ジャパンダイジェスト
独断時評


深まるギリシャ危機

世界中の目が東日本大震災と原発事故、そしてパキスタンのビンラディン殺害現場に向けられている間に、ヨーロッパでは深刻な「財政メルトダウン」が進んでいた。2年前に表面化したギリシャの債務危機が悪化しているのだ。ルクセンブルクのユンカー首相は8日、「ギリシャにはさらなる支援プログラムが必要だ」と述べ、ギリシャ政府が1年前にほかのEU加盟国とIMF(国際通貨基金)から受けた1100億ユーロ(12兆1000億円)の金融支援だけでは十分でないという見方を示した。その理由は、ギリシャ政府が財政健全化政策を進めているにもかかわらず、公的債務の負担がますます増大しているからだ。公的債務が国内総生産(GDP)に占める比率は2年前には127.1%だったが、現在は142.8%に増えている。財政赤字がGDPに占める比率も、2009年に比べて4.9ポイント改善したものの、10.5%といまだ高い水準だ。

この背景には、増税などによってギリシャの不況が深刻化しているという事情がある。今年1月にギリシャでは、住宅などの建築許可件数が前年比で62%も減った。新車の販売台数も、昨年に比べて62%減少している。

また、格付け機関スタンダード・アンド・プーアズは、ギリシャの信用格付けを2段階落として「B」にした。これによって同国は金融市場で資金を調達することが一段と難しくなった。

金融市場では、「ギリシャが債務のリスケジューリング(借り換え)をすることは避けられない」という憶測が流れている。借り換えは過去に過重な債務に苦しんだロシアやアルゼンチンなどが行なったことがある。借り換えを行った国にお金を貸している投資家は、自分の債権の一部を放棄させられる可能性がある。つまりギリシャに投資していた銀行などが、多額の損失を受ける恐れがあるのだ。欧州中央銀行(ECB)は、ギリシャがリスケジューリングを行なう可能性を真っ向から否定している。だがドイツの民間銀行の間では、ギリシャがEUからの融資を返済できるかどうかについて、楽観的な見通しを持っている人は少ない。

またギリシャでは、「ユーロ圏を脱退して、以前の通貨ドラクマを再び導入するのではないか」という噂も流れており、市民の不安が高まっている。ドラクマを導入すれば、ギリシャ政府はこの通貨をユーロに対して切り下げることによって、ユーロ圏への輸出を有利にすることができる。しかしEUやIMFへの借金はユーロで返済しなくてはならないので、ドラクマ導入は債務が増加することを意味する。さらに欧州通貨同盟に一度参加した国の脱退が可能であるかどうかについても、意見が分かれている。

EU最大の経済パワーであるドイツは、ギリシャやアイルランドに対する支援プログラムの中で最も大きな負担を強いられている。したがって保守派の議員を中心に「これ以上ギリシャに金を貸すことには反対だ」という声が上がっている。

欧州通貨同盟に属するギリシャが国家破たんに追い込まれた場合、ユーロに対する信用性にも傷が付くかもしれない。

ユーロの危機は巨大地震や津波、崩れた原子炉の建屋と違って、目には見えない。しかしギリシャの苦境が統合ヨーロッパにとって重大な脅威となりつつあることは、間違いない。EUは、欧州の病人ギリシャを救い、共通通貨ユーロに対する信用性を守ることができるだろうか?今年の後半が正念場となるかもしれない。

20 Mai 2011 Nr. 868

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:39
 

ビンラディン殺害後の世界

国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンは、10年前の同時多発テロで約3000人の市民を殺害した。ニューヨークとワシントンという米国の中枢をテロで直撃したのは、アルカイダが初めてである。このため、ビンラディンは米国政府にとって「エネミー・オブ・ザ・ステート」つまり国家の敵ナンバーワンだった。オバマ米大統領は「5月1日に、海軍特殊部隊がパキスタンに潜伏していたビンラディンを銃撃戦の末、殺害した」と発表。WTC(世界貿易センター)の跡地やホワイトハウス前には多数の市民が集まり、宿敵の殺害を祝って「USA、USA」と歓喜の声を上げた。

米国は、長年の悲願を達成した。2001年以来続いている世界規模の対テロ戦争は、大きな節目を迎えたことになる。ドイツ政府を始め、西欧諸国も悪質なテロ組織のトップが排除されたことを歓迎している。だが欧米諸国は、手放しで喜ぶことができるのだろうか。

米国は「イラクの独裁者サダム・フセインが毒ガスなどの大量破壊兵器(WMD)をテロ組織に渡す恐れがある」という口実を使って2003年にイラクに侵攻した。WMDは見付からず、米国の主張は嘘だったことがわかったが、米国はフセイン政権を転覆させてこの指導者を処刑させることに成功。しかし世界保健機関(WHO)は、開戦からの3年間に死亡したイラク市民の数が約15万人に上ると推定している(実際の死者数は65万人を超えるという調査結果もある)。またアフガニスタンでの戦争でも、民間人に多数の死者が出ている。国連が2010年に発表した調査結果によると、アフガン市民の死者数は少なくとも2777人。ウィキリークスが公表した米軍の資料によると、約2万4000人の市民が死亡している。

さらに米国は「対テロ戦争」の大義名分の下に、著しい人権侵害を行なってきた。米国は同時多発テロ以降、アルカイダやタリバンの構成員と見られる人物およそ1000人を、キューバのグアンタナモ収容所に無期限にわたり司法手続きなしに拘留した。さらにテロ組織に所属していると見られる容疑者を欧州などで拉致し、アフガニスタンや東欧、中東諸国に設置した秘密の拘留施設で尋問した。時には拷問も行なわれた。同時多発テロのプロジェクト・リーダーだったハリド・シェイク・モハメドも、顔を覆った布に水を注いで窒息させる拷問に屈して、全面自供に至ったとされる。

こうした米国の姿勢は、同国の信用性に深い傷を付け、イスラム教徒の間で過激勢力を増幅した。アルカイダはビンラディンが中央集権的にコントロールする組織ではなく、一種のフランチャイズ制を持つ組織である。このためビンラディンが死んでも、欧米諸国やイスラエルを狙う無差別テロは後を絶たないだろう。ロンドンやスペインでの自爆テロ、ドイツでのテロ未遂事件に見られるように、西欧諸国で育った移民の子どもたちがイスラム原理主義の思想にかぶれて、大量殺人に走るケースも増えている。

親米派だったエジプトのムバラク大統領が市民革命で失脚したように、アラブ世界では米国の影響力が低下している。パレスチナ人の抵抗組織ファタハとハマスが内紛を止めて、反イスラエル闘争で協力すると発表したことも重大な変化だ。パレスチナ解放闘争の中でイスラム過激派の影響力が強まることが確実になったからだ。ハマスはイスラム原理主義の影響が強い組織で、米国のビンラディン殺害を非難している。

欧州に潜伏した過激派が、ビンラディン殺害に報復してテロを起こす危険もある。米国の対テロ戦争のおかげで、世界がより安全になったとは決して言えない。

13 Mai 2011 Nr. 867

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:38
 

チェルノブイリと日本

今年4月26日は、チェルノブイリ原発事故から25年目だった。このためドイツの新聞やテレビは、世界で最も深刻な放射能汚染を引き起こしたチェルノブイリ原発事故について大きく報道した。前月に福島第1原発で事故が起きたばかりなので、チェルノブイリ事故についての社会の関心は非常に高い。福島の事故が起きるまでは、チェルノブイリ事故は世界で唯一「レベル7」に達した原発災害だった。

福島の事故は、電力会社が想定していなかった高さの津波によって引き起こされた。チェルノブイリでは、こうした外的要因なしに作業員が規則に反するテストを行なったため、原子炉が暴走して爆発した。またチェルノブイリでは制御材に黒鉛が使われていたが、この黒鉛が燃えて火災が発生し、原子炉内の大量の放射性物質が環境に撒き散らされた。

周辺の住民約35万人が退去させられ、現場から30キロ圏内は今も市民の立ち入りが禁止されている。兵士や消防士のべ80万人が消火や汚染土の処理にあたったが、当初兵士たちは防護服も与えられずに作業していたため、世界保健機関によると少なくとも30人が放射線障害のために死亡している。

放射性物質による長期的な健康被害については、いまだに激しい議論が行われており、統一見解がない。国連の放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)によると、事故から2005年までの19年間に、ウクライナやベラルーシなどでは子どもを含む6000人が甲状腺がんにかかった。国連では、その大半がチェルノブイリ事故によるものと推定しており、今後も患者数が増えると予想している。UNSCEARは、そのほかにはチェルノブイリ事故に直接起因する健康被害は見られないと主張している。しかし環境団体などからは、死者の数はこれらの数字よりも多いという見方も出ている。

チェルノブイリ事故は、原発災害の影響が広大な範囲に及ぶことを示した。火災によって1万メートルの高度まで吹き上げられた放射性物質は、気流に乗って1000キロ以上離れた西欧にまで到達したのだ。放射性物質を含んだ空気がドイツ南部の上空を通った時に激しい雨が降った。このためバイエルン州を中心に土壌や植物、野生動物がセシウム137などに汚染された。ドイツ環境衛生研究所(GSF)によると、当時ミュンヘン市内でも、1万9000ベクレルのセシウム137が一時的に検出された。このため「子どもを砂場で遊ばせないように」とする警告が出された。現在、福島県内では5つの公園で放射線量が基準値を上回ったため、公園の利用を1日1時間に制限している。25年前にドイツ人たちは現在の日本と同じ状況を体験したのだ。

チェルノブイリ原発は、黒鉛炉という西側では使われていない型の原子炉を使用していた。このため、「チェルノブイリ事故は社会主義圏に特有の事故だ。西側では、これほどひどい事故は起こりえない」という見方が有力だった。しかしこの「常識」は、福島の事故によって覆された。何らかの原因でディーゼル発電装置が故障し、外部からの電源が遮断されて原子炉の冷却システムが機能しなくなれば、燃料の溶融や水素爆発が起こることが明らかになったのだ。これは世界のどの原子炉にも通用することである。ドイツ人が福島の事故を「Zäsur(歴史の区切りとなる出来事)」と呼ぶのは、そのためである。もちろんこれまでのところ、福島第1原発から放出された放射性物質の量は、チェルノブイリ原発から放出された放射性物質の10%であり、2つの事故を単純に同一視することはできない。それでも、チェルノブイリ事故から四半世紀後に再び起きた原子力災害が、人類に重要な問いを投げ掛けていることは間違いない。

6 Mai 2011 Nr. 866

最終更新 Dienstag, 04 Oktober 2011 22:00
 

国際的な信用の回復を!

東日本大震災から1カ月が過ぎた。被災地では今も多くの人々が避難所で不自由な暮らしを強いられている。人々は家族を失った悲しみだけではなく、仕事や住居を奪われて、将来に対する強い不安にもさいなまれている。今回の津波では、高齢者や子どもたちなど社会の弱者に多くの犠牲者が出た。被災地が津波に襲われた瞬間について、現場から送られてくる生存者たちの体験談は、胸を締め付けるような内容である。現実は報道の内容に比べて何倍も悲惨だったに違いない。一刻も早く、被災者の人々の生活が改善されることを心から祈っている。

さて、東京電力は4月17日に、福島第1原発の事故収束へ向けての工程表(ロード・マップ)を初めて公表した。それによると、放射性物質の排出が着実に減少するようになるまでに3カ月程度、すべての原子炉の温度が100度以下になって安定する「冷温停止状態」を達成するまでに、さらに3~6カ月かかる見通しだ。つまり事態が一応収束するのは、早くても今年10月中旬、遅ければ来年1月中旬になるというのだ。これは強い余震などの突発的な事態が起きないことを前提とした「計画表」なので、「楽観的な見通し」とする見方もあるだろう。それでも、東京電力がこの工程表を発表した事実は、同社がようやく将来の見通しを明らかにできるだけの体制を整えられたことを示唆しており、歓迎すべきことだ。このような工程表をもっと早く公表していれば、市民の不安を少しでも軽減するのに役立っていたのではないだろうか。

さらに日本の経済産業省や文部科学省、厚生労働省などは、福島第1原発周辺の放射線量、東日本の各都市の放射線量、食品や水道水に放射性物質が含まれているかどうかなどの情報を、インターネットで公開している。これらのデータを見る限り、原子力発電所周辺の地域を除けば、放射線の量は我々が浴びる自然放射線の量を大きく下回っていることがわかる。

しかしこうした事実をドイツ人に伝えると、「日本政府や東京電力のデータは信用できるのか」「パニックを防ぐために一部の情報を公開していないのではないか」と問い返される。彼らは、事故発生直後に十分な情報が公表されなかったために、今なお日本政府や電力会社が何かを隠していると疑っているのだ。3月末にはすでに国際尺度でレベル7に相当する放射性物質が環境に放出されていたのに、政府が4月14日になってようやく事故の深刻度をレベル7に引き上げたことについても、ドイツでは強い不信の声が上がっている。また東京電力が、外国政府や農林水産省に事前に連絡することなしに、低放射性の汚染水1万トンを海に放出したことも、世界で最も環境保護に熱心な国民であるドイツ人に衝撃を与えた。

もちろん放射性物質の観測データなど、公表情報の大半は日本語なので、多くの外国人には読めないという問題もある。それにしても政府の公表情報について、ドイツの市民が初めから疑ってかかるというのは深刻な問題だ。ドイツ人は日本人に比べてリスク意識が高く、安全のために移動するのは、個人の自由と考える傾向がある。震災直後に多くのドイツ人が東京を離れて外国や西日本に避難したのは、その現れである。さらに彼らは批判精神が強く、与えられた情報を鵜呑みにしない。

国内の復興や被災者の救済のために、政府の外国に対する情報発信が遅れたのは無理のないことだ。しかし貿易立国日本にとっては、失われた国際的な信頼感を、積極的な情報発信によって回復することも重要なのではないだろうか。

29 April 2011 Nr. 865

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:38
 

福島事故・レベル7の衝撃

4月12日、経済産業省の原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、福島第1原発の事故を国際事故評価尺度(INES)に照らして、チェルノブイリ事故と同じ「レベル7」に引き上げた。INESは原発事故の深刻さを示す指標で、7は最悪のレベルである。

保安院はこれまで福島の事故の深刻度を米国のスリーマイル原発事故と同等の「レベル5」と発表していたが、福島で放出された放射性物質のレベルが、放射性ヨウ素に換算して37万から63万テラベクレルに達していることから、2段階引き上げることにした。INESによると、放射性物質の放出量が数万テラレベルの水準に達した場合、「レベル7」事故と定義される。

ただしレベル7への引き上げは、福島で放出された放射性物質の量が、チェルノブイリ事故に匹敵するという意味ではない。福島第1原発では、建屋が爆発で損傷したが、原子炉そのものは爆発していない。チェルノブイリ原発は福島第1原発と異なり、核反応の制御材に水ではなく黒鉛を使っていた。しかも原子炉が暴走して爆発するとともに黒鉛が燃えて、大量の放射性物質が環境に撒き散らされた。その量は520万テラベクレルにも達するとされている。つまり福島の事故で放出された放射性物質の量は、現時点ではチェルノブイリ事故の1割前後なのである。

しかし放射性物質の放出はまだ止まっておらず、油断は禁物である。4月12日の記者会見で東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理は、「福島原発の1号機から6号機の核燃料物質がすべて外部に流出した場合、チェルノブイリ原発事故を超える可能性がある」と述べている。

また、経産省の発表はテンポが遅い。枝野官房長官は4月13日の会見で、「3月末には保安院からレベル7に引き上げる可能性について報告を受けていた」と認めている。4月12日に原子力安全委員会が発表したヨウ素131とセシウム137の放出総量に関するデータは、すでに3月末の段階で放出量が高かったことを示唆している。このグラフによると、放出量が急激に増えたのは、第2号機で圧力抑制室が損傷を受けたと見られる3月15日。それ以降、累積量はほぼ横ばいで大幅には増えていない。3月15日には、すでにフランス原子力安全局と米国の民間団体が「事故の深刻度はレベル6か7」と指摘していた。経産省は、国民に不安感を与えないように配慮して発表を遅らせたのだろうか。

今、福島の事故に注目しているのは、日本人だけではない。全世界の目が日本に向けられている。ドイツなど欧州諸国の人々は、「すべての情報が迅速に人々に伝えられているのだろうか」と首をかしげている。たとえばドイツの気象庁のホームページでは、風向きを考慮した、福島第1原発からの放射能の拡散予測が毎日公表されていた。日本の気象庁が国際原子力機関(IAEA)の要請に基づいて提供していたデータである。しかし肝心の日本では、このデータは4月上旬まで公表されていなかった。これも奇妙な話である。

多くのドイツ人は日本について「優秀なハイテクノロジー国家」という印象を抱いていた。だが福島第1原発の事故はその信頼を揺るがした。せめて、「市民の健康を守るために情報を迅速に公開する国」というイメージを築き上げ、人々の不安を払拭することは重要だと思う。私はかなり以前から原子力とエネルギー問題について取材してきたが、まさか日本でレベル7の事故が発生し、1カ月経っても収束のめどが立たないという事態に陥るとは想像すらできなかった。一刻も早く放射性物質の封じ込めと、原子炉の「冷温停止」が達成されることを祈る。

22 April 2011 Nr. 864

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:38
 

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