ジャパンダイジェスト
独断時評


オバマ外交とドイツ


 
米国のオバマ大統領は現在、健康保険制度の改革を目指しているが、国内の保守派の強い反対のために苦戦している。これに対し、外交面では思い切った改革を着々と実行している。

たとえば9月中旬にオバマ氏は、ポーランドとチェコに弾道ミサイルを撃ち落すための迎撃ミサイルを配備する計画を中止すると明言した。これは前ブッシュ政権が提案していたもので、「イランからの弾道ミサイルに対抗するもの」と説明していたが、実際はロシアからのミサイルも視野に入れていた。このためロシア政府は、米国に対する態度を硬化させていた。

ドイツ政府は、「ロシアを不必要に刺激し、欧州の緊張を再び高める」としてブッシュ政権のミサイル配備計画に反対していた。オバマ大統領はこうした欧州諸国の意見に配慮したものと見られる。

さらにオバマ氏は、9月24日に国連の安全保障理事会で議長役を務め、核兵器の全廃と核拡散に歯止めをかけることを求めた決議案を全会一致で採択させた。この決議案はオバマ政権の提唱に基づくものだ。米国の大統領が国連の安保理で議長を務めたのは、54年前の国連創設以降初めてのことである。

オバマ大統領は前のブッシュ政権とは対照的に、国連を重視すると発言していたが、9月24日の安保理で彼が見せた態度は、まさに国連重視の姿勢を裏付けるものだった。伝統的に国連を重んじてきたドイツなどの欧州諸国にとって、オバマ氏の態度は大いに歓迎すべきものだ。

ノルウェーのノーベル委員会が、ホワイトハウス入りしてから9カ月しか経っていないオバマ氏にノーベル平和賞を授与するのも、彼が多国間関係を重視し、軍縮の機運を高めた点を評価したためである。

さらに9月25日にピッツバーグで米国が招聘国となって開いたサミットで、これまで経済先進国を中心に8カ国に限られていた参加国を、20カ国に増やすことを正式に決定した。新しく参加するのは中国、インド、韓国、インドネシア、メキシコなど12カ国。今後は、新興国の声もサミットの共同声明に反映されるようになる。サミット参加国の拡大は、金融危機がもたらした大きな変化の1つである。金融危機の震源地である米国のオバマ大統領が、サミットの門戸を開放したことは、評価されるべきだ。

これに対して、オバマ大統領だけでなくドイツなど欧州諸国の頭を悩ませているのが、イランの核兵器開発とアフガニスタンでの戦況の悪化である。イランが「国際エネルギー機関(IAEA)に報告済みの核施設とは別に、3000個の遠心分離機を備えたウラン濃縮施設を持っている」と認めたことは、国際社会に強い衝撃を与えた。イランがこの事実を隠していたことは、濃縮の目的が発電ではなく、核兵器の保有であることを強く示唆している。核物質の拡散防止を目指すオバマ政権に、真っ向から挑戦する姿勢だ。

アフガン問題はさらに厄介だ。オバマ氏は、「アフガン駐留の米軍部隊を大幅に増強する」という就任前の意向を修正し、増派に慎重な姿勢を見せ始めた。ドイツや英国などの間でも「アフガンのベトナム化」を懸念する声が出始めている。これに対しアフガンの米軍司令官は、「一刻も早く部隊を4万人増強しなければ、アフガンの平定に失敗する」と反発している。

オバマ大統領には、ブッシュ氏に比べると欧州諸国の利益にも配慮しようとする姿勢が見られる。ドイツの新政権にとっては、オバマ氏との協調路線を維持しながらイランとアフガンという難題の解決にあたることが重要だろう。

23 Oktober 2009 Nr. 788

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:06
 

新政権はドイツをどう変える

メルケル首相の率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とヴェスターヴェレ党首が率いる自由民主党(FDP)は総選挙での勝利後、ただちに連立政権の今後の政策を決めるための交渉に入った。

この交渉過程から、2つの党がドイツをどのように変えようとしているのか、さらに新政権の前にどのような難題が横たわっているのかが、浮かび上がってくる。

両党にとって最大の課題は、選挙前に公約として掲げてきた減税をどのように実現するかである。この公約を実行すると、税収は少なくとも150億ユーロ(1兆9500億円)減ると推定されている。

だが昨年秋からの金融危機の影響で、財政状態は火の車。今年6月の財務省の見積もりによると、今年度と来年度の財政赤字を合わせると、1337億ユーロ(17兆3810億円)という天文学的な数字になることがわかっている。

ユーロ圏に属する国は、財政赤字が国内総生産(GDP)に占める比率を3%未満に抑えなければならない。ドイツの今年の財政赤字比率は3.7%で、すでにこの基準に違反しており、来年はさらに6%まで悪化するものと予想されている。

こう考えると、「150億ユーロもの減税が本当に可能なのか?」という疑問が浮かび上がってくる。有権者に希望を持たせるだけの、口約束にすぎなかったのだろうか。

CDU・CSUとFDPの間で大きく意見が食い違っているのが、公的健康保険制度の改革である。FDPは、今年1月にメルケル政権が導入した健康基金(Gesundheitsfonds)を廃止し、基本的なカバー以外は民間の健康保険を活用するように求めている。

これに対し、メルケル首相は健康基金の維持を主張している。だが10月6日には、公的健康保険の赤字が75億ユーロ(9750億円)に膨らむ見通しが明らかになった。医療費の高騰、そして不況のために失業者が徐々に増えていることが原因である。

また、メルケル氏とヴェスターヴェレ氏の意見は、労働者を解雇から守る法律、つまり“Kündigungsschutzgesetz”についても対立している。FDPは企業経営者と財界寄りの党として知られている。つまり本音としては、社会保障をなるべく減らして企業の国際競争力を高めたいと思っているのだ。

現在「労働者を解雇から守る法律」は、従業員数が10人を超える企業で、半年以上働いている社員に適用されている。ヴェスターヴェレ氏は、この法律の適用を従業員数が20を超える企業で、2年以上働いている社員に限るべきだと主張している。小規模企業の経営者がリストラをしやすくするためである。だがメルケル首相は、選挙前に「この法律は変更しない」と確約している。不況の影響が続く今日、この法律の緩和は国民の間に強い不満を生むだろう。

一方、両党の間で意見が一致しているのは、脱原子力政策の見直し。新政権は電力会社や経済界の要望を受け入れて、現在運転中の原子炉については稼動年数の延長を認める公算が強い。シュレーダー氏の赤緑政権が導入した、原子力廃止政策が大きく変更されることになる。

多くの市民は不況からの脱出と雇用の安定を望んでいる。新政権は、この願いを叶えることができるだろうか。

16 Oktober 2009 Nr. 787

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:07
 

ドイツ、大連立に終止符

9月27日の夜、連邦議会選挙の大勢が判明した時、ある老政治家がこう言った。「私は大連立には常に反対だった。今回の選挙は、大連立を終わらせたという意味で良かったと思う」。これは多くの有権者の意見を代表している言葉だ。

本来は与党席と野党席に分かれて、論戦を繰り広げるべき政党が同じ内閣で肩を並べる大連立政権は、民主主義にとって不健全な形態であり、市民の政治への関心を失わせる原因にもなる。その意味で11年ぶりにキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)の連立政権が誕生し、社会民主党(SPD)が野に下ることは、与野党の違いが明確になるという点で、この国にとって喜ばしいことだ。

それにしても、有権者がSPDに体験させた敗北は、すさまじいものだった。同党の得票率は前回の選挙に比べて11.2ポイントも減り、23%という史上最悪の結果となった。SPDの得票率が1970年代には一時45%を超えていたことを考えると、現在の凋落ぶりがはっきりする。

その結果、SPDの議席数は222から146に落ち込むことになった。前回SPDを選んだが、今回は棄権した有権者の数は164万人、78万人分の票が左派政党リンケ、71万人分が緑の党に流れた。ドイツ語に“Denkzettel“という言葉がある。これは、「あなたの振る舞いには問題があるので、考えを改めなさい」と書いたメモのことだ。有権者は、SPDに大きな“Denkzettel“を渡したことになる。

有権者、特にリベラルな考えを持つ国民がSPDに厳しい審判を下した最大の理由は、労働者や社会的弱者の側に立つべきSPDが、シュレーダー政権以来、社会保障を削減し所得格差を広げる政策を展開してきたことだ。特にSPDがHartz IVの導入によって失業者への給付金を大幅に減らしたこと、さらに年金の支給開始年齢を65歳から67歳に引き上げたことは、多くの国民を失望させた。首相候補になりながら、党首に就任することを拒んだシュタインマイヤー 氏に、人々はリーダーシップの弱さを感じた。今後SPDが左傾化して、一部の勢力がリンケに近づく可能性がある。そうなったとき、再び党内の路線闘争が激しくなるだろう。

だが、メルケル首相も手放しでは喜べない。 CDU・CSUは得票率を1.4ポイント減らしており、メルケル氏が続投できるのは、大躍進を果たしたFDPと組むからにすぎない。CDU・CSUに失望してFDPに流れた票は、111万票に達すると推定されている。

今回の選挙の最大の争点の1つは、経済政策だった。金融危機と戦後最悪の不況からドイツ経済をいかにして立ち直らせ、天文学的な数字の財政赤字をどのようにして減らすのか。景気を一刻も早く回復させて、失業者の急増を防ぐにはどうすればよいのか。難しい問題が山積みになっている。

多くの有権者は、経済政策についてはSPDよりもCDU・CSUとFDPの保守中道政権の方が信頼できると考えた。だがFDPは、勤労者を解雇から守る法律(Kündigungsschutz)の制限や、公的健康保険を廃止して基本的なカバー以外は民間の健康保険でまかなうという、かなりラディカルな、企業寄りの政策を提案している。保守中道政権がこの先「ドイツ丸」の進路をどのように変えるのか、国民は強い関心を 持って見守っている。

9 Oktober 2009 Nr. 786

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:07
 

暴力に抗する勇気

ドイツ語に「Zivilcourage」という言葉がある。知らない人が困ったり危険にさらされたりしている時に、助ける勇気のことだ。9月12日にミュンヘン郊外の駅で起きた殺人事件は、このZivilcourageの重要性を深く考えさせる出来事だ。

17~18歳のドイツ人といえば、もう体格は大人並みだ。そんな若者たちが、Sバーンの列車の中で子どもたちから金を脅し取ろうとしている。このような光景を見たら、皆さんはどう行動するだろうか。

「やめなさい」と若者たちに注意するだろうか。それとも、「触らぬ神にたたりなし」ということわざ通り、見て見ぬふりをして新聞や雑誌を読み続けるだろうか。注意したら、若者たちが自分に向かってくるかもしれない。暴漢はナイフを持っているかもしれない。

中規模会社の役員だったドミニク・ブルナー氏(50歳)は、見て見ぬふりをしなかった。彼は電車の中から携帯電話で警察に通報した上、脅されている子どもたちを暴漢から守るために自分と一緒にゾルンの駅で降りるようにうながした。他のSバーンの乗客は、誰も子どもたちを助けようとはしなかった。

ブルナー氏が子どもたちとゾルン駅で降りたところ、2人の若者はブルナー氏に襲いかかる。プラットホームに倒れたブルナー氏は22回も殴られたり蹴られたりしたために、病院で死亡した。駅では約20人の市民が電車を待っていたが、誰も若者たちを止めなかった。

ブルナー氏は、Zivilcourageを発揮した模範的な市民である。だが、弱い者を暴力から助けようとしたために、自らが犠牲者となった。子どもたちやブルナー氏を助けずに傍観していた市民たちは、殺されずに済んだ。なんともやりきれない、悲しい事件である。

私はSバーンのこの路線をよく利用するので、この事件が他人事とは思えない。仕事に行く途中、電車の中で子どもたちが暴漢にいじめられているのを見たら、自分にはブルナー氏のように間に割って入るだけの勇気があるだろうか。「厄介事には関わりたくない」という気持ちと、「助けなくては」という気持ちのどちらが強くなるだろうか。

バイエルン州政府はブルナー氏に勲章を授与することを決めたが、それだけでは「Sバーンの英雄」は浮かばれない。市民一人ひとりが電車の中で同じような光景を見た時に、捨て身の覚悟で弱い者を助けるZivilcourageを持たなければ、ブルナー氏の死は無駄になる。

一部の保守党が主張しているように少年に対する刑罰を重くしても、若者の暴力が大幅に減る可能性は低い。日本や米国にある死刑制度が、凶悪犯罪の抑止につながっていないのと同じである。

2001年9月11日の米同時多発テロで、テロリストに乗っ取られ、ホワイトハウスか米国連邦議会に向かっていたと思われる旅客機の乗客たちは、機内で犯人たちに襲いかかって飛行機を原野に墜落させ、ワシントンが攻撃されるのを防いだ。この乗客たちもブルナー氏と同じく、自らの命を代償にしてほかの人々を救った。

暴力が横行する現代社会では、Zivilcourageを発揮しなくてはならない局面が増えている。ブルナー氏の勇気ある行為は、私たち一人ひとりに重い問いを投げかけているのだ。

2 Oktober 2009 Nr. 785

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:58
 

総選挙・テレビ討論の不発

9月13日にメルケル首相(CDU)とシュタインマイヤー外相(SPD)が行ったテレビ討論会をご覧になっただろうか。

過去の選挙結果を見ると、この討論会での首相候補の態度に影響されて投票する政党を決めたという有権者は少なくない。その理由は、無党派層が増加しているからだ。最近の連邦議会選挙では、市民の30~40%が、投票日の1カ月前になってもどの政党に入れるか決めていないと言われる。それだけに、選挙直前のテレビ討論は重要なのだ。

しかし今回の討論では、「がっかりした」とか「しらけた」という声が強い。それはメルケル氏とシュタインマイヤー氏が大連立政権で同じ内閣に属しているため、政策の違いがほとんど目立たなかったからだ。

両者の意見が食い違ったのは、増税の是非、最低賃金の導入、原子力発電所の稼動年数の延長問題の3点だけ。経済危機の克服、格差社会の是正、金融機関の取締役の報酬制限、アフガニスタン派兵問題など大半の争点で2人は同じ意見だった。

教育問題や若者の犯罪について刑罰を重くするかどうか、旧東ドイツの再建などについては全く触れられなかった。膨らみつつある公共債務をどのように減らすのかについても、十分に議論されなかった。

司会を務めた4人のジャーナリストたちは、挑発的な質問をぶつけてなんとかお互いを批判させようと試みたが、メルケル氏・シュタインマイヤー氏ともに質問を巧みにかわしてライバルへの批判を避けた。相手を批判することは、自分が属する大連立政権に対する批判に繋がるからだ。2人とも「大連立政権は健闘した」と自画自賛した。

ジャーナリストの1人は、「お二人は、まるで仲の良い夫婦のようですね。いっそのこと大連立政権を続けられたらどうですか」と皮肉を言ったほどである。

番組のタイトルの中に使われた「Duell(対決)」という言葉とは裏腹に、両候補の政策の違いは浮き彫りにはならなかった。無党派層に属する人々が投票する政党を決める上で、あまり参考にはならなかったものと思われる。

米国の影響で、選挙に及ぼすマスコミの影響、とくに候補者のイメージの重要性は増す一方だ。イメージに限って言えば、メルケル首相は緊張気味でやや精彩を欠いていた。これに対しシュタインマイヤー外相は話し方に余裕を感じさせ、好感を抱いた視聴者が多かったようだ。

また、このテレビ討論会は、大連立政権がいかに不健全な状態であるかをはっきりと示した。本来ならば与党席と野党席に分かれて対決すべき2つの党が、やむをえず一緒に政権の座に就くことは、政策の違いをぼやけさせ、有権者の選挙への関心を減らすからだ。二大政党制を基本とするドイツの民主主義制度にふさわしい状態ではない。

だが最近の世論調査によると、CDU・CSU・FDPへの支持率は50%を割っている。「もはや大連立は続けたくない」と明言しているメルケル氏・シュタインマイヤー氏が最も懸念しているのは、保守、リベラルともに過半数を取れない事態だろう。

9月27日、国民はどのような審判を下すのだろうか。

25 September 2009 Nr. 784

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:56
 

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