Fujitsu 202406
独断時評


インフレのためドイツでストライキ激化

今年のドイツでは例年以上に激しいストライキの嵐が吹き荒れており、多くの市民が影響を受けている。

3月27日、ストライキ決行とともに各地でデモが行われた。写真はブレーメンの様子3月27日、ストライキ決行とともに各地でデモが行われた。写真はブレーメンの様子

二つの産業別労働組合が同時スト

3月27日には、サービス業労働組合(ver.di)と鉄道交通労働組合(EVG)が共同で24時間にわたって警告ストライキを断行。ほぼ全国で鉄道、バス、飛行機などの運行が止まり、交通はまひ状態に陥った。空港業務が停止したため、日本からドイツに到着する旅客機も、1日到着を延期した。全国で交通機関の利用者数百万人の足が乱れたと推定されている。

二つの産業別労組が同時にストライキを打つのは、極めて異例だ。3月27日が選ばれたのは、この日から3日間にわたり、ポツダムで労使が賃上げをめぐる3回目の交渉を行ったからだ。経営側は組合側の要求に難色を示していた。このため組合側は大規模ストによって、経営側に対する圧力を高めようとしたのだ。

ver.diは、連邦政府と地方自治体の公共サービス部門で働く職員約250万人のために、平均10.5%(最低月額500ユーロ)の賃上げを要求している。一方EVGは、鉄道労働者のために平均12%(月額650ユーロ)の賃上げや、地域ごとの賃金格差の是正などを求めている。

ver.diは、2桁を超える賃上げ要求の理由について、「ロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー価格が過去になかったほどの勢いで上昇した。2022年通年のインフレ率は6.9%という、第二次世界大戦後最も高い上昇率を記録した。公共サービス部門で雇用されている多くの労働者が、家賃や暖房費、電気代をどのように払えば良いのか、途方に暮れている」と説明した。つまり労働組合は、「経営側は、未曽有のインフレによって実質賃金が減った分を、補填 (ほてん)するべきだ」と訴えているのだ。

これに対して地方自治体経営者連合会(VKA)のカリン・ヴェルゲ会長は、「今年10月1日と来年6月1日に、合計5%の賃上げを行うほか、今年と来年に合計2500ユーロ(35万円・1ユーロ=140円換算)の一時金などを支給する。2024年にはボーナスの額も引き上げる」と回答した。ヴェルゲ会長は、「一時金も加算すると、平均賃上げ幅は12%に達する。使用者側の人件費支出は117億ユーロ(1兆6380億円)も増えることになる。これは気前のいい回答だ」と指摘した。だがver.diは「全く不十分だ」と強く反発し、交渉は決裂した。

ドイチェ・ポストは平均11.5%賃上げへ

だがすでに交渉が妥結した業界もある。3月12日には、郵便会社ドイチェ・ポストの賃上げについて、ver.diと経営側が合意に達した。経営側は交渉の結果、ドイチェ・ポストで働く16万人の労働者について、数カ月間にわたって非課税のインフレ手当3000ユーロ(42万円)を支給するほか、今年4月には1020ユーロ(14万2800円)の一時金を払う。さらに今年5月から来年3月まで、毎月180ユーロ(2万5200円)が支給される。

この結果、ドイチェ・ポストの労働者の平均賃上げ幅は11.5%となる(郵便物集荷人の初任給は約20%、郵便物配達人の初任給は約18%に達する)。ver.diは、平均15%もの賃上げを要求して、今年1月から各地の郵便局でストライキを行ってきた。経営側が2桁の賃上げ要求を受け入れた理由は、3月上旬にドイチェ・ポストの従業員の約85%が「無期限ストを実施するべきだ」という意思表示を行い、経営側に強い圧力をかけたためだ。ドイチェ・ポストが前回無期限ストを行った2015年には、大量の手紙や小包の配達が遅れ、大きな社会的影響が出た。

ちなみにドイツは、ストライキが欧州で最も少ない国の一つだ。ドイツ経済研究所によると、2007年からの10年間に、ドイツでのストで失われた労働日は労働者1000人当たり7日。フランスの123日、デンマークの118日の足元にも及ばない。政治学者の間では、今年ドイツの「春闘」が激化しているのは、インフレによる例外的な事態であり、この国がスト多発国になる可能性は低いという意見が有力だ。

市民の間で強まる不満

興味深いのは、ドイツでも市民の間でストライキに対する理解が減りつつあることだ。世論調査機関DIMAPなどの調査によると、2011年にはドイツの鉄道運転士労働組合(GDL)のストライキについて、「理解する」と答えた回答者の比率は73%だったが、2021年にはこの比率が47%に低下した。これはストライキによって不便をこうむる市民、特にIT業界や金融サービス業界など、自分はストライキを行わない市民の間で不満が強まっていることを示している。ドイツでもストライキを頻繁に行う職種は、交通、郵便などに限られている。

極端なのは、日本だ。ドイツでは毎年のようにストライキが行われるが、日本では近年大規模なストライキが行われることはめったにない。日本の憲法は、ドイツと同じく、公務員以外の労働者にストライキ権を認めている。しかしドイツに比べると、日本では労働組合の影響力が弱い。「お客様に迷惑をかけてはならない」という圧力も強い。

交通機関の利用者にとって、ストライキがないのは何よりだ。ただしお客様に忖度 (そんたく)するあまり、労働者がストライキという実力行使の手段を全く使わないというのも、健全な状態ではないと思う。

最終更新 Dienstag, 04 April 2023 11:07
 

ノルドストリーム爆破で新しい展開

昨年9月にロシアとドイツを結ぶ海底パイプライン、ノルドストリーム(NS)1と2が何者かに爆破された事件で、米独のメディアは「捜査当局は爆破に関与したと見られる船舶を特定した。親ウクライナ勢力が関与している可能性がある」と報じた。

昨年9月27日、デンマークの排他的経済水域内で撮影されたガス漏れの様子昨年9月27日、デンマークの排他的経済水域内で撮影されたガス漏れの様子

「船内から爆薬の痕跡を検出」

3月7日、ドイツ第1テレビ(ARD)、南西ドイツ放送(SWR)、週刊新聞ツァイトの取材チームは、「ドイツ連邦検察庁は、昨年9月6日にロストック港から出港した船が事件に関与している疑いを強めている」と報じた。この船は、ポーランドのウクライナ系企業がチャーターしたもので、男性5人と女性1人が乗船。このチームは船長のほか、2人のダイバーと助手、医師から成り、船長が船を借りるためにドイツの船会社に見せたパスポートは、精巧に偽造されたものだった。

ドイツの捜査当局が昨年9月に船の中で採証活動を行ったところ、船室のテーブルの表面から爆薬の痕跡が検出された。このため捜査当局は、この船が犯行に使われた爆薬を現場海域まで運んだという疑いを強めている。船をチャーターしたポーランドの会社の所有者が2人のウクライナ人であることから、捜査当局は「ウクライナを支援しているグループなどが犯行に関与している可能性がある」とみている。

ドイツ連邦検察庁は3月8日、ARDなどの問い合わせに対し、この船で採証活動を行ったことを認めた。ただし連邦検察庁は、船をチャーターしたグループのメンバーの国籍や、誰が犯行を命じたかなどについては、一切明らかにしていない。この犯行がウクライナもしくは親ウクライナ勢力によるものであるとは、まだ断定できない。捜査当局者の間では、「ロシアの諜報(ちょうほう)機関などが、ウクライナ側が関与しているかのように見せかける『偽旗作戦』を行った可能性も排除できない」という慎重な見方も出ている。諜報機関にとっては、自国が関与した痕跡を抹消し、ほかの国が実行したように見せかけるのはお手の物だからである。

米国のニューヨークタイムズ紙も3月7日、「米国政府はNS1・2の爆破事件が親ウクライナ勢力によって行われたことを示唆する情報を持っている」と報じた。ただし同紙も、犯行グループの国籍や具体的に誰が爆破を命じたかなどについては言及していない。

これに対しウクライナ政府のミハイル・ポドリャク大統領補佐官は3月7日、「わが国はこの爆破事件に全く関与していない」というコメントを発表している。

4本の導管のうち3本が破損

この事件は昨年9月26日午前2時3分、デンマークのボルンホルム島の南東12海里の海底で起きた。その後も同日に2回、29日に1回爆発が観測された。4回の爆発はいずれもNS1とNS2に沿った、水深約70メートルの海底で起きており、当時は海面にガスが漏出しているのが確認された。爆発のうち2回はデンマークの排他的経済水域内、2回はスウェーデンの排他的経済水域内で発生した。

爆発が起きたとき、2本のパイプラインは稼働していなかった。NS1については、ロシアの国営企業ガスプロムが昨年8月31日以来、「技術的トラブル」を理由に西欧へのガス輸送を停止していた。NS2は、昨年2月22日にドイツ政府が稼働許可申請の審査作業を凍結していた。ロシアがウクライナ東部のドネツク・ルガンスク人民共和国の独立を承認したことへの抗議である。しかし2本のパイプラインにはすでにガスが充填(じゅうてん)されていたため、海面にガスが漏れたのだ。

爆破事件の捜査には、スウェーデン、デンマーク、ドイツの軍、検察当局や警察が参加した。ドイツが捜査に加わっているのは、NS1・2のパイプラインが陸地に上がる場所がドイツの領土だからだ。NS1・2は2本ずつ導管を持っている。ドイツ連邦軍と警察が昨年10月中旬に、水中ドローンで撮影した写真によると、4本の導管のうち、3本が損傷を受けており、ある箇所では導管に長さ8メートルの亀裂があった。

海底インフラに高まる脅威

北大西洋条約機構(NATO)のイェンツ・ストルテンベルク事務総長は昨年10月11日、「NATO加盟国の重要なインフラストラクチャーに対する攻撃が行われた場合、われわれは強力に反撃する」という声明を発表した。名指しはしていないものの、ストルテンベルク氏がロシアに警告を発したことは明らかだ。さらに彼は、「NATOは重要なインフラストラクチャーに対する警戒活動を強化するとともに、これらの施設の安全を確保するための情報収集に努めている」と語った。

彼が言う重要なインフラストラクチャーとは、電力、ガス、原油などのエネルギー源を送るパイプラインや送電線、発電所、変電所、さらに通信回線のための海底ケーブルなどを指す。スペインの保険会社マプフレの報告書によると、世界中には378本の海底通信ケーブルが敷設されており、全長は120万キロに及ぶ。

NS1・2については、米国の調査報道ジャーナリスト、セイモア・ハーシュが今年2月、「米国海軍のダイバーが、バイデン政権の命令で、ノルウェー軍の協力を得て昨年6月にパイプラインに爆薬を取り付け、9月にリモートコントロールで爆破した」という内容の記事を公表していた。米国政府は、「根も葉もないでっち上げだ」と反論している。

今回の報道によって、NS1・2爆破事件が完全に解明されたわけではない。しかし物的証拠が確認されたことは、事件の闇に光を当てる上で役立つだろう。

最終更新 Donnerstag, 16 März 2023 19:04
 

ミュンヘン安保会議で欧米がウクライナに連帯を表明

今年もミュンヘンのホテル「バイエリッシャー・ホーフ」で恒例の安全保障会議(MSC)が開かれた。1963年に「軍事学会議」という名称で始まったこの会議は、今年で59回目。民間団体が開催するにもかかわらず、世界各国の首脳、外務大臣、国防大臣らが参加する、世界でも珍しい会議だ。MSCの期間、ミュンヘンは「ミニ・安全保障サミット」の場になる。

2月17日、MSCで演説をしたショルツ首相2月17日、MSCで演説をしたショルツ首相

ショルツ首相がウクライナ支援を約束

2月17日から3日間にわたって行われた今年のMSCには、米国のハリス副大統領、フランスのマクロン大統領、ポーランドのドゥダ大統領らが参加。ウクライナはクレバ外務大臣を派遣したほか、ゼレンスキー大統領も、リモート会議の形で参加した。

最も重要なテーマは、ウクライナ戦争だった。ショルツ首相は、ゼレンスキー大統領に語りかけ、「ウクライナは、われわれの仲間だ。ドイツと同盟国は、ウクライナが必要とする限り、強力な援助を行う。この戦争で、プーチン大統領を勝たせてはならない。プーチン大統領が、この戦争で勝てる見込みがないということを早く悟れば、戦争を終えるチャンスは高まる。ただしわれわれは、戦争犯罪を厳しく追及する。正義なしには、平和は長続きしないからだ」と語った。

同時に「われわれは北大西洋条約機構(NATO)とロシアの間で戦争が起こらないように細心の注意を行う。われわれは、全ての措置をNATOの同盟国と話し合ってから決める」と述べ、戦争のエスカレートを避けるべく全力を尽くすという姿勢も示した。

ショルツ氏は、「レオパルド2型を持っている国は、一刻も早くウクライナに供与してほしい」とも語った。ドイツは1月にレオパルド2A6型を14両ウクライナに供与すると発表し、この戦車を持つ国がウクライナに輸出することも承認した。しかし蓋を開けてみると、ドイツ以外でレオパルド2を供与する準備がある国はポルトガル(3両)とスペイン(4両)の2カ国だけというお寒い状態となっている。首相がMSCで戦車に言及したのは、そのためだ。

ドイツは中国の和平提案に懐疑的

MSCの特徴は、各国政府の外交交渉の舞台としても使われるという点だ。この3日間に、ミュンヘンでは各国の安全保障関係者が公式、非公式の話し合いを持つ。昨年のMSCは、極めて緊張した雰囲気の中で行われた。ロシア軍が約10万人の兵力をウクライナ国境付近に集結させ、米国政府が「ロシアは近くウクライナに侵攻する」と警告していたからだ。昨年MSCの主催者は、プーチン大統領に発言の機会を与え、あわよくば武力行使を思いとどまらせようと考えた。そして、昨年プーチン大統領らロシア政府関係者をミュンヘンに招待したが、ロシア政府は拒否。ウクライナ侵攻はすでに秒読み段階に入っていたのだろう。

これに対し今年MSCの開催団体は、ロシア政府関係者を招待しなかった。MSC代表のクリストフ・ホイスゲン氏(元ドイツ外務省高官・メルケル前首相の補佐官)はその理由について、「ロシア政府関係者がウクライナ侵攻を正当化するプロパガンダ活動を行うのを避けたかったから」と説明している。同氏は、2月17日に独日刊紙に寄稿し、「ロシア軍はウクライナ市民を虐殺し、病院などを爆撃するなど、数々の戦争犯罪を犯した。国連はロシア軍による戦争犯罪の責任を追及するための特別法廷を設置するべきだ」と提案した。

MSCに参加したフィンランドのマリン首相は、「もしも2014年にロシアがクリミア半島を併合したときに、欧米がロシアに対してもっと強硬な措置を取っていたら、昨年ウクライナ侵攻は起きなかったかもしれない。その意味で、われわれは将来過ちを繰り返さないために、過去の政策ミスを詳しく分析する必要がある」と語った。

今年のMSCでは、中国政府の王毅政治局員が、「和平提案を近く公表する」と発言。中国政府は2月24日に12項目から成る和平提案を公表した。中国は、即時停戦、ウクライナとロシアの間の和平交渉の再開、米国、EUなどの対ロシア制裁措置の停止などを提案した。しかしドイツのメディアは、「これまでの中国の主張を繰り返したもので、新しい内容はない」と指摘した。さらに米国政府は「中国がロシアに武器を供与しようとしている情報がある」と警告。2月23日にはシュピーゲル誌が「中国企業が100機の自爆ドローンのロシアへの輸出を計画している」と報じている。このため欧米は中国に対する警戒心を解かないだろう。

米国大統領がキーウを電撃訪問

MSCが終わった翌日の2月20日、米国のバイデン大統領がキーウを電撃的に訪問して世界を驚かせた。米国の大統領が、米軍が駐留して治安を確保していない戦地を訪問したのは、歴史上初めてである。バイデン大統領とゼレンスキー大統領がキーウの教会から外に出たとき、空襲警報のサイレンが鳴り響いた。ベラルーシからロシア軍の戦闘機が離陸したからだ。しかしバイデン大統領は、平然とキーウの街を歩いていた。リスクを冒して米国の大統領がウクライナを訪れ、同国に「武器供与を続ける」と約束したことに、ゼレンスキー大統領が感激の涙を流す一瞬もあった。

欧米諸国は、MSCでのメッセージとバイデン大統領のキーウ訪問によって、ウクライナを強力に支援し続けるという姿勢を世界中に示した。一方で、ウクライナの敗北を防ぎながら、ロシアとの全面衝突も避けるという難しいバランスを取り続けなくてはならない。

最終更新 Donnerstag, 02 März 2023 11:50
 

高学歴移民を増やせ! 法整備を急ぐドイツ

労働力不足に悩むドイツは、欧州連合(EU)域外からの高技能・高学歴の外国人の移住を促進する方向で、法律を大幅に改正する。

特に医療・介護分野における人手不足の解消は急務となっている特に医療・介護分野における人手不足の解消は急務となっている

カナダを模範としたポイント制度

高齢化と少子化が進むドイツでは、IT産業などで技能を持つ人材が不足している。そこでショルツ政権は、産業界の要請に応えて、優秀な人材のドイツへの移住を容易にするため、法律を改正することを決めた。

最も重要なのが、カナダがすでに実施している移民制度に似た、ポイント制度の導入である。狙いは、経済界が欲しているEU域外の専門職業人のドイツ移住を促進することだ。法案によると、職業に関する資格や技能、過去の就労年数、学位、ドイツ語能力などが判断基準になる。例えば、「ドイツの職業資格と同等」と認証できる職業資格を持つ外国人は、4ポイントを取得できる。3年間の職業経験を持つ外国人は、3ポイントを得られる。さらにゲーテ・インスティテュートのドイツ語検定試験でB2の水準に達している35歳未満の外国人は2ポイント、ドイツ語能力がB1で40歳未満の外国人は1ポイントを取得できる。

合計点数が6ポイントを超えた外国人には、「Chancenkarte」(チャンスカード)という滞在資格を与えられ、最長1年間ドイツに住んで就職先を探すことができる。チャンスカードでは1週間に最高20時間までしか働くことができない。したがって6カ月の試用期間が終わって企業に正式に採用された外国人は、通常の労働・滞在許可を申請して働くことになる。

これまでドイツでは原則として、企業から招聘(しょうへい)されないと、働くための入国ビザを取得できなかった。しかしチャンスカードが導入されれば、事前に企業から招聘されなくても、入国して仕事を探すことができる。これは高技能・高学歴を持つ外国人にとって、就職のチャンスが大幅に増えることを意味する。

さらに、外国人が長期間ドイツに住みたいと思うように、インセンティブも用意する。例えば現在では、ドイツの滞在許可を取得してから8年たたないと、ドイツ国籍を取得できないが、ショルツ政権はこの期間を5年間に短縮することを検討している。特殊技能を持つ上にドイツ語が堪能であるなど、優秀な外国人については、移住3年後に帰化を可能にすることも検討されている。さらに、EU域外からの外国人に二重国籍を認めることも検討中だ。これまでドイツでは、日本と同じく原則として二重国籍が禁止されていた。元の国籍を捨てないで済むならば、ドイツの国籍を取ろうという外国人が増える可能性もある。

IT部門を中心に専門職業人が不足

ショルツ政権が外国人受け入れに関する規定を大幅に緩和する理由は、同国が特殊技能を持つ人材不足に悩んでいるからだ。連邦労働局のアンドレア・ナーレス長官によると、ドイツでは毎年40万人の労働力が不足している。特にIT部門での人材不足は13万7000人と過去最高の水準に達している。経済界では今後、特殊半導体の設計、IoT(物のインターネット)、ビッグデータの分析による新しいビジネスモデルの開発、人工知能、量子コンピューターなどに関する知識を持った人材への需要が急増するが、国内だけで適した人材を見つけるのは困難とみられている。

しかもドイツでは今後ベビーブーム世代に属する多数の市民が引退するので、2035年までに労働人口が現在に比べて約700万人減ると予想されている。あるコンサルティング企業は、昨年10月に公表した報告書の中で、「人材不足のためにドイツに毎年生じる経済損害額は、860億ユーロ(12兆4000億円・1ユーロ=140円換算)に達する」と指摘した。

チャンス滞在権によって就業機会を与える

しかも労働力が不足しているのは、IT分野だけではない。公共交通機関、スーパーマーケットからクリーニング店、パン屋さんまで、働き手を募集している。

人手不足が特に深刻なのが、医療・介護部門だ。コンサルタント企業PWCが昨年公表した報告書によると、2035年に医療・介護分野で不足する勤労者の数は、約180万人に達する見込みだ。私の知人の医師によると、ミュンヘンの大病院でも、コロナ・パンデミック以降、集中治療室で働く看護師の数が減ったため、手術を延期しなくてはならない例が増えている。

ドイツ政府は今年1月1日から、移民法の中に「チャンス滞在権」(Chancen-Aufenthaltsrechts)という新しい滞在資格を導入した。昨年10月31日の時点で、最低5年間ドイツに居住し、その間に法律に違反しなかった外国人に対して、18カ月間の滞在権を与えるという制度だ。ドイツに亡命を申請したものの、すぐに難民として認定されなかったが、健康上・人道上の理由などから、仮滞在を認められるケースは少なくない。彼らがドイツ語を学び、職業に就いて生活の糧を得られるようになれば、長期間の滞在許可を取得することができるかもしれない。

日本にとっても他人事ではない

世界では、人材の獲得競争が激化している。高度な専門技能を持った人々は、「どの国で働こうかな?」と各国の給与水準や労働条件を比べている。日本政府も法制度の整備を進めてはいるが、外国人の専門職業人はドイツほど社会に溶け込んでいない。高齢化と少子化が急速に進む日本にとっても、人材不足に悩むドイツの窮境は決して対岸の火事ではない。

最終更新 Donnerstag, 16 Februar 2023 16:08
 

独政府が圧力に屈し ウクライナに戦車供与へ

ドイツのショルツ首相は1月25日、欧米諸国の圧力に屈して、同国製のレオパルド2型戦車をウクライナに供与すると発表した。

レオパルド2型戦車は欧州などで約2000両が使われている(筆者撮影)レオパルド2型戦車は欧州などで約2000両が使われている(筆者撮影)

ウクライナは300両の戦車を要望

ドイツ政府は、ウクライナ軍がレオパルド2・A6型の戦車中隊を編成できるように、まず14両を送るとともに、乗員の訓練も開始する。首相はさらに、ポーランドなど他国が保有しているレオパルド2型のウクライナ供与も承認することを明らかにした。

ゼレンスキー大統領は感謝の意を表したが、「14両では足りない」と不満も表した。ウクライナ軍は現在1500両の戦車を持っているが、全てロシアか旧ソ連製の戦車。砲弾や部品が急速に不足している。このためウクライナ軍のザルジニー総司令官は、「レオパルド2型など西側の戦車を300両、西側の装甲歩兵戦闘車を600~700両、りゅう弾砲を500門が必要だ」と語っている。

レオパルド2型は、世界で最も優秀な戦車の一つといわれる。レオパルド2型は最高時速70キロで走行しながら、約5キロ離れた目標に砲弾を命中させる能力を持ち、ロシアが使っているT80やT90型戦車よりも優れている。いわばドイツの輸出商品の目玉の一つであり、オランダ、スペイン、ギリシャ、カナダなど14カ国が、約2000両のレオパルド2型を保有する。このため各国が「レオパルド・プール」を構成し、ウクライナに多数の戦車を送る公算が大きい。

ロシア軍の春季大攻勢に備える

ウクライナ軍が多数の戦車を求めている理由は、ロシア軍が戦況の膠着(こうちゃく)を打開するために、春に大攻勢を計画しているからだ。さらにゼレンスキー政権は「ロシア軍をウクライナ領土から完全に追い出すまで、停戦交渉・平和交渉に応じる気はない」としている。ロシア軍をクリミア半島やドンバス地方から駆逐するには、多数の戦車と装甲歩兵戦闘車を投入する必要がある。

今回の決定は、「難産」だった。ゼレンスキー大統領は、数カ月前からドイツにレオパルド2型の供与を要請していたが、ショルツ首相は「ドイツがほかの国に先駆けて戦車を送ると、ロシアから交戦国と見られる。ほかの国とじっくり調整してから決める」として、供与に反対してきた。1月20日にはラムシュタインの米軍基地にバイデン政権のオースチン国防長官ら北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防大臣が集まり、ウクライナ支援について協議したが、この場でもレオパルド2型の供与について結論が出なかった。

ポーランド政府は「ドイツの優柔不断な態度は受け入れ難い」とショルツ政権を露骨に批判。その上でポーランド政府は、1月23日、ドイツ政府に対し、ポーランド軍が保有するレオパルド2型のウクライナ供与を許可するよう申請した。

「独り歩き」を極度に嫌うショルツ首相は、ラムシュタイン会議の直前に、「米国がエイブラムス戦車をウクライナに供与するならば、ドイツもレオパルド2型を供与する」という条件を付けた。バイデン政権は当初エイブラムスの供与に反対していたが、ドイツの条件をのんで、30両のエイブラムスをウクライナに送ることを決めた。また英国政府も1月15日には、同国製のチャレンジャー2型戦車をウクライナに供与すると発表。この結果、ショルツ首相はレオパルド2型の供与を拒む理由を失い、ゴーサインを出した。

ドイツの決断の遅れに批判集中

レオパルド2型をめぐる議論は、ドイツの国際的な信用性を低下させた。国内外からショルツ首相に対して、「決断が遅く、欧州のリーダーにふさわしくない」という批判が集中した。ドイツは、最初はいろいろな理由をつけてウクライナの要請を断るが、結局は他国の圧力に屈して兵器を供与するというパターンを、1年近く続けてきた。

昨年2月に米英がウクライナに携帯型対戦車ミサイルを供与したときに、ドイツは5000個のヘルメットを送って、国際社会の失笑を買った。兵器供与に消極的だった当時のランブレヒト国防大臣は、「わが国は法律で、紛争当事国に武器を送ることを禁じられている」と繰り返した。だがドイツは、他国の圧力のために、しぶしぶ旧東ドイツ人民軍の旧式の携帯式対空ミサイルなどを送り始めた。

ウクライナ政府が「ゲパルト対空戦車やマルダー装甲歩兵戦闘車を送ってほしい」と要請したときも、「わが国が自国を防衛するために必要だ。他国に送る余裕はない」と拒否した。だが他国からの批判が高まると、ショルツ政権はこれらの兵器をウクライナに送った。

戦争のエスカレートへの不安

だがドイツ市民の間に、レオパルド2型の供与が戦争をエスカレートさせる可能性についての不安感があることも確かだ。ドイツ公共放送連盟(ARD)が1月19日に公表した世論調査によると、戦車の供与に賛成した市民の比率は46%だった。反対の比率(43%)との差は、わずか3ポイント。ドイツ人の間では、戦火がNATO加盟国に広がることへの恐怖感が強い。

一方ウクライナのメルニク副外務大臣は、「レオパルド2型の次は、西側の戦闘機を送ってほしい」と要請した。欧米諸国は今後も、戦争をエスカレートさせずに、ウクライナの敗北も防ぐという、微妙な綱渡りを強いられる。

最終更新 Mittwoch, 01 Februar 2023 19:08
 

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