ジャパンダイジェスト
独断時評


ディーゼル車のシュトゥットガルト乗り入れは禁止されるか?

シュトゥットガルト行政裁判所
NOx濃度を下げる措置を命じた
シュトゥットガルト行政裁判所にて

今ドイツの自動車業界は戦後最大の危機に直面している。2年前に米国で発覚したフォルクスワーゲン(VW)社の排ガス不正問題は、今年になり更にエスカレートし、ディーゼルエンジンだけでなくガソリンエンジンも含む内燃機関を使った車の将来そのものに大きな影が落ちている。ディーゼルエンジン車の販売台数は去年に比べ減っているほか、この危機は今月行われる連邦議会選挙の重要な争点の一つとなりつつある。

「違法状態に終止符を」

危機をエスカレートさせたのは、7月28日にシュトゥットガルト行政裁判所が下した判決だ。同裁判所のヴォルフガング・ケルン裁判官は「7年半前から窒素酸化物(NOx)の濃度がEUの定める上限値を超えている。違法状態を終わらせ市民の健康を守るには、ドライバーの所有権が制限されるのもやむを得ない」と述べ、バーデン=ヴュルテンベルク州政府に窒素酸化物の濃度を大幅に下げる措置を取るよう命じた。

EU法によると、NOxの上限値は、1立方メートルあたり40ミリグラム。だがシュトゥットガルトは山に囲まれた谷間にあるので、ネッカータール交差点の観測地点では、NOxの濃度がEU上限値の2倍の約80ミリグラムに達している。NOxは呼吸器に炎症を起こす有害物質である。ケルン裁判官は判決の中で、シュトゥットガルト市へのディーゼルエンジン車の乗り入れを来年1月1日から禁止することを、NOxの濃度を引き下げる上で最も有効な手段と見なしている。

28の都市でEU法違反

提訴していたのは、環境保護団体ドイツ環境援助組織(DUH)。第一審でDUHが勝訴したことは、バーデン=ヴュルテンベルク州政府、連邦政府、自動車メーカーに強い衝撃を与えた。その理由は、DUHが同様の訴訟をミュンヘンなど16の大都市でも提起しているからだ。ドイツでは、80の都市でNOx濃度がEUの上限値を超えている。さらにEUはドイツの28の大都市の行政当局に対して、NOxをめぐるEU法違反について調査を開始している。勿論シュトゥットガルト行政裁判所の判決は、司法の最終判断ではない。来年初めには、ライプツィヒの連邦行政裁判所が、デュッセルドルフでの大気汚染問題を審理する。この行政訴訟で、シュトゥットガルト行政裁判所の第一審判決の適法性が取り上げられ、連邦行政裁判所がシュトゥットガルト行政裁判所の判決を覆す可能性もゼロではない。

だが連邦行政裁判所も、「大気汚染緩和のために、ディーゼルエンジン車の乗り入れ禁止措置を取ることは合法」と判断しシュトゥットガルト行政裁判所の判決の適法性を追認した場合、ドイツの車の約40%を占めるディーゼルエンジン車が、大都市から締め出されることになる。大気汚染に悩む市町村では、NOxの排出基準を満たす車に「青いシール」を配布し、このシールを貼っていない車の乗り入れ禁止を求めている。

自動車業界の改善策

ドイツ連邦政府とバーデン=ヴュルテンベルク州政府、自動車業界は、シュトゥットガルトなどの大都市でディーゼルエンジン車の乗り入れが禁止される事態、つまり青いシールの導入を是が非でも避けることを目指している。このため連邦政府は8月2日にベルリンにVW、ダイムラー、BMWなど8社の自動車メーカーの社長を招き、ディーゼル問題への対応を協議した。その結果ドイツの自動車メーカーは、現在ドイツで使われているディーゼルエンジン車530万台のソフトウエアを無償で更新することによって、NOxの排出量を来年末までに25~30%減らすことを約束。これらの車は排ガス基準がユーロ5ないし6を満たす車で、VWが排ガス不正のためにリコールを命じられた250万台も含まれている。各メーカーは「この更新措置によって、燃費などが悪化することはない」と説明している。さらに各社は排ガス基準がユーロ4もしくはそれ以下の中古車については、ユーザーが有害物質の少ないユーロ5ないし6の車に乗り換えることを奨励するために「買い替えボーナス」を提供。また連邦政府と自動車業界は、普及が遅れている電気自動車の充電ステーションを整備したり、公共交通機関網を拡充したりするために「モビリティー基金」に10億ユーロ(1300億円・1ユーロ=130円換算)を拠出することも決めた。

連邦環境省の批判

しかし、これらの措置によってシュトゥットガルトへのディーゼルエンジン車の乗り入れ禁止措置を回避できるかどうかは未知数だ。ドイツ連邦環境省のバルバラ・ヘンドリクス大臣は「8月2日に自動車業界が約束した措置は、NOx濃度を6%しか減らさない。これらの措置は、大半の町でEUの上限値(1立方メートルあたり40ミリグラム)を満たすには不十分だ」と述べている。連邦環境省はソフトウエアの更新だけでは不十分であり、触媒装置の更新などハードウエアの改修が必要だと考えている。だがハードウエアの改修はメーカーの負担を大幅に増やし、業績を悪化させる。ソフトウエアの更新にかかる費用は1台あたり100ユーロ(1万3000円)だが、触媒装置の改修には1700ユーロ(22万1000円)もかかる。

つまり自動車業界が政府に約束した措置により、大都市でのディーゼル車乗り入れ禁止を回避できる保証はまだない。ドイツ経済の屋台骨である自動車業界の頭上には、不透明性という暗雲が広がりつつある。

最終更新 Mittwoch, 04 Oktober 2017 12:27
 

「原子力後」の時代へ突き進むドイツ

ドイツでは原子力に代わり、再生可能エネルギーが拡大
ドイツでは原子力に代わり、再生可能エネルギーが拡大

2011年に東京電力・福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融事故から、6年が経った。今も約8万人が避難を余儀なくされている。しかし最近、日本のメディアでは、原子力に関する報道がめっきり減った。

日独のエネルギー政策は大きく異なる

日本政府は再生可能エネルギー、火力発電とともに、原子力発電をエネルギー・ミックスの中に維持する方針を変えていない。原子力規制委員会が安全と判断した原子力発電所は、運転を再開しつつある。電気事業連合会によると、九州電力の川内原発1・2号機、関西電力の高浜原発3・4号機、四国電力の伊方原発3号機の合計5基が再稼働したほか、7基の原子炉が運転を再開する許可を受けている。

ドイツは福島事故の直後に、運転開始から30年以上経っていた原子炉など8基を即時停止させたほか、原子力法を改正して、残りの9基についても、2022年末までに停止することを決めた。つまりドイツは、あと5年で原子力時代に終止符を打つことになる。

急速に普及する再生可能エネルギー

メルケル政権は、原子力を代替するために再生可能エネルギーの拡大に拍車をかけた。同国は再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率を、2025年までに40~45%、2035年までに55~60%、2050年までに80%に高めることを、法律の中に明記している。再生可能エネルギーの拡大は着々と進んでおり、2016年末の時点で、この比率は31.7%。2016年の再生可能エネルギーによる発電量は1883億kW時で、褐炭火力、石炭火力、原子力などを追い抜いて首位に立った。

近年では洋上風力発電装置や太陽光発電パネルなどの製造コストが低下していることから、今後もエコ電力の拡大が進むものと予想されている。電力供給会社(シュタットヴェルケ)や、地方自治体の中には、家庭や企業が屋根の上に設置した太陽光発電装置や、農家が共同で設置した風力発電プロペラを接続して、分散型の「仮想発電所」を作ろうとする動きもある。

エコ電力拡大には高額のコスト

再生可能エネルギーの拡大には、莫大なコストがかかる。我々消費者は再生可能エネルギー振興のために、電力を1kW時消費するごとに6.88セントの賦課金を払っている。この額は、過去13年間で約12倍に増えた。デュッセルドルフ大学の競争経済研究所が、「新社会的市場経済イニシャチブ(INSM)」に委託されて行った研究報告書によると、2000年から2025年までにドイツの電力消費者がエネ転換のために支出する金額は、5200 億ユーロ(62兆4000 億円・1ユーロ= 120円換算)にのぼると予想されている。

だがドイツ人達は、2011年の福島事故を教訓として、「コストをかけるならば、原子力よりも健康リスクが少ない再生可能エネルギーを拡大したい」という、国民的合意ができている。去年6月に世論調査機関ユーガブ(YouGov)が行ったアンケートによると、回答者の70%が「ドイツの脱原子力政策は正しい」と答えた。

脱原子力については国民的合意がある

この民意は政治に反映されており、メルケル首相が率いる与党キリスト教民主同盟(CDU)、社会民主党(SPD)、緑の党などの伝統的な政党は、脱原子力と再生可能エネルギーの拡大に賛成している。反対しているのは、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だけである。ドイツでは、大半の政党が「脱原子力政策の見直しを提案したら、有権者の反発を買って支持率が減る」と考えている。この国の政治家達は、産業界や経営者団体の意見よりも、世論調査の動向を重視する。ドイツ連邦議会は、「核のゴミ」の後始末のための費用負担についても去年、法案を可決した。この法律によるとエーオンなど大手電力4社は、原子炉の解体、廃炉などのための費用約178億ユーロ(2兆1316億円)を負担する。さらに電力会社は、最終貯蔵処分場の建設・運営費用などとして、2022年までに公的基金に約235.6億ユーロ(約2兆8267 億円)を払い込む。大手電力4社は、この金額を支払えば最終貯蔵処分場の建設・運営に関する費用負担や、訴訟リスクなどから完全に解放される。一時的に業績は悪化するが、長期的な利益を重視した形だ。

「負の遺産」との戦いは続く

最終貯蔵処分場の建設・運営にかかる費用が約235.6億ユーロを超えた場合には、納税者が負担を強いられる。最終貯蔵処分場が数千年間にわたり使われることを考えると、235.6億ユーロで十分かどうかは未知数だ。長期的に国民が費用を負担することについては、左派政党「リンケ」だけが「政府は割安な価格で、電力会社を負担責任から解放した」と批判した。しかし興味深いことに、メディアや消費者団体からは不満の声が出ていない。

ドイツ政府の次の課題は、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場の設置場所を決めることだ。政府は選定方法に関する法律を決めて、どの場所が適しているかについて、調査に入る。だが地層処分の候補地では、住民の猛反対が予想されるので、実際に処分場が完成するまでには年月がかかるだろう。

ドイツ人の「原子力時代の負の遺産」との戦いは、 始まったばかりなのである。

最終更新 Donnerstag, 31 August 2017 09:49
 

欧米のポピュリズムと社会保障

激動の時代に突入した欧州連合(EU)
激動の時代に突入した欧州連合(EU)

2017年は「EU危機の年」と言われた。その理由は、欧米での右派ポピュリズムの高まりである。例えば去年、英国の有権者の過半数がEU離脱(BREXIT)の道を選んだ。米国では、ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利し、ホワイトハウスの主として世界最大の軍事大国を率いることになった。BREXIT・トランプ勝利は、ともに自国優先主義と排外主義の表れだ。

オーストリア・オランダでポピュリスト敗退

今年は多くのEU加盟国で重要な選挙が行われる年だ。このため、米英で起きた想定外の事態が、欧州大陸でも起こるのではないかと懸念されたのだ。だが8月までに欧州大陸のEU加盟国で行われた選挙では、米国・英国のように右派ポピュリストが勝利し、国の針路を保護主義・孤立主義の方向に転換するという事態は起きなかった。まず2016年5月に行われたオーストリアの大統領選挙では、右派ポピュリスト政党・自由党(FPÖ)のノルベルト・ホーファー氏が約35.1%の票を確保して首位に立った。だが憲法裁判所が「不在者投票の方法に不備があった」と断定したために、同年12月に再投票が行われた。この時には緑の党のファン・デア・ベレン氏が約53.8%の票を確保し、7.6ポイントの僅差でホーファー氏に対して勝利を収めた。また今年3月にオランダで行われた総選挙でも、反EU・反イスラムを旗頭に掲げるヘルト・ウィルダースの右派ポピュリスト政党・自由党(PVV)が、首位に立つことが予想されていた。しかし有権者が中道保守勢力である自由民主国民党(VVD)に21.3%の票を与えたため、PVVは第2位に甘んじた。PVVの得票率は13.1%と、首位のVVDに約8ポイントの差をつけられた。

ルペン氏の勝利を防いだマクロン氏

今年の選挙で最も注目されたのが、フランスの大統領選挙だった。右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補は「大統領に就任した場合、フランスの欧州連合(EU)からの離脱に関する国民投票を行う」と宣言していたからだ。英国とは異なり、フランスはEU創設国の一つ。したがってフランスが離脱した場合、EUの存立が根底から脅かされる危険があった。だがフランスの有権者は、EU支持派であるエマニュエル・マクロン候補を大統領に選んだ。選挙への立候補の経験がゼロで、議会に議席がなかった市民運動「前進する共和国(LREM)」のリーダーが、FNだけでなく伝統政党の共和党や社会党を圧倒して、大統領の座に就いたのだ。第一次投票ではマクロン氏とルペン氏の得票率の差は4ポイントに満たなかったが、第二次投票ではマクロン候補がルペン候補の得票率の2倍近い票を得て、勝った。6月に行われた国民議会選挙でも、マクロン大統領のLREMは、単独過半数の確保に成功した。つまり米国と英国では右派ポピュリストが勝利を収めた。これに対し、欧州大陸の有権者達は、右派ポピュリストを権力の座につけることを拒んだ。この違いは、どこから来るのだろうか。

社会保障制度が鍵

要因の一つは、社会の所得格差である。右派ポピュリストが勝った米国と英国では、欧州大陸の国々に比べて社会保障のサービスが手薄であり、失業したり重い病気にかかったりした際の、安全ネットが少ない。

これに対しフランス、オランダ、オーストリアでは、米英に比べて社会保障制度が手厚い。失業保険や健康保険、年金保険などは、所得を富裕層から貧困層に再配分する機能を持っている。つまり社会保険が貧困率を抑制しているのだ。グローバル化により工場が閉鎖され、労働者が路頭に迷った場合、米英と西欧諸国の間では、失業したりホームレスになったりするリスクに大きな違いがある。たとえばドイツやフランスでは、失業した場合、政府が失業援助金以外に、家賃まで払ってくれるが、米国にはこのような制度はない。

つまり社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では、有権者の過半数が右派ポピュリストに籠絡され、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに「ノー」と言ったのである。私は、今後の選挙でも社会保障の手厚さが、ある国が右派ポピュリストに誘惑されるかどうかを占う目安の一つになると分析している。社会保障が削減されて、安全ネットが薄くなり、所得格差が拡大する国では、右派ポピュリストが権力の座に就く危険が高くなる。

低迷するAfD

9月24日には、ドイツで連邦議会選挙が行われる。反イスラム・反ユーロを標榜する右派ポピュリスト政党・ドイツのための選択肢(AfD)への支持率は、現在は10(去年15)%前後に下がっている。同党は去年ザクセン・アンハルト州など3カ所の州での議会選挙で2桁の得票率を記録。だが当時は、まだ2015年の難民危機の記憶が生々しく、メルケル首相に対する国民の不満が高まっていた。AfDの得票率が5%を超えて、同党が連邦議会入りすることは避けられない。だが9月末までに突発的な事態が起こらない限り、同党がこの国の政局に大きな影響を与える勢力にのし上がる可能性は低いと思う。その理由の一つは、ドイツの社会保障制度が手厚く、貧困率を引き下げる機能を果たしているからだ。今年5月のARDの世論調査によると、回答者の80%が「私の経済状態は良い」と答えている。こうした時期に、多数の有権者がAfDに票を集中させるという「暴挙」に走る可能性は低いだろう。

最終更新 Mittwoch, 16 August 2017 09:10
 

ドイツ経済を揺さぶる自動車カルテル疑惑

オラフ・ライズ氏
記者達にカルテル疑惑について話す
ニーダーザクセン州の経済、労働、交通大臣の
オラフ・ライズ氏

「フォルクスワーゲン(VW)、ダイムラー、BMW、ポルシェ、アウディが20年以上にわたってカルテルを形成し、自動車部品や下請け業者について談合していた――」7月末にニュース週刊誌「シュピーゲル」が掲載したスクープ記事は、ドイツの経済界、政界だけでなく世界中の消費者をも驚かせた。

5年間に1000回もの会合

このカルテル疑惑は、2015年に発覚したVWの排ガス不正事件とも関連があり、今後の展開によっては、第二次世界大戦後のドイツで最大の経済スキャンダルに発展する可能性もある。

シュピーゲルの報道によると、5社は1990年代から約200人のエンジニアらを、約60の作業部会に参加させて、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンに関する技術、カブリオレ(オープンカー)の屋根の強度、バイオ燃料などについて協議させ、製品に実用化される技術が横並びになるように、すり合わせを行っていた。「Fünfer Kreis(5社サークル)」と呼ばれる会議は頻繁に行われ、過去5年間だけで約1000回も開かれている。この作業部会がすべて違法カルテルかどうかについては、まだ結論は出ていない(7月26日現在)。各社のエンジニアが技術について意見交換をすることは、常に違法というわけではない。たとえば消費者の安全や技術の進歩について調整する「規格カルテル」は、違法ではない。仮に自動車メーカーが車の最高時速を200キロメートルに制限する技術について共同歩調を取るとしたら、事故防止という目的があるので、監督官庁は許可するだろう。

最も機微な「SCR部会」

だが、価格やマーケットシェア、コスト削減などに関する談合は、不当に競争を制限し、消費者に不利益を与えるとして、違法カルテルと見なされる。その意味で、5社サークルの協議内容の中には、違法すれすれの微妙なものがある。

欧州委員会のカルテル監視部門や、検察当局が最も関心を抱いているのが、5社による「SCR戦略サークル」だ。この協議内容は、VWによる排ガス不正と重なる部分があるからだ。SCRとは尿素水を使って、ディーゼルエンジンから出る有害な窒素酸化物の排出量を減らす技術のことを指す。だがSCRを採用すると、尿素水のタンクを車の中に搭載しなくてはならない。そうすると車中のスペースが減る上、重量も増える。さらに消費者が尿素水を補充しなくてはならないという手間もかかる。このため「SCR戦略サークル」は協議の結果、2008年9月に尿素水タンクを容量が8リットルという、比較的小さな容器に統一することを決めた。だが尿素水タンクが8リットルである場合、米国の厳しい窒素酸化物規制に合格することは不可能だ。このためVWは不正なソフトウエアの使用に踏み切った。このソフトウエアは、車が試験台の上にある時にはSCRを正常に作動させて、窒素酸化物の排出量を減らすが、路上を走る時にはSCRを作動させないので、環境基準を上回る窒素酸化物を排出する。

興味深いことに、不正ソフトを搭載した乗用車について、VWが初めてカリフォルニア州の監督官庁から認可を受けたのも、2008年である。シュピーゲル誌は、「VW排ガス不正の根源は、5社サークルのカルテルにある」と見ている。

「VWとダイムラーはカルテルを自供」?

つまり欧州委員会が「5社が示し合わせて尿素水タンクを小さくしたために、結果として排ガス不正につながり、消費者はメーカーの宣伝よりも質が悪く、価値が低い車を買わされた。これは競争を不当に制限する行為だ」と断定する可能性がある。

シュピーゲルは、「VWとダイムラーは、すでにカルテルの事実を監督官庁に告白している」としている。5社サークルのパワーポイントには、「メモを取ったり、議事録を作ったりしないこと」という注意書きがあった。参加者は、この作業部会がグレーゾーンにあることを意識していたのだろう。実際、5社サークルは今年1月に自主的に作業部会の開催を取りやめている。これに対しBMWは、「違法カルテルに参加していた事実は一切ない」と疑惑を全面的に否定している。

EUは違法カルテルについて、極めて厳しい態度を取る。法律によると、欧州委員会は違反企業に対して年間売上高の最高10%の罰金を科すことができる。欧州委員会は2016年にトラックメーカーの違法カルテルを摘発し、ダイムラーなど5社は、合計29億ユーロ(3712億円※1ユーロ=128円換算)の罰金を払っている。つまり今回の疑惑は、メーカーにとって大きな経済的負担となる可能性がある。シュピーゲルの報道以来、ドイツの自動車メーカーの株価が一時下がったのはそのためだ。

ディーゼルの「神々の黄昏」

ドイツの自動車業界が抱える問題は、カルテル疑惑だけではない。検察庁は、排ガス不正についてVWだけでなくダイムラーに対しても捜査を行っている。またシュトゥットガルトやミュンヘン市は、窒素酸化物を減らすためにディーゼルエンジン車の事実上の乗り入れ禁止を検討。消費者の不安は高まっており、今年6月にディーゼル車の販売台数は、前年に比べ19%も落ち込んだ。論壇では、「ドイツのディーゼルエンジンの時代は終わった」という声すら聞こえる。この国の自動車業界は、今大きな岐路に立たされている。

最終更新 Mittwoch, 02 August 2017 11:36
 

連邦軍将校によるテロ未遂と国防大臣の苦悩

ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防大臣
記者会見に応じるウルズラ・フォン・デア・ライエン国防大臣

ドイツ連邦政府の閣僚ポストの中で、一番リスクが大きい役職は、国防大臣だ。危険な任務を遂行する将兵の生命について責任を持つばかりではなく、予想不可能な緊急事態に機敏に対応しなくてはならない。苦労が多い割には、判断ミスの責任を問われて辞任に追い込まれるリスクが高いポストである。

ドイツ将校がシリア人の難民として亡命申請

ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相も、今年浮かび上がった連邦軍将校のスキャンダルへの対応に苦慮している。この事件は「事実は小説より奇なり」という言葉を思い起こさせる奇妙な出来事だった。

今年4月、ドイツ連邦軍のフランコ・A元中佐がウィーン空港のトイレに隠した拳銃を取り出そうとしたところを、オーストリア警察に逮捕された。その後の検察庁の調べから、驚くべき事実が判明。A容疑者はシリア難民を装い、ヨアヒム・ガウク前大統領らの暗殺計画を企てていた。シリア難民によるドイツの政治家に対するテロ事件をでっちあげることで、国民の間で難民に対する批判が高まることを狙ったのだ。

A容疑者の計画は、非常に手が込んでいた。彼は昨2月に「シリアからの難民で、キリスト教徒のダヴィド・ベンヤミン」と偽りドイツ政府に亡命申請。バイエルン州フライズィングの難民受け入れ施設に収容された。彼は連邦移住難民局(BAMF)の職員の聞き取り調査では、アラビア語ではなくフランス語で話した。彼はその理由を「ダマスカスの郊外にある、フランスからの移民の居住区で育ったから」と説明。「自分の名前はユダヤ人のように聞こえるので、シリアで迫害されている」と語った。驚くべきことにBAMFの職員はAの主張を鵜呑みにし、亡命申請を認可した。

連邦軍中佐による要人暗殺計画

A容疑者は、ドイツ連邦軍の内部と周辺に極右思想を持つ同調者のグループを持っていた。検察庁に逮捕されたマキシミリアン・T元中佐は、暗殺の標的とする政治家のリストを作っており、その中にはガウク前大統領のほかに、ハイコ・マース司法大臣や緑の党の元党首クラウディア・ロート氏らの名前も含まれていた。A容疑者の知人の学生マティアス・Fは、自宅に銃弾1000発や手りゅう弾の部品を隠し持っており、やはりテロ組織に参加していた疑いで逮捕された。

この事件は、連邦国防省と連邦軍のある盲点を白日の下に曝した。それは、軍内部の過激勢力やスパイを摘発すべき軍事防諜局(MAD)が、フランコ・A容疑者らの極右的傾向をキャッチできなかったことだ。

Aが極右思想の持主であることを示す兆候はあった。たとえば、2014年にフランスの軍事大学に留学中に論文を提出したが、フランス軍の担当教官は「論文には極右的・人種主義者な思想が含まれており、容認できない」としてドイツ側に通報。ドイツ連邦軍の上官は、Aが「時間がなかったために、このような内容になった」と弁解し、論文の内容は自分の考えではないと説明したために、彼に警告を与えただけだった。この上官は、MADにAの論文の件を通報したり、彼を除隊処分にしたりするなどの措置を取らなかった。だがA容疑者が使っていたG36小銃には、ナチスの紋章である鉤十字が刻まれていたほか、彼の兵営の部屋の壁にはMG42型機関銃を持った第二次世界大戦中のドイツ国防軍の兵士の絵や、ナチス・ドイツ軍が使ったMP40型短機関銃が飾られていた。

ナチス・ドイツを信奉し、極右思想を持つ人物が、防諜組織の目をくぐり抜けて、将校として連邦軍に在籍し続けられたことは、深刻な問題である。

国防大臣と連邦軍の関係が険悪化

フォン・デア・ライエン国防相はA容疑者のテロ未遂事件が発覚すると、連邦軍の高官達と協議する前に、テレビのニュース番組でのインタビューで「連邦軍の態度には問題がある」と批判したために、連邦軍側は国防省に対する態度を硬化させた。将兵達は「一部の不心得者のために、連邦軍全体が批判されるのは不当だ」と考えたのだ。

その後フォン・デア・ライエン大臣が取った措置も、表面的だという批判を浴びた。大臣は連邦軍の兵営に飾られていた第二次世界大戦中のドイツ国防軍のヘルメットや、装備品、戦車のプラモデルなどをリストアップさせ、撤去させたのだ。これまでの内部規律によると、大戦中のドイツ軍の装備品などを兵営に展示することは、ナチスを賛美する目的でなければ、許されている。さらに、ドイツ連邦軍の兵士が外国からの要人による閲兵などの時に使うライフルKAR98は、第二次世界大戦中にドイツ国防軍が使用したものだ。フォン・デア・ライエン氏の論法によれば、閲兵の時にKAR98を使うことも、禁止しなければならない。

連邦軍の改革が必要

国防大臣が行うべきことは、兵営から旧軍の鉄兜を撤去するような姑息な対策ではなく、A容疑者のような過激勢力に関する情報を的確にキャッチして、連邦軍から排除できるシステムを構築することだ。

軍隊という組織は、機密を重んじる性格の故に、情報の風通しが悪くなりがちだ。しかも現在の連邦軍は志願制であるため、兵器や軍事問題に関心を持つ人が集まるのはやむを得ない。それだけに、人選には細心の注意が求められる。ネオナチは、常に民主主義国の組織を蝕もうとしている。連邦軍を改革して、過激勢力がつけいる隙をなくすことが重要だ。

最終更新 Mittwoch, 19 Juli 2017 11:12
 

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