ジャパンダイジェスト
独断時評


フランス大統領選とドイツ

4月22日、日曜日のパリ。「強いフランスを」と書いたサルコジ大統領の選挙ポスターと、「今こそ変革を」と大書したオランド氏のポスターが、街の至る所に貼られていた。各所に設けられた投票所に、人々が吸い込まれていく。

この日行われた第1次大統領選挙で、国民はサルコジ大統領に痛撃を与えた。彼の得票率は27.06%で、オランド氏の得票率(28.63%)を下回ったのだ。現職の大統領の得票率が1次選挙で対立候補のそれを下回ったのは、戦後フランスで初めてのことである。また、極右政党フロント・ナショナール(FN)のマリーヌ・ル・ペン候補は、父親の跡を継いだ初出馬にもかかわらず、18.03%の得票率を記録。5年前の選挙で父親が確保した得票率を、ほぼ2倍に増やした。

5月6日の決選投票は、サルコジ大統領とオランド氏の対決。本稿が掲載される頃には、次期大統領が判明しているが、現在の情勢を見るとオランド氏が政権を担当する可能性が強い。

フランス国民は、第1次選挙でサルコジ氏にはっきり「ノン」の意思表示を行った。彼は2007年に大統領としてエリゼー宮で執務を始めて以来、目立った業績を上げることができなかった。公務員、特に教員数の削減や年金支給開始年齢の引き上げについての提案は、多くの国民を怒らせた。

フランス労働省によると、今年3月の失業者数は約312万人。11カ月間連続で増え続けている。2011年のフランスの経済成長率は1.6%で、ドイツ(3%)に大きく水を開けられた。昨年、フランスの貿易赤字は、ユーロ安にもかかわらず、700億ユーロ(7兆3500億円・1ユーロ=105円換算)という、同国の歴史で最悪の水準に達した。隣国ドイツが貿易黒字を2%増やして1581億ユーロ(16兆6000億円)に拡大させたのとは対照的である。

オランド氏が大統領に就任した場合、ドイツの欧州政策にも大きな影響が出る。サルコジ大統領は、「メルコジ」と呼ばれるほどメルケル首相に対して協調的な姿勢を取ってきた。特に2009年末から深刻化しているギリシャやスペインの債務危機をめぐっては2人が共同歩調を取り、EUのリーダーとしての役割を演じてきた。メルケル氏は、ユーロ加盟国が公的債務や財政赤字を削減し、リスボン条約が定める基準を厳格に守るよう要求してきた。ドイツはギリシャなどに対する緊急融資や保証額の中で、最大の負担を強いられているからだ。サルコジ氏はフランスの大統領としては珍しく、ドイツの緊縮政策に強く反対しなかった。それどころか、彼は国民に対して「社会保障を削減して雇用を拡大し、ダイナミックな経済成長を続けるドイツを見習うべきだ」と主張してきた。

しかしオランド氏は、選挙戦の中で「加盟国に財政規律と緊縮策だけを要求するドイツの政策は、十分ではない。もっと加盟国の成長を促すような拡大的な経済政策も必要だ」として、昨年12月にEU首脳会議で基本的に合意された、財政規律に関する条約を見直す姿勢を打ち出した。さらに彼は欧州中央銀行に対しても、過重債務国に対する支援を強化することなどを求めていく方針だ。これも、欧州中銀の政府からの独立を重視するドイツ政府の姿勢とは相容れない。「ユーロ圏脱退」を求めるFNが20%近い得票率を取ったことは、オランド氏も無視できない。仮にサルコジ氏が大統領として続投することになっても、フランスはユーロや欧州統合に関するドイツの政策に対して挑戦的な態度を取るようになるだろう。ドイツ政府は今後、欧州政策をめぐって数々の厳しい状況に直面するに違いない。

11 Mai 2012 Nr. 918

最終更新 Mittwoch, 09 Mai 2012 16:56
 

日独・原子力規制の違い

昨年3月11日に福島第1原発で起きた炉心溶融事故は、1986年のチェルノブイリ事故以来、世界最悪の原子力事故となった。西側の先進工業国で「レベル7」の過酷事故を起こしたのは、日本だけである。

IAEA(国際原子力機関)などの国際機関や外国のメディアは、日本政府の原子力規制がずさんだったことを、事故の間接的な原因の1つとして指摘している。特に原子力を規制し安全を確保するべき原子力安全・保安院が、原子力を推進する経済産業省の傘下にあったことは、大きな問題だ。規制当局が原子力推進の旗振りをする役所の傘下にあったら、批判的な立場から実効力のある規制を行うことは難しい。

英国のエコノミスト誌は、「人体に有害な放射性物質を扱う原発を安全に運営するには、規制当局が常に批判的な質問をすることが必要。さもなければ安全性の文化(Safety Culture)は確保できない。日本にはこの安全性の文化がなかった」と指摘している。

ドイツ政府は、チェルノブイリ事故が起きた1986年に環境省を創設して、原発の規制と安全管理を担当させた。それまでは、環境行政に関する権限が内務省、厚生省、農業省に分散していたため、効率が悪かった(原子力の安全確保は、当初旧原子力省の流れをくむ科学研究省が担当していたが、70年代に管轄が内務省に移されていた)。政府はチェルノブイリ事故がドイツにもたらした放射能汚染を重く見て、原発の規制と安全確保をより効果的に行なうために、新しい省を作ったのである。一方、原子力を含むエネルギー政策全体については、経済技術省が担当していた。つまりドイツは福島事故の25年前から、すでに経済省から独立した原子力規制官庁を持っていたのだ。

またドイツの州政府が原子力行政の中で持っている権限は、日本の都道府県知事に与えられている権限とは比較にならないほど大きい。例えば原子炉の運転許可は、原則として連邦政府ではなく、発電所がある州政府の規制官庁が与える。つまり、州政府は電力会社から原子炉の運転許可を剥奪することもできるのだ。ある電力会社が原発の所長にある人物を任命しようとしたところ、州政府が「適格性に欠ける」として突っぱねたこともある。

連邦環境省が担当しているのは、国全体に関わる原子力規制、さらに各州の原子力規制に関する基準に統一性があるかどうかを監視することである。原発を運営する大手電力会社は、連邦政府と州政府による二重の監視体制の下に置かれているのだ。

福島事故以降、日本政府も原子力規制官庁を経済産業省から外して環境省の外局とし、独立性を高める方針だ。このことは大いに歓迎されるべきだが、福島事故から1年以上が経った今でも原子力規制庁が発足していないのは困ったことである。本来は4月1日にスタートを切るはずだったが、野党が「環境相の傘下に置かれるのでは、原子力規制庁の独立性がまだ十分ではない」として、規制庁を公正取引委員会のような国家行政組織法三条に基づく委員会(三条委員会)にすべきだと主張しているからだ。

政府は一刻も早く対案を示して野党を説得し、原子力規制庁を発足させて欲しい。規制庁がスタートしないので、内閣府原子力安全委員会の班目春樹氏ら、福島事故発生以前からの「原子力規制メンバー」は新年度が始まっても留任している。斑目氏は、当時の菅首相から「原子炉建屋が爆発することはないのか」と尋ねられて「窒素が充填されているから爆発はあり得ません」と答えたものの、直後に爆発が起きたため、首相の前で「あー」と言って頭を抱えるしかなかった人物。

日本の原子力規制が「安全性の文化」を本当に確立できるかどうか、世界中が見守っている。

4 Mai 2012 Nr. 917

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:53
 

コーラン配布とイスラム原理主義

ドイツでは、イスラム教の中で最も保守的な「サラフィズム」運動についての論争が激しくなっている。そのきっかけは、今年4月初めから、「サラフィズム」を信奉するイスラム教徒(サラフィス)たちが、ノルトライン=ヴェストファーレン州、ヘッセン州、ベルリンなどの35カ所の町で、約30万部のコーランを路上で通行人に配ったことである。

このキャンペーンは4月中旬にバーデン=ヴュルテンベルク州でも行われたが、市民の関心は高く、多くの町では準備されたコーランが1時間でなくなってしまったという。

ドイツの治安当局はコーラン配布キャンペーンに神経を尖らせている。ヘッセン州のボリス・ライン内相は、「全国のサラフィストたちがライン・マイン地区での活動を強めている」として、地方自治体に対し、このキャンペーンに注意するよう呼び掛けている。配布されたコーランは、サラフィズム組織「真の宗教」が、ウルムにある印刷会社に刷らせたものだが、この印刷会社はコーランの印刷を中止することを明らかにした。なぜ治安当局は、サラフィズムを警戒するのだろうか。

サラフィズムは、イスラム教の中でも特に信者に戒律を厳しく守るよう求める保守的な流れ。ただし現代社会でサラフィズムは、個人的な信仰生活だけではなく、政治的な原理主義運動にも重なる部分がある。

つまり、過激思想を持つ一部のサラフィストは、西欧の価値観に挑戦する「聖戦(ジハード)」を行おうと考えているからだ。たとえばイスラム系テロ組織アルカイダの指導者だったオサマ・ビン・ラディンや、2001年に米国で同時多発テロを起こした実行犯たちは、サラフィズムを信奉していた。

ドイツには約5000人のサラフィストがいると推定されているが、憲法擁護庁は「一部のサラフィストの思想は、自由を重んじる民主主義社会とは相容れない」と見ている。ライン内相は昨年6月の全国内相会議で、「サラフィズムはイスラム系テロの温床だ」と断言した。

実際、何者かがコーラン配布キャンペーンについて批判的な記事を書いた新聞記者の名前と顔写真を公表し、「我々はこの悪人たちについて細かい情報を掴んでいる」という威嚇的な内容を含んだビデオを一時インターネット上で公開していた。

イスラム教は、元々平和を愛する宗教である。このため、私はすべてのイスラム教徒を危険視したり差別したりすることには反対である。しかし一部のイスラム教徒が、西欧社会に対して憎悪を抱いていることも事実である。

ドイツではイスラム教徒に改宗する市民が徐々に増えているが、中には原理主義の思想に感化されてテロリストへの道を歩む者もいる。今日ではインターネットの世界にサラフィズム組織の宣伝が氾濫している。イスラム教指導者のドイツ語の説教のビデオを簡単に見ることもできる。私は、今後もイスラム教徒に改宗するドイツ人は増えると思っている。

その理由は、「欧米社会の市民は、企業のために働いて消費し娯楽に興じるだけの、物質文明の奴隷であり、人生の本当の意味を考えようとはしていない」というサラフィズム組織のメッセージに、ハートをつかまれる若者が後を絶たないからだ。現代社会に失望感や空しさを抱いている市民は少なくない。欧米社会がこの批判に対して説得力のある解答を出さない限り、サラフィズムに誘惑されるドイツ人は増えていくだろう。

21世紀のドイツ、そしてヨーロッパの市民社会にとって、イスラム原理主義への対応は最も重要な課題の1つである。

27 April 2012 Nr. 916

最終更新 Mittwoch, 09 Mai 2012 16:58
 

ギュンター・グラスのイスラエル批判

「ブリキの太鼓」などで知られるドイツのノーベル文学賞受賞作家ギュンター・グラスの発言が、また国際的に物議を醸している。彼は4月初めに「言われなければならないこと」と題する詩をドイツの新聞に発表し、「核保有国イスラエルは、イランに先制攻撃を加える権利があると主張することで、世界の平和を脅かしている」と批判。さらに「ドイツは、核弾頭を搭載したミサイルをイランに向けて誘導できる潜水艦を売ろうとしているが、イランが核爆弾を保有しているとは確認されていない」として、ドイツのイスラエルへの武器輸出にも警鐘を鳴らしている。

この詩に対してはイスラエルだけでなく、ドイツや米国でも激しい批判の声が上がった。特にイスラエルのネタニヤフ首相は、「理性を持つ人は、全員グラスの詩を糾弾すべきだ」という声明を発表。同国の内務省は、グラスのイスラエル入国を禁止した。これは同国政府がグラスを事実上の「反ユダヤ主義者」とみなしていることを意味する。グラスは第2次世界大戦末期にナチスの武装親衛隊の兵士だった過去を、2006年に著書の中で初めて告白したが、「グラスは今も親衛隊員の心を持っている」と批判する人もいる。

これに対しグラスは、「今考えると、私がイスラエル全体ではなくネタニヤフ首相の政策を批判していることを、詩の中でもっと強調すべきだった」 とやや軌道修正。しかしイスラエルが国連決議に違反して占領した地域に、入植地を建設し続けていることについても批判するなど、世界中からの非難に強く反発している。私自身、「イスラエルの先制攻撃がイランの国民を抹殺するかもしれない」という文章には首をひねったが、 グラスは「核施設を空爆したら、放射能が漏れて国民に被害を与える危険がある。フクシマの例を見なさい」と主張する。

確かに、これまで「中東の地図からイスラエルを抹消する」と主張してきたのは、イランのアフマディネジャド大統領である。彼の発言には、明らかに反ユダヤ主義的な傾向が現れている。このため、イスラエルとイランを同列に並べることには、確かに無理がある。イランは弾道ミサイルを持っているため、核弾頭さえ開発できればイスラエルへの核攻撃が可能になる。イランが核兵器を保有した場合、サウジアラビアなどアラブ諸国にとっても脅威となる。

だが中東の国々にとって、イスラエルが潜在的な脅威であることも事実だ。イスラエル政府は公式に認めないが、多くの軍事専門家は同国が戦術核兵器を持っていると見ている。米国はイラクの大量破壊兵器保有の可能性については神経を尖らせたが、イスラエルの核保有は黙認。西側諸国もイスラエルの入植地をめぐる国連決議違反について批判はするものの、事実上の黙認状態が続いている。つまりアラブ諸国にとっては、米国やドイツの態度は「ダブル・スタンダード」、つまり偽善なのである。特にナチスによるユダヤ人虐殺の過去を持つドイツにとって、イスラエル批判は最大のタブー。メルケル首相は、「イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是だ」とまで言っている。

過ちを犯さない政府などあり得ない。ユダヤ人の尊厳とイスラエルの安全を守りながら、イスラエル政府の政策の過ちを批判することは可能であるべきだ。同時に、イランはイスラエルを殲滅するという姿勢を取り下げ、反ユダヤ的な態度を捨てるべきだ。イスラエル、イランを含むすべての中東諸国の安全を保障するような枠組みが必要ではないか。「中東全体を非核地域にし、イスラエル、イラン双方の核兵器を公平に管理するべきだ」というグラスの主張には一理あるが、現実の国際政治の世界ではかなり実現が難しそうだ。

20 April 2012 Nr. 915

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:53
 

決戦! NRW

ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州では、今年3月にクラフト首相が予算案について過半数を得られなかったため、議会の解散を要求した。この結果、5月13日に前倒し州議会選挙が行なわれることになったが、この選挙はベルリンの中央政界やマスメディアからも大きな注目を集めている。

ドイツで人口が最も多いNRW州の議会選挙は、「ミニ連邦議会選挙」と呼ばれる。その理由は、NRW州議会選挙の結果が、それに続く連邦議会選挙と似た結果になることが多いからだ。つまり今年5月の選挙結果を見れば、来年予定されている連邦議会選挙の趨勢がわかるというわけだ。各党が、NRW州議会選挙に力を入れるのは、そのためである。

現在のところ、赤緑政権が過半数を奪回するという見方が有力だ。たとえば3月14日に公共放送ARDが行なった世論調査によると、社会民主党(SPD)が38%、緑の党が14%であり、すでに50%以上に達している。これに対しキリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)を支持する人は、わずか35%。FDPへの支持率は2%にすぎず、会派としては州議 会から追い出される可能性が強い。

CDUは、環境相として比較的人気があるレットゲン氏をNRW首相候補に立てる予定だ。彼は、CDUきっての環境保護派として知られており、緑の党と連立する可能性も示唆している。だがCDUがNRWで敗北した場合、レットゲン氏は中央政界に戻らず同州に残って、州議会で野党席に座り続けるのかどうかが、不透明である。こうした優柔不断な態度は、選挙結果に悪い影響を与えかねない。

だが選挙結果には、常に番狂わせがあり得る。最近、各地の地方選挙で海賊党が躍進し、緑の党が得票率を奪われる例が目立っている。3月にザールラント州で行なわれた選挙では、海賊党が7.4%の得票率を記録し、緑の党を2ポイントあまり上回った。ARDの世論調査では、海賊党に対するNRWの有権者の支持率は5%だが、投票日にはさらに票を伸ばし て緑の党との差を縮める可能性もある。

追われる緑の党は、苦しい立場にある。昨年の福島事故をきっかけに、それまで原発擁護派だったCDU、CSU(キリスト教社会同盟)、FDPが「転向」し、脱原子力を主張するようになったからだ。また、再生可能エネルギー拡大による温室効果ガスの削減も、すべての政党が主張している。これまで緑の党の重要なセールス・ポイントだった反原発・環境保護は、もはや同党だけの主張ではなくなってしまったのだ。その意味で昨年メルケル政権は、脱原子力政策の加速によって、緑の党のお株を奪い同党に打撃を与えたことになる。

海賊党は、社会保障や外交などについては政策プログラムが固まっていない若い党だが、「ネット上の音楽や著作物の使用の自由化」など、ITに関する主張では、すべての政党の中で最もはっきりと独自色を出している。この点が、若い有権者を急速にひきつけている理由だ。在来政党、特に緑の党のようなリベラルな政党にとっては脅威である。

はたしてSPDと緑の党は、NRWで下馬評通り絶対過半数を確保するだろうか。もしも赤緑政権がライン河畔で誕生した場合、来年はベルリンでもメルケル首相が政治の表舞台から去り、SPDと緑の党が連邦政府の舵を握ることになるかもしれない。来月の「ミニ連邦議会選挙」の結果が、非常に注目される。

13 April 2012 Nr. 914

最終更新 Mittwoch, 09 Mai 2012 17:00
 

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