ジャパンダイジェスト
独断時評


出戻り大連立政権の前途は多難

ドイツでようやく新政権誕生の目途が付いた。アンゲラ・メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)、姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)と社会民主党(SPD)は、20時間を超える徹夜の交渉の結果、2月7日に連立協定について合意したのだ。

しかしドイツ市民の反応は、冷淡だ。去年9月の連邦議会選挙以来、5カ月間も政権の不在が続いたが、第二次世界大戦後のドイツでこのような事態は一度もなかった。この5カ月間の混乱は、かつて「欧州の女帝」と呼ばれたメルケル首相の影響力の低下を象徴する。

2018年ドイツの展望
2月7日、連立交渉を終えたゼーホーファー党首(左)、メルケル首相(中)、シュルツ党首

敗者が作った大連立政権

ドイツ人たちは、新政権を「敗者の大連立政権」と呼ぶ。去年の連邦議会選挙で歴史的な大敗を喫した政党が指導部の刷新も行わなず、再び連立するという奇妙な結果になったからだ。敗者たちは政治の空白が長引くのを防ぐために、やむなく大連立政権を作った。

この混乱の原因は、去年の連邦議会選挙で生じた地殻変動である。CDU・CSU、SPDは、ユーロ圏脱退やイスラム教徒の排撃を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に大量の票を奪われた。

現在ドイツの景気は、1990年の東西ドイツ統一以降、最良の状態にある。それにも関わらず、メルケル氏が去年の選挙で多くの有権者から背を向けられた理由は、2015年に約90万人のシリア難民を受け入れ、ドイツで亡命申請を許した「超法規措置」だ。

ドイツ人は、治安と法治主義を最も重視する民族だ。2年前に、多くのドイツ人は「政府は国境開放によって、法秩序を守るという責任を一時的に放棄した」という強い懸念を抱いたのだ。

これまでドイツではフランスやオランダなどほかの欧州諸国に比べ、極右政党の影響力が弱かった。ドイツはかつて「加害者」だった国である。ナチスの犯罪に対する反省は、極右政党への投票を食い止める歯止めとなっていた。だがメルケル氏の難民政策はこの歯止めを失わせ、結果として右派ポピュリストを中央政界の檜舞台に送り込む起爆剤となってしまった。

メルケル首相の指導力低下

すでに13年間も首相の座にあるメルケル氏の態度には、最近「軽薄さ」が目に付く。例えば連邦議会選挙で、CDU・CSUの「敗北」が明らかになった直後、メルケル氏は党本部で支持者に対して行った演説で、「我々の政策は、何一つ変える必要はない」と断言して、党員たちを唖然とさせた。難民政策のために有権者から厳しい判定を受けたにも関わらず、反省の色をまったく見せなかったからである。

CDUの保守派の間では、「メルケル氏の政策は余りにもリベラルで、緑の党に近い」という意見が強い。彼女がCDUを左傾化させたことが、保守層をAfDの下へ走らせたというのだ。彼女が新しい政権の首相の座に就いても、「メルケル時代」がすでに終わっていることを糊塗することはできない。

SPDの衰退は、さらに深刻だ。最大の原因は、SPDがマルティン・シュルツという、指導者としての適格性に欠ける人物に率いられていることだ。

私は1990年以来ドイツに住んで、28年間にわたってこの国を定点観測しているが、シュルツ氏ほど右往左往する党首を見たことがない。例えばシュルツ氏が連邦議会選挙の直後に「大連立政権に加わらず、野党席に戻る」と宣言したために、メルケル氏はCDU・CSU、緑の党、自由民主党(FDP)による四党連立を試みなくてはならなかった。しかし緑の党とFDPの政策の隔たりのために、去年11月に交渉が決裂。

SPD支持率が20%台割れ

シュルツ氏は連邦大統領に説得されて下野の方針を撤回し、大連立政権に加わる姿勢を打ち出した。彼は原則を貫くことよりも、空白期間に終止符を打つことを重んじたのだ。この朝令暮改ぶりに、市民のSPDへの不信感は強まっている。公共放送局ARDが2月1日に発表した世論調査によると、同党の支持率は、去年の連邦議会選挙の時に比べて2ポイント減って、18%に下落。SPDが最も恐れていた「20%台割れ」が現実化した。バーデン=ヴュルテンベルク州では、すでにSPDとAfDの支持率が横並びになっている。

またCSUも、得票率を11ポイント減らした。同党のホルスト・ゼーホーファー党首は「敗北」の責任を問われ、バイエルン州首相を辞任する方針を明らかにしている。党首の座を降りるのも時間の問題であり、ゼーホーファー氏も「過去の人」である。つまり新政権は「半死半生」の人々によって率いられる。メルケル氏は常日頃強調する「安定した政局運営のための基盤」を欠いたまま、四期目のスタートを切るのだ。

ドイツはデジタル化による変革をどう乗り切る

連立協定書の内容も、不評だ。ドイツ産業連盟(BDI)のディーター・ケンプ会長は、「デジタル化への対応や教育改革など、重要なテーマについて明確な長期戦略が欠けている。経済に推進力を与える内容ではない」と批判している。「シュレーダー前首相の改革プログラム・アゲンダ2010が生んだ果実を、高所得層と低所得層の間でどう分け合うかについて取り決めた、後ろ向きの協定にすぎない」という酷評も聞いた。

今ドイツは、デジタル化によって経済と社会が大きな曲がり角に差し掛かっている。この大変革の時代をどのように乗り切ろうとしているのか。新政権はこの問いに対する答えを、早急に見出さなくてはならない。

最終更新 Donnerstag, 15 Februar 2018 13:08
 

大連立政権へ第一歩 SPDの苦悩は続く

ドイツでは去年9月の連邦議会選挙から約4カ月経っているのに、新政府が誕生していない。この戦後初の異常事態に、ようやく収拾の兆しが見えてきた。

2018年ドイツの展望1月21日にボンで開かれた党大会での投票後のナーレス氏(左)とシュルツ党首

SPD、僅差で大連立を承認

社会民主党(SPD)は、1月21日にボンで臨時党大会を開き、代議員の約56%が、キリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)との大連立へ向けた本交渉を始めることに同意したのだ。

SPDのマルティン・シュルツ党首は体調を崩して声を枯らし、厳しい表情で党大会の成り行きを見守っていた。だが党大会の議長役を務めていたハイコ・マース法務大臣が、代議員の投票の結果を読み上げると、シュルツ党首は満面の笑みを浮かべ、隣に座っていたアンドレア・ナーレス連邦議会・院内総務と抱き合った。

この結果、CDU・CSUとSPDは、連立協定書の合意へ向けて本格的な交渉を始める。交渉が順調に進めば、3月には新しい大連立政権が誕生する見通しだ。

メルケル首相は、ここ数週間にわたり「一刻も早く安定した政府を樹立するべきだ」と繰り返してきた。EUの事実上のリーダー国ドイツで、政府の空白状態が長引いているために、欧州全体の政局運営にも悪影響が出始めているからだ。たとえば、喫緊のテーマである欧州通貨同盟の改革やEUの安全保障体制の強化など、重要な議題が棚上げになっている。欧州委員会や周辺諸国の首脳の間では、ドイツの政治空白について苛立ちが強まっている。このためEU幹部やフランスの閣僚からは、SPD党大会の決議内容を高く評価する声が出ている。

SPDの深い亀裂

しかしSPDは喜ぶわけにはいかない。同党は大連立に参加するか否かをめぐり、分裂状態にある。青年部や旧東ドイツの党支部からは大連立に反対する意見が強かった。その理由はシュルツ党首が政権参加をめぐり右往左往したことだ。シュルツ氏は去年の連邦議会選挙の直後に、大連立政権への参加を拒否し、野党席に戻ると宣言。彼は、SPDの得票率が約20%という過去最低の水準に落ち込んだので、党を改革してSPDの個性を強めなくてはならないと考えたのだ。

だが、11月19日に、CDU・CSUと自由民主党(FDP),緑の党の四党連立をめぐる交渉が決裂。再選挙の可能性が浮上した。選挙をやり直す場合、政府の空白状態がさらに長引く危険がある。このためフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は、シュルツ氏に「下野宣言」を再考するよう要求した。

シュルツ氏は大統領の意向を受け入れて、方向を180度転換し、大連立政権への参加に前向きの姿勢を取り始めた。だがSPDの若い党員の間では、「党首が朝令暮改を続けていたら、この党の信用性はさらに落ち込む」として、シュルツ氏の方向転換を批判する声が強まった。臨時党大会で代議員の約44%が、大連立政権への参加に反対したのは、そのためである。左翼政党「リンケ」のべアント・リークシンガー副院内総務は、「SPDの大連立承認は、ハラキリ(自殺行為)だ」とコメントしている。彼は「SPDは、メルケル首相が現状維持をできるように、自党の改革を犠牲にした」と主張しているのだ。

SPDはメルケル氏の梯子役?

去年1月にシュルツ氏が党首に選ばれた時に、SPDの党員数は1万人も増えた。当時新しく入党した人の中には、今深い失望感を抱いている人も多いはずだ。SPDの党員の中には、「我々はメルケル氏が首相の座に登れるようにするための、梯子として使われているだけではないか」という不満もある。実際、CDU・CSUにはSPDを「小人」扱いする言動が見られる。

党大会に先立って、CDU・CSUとSPDの幹部たちは、大連立のための予備協議を終えて、新政権の政策アウトラインを公表した。その中では、SPDが要求してきた、民間健康保険の廃止による「市民保険制度」の創設や、富裕層に対する増税案、難民の家族呼び寄せに関する緩和措置などが無残に削り取られていた。

ナーレス院内総務は、「我々は連立協定をめぐる本交渉で、政策アウトラインの是正を求める」と宣言しているが、CDU・CSUがやすやすと応じるとは思えない。シュルツ氏はFDPのように交渉から離脱せずに、「安定した新政権を早期に樹立する」という大義名分を重視して、連立協定書にサインするだろう。

低下するSPDの支持率

一度メルケル氏に挑戦状を叩きつけておきながら、再びすごすごとCDU・CSUに寄り添うSPDの支持率は、さらに下がる可能性が強い。1月23日にドイツの世論調査機関INSAが発表したアンケート結果によると、SPDへの支持率は、去年9月の連邦議会選挙での得票率よりも2ポイント下がり、18%になった。

逆に極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率は、2ポイント増えて14%に達し、SPDとの差は4ポイントに縮まった。ドイツの報道機関は、毎週のようにAfDの幹部らの人種差別的な発言や、ネオナチを思わせる失言について報じているのだが、AfDへの支持率が下がる兆候はない。これは、多くの有権者がAfD幹部の過激な発言について、不感症になりつつあることを示しているのかもしれない。ドイツに住む我々にとっては、不気味な兆候である。

SPDはドイツの二大政党制の重要な柱だ。一刻も早く有権者の信頼を回復する道を歩み始めてほしい。

最終更新 Donnerstag, 01 Februar 2018 11:01
 

今後の政策が問われる難民問題と犯罪

偶然かもしれないが、毎年暮れになると難民が絡んだ犯罪が起きて、ドイツ社会に衝撃を与える。2015年の12月には、新年の花火を見るためにケルン中央駅前の広場に集まっていた群衆に混ざって、北アフリカからの難民らがドイツ人女性ら約1000人の身体を触ったり、携帯電話を奪ったりするという前代未聞の事件が起きた。2016年の12月には、テロ組織イスラム国(IS)の思想に感化されたチュニジア人が、ベルリンのクリスマス市場に大型トラックで突入し、12人を殺害し50人以上に重軽傷を負わせた。

2018年ドイツの展望昨年12月27日の事件を受け、現場で今の政治についての不満を掲げる男性

難民がドイツ人少女を刺殺

去年12月27日にも、悲惨な事件が起きた。ラインラント=プファルツ州のカンデルという町で、アフガニスタン難民が、商店で15歳のドイツ人の少女を、包丁で刺し殺したのだ。少年は一時この少女と付き合っていたが、交際を断られたために犯行に及んだ。

少年は自分の年齢を15歳と語っていたが、パスポートなど年齢を確認する書類がないため、実際には年齢が15歳よりも上である可能性がある。この少年は、両親の付き添いもなく、独りでドイツにやって来た難民である。このためカンデルのドイツ人たちが、少年の面倒を見ていた。この少年は、失恋の怒りと悲しみを、直ちに暴力として噴出させて、元恋人を殺害した。その冷血さに、多くのドイツ人が「文化の違い」を感じたはずだ。

一部のドイツのメディアは、このニュースの扱いに苦慮した。「ビルト・オンライン」を始め多くのメディアは、12月27日から翌日にかけてこの事件を速報した。だが公共放送ARDのニュース番組「ターゲスシャウ」は、12月28日もこの事件をあえて報じなかった。ARDには、恋愛関係のもつれによる殺人事件は社会性が低いので、報じないという原則がある。しかも犯人が未成年である場合は、特に扱いに慎重になる。すると、「ターゲスシャウ」のサイトには、「難民をかばうために報道しないのか」という内容の批判が殺到。「ARDは、もしもドイツ人が難民の少女を殺害したら、すぐに報じるだろう。逆の場合は、なぜ報道しないのか」という書き込みもあった。ARDもこの圧力に負けて、翌日にこのニュースを報じた。

人心を煽る極右政党?

極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、ツイッターやフェイスブックで、「あと何人ドイツ人が殺されれば、政府は難民政策を変えるのか?」と挑発的なメッセージを発信していた。あたかもメルケル首相の難民政策が、カンデルの少女を殺したかのような論調である。こうしたメッセージが、スマートフォンでツイッターやフェイスブックを読む若者たちの心を汚染していくのは、由々しき事態である。

ドイツ市民の間には、2015年にメルケル首相が多数の難民に門戸を開いて、ドイツでの亡命申請を許して以来、治安が悪化したと感じる人が多い。確かに、過去3年間に、難民が電車やスーパーマーケットで無差別に市民に切りつけたり、音楽祭の会場付近で自爆した事件、爆弾テロを計画していたがドイツの警察に未然に摘発されたケースなどが、報告されている。

「暴力犯罪の増加の原因は、難民の急増」

こうした中、難民の急増と暴力事件の増加の間には、相関関係があるという内容の報告書が公表された。ドイツ連邦家庭・青年省は、犯罪学者クリスティアン・プファイファー氏らに委託して、ニーダーザクセン州で難民が起こした暴力事件の実態を調査した。「ドイツの暴力犯罪の動向について」と題された報告書によると、同州での暴力犯罪の数は、2007年から2014年までに21.9%減少していた。だがその件数は、2015年からの2年間に10.4%増加した。学者たちが暴力事件の内容を分析した結果、件数の増加の92.1%では、難民が容疑者であることがわかった。難民が容疑者である暴力事件の件数は、2014年から2016年までに241%も増加している。ニーダーザクセン州では、難民の数が2014年から2016年までに117%増えていた。また、2014年に起きた暴力事件の内、難民が起こした事件の比率は4.3%だったが、2016年には13.3%に増加している。

ドイツは今後難民政策をどう変えるのか?

2015年以降ドイツにやって来た難民の半数以上は、30歳未満の若者である。ニーダーザクセン州で2014年から2016年に難民が起こした暴力事件の内、容疑者の年齢が14~30歳だった事件の比率は、全体の65.4%にのぼる。

このためプファイファー氏らは、「若い難民の数が急増したことが、ニーダーザクセン州での暴力犯罪が増えた原因である」と結論付けている。特に、北アフリカのチュニジアなどから地中海を渡って欧州にたどり着いた難民が暴力犯罪の容疑者の中に占める比率は、49.4%と最も高かった。これに対し、シリア、イラク、アフガニスタンからの難民の比率は25%と比較的低かった。

難民の受け入れは、文化や国民のアイデンティティーに大きく関わる問題だ。去年の連邦議会選挙で、有権者がメルケル首相が率いる大連立政権を厳しく罰したことは、多くのドイツ人が難民政策に強い不満を抱いていることを浮き彫りにした。ドイツ社会が今後難民や外国人に関する政策をどのように変えていくか、我々は注意深く観察していかなくてはならない。

最終更新 Mittwoch, 17 Januar 2018 15:31
 

2018年ドイツの展望 -「メルケル後」の時代が始まった

例年のように華やかな花火とともに、新しい年が始まった。暦は一歩一歩、春へ向けて進んでいく。しかし、ドイツは第二次世界大戦後、一度も経験したことのない暗雲に覆われている。

2018年ドイツの展望

3カ月を超える政権不在

去年9月24日に行われた連邦議会選挙からすでに3カ月以上経っているのに、次期政権の姿形は見えない。ドイツ人達にとって、このような事態は初めてだ。

現在最も可能性が高いとされているのは、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)と、社会民主党(SPD)の大連立政権である。しかし連立交渉が本格的に始まるのはクリスマス休暇以降であり、政権誕生までには時間がかかりそうだ。トーマス・デメジエール連邦内務大臣(CDU)は、去年末に「政権樹立は、3月までずれ込むだろう」という見方を明らかにした。彼の予測が的中すると、選挙から6カ月も「決定力のある中央政府を持たない状態」が続くことになる。

SPDの右往左往

私は27年間にわたりドイツの政治を観察して記事を書いてきたが、2017年ほど伝統的な国民政党(Volkspartei)が右往左往するのを見たのは一度もない。一番悲惨なのはSPDだ。同党は、9月の連邦議会選挙で惨敗した。得票率が約20%という結党以来最低の水準まで下がったために、敗軍の将マルティン・シュルツ党首は、9月24日の夜に「次期政権には加わらず、野党として党の改革を目指す」と宣言した。彼は11月19日にCDU・CSUと自由民主党(FDP)、緑の党のジャマイカ連立政権をめざす交渉が決裂した時にも、「政権不参加」の方針を再確認した。大半の政党指導者は選挙をやり直すことになると考えていた。

だがフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領が再選挙に否定的な姿勢を示すと、シュルツ党首は「政権不参加」の方針を撤回し、「大連立政権の可能性について協議する」と言い出した。SPDの左派や若い党員の間では、シュルツ氏の「朝令暮改」を批判する声が聞こえる。現在のままでは、SPDはメルケル氏を首相の座に据えるために利用されているという印象を与える。シュルツ氏は去年の選挙期間中にメルケル氏の政策を「社会の格差を拡大する」と批判していたが、あの時の態度をもう忘れたのか。

FDPは、「政権に加わるために、党の原則を曲げたら、有権者の期待を裏切る」として、連立交渉から離脱する道を選んだ。FDPは、2013年に連邦議会から締め出されるという屈辱を味わった後、去年の選挙でカムバックを果たした。したがってFDPは不利な妥協を重ねるよりは、原則に忠実であることを重視したのだ。それに比べると、周囲の圧力に負けて、わずか3カ月で前言を翻したシュルツ党首の姿勢は、一貫性と信用性に欠ける。有権者がどちらの党を強く信頼するかは、言うまでもないだろう。

政局混乱はAfDに追い風

私が懸念しているのは、混乱の長期化によって、より多くの有権者が国民政党に対し失望感や怒りを抱き、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に賛同することだ。AfDは、ツイッターやフェイスブックを最大限に利用して、国民政党の不甲斐なさや、難民問題、イスラム教の脅威についてのプロパガンダを社会に流し続けている。その頻度において、CDU、CSU、SPDはAfDに負けている。国民政党は、AfDほどソーシャルメディアの重要性を理解していないのだ。

私は、大連立政権が成立する可能性も、五分五分だと考えている。その理由は、健康保険制度の改革や、難民の家族の呼び寄せなどをめぐり、CDU・CSUとSPDの間に大きな隔たりが残っているからだ。CDUにはイェンツ・シュパーンのように、「少数派与党政権」を望む議員がいるし、SPDには「再選挙へ向けて準備を始めるべきだ」と主張する勢力がある。

「メルケル後」を模索するCDU

CDU党員の間でも、メルケル首相に対する不満は強まっている。たとえばメルケル氏は、連邦議会選挙の結果が判明した時、集まった支持者とメディアの前で「これまでの政策を変える必要はない」と断言した。この言葉は、多くのCDU・CSUの党員を唖然とさせた。保守層の間では「メルケル氏は現実世界と切り離され、自分だけの殻の中に閉じこもっているのではないか」という意見が出ている。CDU内部でも、「メルケル後の時代について協議するべき時期が来た」という意見が出ている。2018年秋には、バイエルン州とヘッセン州で州議会選挙が行われる。有権者は、これらの選挙で国民政党に対する不満を表明するだろう。

マクロン大統領の野望

ほかのEU加盟諸国も、ドイツの政治の空白が長期化することについて当惑している。メルケル首相の影響力が低下する中、仏・マクロン大統領は、「欧州のリーダー」の地位に就くことを狙っている。去年12月にマクロン氏が、パリに約50人の首脳を招いて「気候サミット会議」を開いたのは象徴的である。政権が成立していないため,メルケル氏はこの会議に出席しなかった。「欧州の女帝」の威光に影が落ちつつある。

2018年は、ドイツの政治が安定する年であって欲しい。こう祈っているドイツ人は、少なくないはずだ。

 

 

ー 筆者より読者の皆様へ ー

いつも独断時評をお読み下さり、どうも有り難うございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

最終更新 Mittwoch, 03 Januar 2018 13:29
 

迷走するドイツ政治 - 選挙で敗北した大連立政権が復活?

ドイツの町にはクリスマス市場が作られ、師走の雰囲気に包まれている。だがこの国を覆う黒雲は厚い。

読者の皆さんの中には、「連邦議会選挙から2カ月以上も経っているのに、政権の姿形も見えない。EUのリーダー国、ドイツがこんな状態で、大丈夫なのか」と呆れている方もいるのではないだろうか。

シュタインマイヤー大統領とメルケル首相とシュルツSPD党首
11月30日に行なわれたシュタインマイヤー大統領(中央)との会合を終えた
メルケル首相(左)とシュルツSPD党首(右)

ジャマイカ連立交渉決裂後の混乱

実際、我々が今ドイツで経験しているのは、この国で未曽有の事態である。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党が約5週間にわたって続けてきた、ジャマイカ連立政権を樹立するための交渉は、11月19日に決裂した。FDPが「連立協定書にはあまりにも緑の党の筆跡が濃すぎる」と判断して、交渉から離脱したからである。連邦議会選挙の後に、各党が交渉により連立政権の樹立に失敗したのは、ドイツの歴史で初めてのことである。

社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首は、その直後に「SPDは政権に加わるつもりはない」と発言した。シュルツ氏は、9月24日の連邦議会選挙で同党の得票率が約20%という史上最低の水準に落ち込んだことから、次期政権には加わらず、野党席に戻ることを宣言していた。シュルツ氏としては、ジャマイカ連立交渉が決裂した後も、政権復帰の意思がないことを再確認したのだ。このため大政党の幹部達は、選挙をやり直して改めて民意を問うべきだという姿勢を打ち出していた。メルケル首相も交渉決裂後のインタビューで、「少数派与党政権を作るよりは、選挙をやり直すべきだと思う」と語っていた。

突如浮上した「大連立政権・復活論」

だが交渉決裂後、1週間も経たない内に政界の風向きは、大きく変わった。SPD内部で「シュルツ党首は前言を撤回して、CDU・CSUと協議を開始し、大連立政権に加わるべきだ」という意見が高まり始めたのだ。特にフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は、「選挙結果は、国民が政治家に与える最も重要な意思表示だ。政界がこれを無視して、有権者にもう一度選挙をやり直せというのは、許されない」として、再選挙に否定的な姿勢を打ち出した。彼は各党の党首と協議して、政権樹立へ向けて協調するように要請した。ドイツの新聞社や放送局も11月26日頃から一斉に、「シュルツ党首にSPDを大連立政権に参加させるべきだという圧力が高まっている」という論調の記事やニュースを流し始めた。

なぜドイツの大政党や大手メディアは、大連立政権へ向けて動いているのだろうか。まず第一に、政権の空白状態が長期化することへの懸念だ。選挙をやり直す場合、投票日は早くとも来年初めにずれ込む。総選挙から約5カ月も政府が決まらないというのは、前代未聞である。さらに政治家達の間には、「有権者がここ数カ月間の政界の迷走を見て、大政党に対する不信感を一段と募らせ、ドイツのための選択肢(AfD)の得票率がさらに上昇する危険がある」という読みもある。実際、AfDは選挙のやり直しを求めている。

シュルツ党首は、シュタインマイヤー大統領との会談の後、態度を軟化させ、大連立政権の可能性を完全に否定しなくなった。彼は、大連立政権に参加するかどうかについては、最終的にSPD党員の投票で決める方針だ。

大連立政権は万能薬ではない

しかし、大連立政権も全く問題がないわけではない。CDU・CSU、SPDは、難民政策を理由に有権者から厳しい審判を受けた。この三党は9月の総選挙で得票率を大幅に減らし、歴史的な後退を経験したのだ。つまり一旦「敗北」した政党が、再び大連立政権を構成して権力の座に就くのは、政治の変革を求めた有権者の意向に反するのではないかという疑問が湧いてくる。市民の伝統的政党への不信感は、増すかもしれない。またSPDの中には、若年層を中心として、大連立政権への参加に強硬に反対する勢力もある。SPDは、政権に参加する条件として、さまざまな注文を付けるだろう。

民間健康保険の廃止を求めるSPD

現在取りざたされているのは「市民健康保険」の導入だ。現在ドイツでは、所得が一定水準を超える市民が民間健康保険に入っている。市民の約10%が加入している民間健康保険は、保険料が高いが、支出額に上限がないので医師や病院にとって重要な収益源となっている。このため民間健康保険に入っている市民は、医師のアポイントを取りやすいなどの利点がある。

SPDは民間健康保険を廃止して、自営業者や富裕層も強制的に「市民健康保険」に加入させるべきだと主張している。保険業界やCDU・CSUは、この案に強く反対している。またSPDは公的年金など社会保障制度の充実も要求するだろう。このためCDU・CSUとSPDの間の交渉も難航することが予想される。

さらに、SPDの党首をめぐる議論も再燃するだろう。シュルツ氏は、9月末に行った「下野する」という宣言を、3カ月足らずであっさり撤回した。シュルツ氏の政治家としての信頼性は、地に落ちたも同然だ。仮に大連立政権が誕生するにしても、シュルツ氏が党首
の座に留まるのは困難だろう。

EUの中心に位置するドイツの政局の流動化は、欧州全体に悪影響を与えかねない。私は、この国に住む市民の1人として、一刻も早い政局の安定化を望む。

最終更新 Mittwoch, 13 Dezember 2017 18:19
 

<< 最初 < 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 > 最後 >>
29 / 113 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express Hosei Uni 202409 ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作