ジャパンダイジェスト
独断時評


なぜドイツの 労働時間は短いのか

読者の皆さんの中には、「ドイツの労働時間は、日本に比べて短い」と感じている方もおられるのではないだろうか。

•日独間の労働時間に大きな差

経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本では就業者1人当たりの1年間の平均労働時間が1745時間(2012年当時)だった。これに対し、ドイツは1393時間と約20%も短く、日本人より年間で352時間も短いというのだ。352時間といえば、およそ14日間に相当する。

ドイツは、世界でも労働時間が最も短い国の1つだ。OECDの調査の対象となった35カ国の中で、オランダに次いで短い。一方、日本の年間労働時間は35カ国の中で8番目に長い。OECDによると、ドイツの1時間当たりの労働生産性は日本よりも高いが、その理由の1つに労働時間が日本よりも短いことが挙げられる。労働生産性は、国内総生産(GDP)を労働時間で割って算出されるからだ。労働時間が短くなればなるほど、1時間当たりの労働生産性は高まる。

シュピーゲル誌の表紙
2012年の就業者1人当たりの労働時間(単位・千時間)

労働時間を法律で厳しく規制

なぜドイツの労働時間は短いのだろうか。その最大の理由は、政府が法律によって労働時間を厳しく規制し、違反がないかどうか監視していることだ。

企業で働く社員の労働時間は、1994年に施行された「労働時間法(ArbZG)」によって規制されている。この法律によると、平日(月~土)1日当たりの労働時間は8時間を超えてはならない。1日当たりの労働時間は、最長10時間まで延長することができるが、その場合にも6カ月間の1日当たりの平均労働時間は8時間を超えてはならない(ただし経営者と社員が特別の雇用協定を結ぶことは許されているほか、緊急事態の例外は認められている)。つまりドイツの企業では、1日当たり10時間を超える労働は、原則として禁止されているのだ。

•役所が労働時間を厳しくチェック

読者の皆さんは「日本でも労働基準法の第32条によって、1週間の労働時間の上限は40時間、1日8時間と決まっている」と考えるかもしれない。だが日独の労働時間規制の間には、大きな違いがある。それは、ドイツでは労働安全局(日本の労働基準監督署に相当する)が立ち入り検査を行って、企業が労働時間法に違反していないかどうか厳しくチェックを行っているということだ。労働安全局の係官は時折、事前の予告なしに企業を訪れて、労働時間の記録を点検する。

労働安全局が検査をした結果、企業が組織的に毎日10時間以上の労働を社員に強いていたり、週末に働かせていたことが発覚すると、経営者は最高1万5000ユーロ(210万円)の罰金を科される。悪質なケースでは、経営者が最高1年間の禁固刑を科されることもある。2009年4月には、テューリンゲン州の労働安全局が、ある病院の医長に対し、ほかの医師らに超過労働をさせていたという理由で6838ユーロの罰金の支払いを命じた例がある。

企業が社員に長時間労働を課さないもう1つの理由は、企業イメージを守るためだ。メディアが「組織的に長時間労働を行わせて、労働時間法に違反していた」という事実を報じると、企業のイメージに深い傷がつく。現在ドイツでは優秀な人材が不足しているので、そのような報道が行われると、「あそこは長時間労働をさせる企業だ」と思われて、優秀な人材に敬遠されることになる。これは企業にとって大きなマイナスである。

このためドイツの雇用者、特に大企業の管理職は、1日の労働時間が10時間を超えないように、口を酸っぱくして注意する。

•社会的市場経済が背景

ドイツでは、残業が必要になるということは、業務量に比べて社員の数が足りないことを意味する。したがって経営者は、繁忙期などに残業をさせる場合には、原則として事業所委員会(企業ごとの労働組合)の同意を得る必要がある。ドイツの企業経営者は、社員にやたらと残業をさせてはならないのだ。

筆者は、「ライフ・ワーク・バランス」を確保するという意味では、ドイツ政府が労働時間を法律で厳しく制限していることは、悪いことではないと考えている。会社で働くだけではなく、誰もが家族と一緒に過ごす時間も持てるように法律が整えられているわけだ。これは、ドイツが戦後一貫して続けている社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)のたまものだ。つまり米国のような自由放任主義に基づく競争社会ではなく、政府が法律によって社会の枠組みを整える制度である。

時代が変わっても、ドイツ人は社会的市場経済の原則だけは維持していくだろう。

5 Juni 2015 Nr.1003

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

政権を揺るがすBNDの違法盗聴スキャンダル

ドイツの対外諜報機関・連邦情報局(BND)をめぐる、超弩ど級のスキャンダルが暴露された。今後の展開によっては、メルケル政権の存立を揺るがしかねない「破壊力」を秘めている。

シュピーゲル誌の表紙
シュピーゲル誌の表紙(5月2日発行)

BNDが欧州企業を盗聴?

週刊「シュピーゲル」誌の調査報道チームは、4月下旬に「米国の諜報機関である国家安全保障局(NSA)が、BNDに数百万件のメールアドレスやIPアドレス、携帯電話番号を渡して盗聴を依頼していたが、盗聴の対象にはフランスの外交官や欧州の企業も含まれていた」というスクープ記事を放った。

NSAは2001年の同時多発テロ以来、アルカイダなどのイスラム過激派組織の動向をつかむために、世界的規模でメールや通話の盗聴を強化している。イスラム過激派はしばしば欧州に拠点を持っているため、NSAはBNDに協力を要請したのだ。BNDが米国側から要請を受けたのには、バイエルン州のバート・アイブリングに、NSAから引き継いだ高性能の盗聴システムを所有しているためであろう。

だが、2013年にBNDが米国から盗聴を依頼されたアドレスや電話番号を点検した結果、BNDが盗聴を禁止されている同盟国フランスの政府関係者や、ドイツ企業が関与していた欧州航空防衛大手EADS(現在のエアバス社)も含まれていることが分かったのだ。その数は実に約4万件に上る。シュピーゲル誌の報道が事実ならば、BNDは最も密接な関係にある同盟国フランスの外交官を盗聴していただけでなく、産業スパイの片棒を担いでいたことになる。

連邦首相府の異例のコメント

しかしBNDは、連邦首相府直属の機関であるにもかかわらず、この事実を連邦首相府に報告していなかった。2012年からBNDの長官を務めるゲアハルト・シンドラーがこの事実を知ったのは、今年の4月12日。彼は直ちに連邦首相府にこの違法盗聴について報告したが、それが連邦議会のNSA盗聴問題調査委員会に伝わり、シュピーゲル誌にリークされた。

そうした経緯でメディアが動き出したため、連邦首相府は異例の措置を取った。4月23日に、連邦政府のスポークスマンが「BNDに技術的、組織的な欠陥があったことが判明した。このため連邦首相府は、この欠陥を直ちに是正するよう指示を出した」という声明をウェブサイト上で発表したのだ。連邦首相府が「身内」であるBNDを批判する公式声明を出すというのは、前代未聞である。メルケル政権は、「スキャンダルの規模が大きく、とても隠し通せるものではない」と考えたのであろう。

大連立政権を揺さぶる不協和音

この盗聴事件は、メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)とガブリエル副首相(社会民主党=SPD)間の信頼関係にも亀裂を生じさせた。大連立政権のパートナーであるSPDは、メルケル首相と連邦首相府に集中砲火を浴びせており、経済相も兼任するガブリエル副首相は5月4日、メルケル首相との諜報機関に関する会話の内容をメディアに暴露し、CDU/CSU(=キリスト教社会同盟)を激怒させた。

ガブリエル氏は、「私はメルケル首相に、“BNDがNSAの依頼を受けて企業に対するスパイ行為を行ったことを示す証拠があるのか”と2回尋ねたが、メルケル氏は2回とも否定した」と述べたのである。彼の言葉には、メルケル氏への不信感がにじみ出ている。さらに、「今回の疑惑は、これまでのBNDのスキャンダルとは異なり、政権を大きく揺るがす可能性がある」とも述べ、BNDの違法盗聴を極めて重く見ていることを明らかにした。首相と副首相が他者を交えずに行った会話、しかも諜報機関の活動に関する話の内容を公表するのは、連立政権のルールに違反する行為だ。ドイツの政治記者たちは、ガブリエル氏の今回の発言を「SPDのCDU/CSUへの宣戦布告であり、2017年の連邦議会選挙でガブリエル氏が首相の座を目指すという意思表示」と解釈している。

メルケル首相を証人喚問か

5月5日、メルケル首相はNSA盗聴問題調査委員会に証人として出席し、証言する用意があることを明らかにした。同委員会は、「BNDが違法に盗聴していた個人や企業を特定できなければ、調査が不十分になる」として、リストの公開を求めている。しかしメルケル氏は、それを拒否した。今回の疑惑の焦点は、BNDがなぜ2年間も違法盗聴の事実を隠していたのか、さらに、連邦首相府は本当に、今年4月まで違法盗聴について知らなかったのかということである。しかし、議会の調査権には限界があるため、これまでのBNDに関する醜聞と同じく、真相は闇の中にとどまるだろう。2007年にドイツの捜査当局は、NSAからの情報により「ザウアーラント・グルッペ」と呼ばれるイスラム系テロ組織の爆弾テロを防ぐことができた。ドイツは今後も、NSAの情報に依存せざるを得ないのだ。

一方、BNDも米国の中央情報局(CIA)やNSAの諜報活動に協力してきた。特に米国のスパイが活動しにくい中東や欧州では、BNDが諜報活動を肩代わりした。米国が自国企業を利するために、欧州や日本企業の活動について諜報活動を行っていることも周知の事実である。だが企業の間では、今回のスキャンダルについて批判が高まっている。今後は、「国家によるサイバー攻撃」について、警戒感が強まるだろう。

15 Mai 2015 Nr.1002

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

火力発電所の閉鎖とエネルギー転換の矛盾

ミュンヘンの北90キロのところに、人口約7700人のフォーブルク・アン・デア・ドナウという小さな町がある。この町にあるイルシング天然ガス火力発電所は、ドイツ政府が粛々と進めているエネルギー転換(Energiewende)のジレンマの象徴として、電力業界だけでなく、政界・経済界で大きな注目を集めている。

E.ONの火力発電所イルシング
E.ONの火力発電所イルシング

自然エネルギーの拡大が原因

そのきっかけは、3月30日に大手電力会社エーオン(E.ON)が、「2016年4月1日をもって、火力発電所イルシングの4号機・5号機を停止する許可を監督官庁に申請した」 と発表したことだ。

両発電所の出力量を合わせると、約1400メガワットに達する。これは、原子力発電1基の出力量に匹敵する。特に5号機は、ガスタービンコンバインドサイクルという発電方式を使っているために、燃焼効率が59.7%と比較的高い。このため二酸化炭素(CO2)の排出量は、褐炭火力発電所の3分の1程度にとどまる。

運転を開始したのは、5号機が2010年、4号機が2011年。つまりイルシングは、この国で最も新しく、効率が良い火力発電所の1つなのだ。エーオンはこの発電所の建設に約4億ユーロ(520億円、1ユーロ=130円換算)を投じた。まだ4~5年しか運転しておらず、褐炭や石炭に比べると環境に優しい発電所を、なぜエーオンは閉鎖しようとしているのだろうか。

その理由は、風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギーが拡大したことにある。2014年末の時点で、再生可能エネルギーの発電比率は25.8%に達している。大量の自然エネルギーによる電力が市場に流れ込んだため、卸売市場の電力価格が暴落した。このため、火力発電所の稼働率が低下し、運転コストをカバーすることができなくなった。つまり電力会社は、減価償却が終わっていない新しい火力発電所を運転すればするほど、赤字が増えるのだ。

エーオンは、火力発電所の収益性の悪化などによって、2014年度決算が31億6000万ユーロ(4108億円)という創業以来最大の赤字となった。同社は、「化石燃料などの伝統的なビジネスモデルでは、収益を増やすことが難しい」として、原子力、火力発電などを別会社に分離し、本社は再生可能エネルギーなどの新しいビジネスモデルに特化する方針を明らかにしている。

火力発電所はバックアップとして不可欠

メルケル政権は、原子力だけでなく化石燃料による発電所も減らすことを目指している。地球温暖化の原因となるCO2の排出量を減らすためである。したがって、政府にとっては化石燃料を使う発電所が減るに越したことはない。

しかし、イルシングのような発電所の閉鎖は、メルケル政権にとっては不都合をももたらす。風力や太陽光のように自然に依存するエネルギーは変動が激しく、原子力や火力発電に比べると人為的なコントロールが難しい。このためメルケル政権は、風が弱い日や、太陽が照らない日に寒波が襲来し、電力需要が急激に高まった事態などに備えて、天然ガス火力発電所をバックアップ用として確保しようとしている。メルケル政権は、2050年の再生可能エネルギーの発電比率の目標を80%としているが、残りの20%は天然ガス火力発電所などによるリザーブ電源なのである。

政府は、イルシング発電所を「電力の安定供給に不可欠な発電所」と位置付けていた。この場合、電力会社は採算が合わなくても独自の判断で発電所を閉鎖することを禁止されている。

エーオンは、赤字のイルシング発電所を運転する「補償金」として国から約6000万ユーロ(78億円)を受け取っているが、この契約は来年3月末に失効する。この契約は、欧州連合(EU)から補助金とみなされる危険があるので、来年4月以降は継続されない可能性が強い。

さらに、この契約は燃料費などのコストだけをカバーし、発電所の建設にかかった資本コストは含まれていない。このためエーオンは、補償金の額が不十分だとみていた。来年も政府が運転継続をエーオンに命じた場合、同社は補償金額の引き上げを求めて政府を訴えるかもしれない。

一時、CO2排出量も増加

ドイツの2014年の発電比率を見ると、褐炭が25.6%、石炭が18%と高い割合を占める。特に褐炭の発電比率は、2013年に比べて増加している。この理由は、大手電力会社が減価償却も終わり、老朽化した褐炭・石炭火力発電所をフル稼働させることにより、収益の目減りを減らそうとしているからだ。電力会社は、EUのCO2排出権取引制度に基づき、火力発電の運転に伴い排出されるCO2について、排出権を購入しなくてはならない。しかし、現在CO2排出権は1トン当たり約7ユーロ。電力会社にとっては大きな負担にはならない。このため、ドイツの毎年のCO2排出量は、2009~13年までに4.2%増えてしまった。

ドイツ政府は、2020年までにCO2排出量を90年比で40%削減することを目標としている。しかし現在のままでは、CO2排出量の削減率は32~35%にとどまると予想されている。再生可能エネルギーの拡大のために、比較的環境への負荷が少ない最新型の火力発電所が閉鎖され、CO2の排出量が多い褐炭火力発電所の比率が増加する。これはメルケル政権の「エネルギー転換」精神に反する現象だ。

ドイツ人たちは、この矛盾をどのように解決するのだろうか。その糸口は、まだ見えていない。

1 Mai 2015 Nr.1001

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

外国人排撃を狙ったトレグリッツ放火事件を糾弾する

ザクセン=アンハルト州のトレグリッツは、人口2816人の小さな町だ。4月4日、亡命申請者の収容施設となる予定だった住宅に何者かが放火し、屋根の一部が焼け落ちた。現在、ドイツではシリアなどからの亡命申請者が急増している。トレグリッツは今年5月以降、約40人の外国人を受け入れる予定であった。

「法治国家への攻撃」

政界からは、一斉に非難の声が上がった。マヌエラ・シュヴェージヒ連邦家庭相(社会民主党=SPD)は、「卑怯で恐るべき放火事件だ。私は激怒し、悲しみに溢れている」として犯人を非難。「極右主義との戦いの手を緩めてはならない」と述べた。また、キリスト教民主同盟(CDU)連邦議会議員団の院内総務であるフォルカー・カウダー氏は、「亡命申請者の収容施設に放火し、外国人の受け入れを妨害しようとする行為は、法治国家ドイツに対する攻撃だ」と批判した。

ネオナチの犯行か

トレグリッツでは、今年に入ってから極右勢力が不穏な動きを繰り返していた。一部の市民は、周辺の郡から集まったネオナチ勢力と共に毎週日曜日に亡命申請者の受け入れに抗議するためのデモを行っていた。

神学者でもあるマルクス・ニールト町長(無党派)が、亡命申請者の受け入れに賛成していたからである。それを受け、ネオナチを含む反対派が3月、デモの後にニールト氏の家の前で抗議集会を行う方針を明らかにした。ニールト氏は、トレグリッツを管轄するブルゲン郡当局に抗議集会を禁止するよう訴えたが聞き入れてもらえず、「郡から十分な支援を受けられない。デモ隊によって家族が脅かされるのは耐えられない」として、町長を辞任した。

ニールト氏は、何者かから殺害予告を受けていたことを明らかにしたほか、トレグリッツの難民問題を引き継いだブルゲン郡のゲッツ・ウルリヒ郡長(CDU)も、「首を切り落とす」と脅迫されていることが分かった。

本稿を執筆している4月8日の時点で、放火事件の犯人は摘発されていない。しかし、1月以来の状況から、ネオナチ勢力の仕業である疑いが濃厚だ。

これまで亡命申請者は、兵舎などに収容され、1カ所に固まって住むことが多かった。だが、これではドイツ人住民との交流が進まず、外国人が地域に溶け込みにくい。ドイツ人との交流を促進するためブルゲン郡当局は、12棟の住宅の部屋の一部を借り上げて、亡命申請者を住まわせることにしていた。

受け入れ賛成は小数派

ウルリヒ郡長は、亡命申請者の受け入れをあきらめていない。しかし、放火事件や脅迫事件の発生により、トレグリッツが5月に受け入れる亡命申請者の数は、10人に減らされることになった。

ニールト前町長は、「トレグリッツの大半の住民は、亡命申請者をめぐる議論で押し黙り、受け身だった」と語る。彼のように難民の受け入れに積極的だった市民は、小数派だったのだ。4月4日に、放火に対する抗議集会がトレグリッツで開かれたが、集まったのは350人に過ぎなかった。

この種の事件は旧東独以外の地域でも起きている。昨年12月には、バイエルン州のフォッラという町で、亡命申請者の収容施設となる予定だった建物が放火された。犯人は、近くの建物にスプレーでかぎ十字を描いていた。また今年2月には、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のエッシュブルクでも、イラクからの難民を住まわせる予定の建物に火がつけられた。

90年代にも極右の暴力が増加

私はこれらの事件を知り、極右勢力の暴力が吹き荒れた1990年代を思い出している。92年には極右勢力が2285件の暴力事件を引き起こし、外国人ら17人を殺害した。旧東独のロストックでは、極右勢力が亡命申請者の住宅に放火、投石し、周辺住民が喝采を送る模様がテレビで放映された。

当時、外国人に対する暴力事件が急増した理由の1つは、ドイツ政府が統一とともにポーランドやチェコに対する国境検査を緩和した結果、ルーマニアなど東欧からの亡命申請者が急増したことである。92年には、43万8191人がドイツに亡命申請をした。

憲法擁護庁によると、ドイツの極右勢力の数は2013年の時点で2万1700人。ドイツの人口の0.03%に過ぎない。数は少なくとも、極右勢力はこの国に住む外国人にとっては、極めて危険な存在なのだ。さらにこの種の事件は、ドイツの対外イメージを深く傷付ける。

ドイツ人の不安感

ドイツ人、特に年配の人々と話すと、彼らが亡命申請者、特に中東からの難民について強い不安感を抱いていると感じる。「ドイツがイスラム化するのではないか」「難民に混じって、過激派組織イスラム国(IS)のテロリストがドイツに潜入するのではないか」という不安である。だが同時に、この国では「イスラム過激派とイスラム教徒を混同してはならない」として、イスラム教徒を守ろうとする動きが目立つ。また、「国民経済に負担が掛かっても、戦争や圧制を逃れてきた外国人を受け入れて、救いの手を差し伸べるべきだ」という意見も根強い。そのことは、この国に住む外国人として心強く感じる。ドイツ政府には、極右勢力や排外主義との闘いに、一層力を入れて欲しい。

17 April 2015 Nr.1000

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 10:21
 

ジャーマンウイングス墜落事故の衝撃

3月24日、ドイツ航空史上最悪の墜落事故が発生した。バルセロナからデュッセルドルフへ向かっていたジャーマンウイングス航空のエアバスA320型機が、フランス上空で突然急降下してアルプス山脈に墜落したのだ。

ジャーマンウイングスのエアバス A320型機
ジャーマンウイングスのエアバス A320型機

欧州諸国に強い衝撃

4U9525便の機体は跡形もなく大破し、乗客・乗員150人は全員死亡したとみられる。すべての犠牲者に対し、心から冥福をお祈りする。

ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領、スペインのラホイ首相、NRWのクラフト州首相がそろって事故の翌日に現場入りし、犠牲者に追悼の意を表したことは、この大惨事が欧州諸国に与えた衝撃の強さを物語っている。

「副操縦士が故意にやった」

だが、事故から2日後の3月26日、さらに衝撃的な事実が明らかになった。フランス検察庁は、「事故機のボイスレコーダーの分析から、4U9525便の副操縦士が故意に事故を起こした疑いが強い」と発表したのだ。27歳の副操縦士アンドレアス・Lは、機長が操縦室を離れた後、ドアを内部からロックして外から開かないようにした後、直ちに機体の高度を下げた。異常に気付いた機長がドアを叩いて開けるよう要求したが、副操縦士はドアを開けずに、無言のまま同機を急降下させ、アルプスの岩山に激突させた。ボイスレコーダーには、最後の瞬間まで彼の呼吸音が残っていたので、彼は墜落まで意識を失っていなかった可能性が強い。このことから検察庁は、副操縦士がわざと4U9525便を墜落させたとみている。

副操縦士が自殺のために149人を道連れにしたとしたら、それは大量殺人である。何が彼を凶行に走らせたのだろうか。遺書や犯行声明は見付かっていない。ラインラント=プファルツ州出身のL は、2008年からルフトハンザのパイロット養成学校で訓練を受け、2013年にジャーマンウイングスのパイロットになった。ルフトハンザ側は、彼について異常なそぶりを認めていなかった。イスラム系過激組織などに関わっていたという情報もない。

だが3月26日にドイツの捜査当局がLのデュッセルドルフの自宅を捜索した結果、医師の証明書が引きちぎられた状態で見付かった。それは、Lが病気のため就労不能であることを医師が証明した書類だった。Lが何の病気にかかっていたかは公表されていないが、一部の報道機関は「Lが9年前に精神科で治療を受けていた」と伝えている。つまり彼は病気を隠して、飛行機に乗り込んでいたのだ。旅客機を操縦するパイロットが、リスクファクターとなった。想定外の事態である。飛行機を利用している全ての人を戦慄させる事実だ。メルケル首相は26日、「我々の想像を絶する出来事が起きた」と述べ、非常に強いショックを受けたことを明らかにするとともに、捜査当局に事件の背景を徹底的に解明するよう求めた。

ルフトハンザには痛撃

ジャーマンウイングスは、ルフトハンザの子会社の格安航空会社。ルフトハンザにとって、死者を出す事故は22年ぶり。同社はここ数年、割安でサービスが良いカタール航空やエミレーツ航空などに乗客を奪われていたほか、乗務員のストライキが頻発し、利用者に迷惑を掛けるなど、苦しい状況に追い込まれていた。

副操縦士が故意に引き起こした大事故は、安全性を重要な売りにしてきたルフトハンザにとっては大打撃である。同社は、ライアンエアーやエア・ベルリンなどの格安航空会社に対抗するために、ディスカウント路線を拡大する方針を明らかにしていた。乗務員のストライキが多発していた原因の1つも、そこにある。今回の事件は、同社のディスカウント路線の拡大にとって、逆風となるだろう。ルフトハンザのカルステン・シュポール社長は3月26日の記者会見で、「我が社でパイロットになれるのは、希望者の10人に1人。選抜基準は非常に厳しい。乗務員の心理チェックを行っているほか、精神面の健康にも十分配慮している」と述べている。そして「4U9525便の副操縦士の異常な行動は、例外中の例外だ」と指摘した。

安全対策の強化を!

しかし、本当に副操縦士の自殺が事故原因であるとしたら、犠牲者の遺族からは「自殺をするために100人を超える乗客を巻き添えにするような人物が、なぜ副操縦士になれたのか」という疑問の声が上がるだろう。

ルフトハンザなど欧州の航空会社は、今回のような事態の再発を防ぐために、機長もしくは副操縦士が操縦席を離れる時には別の乗務員がコックピットに入るルールを導入した。副操縦士ないし機長が、コックピットで1人にならないようにするためである。しかしパイロットの組合では、「今回の事件は、例外中の例外であり、パイロットや副操縦士全員を疑惑の目で見るべきではない。さらに、コックピットに常に2人の乗員がいるようにすれば、今回のような事件を必ず防げるという保証もない」と反発している。

統計によると、乗務員が自殺を図って多数の乗客を巻き添えにするという事故は、確かに少ない。さらに、全ての乗務員の精神状態をフライト前にチェックすることは、事実上不可能である。しかし今回の事件が世界中の旅客機の利用者に与えた不安感は、底知れない。ルフトハンザは、信頼を回復するために、万全の努力を行って欲しい。

3 April 2015 Nr.999

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:09
 

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