ジャパンダイジェスト
独断時評


ドイツ人とギリシャ人

欧州では経済統合、政治統合が進んでおり、ブ リュッセルの欧州委員会は中央政府のような性格を強めつつある。まるでヨーロッパがゆるい「連邦」に向かっているかのようだ。だが、実は各国の価値観やメンタリティーには大きな違いが残っており、その溝を埋めるのは容易なことではない。そのことを改めて強く感じさせるのが、ギリシャの債務危機をめぐる議論である。

私はギリシャを仕事で何回も訪れており、知人も多い。このため、彼らのメンタリティーはある程度理解しているつもりだ。ギリシャでは、人間関係がドイツよりも濃密で、仕事の面でもコネは不可欠である。特に行政や社会のインフラがあまり整備されていないので、何かをスピーディーに処理するにはコネが重要なのだ。したがって法律や規則よりも、人間関係を重視する人が多く、病院で医師や看護師がきちんと対応してくれるようにチップを払うというようなことは日常茶飯事である。

欧州通貨同盟(EMU)に加盟するには、財政赤字が国内総生産(GDP)に占める比率を3%未満、公共債務の対GDP比率を60%未満に抑えなくてはならない。

ギリシャ政府は本来EMUに入る資格がなかったのに、債務の一部を隠し、偽りのデータを欧州委員会に提出することによって2001年にEMUに加わり、ユーロを手にした。その事実が3年後に明るみに出た時には、欧州委員会から厳しい制裁も受けなかった。ギリシャ政府はその後も歳出を抑えようとはせず、財政赤字比率が12.7%という高水準であることを昨年まで隠していた。

ギリシャ人とは対照的に、ドイツ人は法律や規則を守ることを非常に重視する。欧州最大の経済パワーとして、これまでEU(欧州連合)に多額の「会費」を払ってきた。それだけにドイツでは、ギリシャがEUの規則を堂々と破り、歳出削減を長年にわたって怠ってきたことに憤慨する人が多い。さらにギリシャが自力での財政再建に失敗した時にEUが緊急援助を行うことについても、反対する声がドイツでは強い。

「ギリシャはこれまでもEUから大きな恩恵を受けてきた。それに加えて我々の血税が、ギリシャ政府の借金の穴埋めに使われるのはごめんだ」というわけである。

さらにEMUの法的基盤であるマーストリヒト条約は、債務危機に陥った国をほかの加盟国が援助して債務を肩代わりすることを禁止している。テュービンゲン大学のJ・スターバッティ教授らは元々ユーロ導入に反対していたが、「我々の危惧が現実のものになった」として、ドイツ政府がギリシャの緊急援助に加わる方針を打ち出した場合には、連邦憲法裁判所に援助の差し止めを求める仮処分申請を行うことにしている。

ショイブレ独財務大臣が「欧州通貨基金を創設して債務危機に陥った国を支援するべきだ」と提案したのは、「誰がギリシャを救うべきか」という問いに最終的な答えが出ていないことを浮き彫りにしている。

ドイツの経済学者や財界関係者は、ユーロ誕生前から「南欧の国々が野放図な財政政策を取った場合、ユーロ全体の信用性が脅かされる」という懸念を表明していた。EUでは、メンタリティーや財政政策が火と水のように異なる欧州北部と南欧の国々が共存している。そのことはEUの強みだが、ギリシャの債務危機は、このサラダボウルのようなEUの多様性が、重大な弱点にもなりうることを浮き彫りにしたのである。

19 März 2010 Nr. 808

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 16:08
 

教会の権威はどこへ

ドイツ・プロテスタント教会(EKD)評議会の議長だったマルゴット・ケースマン氏が、先月20日に酒酔い運転で赤信号を無視して警察官に見つかり、EKDのすべての役職から退いた。このニュースを聞いて、落胆したドイツ人は多かったに違いない。

ケースマン氏は、昨年10月に女性として初めてプロテスタント教会の最高責任者となったばかり。EKDのビショッフ(プロテスタント教会の監督。カトリック教会の司教にあたる)という高位に就いた女性も、彼女を除けば1人しかいない。プロテスタント教会に新風を吹き込んでくれるのではないかと多くの人が期待し、ケースマン氏の著書はベストセラーになった。

その貴重なチャンスを、ケースマン氏は酔っ払い運転で自らふいにした。記者会見に現われた同氏は、憔悴しきっていた。「辞任の仕方が潔い」と褒める声があるが、社会のロール・モデル(模範的な人物像)にふさわしくない行為をしたのだから、辞任は当然だろう。

彼女はEKD評議会議長として、まだ仕事らしい仕事をせずに教会の要職から去った。「アフガニスタンからドイツ連邦軍を早期に撤退させるべきだ」と発言し、連邦政府のアフガン派兵に批判的な態度を見せたが、その発言には熟慮した形跡があまり感じられなかった。

EKD評議会議長は、一種のオピニオン・リーダー(世論形成において主導的な役目を演じる人)であるため、政治家並みに一挙一動を注目される。ケースマン氏は、そのような要職に就いたわりには、責任感を十分に自覚していなかったのかもしれない。その油断が、酒酔い運転という形で噴出したのだろう。いずれにしてもケースマン氏が、EKD指導層の権威を大きく失墜させたことは間違いない。

一方、カトリック教会も深刻な危機に直面している。過去数十年の間に、修道院や寄宿学校で、神父などの聖職者たちが子どもたちに対して性的ないたずらや虐待を行ったケースがこれまでに100件以上あったことが明るみに出たのだ。

虐待された子どもたちの中にはトラウマに悩まされている者もいるが、「教会の権威」が重圧となって被害を警察などに届け出ることができず、事件は闇から闇へ葬られてきた。だが被害にあった人々が、最近マスコミに対して自分の体験を語り始めたために、ドイツのあちこちで同様のケースが起きていたことがわかってきた。

修道院や寄宿学校は社会から隔絶された閉鎖空間だ。聖職者が権威を悪用して欲望を満たし、子どもたちの人格を傷付けてきたとしたら、言語道断である。カトリック教会は捜査当局に全面的に協力して真相の解明に努めるとともに、被害者に対して謝罪するべきだ。

ドイツのプロテスタント教会とカトリック教会は、長年にわたり信者の減少に悩まされてきた。2008年にプロテスタント教会を脱退した人は16万9000人、カトリック教会を去った市民の数は12万2000人に達する。01年からの6年間でプロテスタント教徒の数は6.1%、カトリック教徒の数は4.5%減った。

私の知り合いのドイツ人の中にも、「教会税を払いたくない」という理由だけで教会を脱退する人が少なくない。教会が介護や貧困層の支援などの社会福祉活動、幼稚園や託児所の経営、発展途上国の支援などで重要な役割を演じていることは間違いない。だがケースマン氏の脱線と聖職者の性的スキャンダルは市民をさらに失望させ、信者の減少に拍車をかける可能性がある。教会が道徳的な権威を回復するには、かなりの時間がかかるだろう。

12 März 2010 Nr. 807

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 16:05
 

アフガン撤退は可能か


©Michael Sohn/AP/
Press Association Images
2010年は、アフガニスタンでの戦争に参加している国々にとって重要な年になる。今年1月、NATO(北大西洋条約機構)諸国はロンドンで開いた会議で、アフガンに駐留している部隊を3万人増強し、タリバンに対する攻勢を強めるだけでなく、アフガンの軍と警察の訓練に力を入れることを決めた。

その目的は、アフガン政府が独自に治安を維持できる態勢を1日も早く整えて、欧米諸国の早期撤退を可能にすることである。

ドイツも兵士の数を500人増やすが、来年には撤退を始めたい意向だ。欧米諸国は、「戦闘によってタリバンを撃滅し、アフガンを平定することは無理なので、面目を保ちながら早く同国から引き揚げたい」という本音を持っている。

欧米諸国が支援しているカルザイ大統領は、昨年の選挙で票を操作するなどの不正を行っていた。アフガニスタンに欧米型の民主主義を根付かせるのは極めて難しい。カルザイに代わる人材がいないために、不正選挙を行う大統領を支援せざるを得ない点は、欧米諸国の大きなジレンマだ。

アフガン問題は欧州諸国の内政にも暗い影を落としつつある。オランダでは撤退時期をめぐる議論が原因で、連立政権が崩壊してしまった。リベラル勢力にとっては、アフガンでの戦争を続けることが難しくなりつつあるのだ。ドイツではプロテスタント教会の最高指導者がアフガンからの早期撤退を求めて、注目を集めた。

ある意味で、欧米諸国はアフガンの将来について匙(さじ)を投げたと言える。だがNATOが撤退した直後にカルザイ政権が崩壊してタリバンが権力に返り咲いたら、欧米の面目は丸つぶれになる。タリバンはNATOに協力したアフガン人を処刑し、女性には働いたり学校へ行ったりすることを再び禁止するだろう。多数のアフガン人が国外脱出を図るに違いない。同国が、再びアルカイダのようなテロ組織の出撃拠点として使われる恐れもある。

こうした事態を避けるために、NATOは兵力増強によってタリバンの勢いをできるだけ弱め、アフガン政府の防衛力を高めようとしているのだ。

だが本当にNATOが望むような形の撤退が実現するかどうかは、未知数だ。今年2月にミュンヘンの安全保障会議で、米国のマケイン議員は「今年はアフガンで最も犠牲者が多くなる。我々にとって、一番厳しい年になるだろう」という悲観的な見方を示した。カルザイ大統領は「NATOは少なくとも10年はアフガンに残るべきだ」と語っている。

NATOは2月15日にアフガン軍と合同で、過去8年間で最大規模の攻勢を開始したが、今のところ大きな戦果は上がっていない。むしろNATOの誤爆によって、約50人の市民が犠牲となっている。

ドイツ連邦軍が駐留しているアフガン北東部に、米軍が大量の兵士を増員することを決めたことは、この地域の治安も急速に悪化していることを示している。ドイツ軍の兵士たちは、これまで主に基地の中などでアフガン軍や警察の訓練を行ってきた。今後は基地の外に出て地元の兵士を訓練したり、治安を維持するためのパトロールを増やしたりすることが求められる。つまりドイツ兵にとってのリスクは、これまで以上に増えるのだ。

アフガンは、イランの核兵器開発と並び、欧米諸国の国際安全保障をめぐる最大の難題となりつつある。

5 März 2010 Nr. 806

最終更新 Dienstag, 05 November 2013 12:19
 

社会保障をめぐる激論


Foto: Guido Westerwelle
前号で、連邦憲法裁判所が失業者に対する給付金制度、いわゆるハルツIVについて「人間として最低限の生活に必要な所得を保障していない部分があり、憲法違反」という判決を下し、メルケル政権に対して失業者の子どもへの給付金の算定方法などについて見直すよう求めたことをお伝えした。

この判決について最も怒っている政治家の1人は、自由民主党(FDP)のギド・ヴェスターヴェレ党首だろう。メルケル政権の副首相と外務大臣を兼務している彼は、この判決を間接的に批判する発言を繰り返している。彼はヴェルト紙に寄稿し、「この判決には社会主義的な色彩がある。懸命に働かなくても良い生活が送れると国民に約束することは、ローマ時代末期のような堕落につながる」と述べ、今回の判決が失業者とその家族への給付金の引き上げにつながる可能性について、厳しい言葉で警鐘を鳴らした。

この主張に対して、社会民主党(SPD)や緑の党の議員たちは「仕事を真剣に探しているのに、見つからないで困っている失業者に対する侮辱だ」と反発したが、ヴェスターヴェレ氏は発言を撤回するどころか、さらに語調を強めた。彼は、「ドイツでは真面目に働く者はばかだと思われる傾向がどんどん強まっている。勤労者が、働かない者よりも多く収入を得るのは当たり前だ」と反論。そして「このような発言をしただけで批判されるとは、ドイツは社会主義に向かって進んでいるようだ」と野党を攻撃した。

ヴェスターヴェレ氏が過激な発言を行っている理由は、ハルツIV違憲判決によって社会保障支出がさらに膨らんで勤労者の負担が増し、FDPが有権者に約束した減税が実現できなくなる見通しが一段と強まったからである。ドイツでは国内総生産のほぼ3分の1が社会保障に費やされている。

連邦憲法裁判所は、「給付金が低すぎる」とは結論付けていないものの、失業者家庭の子どもの給付金が大人の60%ないし80%とした現在の規定を「現実の費用を考慮していない」と批判した。ある慈善団体は「子ども1人当たりの給付金を毎月21ユーロないし42ユーロ増やす必要がある」と指摘しており、国の歳出が増える可能性が強い。

ヴェスターヴェレ氏は、「多額の税金と社会保険料を支払っている勤労者が、失業家庭を助けるためにさらに支出を迫られる」という危惧を抱いているのだ。FDPの重要な支持層は、自営業者、企業経営者などの中産階級。昨年秋の選挙でFDPが躍進した最大の理由は、減税を約束したからである。だがドイツが戦後最悪の不況と財政赤字に苦しんでいるのに、本当に税金を減らすことができるかどうかは大きな疑問である。ハルツIV違憲判決によって、ヴェスターヴェレ氏が公約違反を問われる可能性がさらに強まった。

ガードマン、ウエイターなど一部の職種では、税金や社会保険料を差し引いた手取り所得が失業保険の給付金に比べて少なくなる。これでは長期失業者の働く意欲がそがれる。そのためシュレーダー元首相は、ハルツIVの導入によって失業者の給付金を大幅に減らし、失業者の再就職を促そうとしたのである。保守勢力は、時計の針がシュレーダー氏の改革以前に逆戻りして、長期失業者が再び増えることを恐れている。今後、社会保障をめぐる議論は白熱化し、富裕層と貧困層の間の対立はいっそう激しくなるに違いない。

26 Februar 2010 Nr. 805

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:49
 

ハルツⅣ違憲判決の波紋

2月9日、カールスルーエの連邦憲法裁判所は、ドイツの社会保障の歴史に残る判決を言い渡した。裁判官たちは、「2005年にシュレーダー政権(当時)が導入し、失業者のための給付金を大幅に削減したハルツIV制度は憲法違反である」と断定し、政府に対して今年末までに給付金の算定方法を改善するよう命じたのである。失業者の家庭には朗報である。

ハンス・ユルゲン・パピーア裁判長は、判決の中で「給付金は、国民1人ひとりが生活に必要とする額を満たさなければならない。国が必要最低限のニーズを満たすという義務を果たしていない場合、その制度は憲法に違反している」と指摘した。つまりハルツIVは、基本法第1条が保障する「人間の尊厳にふさわしい、最低限の生活を営む権利」を侵害し、社会保障の原則に反するというのだ。

ハルツIVによる毎月の給付金は、独身の成人の場合359ユーロ。2月9日の為替レート(1ユーロ= 123円)で計算すると、約4万4200円。だが、感覚的には3万6000円に近い。また、夫婦の場合は1人323ユーロにすぎず、失業者の子どもについては成人の給付金の60~80%と定められている。

今回勝訴判決を得た3人の長期失業者たちの1人は、「子どもはどんどん育っていくので、すぐに新しい洋服が必要になる。また文房具、本、学校の遠足の費用など教育に関する様々な出費があるのに、ハルツIVはこの点を考慮していない」と批判していた。

裁判官たちはこの訴えを認め、失業者の子どもに対する給付金について、「成人に対する給付金の60~80%と一律に決めるだけでは、子どもの生活の現実を反映できていない」と指摘した。パピーア裁判長は、判決の中で「政府は市民が実際に必要とする支出に基づき、公正で客観的な算出方法によって給付金額を決めるべきだ」と述べている。つまり役人たちが机上の計算で給付金を決めるのではなく、失業者たちの現実をもっと直視し、議会での審議も含めたわかりやすい形で給付金の算定基準を決めるべきというのだ。

また、裁判官たちはハルツIVの中に給付金の手取り額を減らす様々な控除規定があることについても批判。慢性病に苦しむ失業者の医療費、夫と妻が離れた所に住んでいる場合の交通費などについて考慮するよう政府要求した。

この判決は、旧東独地域に多い失業者たちや市民団体だけでなく、政府関係者や各政党から大きな注目を集めていた。特に長期失業者たちの間ではハルツIVへの不満が強く、左派政党リンケは制度の廃止を求めていた。

ただし、今回の判決で裁判官たちは、「失業者への給付金を増やすべきだ」とはあえて主張していない。政府に対して、失業者の現実を反映した算定方法に切り替えるよう求めているにすぎない。

だが子どもに対する給付金からも明らかなように、多くの失業者にとって将来の手取り額は増えるだろう。つまり、政府の社会保障支出はさらに増大するものと見られる。ドイツの財政は2008年以降の不況のために火の車だが、この判決によって赤字がさらに拡大する可能性が出てきた。メルケル政権が公約としてきた減税は、ハルツIV違憲判決に伴う臨時歳出のために帳消しになるかもしれない。富裕層・中間層は失望するだろう。

ドイツでは日本と同じく富裕層と低所得層の間で所得格差が急激に拡大しているが、今回の判決はそのスピードを緩めるかもしれない。その意味で社会保障を重んじるドイツらしい判決と言える。

19 Februar 2010 Nr. 804

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:46
 

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