ジャパンダイジェスト
独断時評


米国・シリアに軍事介入 トランプの戦略転換とドイツ

4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民
4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民

ドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任してから約3カ月。初めて米国と欧州の歩調が一致した。トランプ政権が4月7日に初めて、シリアのアサド政権に対する軍事行動に踏み切ったのだ。

毒ガス攻撃に激怒

4月7日未明、地中海に展開していた米軍の艦船は、59発のトマホーク型巡航ミサイルを発射し、シリア空軍の基地を攻撃した。欧州のメディアは「米国第一主義と孤立主義を掲げていたトランプ政権が、世界の警察官に立ち返る予兆か」と報じた。

トランプ氏を動かしたのは、毒ガスによって殺害されて累々と横たわる、シリア市民たちの遺体の映像だった。犠牲者には、多くの子供たちも含まれていた。

化学兵器による攻撃があったのは、シリア北西部・イドリブ県のカーン・シェイクン。アサド政権と戦う反政府勢力が支配する地域だ。この村で4月4日に化学兵器を使った攻撃が行われ、市民約90人が呼吸困難に陥り死亡した。化学物質はまだ特定されていないが、サリンのような神経ガスではないかと見られている。サリンなどの毒ガスの使用は、1997年に発効した化学兵器禁止条約によって禁じられている。化学兵器は、「貧者の核兵器」と呼ばれる。核兵器に比べると製造が容易で高いコストがかからない割に、多数の兵士や市民を殺傷する能力があるからだ。

誰が毒ガスを使ったのかは特定されていないが、米国はシリア軍による攻撃という疑いを深めている。犠牲者の映像を見たトランプ氏は、「可愛い赤ん坊まで殺された。アサド政権は、最後の一線を超えた」と激怒し、シリア攻撃命令を出した。彼は重要な同盟国の指導者らに対し、攻撃について電話で通告していた。

ロシアとの関係も悪化

米国の攻撃は、大きなターニング・ポイント(転換点)だ。米国がシリア内戦に軍事介入したのは、初めて。シリアでは2013年にもサリンによって民間人が殺害されたが、当時大統領だったオバマ氏は軍事介入しなかった。彼はアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争で疲弊した米国を、泥沼のシリア内戦に引きずり込むことを避けたのだ。トランプ氏は大統領に就任する前は、シリア内戦への介入に反対していた。彼は毒ガスの使用を見て、アサド政権に対する考えを変えたと告白している。

さらにこの攻撃は、トランプ政権のロシアとの関係を決定的に悪化させたという意味でも、大きな変化を意味する。アサド政権の最も重要な支援者であるプーチン政権は、米国の軍事介入に激怒している。大統領に就任する前のトランプ氏には、ロシアのプーチン大統領との関係を改善しようとする言動が目立っていた。そのことは閣僚の顔ぶれにも表れており、国務長官にはロシア通の石油会社幹部を抜擢した。

トランプ氏の方向転換には、2017年2月にホワイトハウスの国家安全保障担当補佐官に就任したハーバート・マクマスター氏の影響が大きい。前任者のマイケル・フリン氏のような右派ポピュリストではなく、生粋の軍人であるマクマスター補佐官は、トランプ氏に対して「アサド政権の毒ガス攻撃を傍観していたら、米国の威信が失墜し、世界中の独裁者たちからなめられる」として、シリア攻撃を進言したのだろう。

欧州が珍しくトランプを支持

今回のシリア攻撃について、欧州の指導者たちはトランプ支援で足並みをそろえた。ドイツのメルケル首相も今回のシリア攻撃を前向きに評価している。欧州諸国は、アサド大統領失脚をシリア和平の前提条件と見なしているが、米国はその立場に近付いたのだ。欧州諸国とトランプ政権の間では、アラブ諸国からの市民の入国禁止問題、通商問題、地球温暖化防止、防衛費の増額問題などをめぐって、不協和音が目立っていた。また、ドイツや欧州連合(EU)は、ロシアがクリミア半島を強制的に併合したことや、ウクライナ内戦に介入するなど、強権的な姿勢を強めていることを強く懸念している。プーチン政権はバルト三国に対しても圧力を高めており、欧州には東西冷戦の再来を思わせる雰囲気が漂っている。それだけに、トランプ氏がシリアとロシアに対し今回毅然とした態度を取ったことは、ドイツにとっては良いニュースである。さらに、右派ポピュリストのフリン氏が国家安全保障担当補佐官を辞任し、極右ニュースサイトの主宰者だったスティーブン・バノン氏が国家安全保障会議から外されたことも、欧州諸国には安心感を与える材料だ。

緊迫する東アジア情勢

さて我々日本人にとって気になるのは、東アジアでの緊張の高まりである。北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、周辺諸国で不安が強まる中、トランプ政権は空母「カール・ビンソン」など複数の艦船を朝鮮半島へ派遣した。

万一朝鮮半島で戦端が開かれた場合の被害は、甚大なものになる。戦争になった場合、北朝鮮は米国の敵ではないが、自暴自棄になった金正恩政権が周辺諸国にミサイル攻撃を行う危険がある。「米国の先制攻撃」という言葉が飛び交っているが、このカードは、あくまでも敵を抑止する盾としてのみ使うべきだ。トランプ氏はシリア攻撃によって欧州諸国から高く評価されたことで気を良くしていると思うが、東アジアでは偶発戦争を避けるために、くれぐれも細心の注意を払ってほしい。戦火で最も苦しむのは、常に庶民だ。

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 10:34
 

英政府BREXITを正式通告 深まるドイツとEUの苦悩

英政府BREXITを正式通告

ついにBREXITへ向けたカウントダウンが始まった。3月29日に、英国のメイ政権は欧州連合(EU)に対して、離脱の意志を正式に通告したのだ。

2019年にEU離脱へ

EU法によると、離脱通告日から2年が経過すると、その国のEU加盟権は消滅する。昨年6月に英国で国民投票が行われるまでは、欧州の大半の人々が「まさか起こらないだろう」と高をくくっていた、英国とEUの「離婚」が、現実の物になる。BREXITは、ベルリンの壁崩壊並みに大きな影響を欧州に与えるだろう。英国のEU離脱は、1951年にEUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が創設されて以来、着々と進んできた欧州統合に、初めて逆行する出来事だ。

エリートと庶民の意識のギャップ

BREXITは、1990年代の東西冷戦終結以降、EUが統合と拡大を急速に進める中で、EUのエリート官僚たちが、庶民の感情をいかに軽視してきたかを浮き彫りにしている。

欧州のエリート、つまり政治家やビジネスマン、学者、報道関係者の間では「欧州人」という意識が育ちつつある。彼らは庶民の感情に配慮せずに、独断的にEUの統合と拡大を進めてきた。これに対し、欧州各国の庶民の間では、欧州人というアイデンティティーは希薄である。むしろ彼らは、「EUが移民の流入を許したり、グローバル化を進めたりすることによって、我々の職を脅かしている」という不信感を強め、自分たちはグローバル化時代の負け組だと感じてきた。多くの庶民が、EUをグローバル化の象徴と見なして敵視している。

英国ではグローバル化に賛成するロンドンの政治家、金融業界と、グローバル化に反対する地方の労働者たちとの間で、深い亀裂が生まれていた。エリート層は社会に横たわる格差とこの深い地割れに気付かなかった。いや彼らは格差に気付いても、見て見ぬふりをしていた。反EUを旗印に掲げる右派ポピュリズム勢力は、移民問題を誇張する宣伝によって、市民の不満を増幅した。

グローバル化の「負け組」の逆襲

当時のキャメロン政権は、英国がEUに加盟していることで共通市場にアクセスでき、自由貿易の恩恵を得ていることや、多くの外国企業が英国に投資して雇用を創出していること、コーンウェルなどの地方都市にEUからの援助金が出ていることを国民に伝えた。しかし大半の庶民は、こうした説明に耳を貸さなかった。当時英国に駐在していたあるドイツの外交官は、「離脱派の市民の選択は、最初から決まっていた。これは理性ではなく、感情による決定(Bauchentscheidung)だ」と私に語った。

2016年6月23日の国民投票によって、庶民は自分たちを無視してきたエリート層に対して「NO」の意思表示を行い、一矢を報いたのだ。右派ポピュリストたちの思い通りの結果が生まれた。この危険な傾向は、英国だけに限られるものではない。昨年の米国大統領選挙で右派ポピュリスト、ドナルド・トランプ氏が勝ったように、エリート層と庶民の意識のギャップや社会の亀裂は、他の国にも存在する。右派ポピュリスト勢力は、インターネットを利用した巧みな宣伝により、グローバル化時代の負け組を扇動し、「政治エスタブリッシュメント」に対して反旗を翻させている。

EUの未来を左右する仏大統領選

今ドイツ政府が最も懸念しているのは、4月23日のフランス大統領選挙で右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)が大躍進することだ。フランスは深刻な移民問題、イスラム・テロによる治安問題、大都市と地方の格差、エリート層と庶民の意識のギャップを抱えている。さらにオランド大統領の失策のために、失業率がドイツの2倍に達するなど、経済状態も悪化している。私はフランス社会を分断する亀裂は、英国以上に深いと思っている。反EU派であるFNのルペン党首は、革新勢力のマクロン候補と接戦を繰り広げているが、「大統領になったら、EU離脱に関する国民投票を行う」と宣言している。彼女は「私はEUでメルケル首相に仕える副大統領になる気はない」と述べ、ドイツに対する反感も露わにしている。

保守勢力のフィヨン候補はスキャンダルにより弱体化しているほか、社会党の支持率も低迷している。5月に行われる決選投票で、投票率が低い水準に留まった場合、ルペン候補が過半数の票を集める可能性もある。その場合、多くの人が「まさか起こらないだろう」と思っているFNの勝利が、現実化する。英国、米国で2回も想定外の事態を経験した我々は、もはやルペン勝利のシナリオを頭から否定することはできない。事前の世論調査の過信は、禁物だ。

フランスの反EU派と移民排斥を求める庶民は、BREXITやトランプの大統領就任を追い風と見ている。

EUは、BREXITには耐えられる。しかし、EU創設国の一つであるフランスが離脱した場合、EUは崩壊する。このことは、メルケル首相をはじめ、多くのドイツの政治家に強い不安を与えているはずだ。

ドイツは欧州統合を最も積極的に推進する国だ。EU貿易で最も大きな恩恵を受けているのも、ドイツである。BREXITはEU崩壊の序曲となるのか。それともフランスはオランダ同様に、土俵間際で踏みとどまるのか。我々欧州に住む日本人も、今後数カ月の政局から目を離すことはできない。

最終更新 Mittwoch, 05 April 2017 15:23
 

どん底のドイツ・トルコ関係 難民危機への悪影響は?

メルケル首相と握手するエルドアン大統領
2月2日、トルコを訪問したメルケル首相と握手する
エルドアン大統領(右)

ドイツとトルコの関係が、急速に険悪化している。トルコのエルドアン大統領は、3月5日に行った演説で、「ドイツ人たちよ、お前たちのやっていることは、ナチスのやり方と全く変わらない。ドイツは民主主義国ではないし、その態度はナチス時代から変わっていない。私はナチズムは死に絶えたと思っていたが、今日でも続いている」と、強い言葉で批判した。私は27年間ドイツに住んでいるが、外国の元首がこれほど酷い言葉でドイツを非難するのは、聞いたことがない。

演説会禁止に対して怒りが爆発

トルコの怒りの理由は、エルドアン政権の閣僚たちがドイツ国内に住むトルコ人向けに計画していた演説会を、ガッゲナウ市やケルン市などが中止させたことだ。エルドアン大統領は、自分の権力を強化するための「大統領直接統治制(Präsidialsystem)」について、4月16日に国民投票を実施する。彼は、ドイツに住む140万人のトルコ人有権者のために、閣僚の演説会を予定。ところがガッゲナウ市とケルン市当局は、3月初めに「会場では大変な混雑が予想され、安全を確保できない」という理由で、一度出した演説会の許可を取り消したのだ。だが大統領は、「ドイツ政府が国民投票に関するキャンペーンを妨害しようとして、地方自治体に圧力をかけて演説会を中止させた」と考えて、メルケル政権を非難したのだ。

ナチスとの同列視は最大の侮辱

今日のドイツ人にとって、「お前たちはナチスと同じだ」と言われることは、最大の侮辱である。第二次世界大戦後、西ドイツの時代からドイツ人たちはナチス・ドイツの過去と真剣に対決してきた。彼らはナチスによる迫害の被害者らに多額の補償金を支払い、歴史教育などを通じて、若い世代にナチス時代の犯罪の事実を伝える努力を続けている。世界を見渡しても、ドイツほど真剣に、前の世代の犯罪と真摯に対峙(たいじ)し続ける国はない。つまりエルドアン氏は、演説会の中止に抗議するために、ドイツ人を最も激しく怒らせる言葉をわざと使ったのである。トルコとドイツは、共に軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)に加盟している。NATOの加盟国がほかのメンバーを公に侮辱するというのは、未曽有の事態である。これは、すでに「言葉を使った戦争」と言ってもおかしくない。

普段は冷静なメルケル首相も、厳しい言葉でエルドアン氏に反論した。彼女は「今日の民主国家ドイツの政策を、ナチズムと同列に並べる態度は、絶対に受け入れられない。ナチスとの同列視は、愚かであり的外れだ。ドイツのやり方はナチスのやり方と同じだという発言は、ナチスの犯罪を矮小化することにもつながる」と述べ、大統領の発言を批判した。

演説禁止は集会の自由と矛盾?

一方でメルケル首相は、「ドイツには集会の自由や、発言の自由がある。したがって、地方自治体が安全上問題がないと判断すれば、トルコの閣僚はドイツで演説することができる」と述べ、連邦政府が演説会を禁止させているわけではないという姿勢を強調した。

だがこれは苦しい発言である。メルケル政権は、昨年7月にトルコで起きたクーデター未遂事件以降、エルドアン政権が同国で多数の公務員や政治家、報道関係者を逮捕、拘留して人権弾圧を行っていることに抗議してきた。ドイツは、エルドアン氏が「治安確保」を理由に、大統領直接統治制の導入により権力を集中させ、同国が一段と独裁国家のような性格を強めることに、懸念を抱いている。同国の司法当局が、ドイツ・トルコの二重国籍を持つ「ヴェルト」紙の記者を「テロ組織の支援者」として拘留していることも、メルケル政権を怒らせている。

ドイツには、「連邦政府が、トルコの閣僚の演説会に関する判断を、地方自治体に任せるのは誤りだ。基本法を改正して、非民主的な政府の閣僚演説などを禁止できるようにするべきではないか」という意見もある。だが外国の政治家の演説を連邦政府が禁止することは、民主主義の原則に抵触する機微な問題だ。

難民合意取り消しの危険

エルドアン大統領は、「私はドイツで演説すると決めたら、ドイツに行く」とも述べ、メルケル政権に圧力をかけた。気になるのは、大統領の次の言葉だ。「もしもドイツ政府が私を入国させず、演説を禁止したら、私は世界を混乱させてやる」

私は、エルドアン氏がこの言葉によって、欧州連合(EU)・トルコ間の難民合意をキャンセルする可能性を示唆したものと考えている。難民危機の解決をめぐり、EUはトルコに依存している。トルコは昨年3月以来、同国経由でEUに不法入国した難民を国内に受け入れ、現在は、約270万人のシリア難民を滞在させている。トルコ政府がドイツとの対立を理由に難民合意を取り消して「水門」を開いた場合、西欧をめざすシリア難民の数が再び急増する可能性がある。

ドイツ政府のガブリエル外相は、3月7日の公共放送ARDとのインタビューで「トルコの挑発に乗らずに冷静な態度を保ち、正常な対話ができる状態を回復しよう」と語り、事態のエスカレートを避けるべきだという姿勢を強調した。

9月に連邦議会選挙を控えた今、メルケル政権にとって難民危機の再燃は、最悪のシナリオ。ドイツにとっては、トルコとの関係を一刻も早く正常化することが重要だ。欧州全体にとっても大きな関心事である。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:26
 

アゲンダ2010を修正せよ! SPDシュルツ候補の野望

メルケル首相とプーチン大統領
社会民主党(SPD)の連邦首相候補マルティン・シュルツ氏

今年9月の連邦議会選挙へ向けて、社会民主党(SPD)の連邦首相候補に選ばれたマルティン・シュルツ氏が、大胆な戦略を打ち出した。彼は、2003年にSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が断行した雇用市場改革プログラムを修正し、富の再配分を強化する方針を明らかにしたのだ。

「アゲンダ2010」を批判

「アゲンダ2010」と呼ばれるこの改革で、シュレーダー氏は失業者への国の給付金を切り詰め、長期失業者の数を大幅に削減することに成功した。さらに彼は社会保障サービスの切り詰めによる、労働コストの削減、人材派遣業などの規制緩和など、企業の利益を増大させる政策を次々に打ち出した。この政策は、財界だけではなく、キリスト教民主同盟(CDU)からも高い評価を受けた。

2009年に表面化したユーロ危機にもかかわらず、ドイツ経済が絶好調であった理由の一つは、シュレーダー改革によって労働コストの伸び率を他国に比べて、低く抑えることに成功したからだ。

だがシュルツ氏は、「ドイツでは所得格差が拡大する一方で、不安定な仕事しか持てない人が増えている。これは、過去に社会の主流派が犯した過ちの結果だ。我が党も過ちを犯した。だが、我々はそのことに気づき、過ちを修正しつつある」と述べた。つまり、彼は「アゲンダ2010」が過ちだったとして、この改革プログラムを批判しているのだ。彼は、中高年の失業者のための援助金の支給期間を延長する方針を打ち出しているが、なぜ、この点を問題視しているのだろうか。

市民に公平な労働政策を求める

シュレーダー改革以前のドイツには、失業者給付金(Arbeitslosengeld)と失業者援助金(Arbeitslosenhilfe)という二つの援助金があった。前者は税引き前の年収(上限6万2000ユーロ)から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を、最長32カ月支給し、後者は失業者給付金の支給期間が過ぎた後に、手取り所得の53%~57%を支給。その期間は、無期限だった。

シュレーダー氏は「失業者への援助が手厚すぎるので、賃金の低い仕事につきたがらず、失業者でいる方が良いと考える人が多い」として、これらのシステムを廃止。彼は、第一次失業者給付金と第二次失業者給付金という二つの給付金を導入した。前者は税引き前の年収から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を支給するが、その期間を18カ月に短縮。以前のシステムに比べて、14カ月も短い。18カ月が過ぎると、失業者は第二次失業者給付金(ハーツIV)を受け取ることになるが、その金額は当初西独で毎月345ユーロ(4万1400円・1ユーロ=120円換算)、東独では月331ユーロ(3万9720円)と定められた。これは、生活保護とほぼ同じ水準である。

2005年に誕生したメルケル政権は、シュレーダー改革では失業者に対しあまりにも厳しいと考え、2008年に58歳以上の失業者に対する第一次失業者給付金の支給期間を24カ月に延長した。さらにハーツIVの金額も若干引き上げられた。

シュレーダー改革は、長年企業に勤めた後に解雇された失業者も、ほとんど働いていない若年失業者と同様に、生活保護と同水準の援助金しかもらえないシステムを生んだ。このことは、特に中高年の労働者層のSPDに対する怒りを増幅させた。彼らは長年にわたり失業保険制度に保険料を払い込んでおり、若年労働者と同じ扱いを受けるのは、不当だと感じたのだ。

シュルツ氏は、これらの政策が社会の不公平感を強めていると主張。彼は期限付き雇用契約についても批判の目を向けている。ドイツの雇用契約は、原則として無期限だったが、シュレーダー氏は規制緩和によって、企業が期限付きの雇用契約を締結しやすいようにした。シュルツ氏は、企業が期限付きの雇用契約を締結できる条件を、これまでにより厳しくする方針を打ち出している。

ワーキングプアと右派ポピュリストに歯止めを

ドイツの雇用統計上の失業者数は、2005年には486万人だったが、2012年には290万人に減った。だがその一方でシュレーダー改革は、低賃金労働者を増加させた。2011年の時点で、ミニジョブなどの仕事に就いているものの、給料が低くて生活できないためにハーツIVを受け取っていた市民の数は、286万人に達している。シュレーダー改革は、ドイツにも米国や日本同様のワーキングプア問題を生んだのだ。

シュレーダー改革に対しては、旧東独を中心に抗議の声が上がった。SPDは州議会選挙だけで次々に惨敗。シュレーダー氏は2005年の連邦議会選挙でも敗北して、政界を追われた。1998年の連邦議会選挙でのSPDの得票率は約40%だったが、2009年には23%という史上最低の得票率を記録。党内の左派勢力はSPDを去って、「リンケ」を創設した。

シュルツ氏に対する有権者の反応は、上々だ。公共放送ARDが2月初めに行った世論調査によると、「もしも首相を直接選ぶとしたら、シュルツ氏を選ぶ」と答えた回答者は50%に達し、メルケル氏(34%)を上回った。SPDに対する支持率も、前月に比べて8ポイント増えて28%となった。逆にCDU・CSUは支持率を3ポイント減らした。

シュルツ氏は、アゲンダ2010の修正によって、右派ポピュリズムの躍進に歯止めをかけられるだろうか。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:25
 

「トランプ主義」に反発するドイツ

1月28日、大統領執務室でメルケル独首相と電話会談するトランプ米大統領1月28日、大統領執務室でメルケル独首相と電話会談
するトランプ米大統領

米国の強さだった多様性と自由の精神が、政治の素人である一人の大統領によって崩されようとしている。ドナルド・トランプ氏は1月末にホワイトハウスの主になるや否や、矢継ぎ早に過激な内容を含む大統領令に署名した。大統領就任からわずか2週間で、米国内の世論の分裂を深めただけではなく、世界全体に衝撃波を送った。

入国禁止令で大混乱

特に物議をかもしたのが、トランプ氏が1月27日に署名した「外国のテロリストの入国から米国を守るための大統領令」である。彼はこの命令によって、120日間にわたって難民の受け入れを停止するとともに、シリア、イラク、イラン、リビアなどイスラム教徒が多い7カ国の市民の入国を90日間にわたって禁止した。この措置は世界中で混乱を引き起こした。すでにビザを持っているイラク人やイエメン人も米国行きの飛行機に搭乗することを拒否され、外国の空港で足止めされたからだ。米国の多くのIT企業は、外国籍の優秀なエンジニアを採用している。入国禁止の対象となった7カ国のパスポートを持っている社員の内、外国へ出張していた者は、米国へ戻れなくなった。この前代未聞の措置に対しては、米国内だけでなく世界全体で激しい抗議の声が上がった。

メルケル首相が大統領令を批判

ドイツのメルケル首相も1月30日の記者会見で「テロリズムに対する戦いを理由に、特定の宗教(この場合はイスラム教)を持つ人々や特定の国々の市民全員に疑いをかけることは、許されない」と述べて、トランプ氏による入国禁止措置を厳しく糾弾。

ドイツにとっても影響は大きい。ドイツはナチス時代に対する反省から亡命申請者に寛容である。このため同国には、二重国籍を持つ市民が多い。たとえばイランのパスポートも持つドイツ人の数は、約8万人、ドイツとイラクの二重国籍者は3万人、シリアのパスポートも持つドイツ人の数は2万5000人にのぼる。ヘッセン州政府の副首相タレク・アル・ワジール氏は、ドイツとイエメンの二重国籍者である。トランプ政権の大統領令によれば、ワジール氏も米国に入国できなくなる。このためメルケル氏は、大統領令によって影響を受けるドイツ在住の二重国籍者に援助を約束するとともに、二重国籍者の法的地位を明確化するために、他の欧州連合(EU)加盟国と対応策を協議していることを明らかにした。メルケル氏は、米国が難民受け入れを一時的に停止したことについても、険しい表情で「ジュネーブ難民協定を批准した国は、戦火を避けて逃げてきた難民を受け入れる義務がある。トランプ政権の大統領令は、国際的な難民援助の基本理念と国際協力の精神に反する」と批判した。

だが米国の良心は、完全に眠ってはいない。ワシントン州連邦地裁のジェームズ・ロバート判事は、市民の仮処分申請を受けて、2月3日にこの大統領令を一時的に差し止めるよう命じた。トランプ政権はサンフランシスコの連邦控訴裁判所に控訴したが、却下された。この紛争が最高裁判所に持ち込まれることは確実だ。トランプ大統領はツイッターで「ひどい判決だ。何か事件が起きたら、この判事の責任だ」と述べて、裁判官を批判。大統領が個人攻撃を行い、法治主義を軽蔑するような発言を行うのも、前代未聞である。

アルト右翼が政府の主任戦略官に

世界最大の移民国家・米国は異なる文化、価値観を受け入れることによって、優秀な頭脳や勤勉な市民を磁石のように吸い寄せてきた。アップルの共同創業者の一人であるスティーブ・ジョブズもシリア移民の息子である。トランプ政権の入国禁止令は、米国の強さの源泉の一つを自ら否定しようとするものだ。

この政策の背景には、トランプ政権の主任戦略官スティーブン・バノン氏がいる。彼は人種差別的な内容を持つウェブサイト「ブライトバート・ニュース」の主宰者を一時期務め、大統領選挙期間中に、トランプ氏を強力に支援した。自らをアルト右翼(Alternative Right)と呼ぶバノン氏は、当時「レーニンは国家を打倒することを目指したが、私も同じだ。私は、今日のエスタブリュッシュメント(既成の体制)を完全に破壊したい」と述べている。トランプ氏は、そのような人物を、国家安全保障会議の常任メンバーにまで任命した。白人至上主義者バノン氏が、トランプ氏とともにホワイトハウスの大統領執務室(オーバル・オフィス)に座っている写真を見ると、「米国は一体どうなってしまったのか」と慨嘆せざるを得ない。

欧州にも広がるポピュリズムの波

EUにも排外主義は押し寄せている。英国は移民増加に歯止めをかけるべく、昨年の国民投票でEU離脱を決めた。重要な国政選挙を控えるオランダ、フランスでも反EU、反移民を旗印とする極右政治家が、最も高い支持率を得ている。

多様性とリベラリズムを重視する世界の人々の間では、「ドイツのメルケル首相だけが、排外主義に抵抗する防波堤だ」という意見が強まっている。しかし、豊富な政治経験を持つメルケルといえども、一人だけで世界中で高まるポピュリズムに対抗することは不可能だ。各国政府は、所得格差の拡大など、トランプ主義につながる病根を取り除く努力を、始めなくてはならない。市民の一人一人が、移民・難民排斥など、トランプ主義を醸成する心を克服しなくてはならない。

最終更新 Montag, 06 September 2021 08:49
 

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