ジャパンダイジェスト
独断時評


ガブリエル出馬辞退が象徴する、SPDの苦悩

シュルツ前欧州議会議長 ガブリエル党首
SPDの首相候補となったシュルツ前欧州議会議長(左)
とガブリエル党首

1月24日に、メルケル政権のジグマー・ガブリエル副首相(社会民主党=SPD)が行った発表は、ドイツの政界を驚かせた。彼は今年9月の連邦議会選挙に首相候補として出馬しないことを明らかにしたのだ。

ガブリエル党首に対し党内で不満高まる

2009年からSPDの党首を務めているガブリエル副首相は、選挙の約8カ月前に、党内の首相候補を選ぶレースから降りた。このためSPDは、欧州議会のマルティン・シュルツ前議長を首相候補にする予定だ。ガブリエル氏は自発的に出馬を断念したように伝えられているが、現実にはSPD指導層によって詰め腹を切らされたようだ。同党内部で「ガブリエルでは選挙に勝てない。新しい顔が必要だ」という意見が強まっていた。

実際、ここ数年間にわたり、連邦経済エネルギー大臣としてのガブリエル氏の仕事ぶりは、精彩を欠いていた。2015年に、赤字に苦しむスーパーマーケット・チェーン「テンゲルマン」をエデカが買収しようとした際、連邦カルテル庁は「寡占状態が強まる」として、買収を許可しなかった。だが彼は、「1万6000人の従業員の雇用を守る」という大義名分の下に、独占禁止委員会などの抗議にもかかわらず、買収を許可した。

しかしデュッセルドルフ高等裁判所がガブリエル大臣の買収許可を「違法」と断定。ガブリエル氏の面目は丸つぶれとなった。(この問題はまだ完全に決着していないが、エデカだけでなく、そのライバルであるレーヴェがテンゲルマンの店舗の一部を取得することで、連邦カルテル庁の許可を得ることになりそうだ)

経済大臣として失政が続いた

ガブリエル大臣は、カナダとEUの間の自由貿易協定であるCETA(包括的経済貿易協定)を受け入れることを提案し、昨年9月のSPDの会議で参加者の3分の2の賛成を取り付けることに成功した。だがガブリエル氏は、バイエルン州、ブレーメン州支部や党内の左派勢力からは、「CETAはドイツの利益にそぐわない」と激しい批判にさらされた。

またガブリエル大臣は、温室効果ガスの削減をめぐる議論でも、苦い経験を持つ。彼は2015年に、二酸化炭素(CO2)の排出量が多い旧式の褐炭火力発電所に「褐炭特別税」を導入することを提案した。発電コストを高めることによって、老朽化した火力発電所を閉鎖させるのが目的だ。だが彼の提案に対し、産業界、電力業界、労働組合が「石炭産業が滅亡する」と強く反対。このため大臣は、特別税の導入を撤回した。

さらに彼は、東西ドイツ間で送電線の使用料金(託送料金)を平準化することを提案していたが、平準化によって電力コストが上昇するノルトライン=ヴェストファーレン州政府などの反対に合い、この案も凍結せざるを得なかった。

これらの問題は、ガブリエル氏への党内の支持を、じわじわと浸食していった。彼の「出馬辞退宣言」は突然に見えるが、実はSPD内部で彼に対する不満が高まっていたことを示唆している。

SPD結党以来の危機

SPDに対する世論の眼差しは厳しい。公共放送局ARDが今年1月5日に行った世論調査によると、SPDの支持率はわずか20%だ。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率(37%)に大きく水をあけられている。SPDの支持率は、1カ月前の調査に比べて2ポイント減っている。それに対し、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率は、前回の調査に比べて2ポイント増えて、15%になっている。つまりAfDは、SPDまであと5ポイントの所まで肉薄しているのだ。

前回つまり2013年の連邦議会選挙で、SPDは25.7%の得票率を確保していた。つまり同党はこの4年間ですでに得票率を5.7ポイントも減らしているのだ。逆にAfDへの支持率は、この4年間で3.2倍に激増した。現在の傾向が続けば、SPDの得票率がAfDよりも低くなるという事態もあり得る。

支持率だけを見れば、SPDは深刻な危機にあると言うべきだろう。支持率の低下も、SPD指導部がガブリエル氏に出馬を断念させた理由の一つであろう。つまりSPDは、全く新しい候補者を立てることによって、起死回生を狙っているのだ。

シュルツ候補でも苦戦は確実

だがシュルツ氏を首相候補として起用することで、SPDの連邦議会選挙での得票率は上昇するだろうか。私にはそうは思えない。大半のドイツ人にとって、欧州議会は遠い存在だ。このためシュルツ氏は多くの有権者に知られていない。唯一よく知られていることは、シュルツ氏が人権擁護と欧州統合を重視する、リベラルな政治家であるということだ。たとえば、シュルツ氏はメルケル首相が2015年にシリア難民のドイツでの亡命申請を許したことを、高く評価している。

その意味でシュルツ氏は、メルケル首相と大連立政権を組むためには、適した人物である。だが次の連邦議会選挙の最大の争点は、難民と治安である。特に多くの有権者が、現在の大連立政権の、難民に関するリベラルな路線に不満を抱いており、次の選挙で厳しいしっぺ返しを行うことは確実だ。

難民受け入れに前向きだったSPDが「人権派」シュルツ氏を首相候補にしても、苦戦することに変わりはない。

最終更新 Mittwoch, 01 Februar 2017 10:15
 

イスラム・テロの脅威とドイツの治安維持

事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く(1月5日撮影)
事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く
(1月5日撮影)

テロ組織イスラム国(IS)に忠誠を誓うチュニジア人アニス・アムリ(24)が、大型トラックでベルリンのクリスマスマーケットに突っ込み、11人を殺害し、55人に重軽傷を負わせたテロ事件から、1カ月が経った。大惨事の衝撃は、まだ収まっていない。

首都の心臓部を直撃したテロ

アムリは逃走してフランス経由でイタリアへ向かったが、ミラノで警察官に職務質問を受けた際に発砲したため、射殺された。私はこの事件について聞いたとき、2016年7月にフランスのニースでテロリストが大型トラックで観光客ら86人をひき殺した事件を思い出した。ベルリンの犯行に使われたトラックには、障害物にぶつかると自動的にブレーキが作動して車が停止する装置が付けられていた。もしもこの装置が付いていなかったら、さらに多くの市民が犠牲になるところだった。

これまでドイツでは、2016年夏にテロリストが列車内で乗客に斧で襲いかかったり、音楽祭の会場の外で自爆したりする事件があったが、死者は出なかった。だが今回の事件は、イスラム・テロがドイツの首都の心臓部を直撃したことを意味する。

この事件が起きる前から、ドイツの米国大使館は、「クリスマスマーケットはテロの目標となる危険性がある」と警告していた。クリスマスマーケットはキリスト教の行事に関係がある上、多くの市民が集まる。空港や駅に比べると警備が手薄なソフト・ターゲットなので、ISのテロリストが狙いやすい。だがベルリンのクリスマスマーケットでは、特別な警備態勢が取られていなかった。ISは、その盲点を衝いた。

警察に監視されていたアムリ

さらに不可解なのは、実行犯の男がドイツの対テロ機関の捜査線上に浮かびながら、犯行を防ぐことができなかったことだ。

アムリは、2011年春にチュニジアを離れて、船でイタリアに到着。その目的は仕事を見つけるためだった。彼はイタリアで暴力行為や放火の罪で禁固4年の刑を受ける。刑務所に収監されている時に、イスラム過激派の思想に感化された。刑務所を出たアムリは、ドイツに着くと亡命を申請。しかし現在チュニジアでは内戦などは起きていないため、彼の亡命申請は認められなかった。彼は国外追放されるはずだったが、パスポートを放棄していたために、チュニジア政府はアムリの受け入れを拒否。ドイツ政府は、チュニジア政府から身分証明書が届き次第、彼を送還する予定だった。

さらに、アムリはアブ・ワラーというイスラム過激派指導者のグループと交流があった。捜査当局は、組織に送り込んだ協力者の通報から、アムリが会合の際に「自動小銃を購入するために銀行強盗を行う」と発言していたことをつかんだ。このため捜査当局はアムリを「テロを起こす可能性がある危険人物」と見なして、ベルリンで数カ月にわたり監視。しかしアムリの行動に不審な点が見つからなかったため、昨年9月から尾行は中断されていた。ドイツには彼のような危険人物が約200人いる。一人の危険人物の監視には、30人の警察官を張り付けなくてはならない。警察に全員を24時間監視する余裕はない。アムリを国外追放するのに必要な書類がチュニジアから届いたのは、テロ事件が発生した2日後だった。つまり捜査当局が危険人物と見なしていた男から目を離したすきに、その人物が大惨事を引き起こしたのだ。

メルケル政権、治安対策強化へ

 このためメルケル政権は、治安確保のために様々な措置を取る方針を打ち出した。メルケル首相は1月9日にケルンで行った演説で「ベルリンでのテロ事件は、我々に迅速に行動することを求めている。言葉だけではなく、行動する必要がある」と固い決意を表明した。具体的には、危険人物の出身国の政府がパスポートがないという理由で、本人の送還を拒否しても、連邦政府は危険人物のドイツへの滞在延長を認めずに、強制送還する方針。さらにチュニジア、モロッコ、アルジェリアを「安全な国」に指定して、これらの国々からの亡命申請者を原則として受け入れない方針だ。首相は「ドイツに留まる資格のない外国人は、母国へ帰らせる。亡命を認められた難民も、ドイツ社会に適応する努力をしなくてはならない」と強調した。これまでドイツでは、亡命申請を却下されても、人道的・医学的な理由で国外退去処分を免れる外国人が少なくなかった。

またメルケル首相は、デメジエール内務大臣とマース法務大臣に、テロを起こす可能性がある人物の足に固定し、居場所を警察に送信する装置(Fußfesseln)の導入などについて協議するよう命じた。

連邦議会選挙でも重要な争点に

 さらに現在は連邦刑事局、各州の刑事局、連邦憲法擁護庁、各州の憲法擁護庁など30を超える省庁がテロ対策を担当しているが、デメジエール内務大臣は、連邦憲法擁護庁の権限を強化し、テロリストに関する情報を集中管理することによって、捜査態勢を強化したいと提案。だが州政府からは強い反対意見が出ており、結論は出ていない。

今年ノルトライン=ヴェストファーレン州議会などで行われる4つの地方選挙と連邦議会選挙では、治安の確保が、難民政策とともに重要な争点の一つとなる。メルケル政権が治安をめぐって市民の信頼を回復できるかどうかは、選挙の行方をも左右するだろう。

最終更新 Mittwoch, 18 Januar 2017 12:59
 

2017年のドイツを展望する

2017年のドイツを展望する

新年早々、あまり物騒なことは書きたくない。しかし今年は2016年に続き、激動と混乱の年になるという気がしている。

トランプ大統領の誕生

1月20日には米国で、政治の経験ゼロのポピュリスト、ドナルド・トランプ氏が大統領に就任する。「アメリカ・ファースト」の旗印の下に保護主義を掲げ、欧州の安全保障の要である北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れだ」と批判する、初めての米国大統領の誕生だ。

ドイツの最大の貿易パートナーである米国が門戸を閉ざして国内産業と雇用の保護を目指すとすれば、ドイツ経済にも深刻な影響が及ぶ。トランプ氏は、中国の貿易黒字を批判しているが、同じ矛先が多額の貿易黒字を抱える「優等生」ドイツに向けられる危険もある。さらに、台湾問題をめぐって非難の応酬をしている米国と中国が、万一本格的な貿易戦争に突入した場合、世界全体の経済に悪影響が及ぶことは必至だ。ドイツにとって米国の動向は今年最大の関心事である。

BREXIT交渉開始?

ドイツ人にとって、英国政府が今年、欧州連合(EU)離脱の正式な意思を発表するかどうかも気がかりな所だ。メイ政権は、交渉によって、移民を制限しつつEU単一市場へのアクセスを維持しようとしている。だがEU側は、人の移動と就業の自由を受け入れない国に対し、単一市場へのアクセスを許した場合、他国に対して悪しき前例を作ると警戒。英国とEUの交渉は難航するだろう。英国では、同国がEU単一市場へのアクセスを完全に失った場合の「ハード・ランディング」が、巨額の経済負担につながり、税収と雇用を大幅に減らすと予測されている。BREXITによる景気悪化が、ドイツの自動車業界や機械製造業界にも影を落とすことは避けられない。

メルケル苦戦は確実

一方ドイツにとって、2017年は重要な選挙が重なる年だ。9月17日か24日には、連邦議会選挙が行われる。メルケル首相が4選を目指して出馬することを表明したが、難民危機のために同氏への支持率は低下している。このため、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が苦戦することは確実だ。CDU・CSUが単独過半数を確保することは困難であり、再び社会民主党(SPD)との大連立を迫られるだろう。メルケル氏の指導力の低下は避けられそうにない。

欧州各国で高まる右派ポピュリズムの波は、ドイツにも到達。ユーロ圏からの脱退や、外国から資金援助されたイスラム教寺院の建設禁止を求める右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、連邦議会入りを果たすと予想されている。ドイツにはこれまでも共和党やDVUなど多くの右派政党があったが、いずれも泡沫(ほうまつ)政党だった。しかしAfDは違う。同党は、難民流入に対する市民の不満をバネにして、中産階級に食い込むことに成功。「CDU・CSUの政策は、メルケル氏のために左傾化してしまった」と疎外感を抱く保守層を着々と取り込みつつある。

昨年11月のARDの世論調査では、回答者の13%がAfDを支持していた。AfDは、昨年ベルリン、メクレンブルク=フォアポンメルン州やザクセン=アンハルト州などで行われた州議会選挙で、二桁の得票率を確保して連戦連勝。排外主義を掲げる政党の初の連邦議会入りは、我々ドイツに住む日本人にとっても、不安の種である。

今年は、地方議会選挙も目白押しだ。3月26日にはザールラント州、5月7日にはシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州、さらに5月14日にはノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州で州議会選挙が行われる。特にドイツ最大の人口を持つNRW州の選挙は、連邦議会選挙の方向性を示す選挙として注目される。

フランス大統領選の行方

また他のEU加盟国でも、重要な選挙日程が迫っている。まずドイツにとって最も重要な同盟国フランスで、大統領選挙が実施される。(第1次投票・4月23日、決選投票・5月7日)ユーロ危機の後遺症に苦しむ同国では、英国同様に右派ポピュリズムが地方で強まっている。フランスのEU脱退を求める極右政党・国民戦線(FN)は、20%~30%の有権者から支持されている。保守陣営からは、サルコジ政権で首相を務めたフランソワ・フィヨン氏が出馬する。フィヨン氏は、ドイツのシュレーダー氏が断行した「アゲンダ2010」に似た「痛みを伴う改革」によって、フランス経済の再建を目指している。彼はFNのマリーヌ・ルペン党首の支持層を切り崩すことに成功するだろうか。

また3月15日には、オランダ議会でも選挙が行われる。前回の2012年の選挙では、右派ポピュリスト、ヘルト・ウィルダースが率いる自由党(PVV)は第3党に留まったが、難民問題が大きな争点となっている今日、PVVが得票率を前回の約10%から伸ばす可能性もある。

欧米では、トランプ氏と英国の離脱派勝利の背景に、有権者に関するビッグ・データの分析に基づく、フェイスブックなどのSNSを使った個別プロパガンダ戦略があったと伝えられている。ポピュリスト政党が、同じ手法をドイツやフランスの選挙でも使う危険がある。今年も我々は、想定外の事態に直面するかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 04 Januar 2017 16:28
 

ポピュリズムの拡大とデジタル社会の落とし穴

SNS

12月初めにミュンヘン工科大学(TUM)で行われた日独統合学会のシンポジウムで、TUMのクラウス・マインツァー教授から、新しい言葉を学んだ。それは「postfaktisches Zeitalter(事実が大きな役割を果たさない時代)」という新語だ。教授は言う。「今日では、ある情報が事実であるかどうかが、重要な尺度ではなくなりつつある。例えば、米国での大統領選挙では、トランプ陣営が大量に流したデマを多くの有権者が信じて、結局トランプの勝利につながった。私はこの状況について、強い懸念を抱いている」。

デマを使って他陣営を攻撃

確かに今回の米大統領選ほど、目を覆いたくなるようなデマが垂れ流しになり、それが結果を左右した選挙はなかった。

ドナルド・トランプは、選挙運動の期間中に多くの偽情報を流した。彼は、「オバマはケニア人だ」「2001年9月11日の同時多発テロのとき、米国各地でイスラム教徒が道に出て大喜びした」「地球温暖化は、中国が米国産業界の競争力を弱めるためにでっち上げた」などのデマを公言し、しかも取り消さなかった。トランプのスポークスマンは、こうした発言について、「彼は言葉よりも行動を重んじる人物であり、支持者は彼の言葉を額面通りに取ってはいない」と苦しい弁明をしている。さらに彼の支持者たちは、「ローマ教皇はトランプを支持している」「ヒラリー・クリントンのチームはワシントンの『コメット・ピンポン』というピザ屋の地下室に子どもたちを監禁して拷問したり、児童ポルノのネットワークを運営したりしている」など、根も葉もない情報を流した。12月上旬には、自動小銃を持った男が「噂を確認するため」と称して、このピザ屋に乱入して発砲している。

デマがネット上で独り歩き

問題は、こうしたデマがフェイスブック(FB)やツイッターなどのソーシャル・ネットワーク(SNS)を通じて社会に瞬く間に広がり、米国の多くの庶民が信じたことである。特に高等教育を受けていない市民は、いわゆるメディア・リテラシー(情報の信ぴょう性を見分ける能力)に欠け、ネットで目にした情報が事実かどうかを確認することなく、うのみにする傾向が強い。トランプに票を投じたのは、まさにこうした人々だった。嘘を言っても取り消さない人物がホワイトハウスの主となり、世界で唯一の超大国の指導者となる。デジタル時代が、このような事態を可能にしたのだ。

SNSに載った偽情報は、誰にも訂正されることなく多くの人々に共有され、独り歩きする。数が決め手となる選挙の世界では、瞬時に数百万人の人が目にするSNSほど有効な武器はない。選挙戦において、新聞やテレビは、SNSやネットマガジンの敵ではない。選挙参謀たちにとっては、もはや情報が事実であるかどうかよりも、噂が人々の感情に影響を与え、自分の候補者に共感を抱くことの方が重要なのだ。これは極めて危険な現象である。

ゲッベルスの主張との共通点

私は、ナチス・ドイツの宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスの言葉を思い出さざるを得ない。彼はこう言った。「人々は、真っ赤な嘘でも、繰り返し聞かされると、それを信じるようになる。嘘を長い間繰り返せば、人々はその嘘が政治的、経済的にもたらす結果に気づかなくなる。したがって政府にとっては、政府の主張に反する事実を抑圧することに全力を注ぐべきだ。真実は、政府にとって最大の敵である」。ナチスは、ユダヤ人についての悪い噂やヘイトスピーチを繰り返し流すことによって、市民の間にユダヤ人に対する偏見や憎しみを広めた。この結果、多数の市民や企業がナチスのユダヤ人弾圧に加担した。もちろんトランプ陣営と、犯罪集団ナチスを同列に並べることはできない。しかし目的を達成するために、嘘を意図的に使って人心を掌握(しょうあく)する点では、危険な共通点を見出さざるを得ない。

ドイツの右派もSNSを多用

米国だけでなく、世界中で右派ポピュリストたちが同様の手法を使っている。ドイツのザクセン州で生まれた極右市民団体「欧州のイスラム化に反対する愛国者たち(PEGIDA)」や右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者の急激な増加も、FBなしには考えられない。FBやツイッターは便利な道具だが、論理よりも感情に訴えるメディアだ。人々は信憑性について考えるよりも、太字で書かれたメッセージだけを読んで、「いいね」をクリックする。約30万人がフォローしているAfDのFBのサイトを見ると、数千から数万回も「いいね」ボタンが押されている。

人心を汚染するデジタル公害に歯止めを!

公共放送局ARDが11月に行った世論調査によると、AfDの支持率は約13%。同党が来年の連邦議会選挙で初の議会入りを果たすのは、確実だ。英国のEU離脱決定やフランスでの極右政党の躍進に続き、米国で右派ポピュリストが大統領に就任することは、不健全なナショナリズムと排外主義が個別の国に限られたものではなく、グローバルな現象となりつつあることを示している。こうした時代に、SNSやウェブマガジンで流されるデマや流言飛語は、人々の精神を汚染するデジタル公害である。

私は、全てのSNS運営企業やネット企業に対し、デマやヘイトスピーチを禁止する措置を求めたい。

最終更新 Mittwoch, 14 Dezember 2016 11:36
 

メルケル首相 4選へ向け出馬表明

メルケル首相
11月20日、笑顔で登壇するメルケル首相

11月20日にメルケル首相は、ドイツの政局に大きな影響を与える発表をした。来年9月に行われる連邦議会選挙で、再び連邦首相候補として出馬することを明らかにしたのだ。同時に、キリスト教民主同盟(CDU)の党首としても続投する方針を打ち出した。もしもメルケル首相が4選を果たして、2021年まで首相を務めれば、在職16年間となり、これまで最も長く務めたコール元首相と並ぶことになる。

「ドイツのために尽くしたい」

メルケル首相は出馬表明の記者会見の際、あえてにこやかな表情を見せるように努めていた。その理由は、彼女の出馬表明が大幅に遅れたからである。メルケル氏が4期目を目指すことを、なかなか公表しなかったことは、ベルリンの政界で様々な憶測を呼んだ。

たとえば、ドイツではこれまで連邦首相が、同じ党に属する自分よりも年齢の低い政治家に、首相候補の座を自ら明け渡したことは一度もなかった。この伝統がついに打ち破られるのではないかという見方もあった。メルケル氏は、今年62歳。来年から首相を4年間務めると66歳になる。

こうした憶測を吹き飛ばすように、メルケル氏は朗らかな表情で語った。彼女は出馬表明までに長い時間がかかった理由をこう説明した。「11年間首相を務めた後に、さらに4年間この職務を続けるということは、国家、政党、そして私個人にとっても、重大な決定です。このため、私は時間をかけて、考えに考えを重ねました」。

メルケル首相は、この決定を自分の野心よりも、国家と国民のために行ったという点を強調した。「ドイツは、私に多くの物を与えてくれました。私はお返しをしたい。私はドイツのために貢献したい」。「Ich will dienen(貢献したい)」は、メルケル氏が2005年の連邦議会選挙で、初めての首相の座を目指したときに使った、いわば首相のトレードマークである。

不安定な時代だからこそ続投を表明

そしてメルケル氏は、英国の欧州連合(EU)離脱、難民危機、ロシアと西欧諸国の間の緊張の高まり、イスラム過激派によるテロの増加、米国での右派ポピュリスト政権の誕生など、世界中でかつてなかった事態が起きつつある中、首相の座を投げ出すことは、無責任であると主張した。「この困難で不安に満ちた時代に、私がこれまで積み重ねてきた経験と能力を、再び首相として生かさなかったら、多くの人が私の態度に理解を示さないでしょう。したがって私は、もう一度首相の座を目指すべきだと決心したのです」。

確かに、今日の世界では不透明感と不安感が強まっている。特に11月の米大統領選でのトランプ氏の勝利は、英国やフランスで強まっていた市民の政治不信とグローバル化への反感が、米国でも予想以上に広がっていたことを示している。国際的な貿易協定に懐疑的なトランプ氏は、大統領になった初日に、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に関する交渉を打ち切る方針を表明するとしている。ポピュリストのホワイトハウス入りによって、米欧関係にも大きな変化が生じる可能性がある。

こうした時代に、リーマンショック、ユーロ危機、ウクライナ危機など様々な事態に対応してきたベテラン政治家が続投することは、欧州にとってかすかな安定感を与えるかもしれない。

メルケル氏の苦戦は確実

ただし、昨年メルケル首相がシリア難民を受け入れる決定を行って以来、CDUへの支持率は下がっている。彼女の難民政策を批判する反イスラム、反EU政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、昨年以来多くの州議会選挙で2桁の得票率を確保し、議会入りしている。だがCDUとキリスト教社会同盟(CSU)は、メルケルに代わって首相候補になり得る、力量と経験を備えた政治家を見つけることができなかった。メルケル再出馬は、CDU・CSUの人材不足の結果である。

メルケルの影響力には陰りがさしている。彼女には、もはや2013年当時のような人気はない。たとえば、メルケルはCDU・CSUからガウク大統領(無所属)の後任にふさわしい人物を見つけることができなかった。このため彼女は、東独の秘密警察(シュタージ)の文書を分析・管理する官庁を率いたマリアネ・ビルトラー(緑の党)を大統領候補として推薦した。だがこの人選は保守陣営で全く理解を得ることができず、連立を組む社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー外務大臣が来年3月、連邦大統領になる見通しだ。AfDは、連邦議会選挙でも保守陣営の票を奪うだろう。メルケル氏が来年の選挙で苦戦することは確実だ。

人選に苦慮するSPD

CDU・CSUとSPDにとっては、単独過半数を取ることは難しい情勢で、大連立政権以外に道はない。だがSPDの人材不足と弱体ぶりは保守陣営よりも深刻で、11月末になっても連邦首相候補を決めることができないでいた。その理由の一つは、SPD党首のガブリエル経済大臣が、すでに「メルケル首相とは連立しない」という方針を数年前に打ち出しているからだ。この発言にもかかわらず、ガブリエル氏が首相候補として出馬を表明した場合、彼の信用性は一段と低下することになる。

ドイツは混迷の度を深める欧州で、「安定を保証する唯一の錨」としての地位を保つことができるだろうか。来年9月の連邦議会選挙の行方から、目を離せない。

最終更新 Mittwoch, 30 November 2016 11:18
 

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