2015年秋にドイツに多数のシリア難民が流入したときには、クランプ=カレンバウアー氏はザールラント州で難民の年齢を強制的に特定する検査を実行させた。その結果、検査を受けた難民の約30%が年齢を偽っていたことがわかった。

彼女は去年3月に同州の州議会選挙で、当時マルティン・シュルツ氏を党首に選んで支持率を高めつつあった社会民主党(SPD)に圧勝したことから、党内で高く評価された。シュルツ氏のSPDはザールラント州議会選挙で出鼻をくじかれた後、二度と立ち上がることができなかった。

クランプ=カレンバウアー氏はメルケル氏の難民政策を支持する数少ない政治家の一人だ。彼女は今年2月に首相によってCDU幹事長に指名され、党大会での選挙で約99%の高得票率を得て幹事長に選ばれた。この人事が注目されたのは、かつてメルケル氏自身が幹事長、CDU党首を経て連邦政府首相の座に就いたからである。

2019年の選挙が試金石

メルケル氏は党首のポストからは退くものの、2021年まで続く首相の任期は全うする方針だ。CDUで異なる人物が党首と首相を務めることは異例だが、自分が幹事長に抜擢した人物が党首になったことは、メルケル氏にとってスムーズな政策運営を可能にする。仮に2021年の連邦議会選挙でクランプ=カレンバウアー党首が首相になれば、人権を重視するメルケル氏の政策が引き継がれる可能性が強い。

メルケル・クランプ=カレンバウアーによる二頭体制の真価は、2019年の数々の選挙で問われる。欧州議会選挙だけでなく、旧東ドイツでも重要な地方議会選挙が控えている。これらの選挙でCDUが引き続き得票率を減らした場合、新党首への批判が強まることは必至だ。スイスの日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」のマルク・フェリックス・ゼラオ記者は、「クランプ=カレンバウアー氏が『ミニ・メルケル』、『メルケル2.0』というイメージを払拭するには、メルケル氏の路線から距離を置かなくてはならない。さもなければ、保守層の信頼を回復することはできないだろう」と述べている。

確かに、メルケル首相と親しい党首が率いるCDUが、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)に奪われた保守的な有権者たちを取り戻すことができるかどうかは、未知数である。メルツ氏の党首就任を切望していた経済界からも、クランプ=カレンバウアー氏の勝利に失望する声が聞こえる。クランプ=カレンバウアー氏は反メルケル派に共同歩調を歩ませることができるだろうか?新党首の今後の道程が険しくなることだけは、確実だ。

最終更新 Mittwoch, 19 Dezember 2018 18:59
 

欧州連合、BREXIT条約を承認 - 英国下院は条約を可決するか?

われわれが「当然のもの」と思い込んでいた欧州の戦後秩序が、深い傷を負おうとしている。欧州連合(EU)の加盟国首脳は、11月25日にブリュッセルでの首脳会議で、英国のEU離脱(BREXIT)に関するメイ英首相の条約案を承認。条約承認により、英国は来年3月29日をもってEUから正式に脱退する。

11月25日にブリュッセルで行われた首脳会議にて
11月25日にブリュッセルで行われた首脳会議にて

欧州では沈鬱な雰囲気

1957年にローマ条約が発効してEUが創設されて以来、加盟国が離脱するのは初めてのこと。今欧州には沈鬱な雰囲気が立ち込めている。EUのユンケル大統領は「幸福な離婚はない。BREXITは悲しい出来事だ」と述べた。独メルケル首相も「英国がEUを去ることを悲しく思う」とコメントしている。

2020年末まで過渡期を設定

この条約が英国などすべてのEU加盟国と欧州議会で承認されて発効すれば、貿易について大混乱は避けられる。英国は少なくとも2020年末までEUの共通市場と関税同盟に残留できるからだ。物の貿易については、1年以上にわたって今とほぼ同じ状態が続く。

英国とほかのEU加盟国は、2020年までの過渡期間中に、将来の貿易をどのように行うかについて協議し、合意しなくてはならない。また安全保障、環境保護、漁業権、航空協定、個人情報保護などに関してどのように協力するかについても話し合う。

しかし英国は、政治の世界ではEUから直ちに切り離される。同国は来年3月29日以降、EU理事会の会議に出席したり、欧州議会に議員を参加させたりする権利を失う。欧州外交の世界で英国が蚊帳の外に置かれて「外様(とざま)」となり、影響力が現在よりも低下することは避けられない。

「身体の一部を失ったEU」

ドイツの日刊経済紙ハンデルスブラットのシュタインガルト元編集長は、「英国とEUの結婚生活は初めからぎくしゃくしていた。双方とも、相手を心の底から愛しているわけではなかった。だが今回の条約承認により、両者の結婚生活は正式に破綻することが確定した。英国を失うことは、われわれの身体の一部を失うのと同じだ。英国のないEUは、ビートルズのいないポップミュージック、ケインズなしの理論経済学のようなものだ。英国を失った後のEUはもはや不完全で、手足をもぎとられた存在だ。ひょっとすると、EUはもはや生存できなくなるかもしれない」という悲観的なコメントを発表している。おそらく、欧州大陸に住む多くの欧州人たちが同じ感想を抱いているだろう。

焦点は英国下院での投票

しかもこの条約案が発効するという保証もまだない。最大の障壁は英国議会だ。英国の下院では12月11日にこの条約案についての投票が行われる。だが英国の政界ではメイ首相の条約案は集中砲火を浴びている。議員たちの間からは、「関税同盟からの最終的な脱退時期について英国が独力で決められず、EUの同意も必要とする点などは、英国の自決権を制限するものであり、受け入れがたい」という意見が強い。

もう一つの問題は、北アイルランド地区の扱いだ。EU加盟国アイルランドの北東部にある北アイルランド地区は英国の領土である。現在アイルランドと北アイルランド地区の間では、税関検査は行われていない。

BREXIT後、アイルランドと北アイルランド地区の国境の扱いについては結論が出ていない。2020年末までの過渡期間の間に英国とEUが通商協定や北アイルランド問題について合意できないまま、英国が関税同盟から脱退すると、英国とアイルランドは相互に商品に関税をかける。EUから英国に関税なしで商品を持ち込もうとする業者は、アイルランド経由で北アイルランド地区に「密輸」する可能性がある。つまり、英国政府は北アイルランド地区で国境検査をはじめなくてはならない。

だがアイルランドとEUは、国境検査に反対している。このためメイ首相の条約案は「バックストップ(暫定解決措置)」として、両者が合意できなかった場合には、北アイルランド地区はEUの共通市場と関税同盟に残るとしている。これは「アイルランドと北アイルランド地区の間の国境検査を避ける」というEUの要求に譲歩したものだ。英国の保守派は、「英国の領土の一部がEUとの関税同盟に残ることは、スコットランドの独立要求に追い風になる」として、バックストップ案を厳しく批判している。メイ首相がこの条約案を発表した翌日には、BREXIT担当大臣と労働大臣が抗議の意を表すために辞任してしまった。

ハードBREXITの回避を!

万一英国下院がメイ首相の条約案を否決すると、英国はEUとの合意なしの「ハードBREXIT」に突入する。この場合、英国とEU加盟国は関税の徴収をはじめるほか、民間航空機の相互乗り入れなどについても影響が出る。英国はドイツ企業にとっても極めて重要な市場であり、BREXITはドイツ経済にも影を落とす。英国に拠点を持つ多くの外国企業は、合意なしのBREXITが起きた場合に備えて準備をはじめている。2016年の国民投票でBREXITが勝ったことは、国粋的ポピュリストたちが欧州で収めた最初の勝利である。民主勢力はポピュリストの脅威を過小評価していた。せめて英国下院は条約案を可決し、「合意なしBREXIT」を回避してほしい。

最終更新 Donnerstag, 06 Dezember 2018 11:11
 

メルケル首相の後継者は誰か?注目のCDU党首選挙

13年間続いたメルケル時代に幕が下りようとしている。アンゲラ・メルケル首相は10月29日にキリスト教民主同盟(CDU)の次期党首選への立候補を断念することを明らかにした。

傷だらけのメルケル政権

メルケル氏は保守政党後退の最大の原因が自分にあることを認めた。10月14日にバイエルン州議会選挙で姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)が歴史的な敗北を喫して単独政権の樹立に失敗したのに続き、CDUも10月28日にヘッセン州議会選挙で得票率を11ポイント減らし、有権者から厳しい判定を受けた。

4期目のメルケル政権は満身創痍だ。大連立政権を構成するCDU・CSUと社会民主党(SPD)は、去年の連邦議会選挙で大幅に得票率を減らした。当初SPDが政権不参加を表明しCDU・CSUと緑の党、自由民主党(FDP)のジャマイカ連立政権の交渉も不発に終わったため、政府誕生までに約6カ月かかった。

その後も難民受け入れをめぐって、メルケル首相とゼーホーファー内務大臣(CSU党首)の対立が激化。さらに旧東独ケムニッツでの暴動をめぐり、首相を間接的に批判したマーセン連邦憲法擁護庁長官(当時)の更迭についても、メルケル氏、ゼーホーファー内務大臣、ナーレスSPD党首の間で意見が衝突。この二つの論争では、大連立政権は崩壊寸前の所まで追い詰められていた。経済界からは「メルケル政権は内部のトラブル処理に追われるばかりで、具体的な政治運営を行っていない」という批判が上がっていた。

来年再び総選挙?

去年9月以来、CDU・CSUとSPDの支持率が激減しているのに対し、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)は1年間で支持率を12.6%から18%に増やしている。AfDはメルケル首相の難民政策に対する国民の強い不満を追い風として、去年初の連邦議会入りを果たしたほか、ドイツ全州の議会への進出に成功。第二次世界大戦後、右翼政党が有権者からこれほど強力に支持されたのは初めてだ。メルケル氏が事実上の「引退宣言」を行うのは時間の問題と見られていた。

ただし、メルケル氏は「首相職については、現在の任期が終わる2021年まで担当する準備がある」と述べている。元々彼女は「首相と党首は同じ人物でなくては、指導力を発揮できない」という信念の持ち主である。将来CDUの党員たちが、党首と首相を別々の人物が務めるという変則的な状態を長期間にわたって受け入れるとは思えない。また大連立政権に対する有権者の反感は頂点に達しており、継続は困難だろう。したがって、CDUが今年12月7、8日の党大会で新党首を選んだ後、ドイツで来年再び連邦議会選挙が行われて、CDUが新党首を首相の座に据えようとする可能性が高い。

最有力候補はメルツ氏か

さてCDUでは、本稿を執筆している11月7日の時点で12人が党首候補として名乗りを上げている。その中で最も有力な3人は、メルケルと親しいクランプ=カレンバウアーCDU幹事長(56歳)、メルケル氏の難民政策に批判的なシュパーン連邦健康大臣(38歳)、そして2000年から2年間CDUの連邦議会会派でのリーダー(院内総務)だったメルツ氏(63歳)だ。

このうち最有力候補と見られているのがCDUの保守本流に属するメルツ氏だ。CDUの草の根の党員の間では、「メルツ氏が党首になればAfDに奪われた保守派の有権者を取り戻すことができる」という期待が強まっている。彼は2002年にCDU党首だったメルケル氏と意見が対立して院内総務から駆逐され、2009年には議員も辞めた。いわばメルケル首相の不倶戴天の敵である。

メルケル首相の後継者として有力視されているメルツ氏
メルケル首相の後継者として有力視されているメルツ氏

これに対しザールラント州首相だったクランプ=カレンバウアー幹事長は、メルケル首相によって抜擢された人物。保守層から「メルケル氏の難民政策を続けるのでは」と思われている点が不利だ。またシュパーン氏は、メルケル首相がCDU右派勢力の批判を緩和するため閣僚にした保守派の政治家だが、2人に比べると「軽量級」であり党首・首相には尚早という印象を与える。

経済界は「メルツ首相」を切望

経済界は財務・経済政策に強いメルツ氏がCDU党首に当選し、首相の座を継ぐことを切望している。彼は議員だったとき「複雑な税務申告を、居酒屋でビールジョッキの下に敷くコースターに納まるくらいに簡素化できる」と豪語したことがある。さらに、社会保障サービス縮小や規制緩和を主張するネオリベラル的な姿勢で知られる。メルツ氏は議員辞職後も国際法律事務所で働くなど、経済界と太いパイプを持っている。彼は2016年から米国の大手資産運用会社ブラックロックの子会社の監査役会長を務めているほか、多くの企業の監査役を務めてきた。メルケル氏とは全く毛色が異なる、財界寄りの政治家だ。

CDUは得票率を挽回してAfDの快進撃に歯止めをかけるために、リベラル色の濃かったメルケル氏の路線を大幅に修正し、政策を徐々に右傾化させていくだろう。そう考えると、党大会でメルツ氏が同党のリーダーに選ばれる可能性が強い。一方バイエルン、ヘッセンで躍進した緑の党の動きも見逃せない。「メルケル後」のドイツは、2015年以来深まりつつある社会の分断を克服することができるだろうか?

最終更新 Donnerstag, 15 November 2018 11:06
 

バイエルン州議会選でCSU惨敗、メルケル政権は弱体化

「歴史的大敗」という言葉がぴったりの選挙結果だった。10月14日に保守王国バイエルン州で行われた州議会選挙で、与党キリスト教社会同盟(CSU)が得票率を10ポイント以上減らし、過去64年間で最低の水準に落ち込んだのだ。CSUが1957年以来バイエルン州で続けてきた単独支配に終止符が打たれ、同党は他党と連立しなくては政権の座に就くことができなくなった。支持率が急降下しているメルケル首相にとっても、大連立政権の一翼を担うCSUの弱体化は、大きな打撃である。

CSUの凋落

CSUの得票率は前回の選挙(2013年)に比べ、10.5ポイント減って37.2%に。2003年に同党が60.7%もの得票率を記録したことを考えると、すさまじい凋落ぶりだ。CSUは、11.6%の票を集めた地域政党「自由な有権者(Freie Wähler=FW)」との連立政権をつくる方針だ。FWには保守的な支持者が多く、比較的CSUと似た路線を持っているからだ。

CSUのゼーダー・バイエルン州首相とFWのアイヴァンガー代表
10月23日に連立政権に関する記者会見を開いた、
CSUのゼーダー・バイエルン州首相(左)とFWのアイヴァンガー代表(右)

また社会民主党(SPD)も得票率を10.9ポイント減らして9.7%に落ち込んだ。10%も取れなくなったSPDは、国民政党(Volkspartei)としての地位を急激に失いつつある。逆に右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は10.9%の得票率を記録して、バイエルン州議会に初めて議席を持つことになった。

SPDに比べて善戦が目立ったのが緑の党だ。同党は前回に比べて得票率を約2倍に増やして17.5%の得票率を記録し、CSUに次ぐ第2党の座に躍り出た。

難民政策に対する不満が爆発

CSUの大敗と単独支配の終焉は予想されていた出来事だ。10月4日に公共放送局ARDが発表した支持率調査で、CSUの支持率は33%という低水準に落ち込んでいた。また2017年9月に行われた連邦議会選挙でも、CSUのバイエルン州での得票率は前回に比べて約11ポイントも下がって38.8%になっていた。

CSU大敗の原因は、メルケル政権に対する市民の抗議である。責任の大半はバイエルン州政府のマルクス・ゼーダ―首相ではなく、メルケル政権で連邦内務大臣を務めるホルスト・ゼーホーファーCSU党首にある。つまり連邦レベルの政治への有権者の不満が、CSUを直撃した。

2013年の選挙では約252万人がCSUに票を投じた。しかし、今回の選挙ではメルケル政権の難民政策などに強い不満を抱く保守層約16万人が、CSUからAfDに鞍替えした。CSUに背を向けてFWに票を投じた有権者も、約16万人にのぼる。これらの有権者たちは、今回の投票行動によって、「メルケル首相の政策はあまりにも左傾化しており、保守本流にはふさわしくない」という強い不満を表明したのだ。

バイエルン州では、2015年9月にメルケル政権が約100万人のシリア難民を受け入れたことについて、市民の不満が強かった。バイエルン州はドイツで最も南に位置し、ハンガリーやオーストリア経由の難民が最初に到着する地域だ。メルケル首相がブダペストで立ち往生していたシリア難民にドイツでの亡命申請を許すという超法規的措置を発表すると、ミュンヘン中央駅には毎日2万人もの難民が列車で到着した。

不満の捌け口としてのAfD

メルケル氏の難民政策はAfDにとって追い風となった。2013年に経済学者らが反ユーロ政党として創設したAfDでは、年々ネオナチに近い人種差別主義者たちが主導権を握るようになった。2015年9月のメルケル氏のシリア難民受け入れは、この党に共感する市民の数を爆発的に増やした。AfDはツイッターやフェイスブックで「メルケル氏の政策が治安を悪化させ、ドイツ固有の文化を侵食している」というメッセージを流し、有権者の不安を煽った。多くのAfD支持者はメルケル政権に加わるCSUも同罪と見たのだ。

彼らはAfDがドイツの直面する問題をCDU・CSU以上に効率的に解決できる政党だとは必ずしも思っていない。AfDにネオナチに似た思想を持つ党員がいることも知っている。だが彼らは「メルケル体制」を転覆させるための一手段として、あえてAfDを選んでいるのだ。彼らの要求は「メルケルは退陣すべきだ(Merkel muss weg)」という言葉に凝縮できる。米国でグローバル化で「負け組」とされた有権者が伝統的な政治システムに対して反旗を翻すために、トランプ氏という不動産業者を大統領にしたのと同じ現象である。

穏健なCSU支持者が緑の党に流れた

だがCSUにはAfDのシンパだけではなく、キリスト教精神を重視する人々も多い。彼らは戦火に追われてドイツに逃げざるを得なかった難民については、助けるべきだと考えている。これらの穏健勢力は、CSUのゼーホーファー党首が反イスラム色の濃い発言をするなど、AfDの路線を真似たことに嫌悪感を抱いていた。

このため前回はCSUを選んだ穏健派など約17万人が、今回の選挙では緑の党に鞍替えした。緑の党が得票率を倍増できたのは、そのためである。緑の党は、特に大都市部での人気が高く、ミュンヘン中部選挙区での緑の党の得票率は42.5%に達している。

CSUが必要とするのは指導部の刷新である。ゼーホーファー氏は歴史的大敗の責任を取って、若い世代に党首の座を譲るべきだ。一方、CDUでもメルケル首相の責任を問う声が高まりそうだ。今年12月のCDU党大会での役員改選の行方が注目される。

最終更新 Donnerstag, 01 November 2018 12:18
 

腹心カウダー院内総務の失脚で「メルケル時代」終焉へ

2005年からドイツに君臨するアンゲラ・メルケル首相の時代に終わりが近づきつつある。そのことを国民に強く印象づけたのが、連邦議会でキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)の会派を13年間にわたり率いたフォルカー・カウダー院内総務の失脚だ。

メルケル首相の腹心が落選

CDU・CSUの議員たちは9月25日の投票でそれまで副院内総務だったラルフ・ブリンクハウス氏を会派のトップに選び、カウダー氏を落選させた。院内総務という役職は、首相に次いで重要なポストだ。院内総務は、政府が議会で法案をスムーズに可決できるように議員たちを統率しなくてはならないからだ。

ラルフ・ブリンクハウス氏(左)
9月25日の投票で会派のトップに選ばれたラルフ・ブリンクハウス氏(左)

カウダー氏はメルケル氏の右腕とされ、時には強引なやり方で首相の意向を連邦議会の会派に徹底させていた。彼はしばしば議員の90%の票を集めて、院内総務に選ばれていた。メルケル首相やホルスト・ゼーホーファー内相(CSU)も、カウダー氏の再選を望んでいた。ベルリンで政局を観察しているドイツ・メディアの政治記者たちの中にも、カウダー落選を予想する者はほとんどいなかった。だがCDU・CSUの議員たちの間では、支持率の低下と極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進に危機感が強まっていた。

ドイツの公共放送局ARDは、9月21日に政党支持率に関する世論調査結果を発表し、「初めてAfDへの支持率(18%)が社会民主党(SPD)への支持率(17%)を上回り、第二党になった。もしも今総選挙が行われたら、政権与党は過半数を取れない」と報じていた。AfDの支持率の上昇は、メルケル首相の政策に不満を持つ有権者が増えていることを示している。

CDU・CSUの若手議員の不満

CDU・CSUの議員たちは地元に帰るたびに、草の根の党員たちの間で政権に対する不満が募っているのを感じていた。特に若手議員たちは「CDU・CSU会派を変えなくてはならない」という機運が強まっていた。その中でブリンクハウス氏は、院内総務選挙に立候補した後「これまでCDU・CSU会派は首相の意向を忠実に実行するだけの道具になり下がっていた。今後は独自の意見を持ち、時には首相の路線にノーと言うべきだ」と述べて議員たちの心をつかんだ。ブリンクハウス氏は経済問題に精通した政治家で、2016年に欧州中央銀行の金融緩和政策を批判したことがあるが、ほとんど注目されたことがない政治家。つまりほぼ無名だった議員によって、メルケル政権を支える影の黒幕が政治の表舞台から追い落とされたのだ。

カウダー氏落選は、メルケル首相にとっても敗北を意味する。今後はCDU・CSU会派の意見の調整がこれまでよりも難しくなるからだ。スイスの日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」は、9月25日付の電子版で「カウダー失脚は、CDU・CSU議員たちのメルケル氏に対する宣戦布告だ。メルケル氏は自分の党の議員たちに頼ることすらできなくなった。メルケル時代の終わりが近づいてきた」と論評した。

大連立政権内部の不協和音

今年3月の政権発足以降、メルケル氏は失点続きだ。大連立政権の「金属疲労」を象徴する出来事が、次々に起きている。今年7月には「EU加盟国ですでに登録された難民のドイツへの入国を拒否するべきか否か」という問題をめぐり、メルケル首相とゼーホーファー内相が全面衝突した。首相が閣僚罷免権の行使までちらつかせ、大連立政権は崩壊の一歩手前まで追い込まれたが、オーストリア国境付近に難民審査センターを設けることでかろうじて合意した。

今年8月下旬には旧東独のケムニッツで、難民による殺人に抗議するデモが行われ、ネオナチなど一部の参加者が暴徒化して外国人を追いかけたり、ユダヤ・レストランに投石したりした。メルケル首相は外国人がドイツ人に追いかけられる映像について、「ドイツでこのような事態は絶対に起きてはならない」と強く批判した。しかし、連邦憲法擁護庁の長官だったハンス= ゲオルク・マーセン氏は、この映像について「捜査を撹乱するために偽造された可能性がある」と信憑性に疑問を投げかける発言を行い、首相の発言に挑戦し、右派勢力を擁護しているかのような印象を与えた。マーセン氏はメルケル首相の難民政策に批判的な意見を持っていた。メルケル氏はマーセン氏を憲法擁護庁長官のポストから外し、内務次官の役職を与えるという内務大臣の提案を承認。だが内務次官の給与は憲法擁護庁長官よりも高いために、事実上の「昇進」だった。このため社会民主党や国民から抗議の声が上がった。メルケル氏はやむなく承認を取り消して、マーセン氏を給与が同額の内務省顧問のポストに付けることを決めた。このことについてメルケル氏は、「市民の常識に反する決定だった」と述べ判断を誤ったことについて謝罪した。

メルケル辞任論が浮上か

10月14日のバイエルン州議会選挙ではCSUが歴史的な大敗を喫すると予想されている。投票直前にARDが発表した政党支持率調査ではCSUの支持率は33%という史上最低の水準に下がっていた。今年12月のCDUの党大会では執行部が改選されるが、この場でメルケル氏の党首辞任を求める動きが表面化する可能性もある。欧州で最も政治が安定した国と言われたドイツで、刻一刻と不透明感が強まりつつあるのは、残念なことだ。

最終更新 Mittwoch, 17 Oktober 2018 17:14
 

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