Fujitsu 202406
独断時評


2022年のドイツを展望するショルツ政権の課題

新しい年が明けた。2022年は、昨年スタートしたショルツ政権のかじ取りに世界中の注目が集まる。

昨年12月8日、所信表明演説をするショルツ首相昨年12月8日、所信表明演説をするショルツ首相

オミクロン株の拡大抑制に力点

ドイツ政府の当面の最重要課題は、コロナ対策だ。ウイルス学者たちは「オミクロン株は、デルタ株よりも感染力と免疫回避力が強いので、早急な対策強化が必要だ」と警告する。

ショルツ政権は接種率の引き上げと、ブースター投与を急いでいるほか、今年3月15日までに医療・介護従事者に対し接種を義務付けた。首相は、接種義務を原則として全国民に拡大するよう法改正の準備を指示。しかし旧東ドイツを中心に、ワクチン接種義務に対する抗議デモが過激化する傾向が見られる。政府にとっては、初のワクチン義務化が社会の分断の深刻化につながるのを防ぐことも重要だ。

デジタル化の加速を強調

ショルツ政権は、ドイツに大きな変革と進歩をもたらすことを約束した。社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)は、2021年11月24日に連立契約書を公表し、政策のポイントを明記している。

178頁にわたる連立契約書には、1969~1974年に首相だったヴィリー・ブラント氏(SPD)の「もっと民主主義を実行しよう」(Mehr Demokratie wagen)という言葉にちなんで、「もっと進歩を実行しよう」(Mehr Fortschritt wagen)という名称が付けられた。3党は、この連立政権を「自由と公正、持続可能性のための連合体」と位置付けている。つまり民主主義、自由市場経済、市民権、格差の是正、環境保護を重視するというメッセージだ。

興味深いのは、連立契約書が行政、社会、経済のデジタル化の加速を文書の冒頭で公約していることである。2020年春に勃発したパンデミックにより、ドイツの行政、経済のデジタル化が米国や中国、スカンジナビア諸国などに比べて大幅に遅れているという事実が明らかになったからだ。デジタル化の重視には、経済界寄りの新自由主義政党FDPの筆致がはっきり表れている。

またFDPの「公官庁の認可プロセスを短縮・効率化することによって、企業からの建設許可申請などの審査にかかる時間を少なくとも現在の半分に減らすべきだ」という主張も、連立契約書に盛り込まれている。連立政権はデジタル化を加速するために、ITや通信関連のインフラ構築に多額の投資を行う方針だ。さらに21世紀の経済成長の鍵となるイノベーションを促進するために、2025年までに国内総生産の少なくとも3.5%を研究開発に回すと約束している点も重要である。

再エネ拡大・産業の非炭素化へ大号令

デジタル化に次いで重要なのが、地球温暖化に歯止めをかけるための気候保護政策である。この分野では緑の党の主張が数多く盛り込まれ、ロベルト・ハベック共同党首が経済・エネルギー政策と気候保護政策を同時に担当する「連邦経済・気候保護省」という新しい省庁の大臣に任命された。経済成長とCO2削減のバランスを調整するためだ。

ショルツ政権は、今年から経済の非炭素化へ向けた本格的な作業に着手する。連立契約書が掲げる目標は、極めて野心的だ。3党は、「2030年の電力需要6800~7500億キロワット時のうち、80%を再エネでまかなう」と明記。そのために、再生可能エネルギーの発電設備を大幅に増やす。新築の商業用建物の屋根には、太陽光発電設備の設置を義務付けるほか、全国の土地の2%を陸上風力発電所の用地にする。洋上風力発電にも力を入れ、2040年の設備容量を7000万キロワットに引き上げる。

ショルツ政権は、2038年に予定されている脱石炭を「理想的には2030年に前倒しする」と明記。さらに「2030年までに1500万台の電気自動車を普及させる」と発表したが、これは現在の台数(約50万台)の約30倍だ。内燃機関の新車の販売は、2035年以前に禁止される予定である。

財源確保が未知数

SPDが重視した所得格差の是正も、連立契約書に明記された。ショルツ政権は、法定最低賃金を9.6ユーロから12ユーロに引き上げることを明記したほか、パンデミックによってテレワークが普及したことに伴い、労働時間のさらなる柔軟化も目指す。3党は社会保障制度を引き続き重視することを国民に対して約束している。

気になるのは、デジタル化や再生可能エネルギー拡大のための財源だ。ショルツ政権はFDPの要求通り、所得税の最高税率の引き上げや財産税の復活を断念した。政府は「不要な補助金をカットすることで、新しい政策の財源にする」と説明しているが、それだけで巨額の投資を実行できるかは未知数である。

ショルツ首相は、最初の所信表明演説で「ドイツ経済は過去100年間で最大の変化を経験する」と述べたが、2022年は信号機政権が改革をどの程度実現できるかを占う上で、重要な里程標になるだろう。

最終更新 Donnerstag, 06 Januar 2022 10:37
 

高まる変異株の不安 - 独政府がワクチン義務化へ

ドイツで毎日4~6万人の新規感染者が出るなか、新たな変異株オミクロン感染者がドイツでも見つかった。ショルツ政権はワクチン接種キャンペーンを始めたほか、接種義務化のための準備を開始した。

1日、連邦軍の輸送機がドレスデンからケルンへコロナ重症患者を移送する様子1日、連邦軍の輸送機がドレスデンからケルンへコロナ重症患者を移送する様子

「ワクチン拒否者へのロックダウン」

3日、連邦政府と州政府は感染者数を抑制するために、感染症防止法を強化することで合意した。政府は今年末までに3000万人にワクチンを接種するが、法改正によって薬局の従業員や歯科医、介護職員も接種作業に動員する。

7日間指数(7日間における人口10万人当たりの感染者数)や入院指数が特に高い地域では、地方自治体はクラブ、バー、レストランなどの営業禁止を命じる。食料品店や薬局を除いて、商店にも2G規則を拡大し、接種者か快復者以外は入店禁止に。ワクチン拒否者には接触制限を実施し、家族以外は2人までしか接触できないようにする。ブンデスリーガのサッカーの試合は、今年末までは無観客で実施するという。

また連邦首相府にコロナ危機対策本部を設置し、連邦軍のカルステン・ブロイヤー少将がロジスティクスを指揮する。同氏はこれまでも連邦軍兵士による病院や介護施設の支援、物資の運搬などを統括した経験をもつ。

11月30日には、カールスルーエの連邦憲法裁判所が、今年4月から2カ月にわたって政府が実施した「連邦非常ブレーキ」について、合憲の判断を下した。当時のメルケル政権は、ウイルス拡大を防ぐために、全国規模で休校措置や夜間の外出禁止措置を実施したが、多くの市民が違憲訴訟を起こしていた。これに対し憲法裁は、「国民の健康と安全に関わる非常事態には、政府は自由権を制限することを許される」として、メルケル氏の決定を追認した。この判決は、ショルツ政権や各州政府の首相たちにとって、コロナ対策を一段と強化するための追い風となった。

接種義務化への作業を開始

さらにオラフ・ショルツ首相は来年2月までに、小児などを除く国民全員に対するワクチン接種義務を法制化する作業を始めることを宣言した。義務化された場合には、接種拒否者は罰金を科される。ドイツの接種率は11月30日の時点でも、68.5%にすぎない。政府は、「市民の自主的な判断に任せていては、もう接種率は上がらない」と判断したのだ。だが義務化するには、政府が法案を連邦議会に提出し、議員たちが票決で法案を可決させなくてはならない。ドイツでは今後義務化をめぐって、激しい議論が行われるだろう。

興味深いのは、これまでショルツ氏、メルケル前首相や各州首相たちは、一貫して「接種義務を導入しない」と明言してきたことだ。つまり政治家たちは前言を翻したことになり、面目丸つぶれとなった。彼らが態度を180度転換せざるを得なかったことは、ドイツの状況がいかに深刻かを物語っている。

11月上旬に始まったドイツの感染爆発は、今なお続いている。11月30日の新規感染者数は6万7186人。446人が死亡した。7日間指数は442.9で、早く対策を始めたイタリア(143.1)スペイン(130.2)、イスラエル(39.5)よりもはるかに高い。

最も被害が深刻となっているザクセン州(7日間指数1268.9)、テューリンゲン州(936.7)、バイエルン州(619.1)では一部の病院で集中治療室(ICU)のベッドが足りなくなり、約50人の重症者が連邦軍の輸送機やヘリコプターで、北部の病院へ搬送された。医師や看護師たちは、肉体的、精神的に極限状態のなかで患者の治療にあたっている。ドイツ集中治療・救急医療協会(DIVI)によると、11月30日の時点でドイツにはICUに2万2186床のベッドがあるが、そのうち89.3%が埋まっている。残りは2363床である。

オミクロン変異株への不安

もう一つの大きな懸念は、11月9日に南アフリカで検出されたオミクロン変異株である。この変異株は、デルタよりも感染力が強いとされ、世界保健機関(WHO)は11月29日に「この変異株は非常に高いリスクを秘めている」と各国政府に警告した。オミクロン感染者は、アフリカからの渡航者を中心として、ドイツ、イスラエル、英国、日本などで見つかっている。

マインツのバイオンテック社などは、現在のコロナワクチンがオミクロン変異株による発症を効果的に防げるかどうかについて、分析を急いでいる。メッセンジャーRNAワクチンの特徴は、ウイルスに合わせた「改良」が比較的簡単であることだ。バイオンテック社とともにワクチンを開発したファイザー社は、必要となれば、約100日でワクチンのアップデートが可能だと説明している。

ドイツでは連邦議会選挙のために、夏から秋にかけてのコロナ対策がおろそかになった。政治家たちは支持率が下がるのを恐れて、選挙戦で「冬に向けて接種率の引き上げなど、厳しい対策が必要だ」というメッセージを前面に押し出さなかった。彼らは、ワクチンの義務化など、有権者の耳に痛いことを言うのを避けたのだ。その結果、フランス、イタリア、スペイン、イスラエルなどに比べて対策強化が大幅に遅れ、感染爆発を招いた。欧州のほかの国々は、「かつてコロナ対策の優等国といわれたドイツは、なぜ感染拡大に歯止めをかけられないのだろう」と首をかしげている。

ショルツ政権の最初の仕事は、コロナとの闘いになった。同政権が感染爆発を抑制し、重症者や死者の数を減らせるかどうか、世界全体が注視している。

最終更新 Mittwoch, 15 Dezember 2021 15:51
 

ドイツのコロナ禍が深刻に - 未接種者に大幅な制約導入

11月に入ってドイツでは感染者数が急増し、西欧で最もコロナ禍が深刻な国の一つになった。ワクチン接種率がほかの欧州諸国に比べて低く、連邦議会選挙などのために、政府の対応が遅れたことが一因だ。

11月22日、ハンブルクのエルプフィルハーモニーで行われた予防接種キャンペーンの列の長さは数百メートルに及んだ11月22日、ハンブルクのエルプフィルハーモニーで行われた予防接種キャンペーンの列の長さは数百メートルに及んだ

仏伊に比べて低い予防接種率が災い

 ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、11月24日には過去最多の7万5961人の新規感染者が確認され、351人が死亡。パンデミックが始まってからの累計死者数は10万人を超えた。直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者数(7日間指数)は404.5人と過去最高になった。特にザクセン州の状況は深刻だ。ワクチン接種率が57.8%(24日時点)と最も低い同州では、7日間指数が935.8で全国で最悪の状態にあり、1000を超えるのは時間の問題。重症者の約90%が、ワクチン未接種者だ。  重症者の急増により集中治療室のベッド数が不足しつつあり、同州医師会の会長は22日に「トリアージュが必要になる可能性がある」と語っている。トリアージュとは戦争や自然災害で用いられる手法で、医療資源が逼迫(ひっぱく)したときに、命を救える見込みが高い患者を優先的に治療する。昨年3〜4月に、イタリアやスペイン、フランスの一部の病院はトリアージュを余儀なくされたが、似た状況がドイツにも近づいている。  ちなみにドイツの7日間指数はフランス(69.0)、スペイン(90.4)、イタリア(114.4)などほかの西欧諸国に比べてはるかに高い。その原因の一つはドイツ政府が人々に予防接種の重要性を理解させることに失敗し、職場での3G規則、介護・医療従事者に対する接種の義務化などの対策を取るのが遅れたからだ。

コロナ対策の優等生が劣等生に転落

 スペインの接種率は80.6%、フランスは77.9%、イタリアは74.8%とドイツ(68%)を上回っている。例えばイタリア政府は今年9月に、全ての就業者に3G(接種済み、快復済み、または陰性証明)規則の遵守を義務付け、守らない者には出社を禁止し、自宅待機中には給料も支払わないという強硬な措置を取った。ドイツがこの措置を取ったのは11月24日で、イタリアに比べて約2カ月遅れた。  仏政府は9月15日に介護・医療従事者にワクチン接種を義務付け、約3000人が接種を拒否して事実上解雇された。ドイツでは本稿を書いている11月24日時点でも義務化していない。病院関係者らは、医療資源が逼迫しているときに接種を義務化した場合、さらに看護師数が減ることを懸念しているのだ。  ドイツのコロナ対策が大幅に遅れた理由の一つは、8~9月に政治家たちが連邦議会選挙に時間とエネルギーを集中させて、「コロナの冬への備え」を怠ったことだ。前のメルケル政権にはもはや統率力がないが、ショルツ政権も11月24日の時点では発足していない。つまり「権力の空白期」のために国が中ぶらりんの状態にあるときに、コロナウイルスがこの国を襲った。昨年は「コロナ対策の優等生」と呼ばれたドイツだが、今年は劣等生に転落したと言わざるを得ない。

未接種者の行動に大幅な制約

 メルケル首相は11月22日に、疲れ切った表情で記者会見に臨み、「現在の状態は、これまでで最も深刻だ。今準備されている対策では十分とはいえない」と語った。これに先立って18日にRKIのヴィーラ―所長は、ザクセン州政府とのビデオ会議の中で「1日の新規感染者5万人のうち、0.8%は死亡する。つまり毎日400人の命が失われる。厳しい措置を取らなければ、今年のクリスマスは悲惨なものになるだろう」と強い言葉で警告した。  しかも、ドイツ政府は2020年とは異なり、全国的ロックダウンをもはや実施できない。シュパーン保健相のイニシアチブで、昨年以来の「公衆衛生に関する国家緊急事態」は25日に終了したからだ。その背景には、ロックダウンが経済や教育に与えた悪影響が余りにも大きかったという事情がある。  このため各州政府は11月下旬から、クラブの一時的な営業禁止、職場などでの3G規則の導入、映画館などへの2Gプラス規則(接種済みまたは快復した市民も、コロナ検査で陰性であることが必要)の導入、ホームオフィス(テレワーク)を許可することを義務化するなどの措置を実施した。  バーデン=ヴュルテンベルク州のシュヴァルツヴァルト・バール郡など三つの郡では、ワクチン未接種者は午後9時~午前5時までは、病院や職場へ行く場合を除いて、原則的に外出を禁止された。また、快復者を除く未接種者は、レストラン、ホテル、商店(食料品店や薬局を除く)を利用することも禁じられる。

ワクチン接種義務を要求する声も

 バーデン=ヴュルテンベルク州のクレッチュマン首相とバイエルン州のゼーダ―首相は23日付のフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)に投稿して、ドイツはオーストリアと同じく、国民全員にワクチン接種義務を導入するべきだと主張。両氏は「接種義務は、自由権の侵害ではない。憲法は、ワクチンを自発的に受けない一部の市民の自由を守るために作られたものではない。接種拒否者の勝手な行動が、ほかの市民に被害を与えるのを放置してはならない」と訴えた。  パンデミックでは、1カ月の対策の遅れが多数の死者につながる。後手に回ったドイツが、いつウイルスの急激な拡大に歯止めをかけられるかは未知数だ。
最終更新 Donnerstag, 02 Dezember 2021 09:45
 

新たな難民危機にドイツはどう対応するか?

欧州で新たな難民危機が起きつつある。氷点下以下の厳しい寒さのなか、ポーランド・ベラルーシの国境地帯では、シリア、イラク、アフガニスタンなどからの難民約4000人が野宿している。人々は寒さに震えながら、たき火をして暖を取っている。衛生状態は劣悪で、水や食べ物も十分ではない。

10日、ベラルーシとポーランドの国境地帯の難民キャンプの様子10日、ベラルーシとポーランドの国境地帯の難民キャンプの様子

欧州の国境に新たな壁の建設

ポーランド政府は国境地域に「非常事態宣言」を発令して、数千人の兵士・警察官を配置。鉄条網やフェンスを設置して難民の侵入を防ごうとしている。ポーランド・ベラルーシ間の国境線の長さは約400キロメートル。このためポーランド政府は国境を完全に遮断することが難しい。

同じ状況は、ベラルーシと国境を接するラトビアとリトアニアでも起きつつある。これらの国々も国境沿いにフェンスを建設し始め、両国では欧州連合(EU)に対する資金や人員による支援を求める声が強まっている。ベルリンの壁が崩壊してから32年目の今年、欧州には新たな「壁」がつくられつつあるのだ。

国境の突破に成功した難民たちが目指す最終目的地は、ドイツだ。彼らはドイツの難民保護規定がほかの欧州諸国に比べると寛容で、社会保障制度が手厚いことを知っている。今年8月末から10月中旬までに、ベラルーシ経由でドイツに到着した難民の数は約4500人。ポーランドと国境を接するブランデンブルク州に今年8月に到着して亡命申請した難民の数は400人だったが、9月にはその数が約6倍に増加した。

ルカシェンコ大統領の圧制

難民危機の引き金は、EUとベラルーシ政府の政治的対立だ。「欧州最後の独裁者」と呼ばれるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、昨年8月の選挙で再選。得票率は80.1%と異常に高く、市民は「不正選挙だ」と政府に抗議するデモを繰り広げた。ルカシェンコ大統領は、警官隊を動員して暴力でデモを制圧。政府に批判的な多数の市民を投獄した。大統領選挙以降逮捕された市民のうち、約450人が拘留中に拷問や性的暴力を受けたと主張している。

今年5月には、ギリシャのアテネからリトアニアのビリニュスに向かっていたライアンエアの旅客機がルカシェンコ政権によってベラルーシに強制着陸させられた。目的は、機内にいたベラルーシ人のジャーナリストらを逮捕するためだった。この時にベラルーシ空軍はミグ29戦闘機を発進させて、旅客機をミンスク空港に向かわせた。反体制派を逮捕することを目的とした、航空史上にも例のない「国家によるハイジャック」だ。EUはルカシェンコ政権が暴力によって市民の異議申し立てを抑え込もうとしていることを重く見て、今年9月に政府要人に対する経済制裁を発動した。

難民を武器に使うベラルーシ政府

ルカシェンコ政権はEUに圧力をかけて制裁措置を撤回させるために、難民を「将棋の駒」として使うという手段に出た。同政権は、レバノンやトルコからチャーター便でシリア難民らをベラルーシに移送し、トラックでポーランドやリトアニア、ラトビアの国境まで運んでEUに送り込み始めた。ルカシェンコ大統領は、多数の難民の流入がEUを苦境に陥れることを知っている。2015年には、戦火を逃れたシリア人ら約100万人の難民がドイツなど欧州諸国に流入し、各国で政治的・社会的な混乱が起きた。

EUは、「ルカシェンコ大統領は難民を武器として使って、西欧に対するハイブリッド(混合型)戦争を行っている」と反発。ハイブリッド戦争とは、難民の流入や偽情報など軍事力以外の手段を使って外国に損害を与えようとする、新しい戦争手段である。

ドイツのハイコ・マース外務大臣は、難民危機を人為的に引き起こしているルカシェンコ大統領を、「国営の人身売買機関の元締め」と呼んで強く非難。同外相は、9日に「EUはベラルーシ政府の脅迫行為には屈しない。われわれは、難民のEUへの移送に関わっている全ての関係者や団体を、経済制裁のリストに載せる」と述べ、同国に対する制裁をさらに強化する意向を明らかにした。ブランデンブルク州のミヒャエル・シュトゥープゲン内務大臣も、「ルカシェンコ大統領は、難民が凍死したり飢え死にしたりしても構わないと考えている。最悪の人身売買だ」と批判している。

EU共通の難民政策の難しさ

EUでは、2015年の難民危機後も、域内に多数の難民が到着した際の配分の仕方など、統一された難民規定が作られていない。各国とも難民をなるべく受け入れたくないというのが本音だ。例えば2015年にEUはイタリアやドイツに到着した多数の難民を、人口や国内総生産などに従って加盟国に割り当てようとしたが、東欧諸国は難民受け入れを頑として拒んだ。ルカシェンコ大統領は、そうしたEUの足並みの乱れに付け込んでいるのである。

人口学者たちの間では、「欧州に比べ出生率が高い北アフリカや中東では、将来多くの若者が職業や住宅を見つけられなくなり、生活水準を引き上げるために欧州を目指すだろう」という意見が有力だ。さらに、今後地球温暖化と気候変動のために、アフリカやアラブ諸国では干ばつと食糧不足が悪化する可能性が強い。つまり、飢餓から逃れるために欧州へ向かう難民が増加するとみられている。人権擁護を重視するEUは一刻も早く、有効な難民政策を確立する必要がある。

最終更新 Dienstag, 16 November 2021 17:35
 

エネルギーの価格高騰 新政権はどう対応する?

ドイツなど欧州諸国ではガスなどのエネルギー価格が昨年に比べて大幅に高くなっており、市民の間では暖房費用の高騰について懸念が強まっている。

メクレンブルク=フォアポンメルン州ルプミンにあるノルドストリーム2のガスステーションメクレンブルク=フォアポンメルン州ルプミンにあるノルドストリーム2のガスステーション

エネ高騰がインフレに拍車

連邦統計庁は9月30日に、「今年9月の消費者物価指数は、前年同期比で4.1%上昇した」と発表した。ドイツの物価上昇率が4%を超えたのは、28年ぶりだ。同庁によると、最大の原因は原油やガス価格の高騰である。エネルギー価格は、前年同期比で14.3%も増えている。特に増加率が高いのが暖房用の灯油で、価格が76.5%上昇した。自動車燃料も28.4%、ガスが5.7%、電力は2%高くなった。

環境コンサルティング企業「co2online」によると、暖房に灯油を使う家では、今年の暖房費用が前年比約44%、ガスでは約14%増える可能性がある。同社は「8月の天然ガスの輸入価格は、前年同期に比べて約177%高くなったほか、原油の輸入価格は前年同期比で約64%上昇した」と説明する。ドイツの家庭の約半分が暖房にガスを、約25%が灯油を使っている。エネルギー価格などの比較サイト「Verivox」によると、ガス供給会社32社が9月から10月にかけて、価格を平均12.6%引き上げる方針を明らかにした。

電力価格も高騰している。欧州エネルギー取引所のドイツ向けEPEXスポット価格は、今年1月の1メガワット時当たり34.9ユーロから、8月には82.7ユーロに跳ね上がった。もちろん昨年ドイツ経済がコロナ・パンデミックのために停滞していたため、エネルギー価格が低かったこと、さらに昨年後半に付加価値税が一時的に引き下げられていたことも影響している。しかし、それだけではこの高騰は説明できない。

炭素税も高騰の一因

連邦統計庁は、「暖房と自動車の燃料に導入された炭素税も、エネルギー価格高騰の一因」と指摘。メルケル政権は、地球温暖化に歯止めをかけるための施策の一環として、今年1月から暖房や自動車から排出される二酸化炭素(CO2)1トン当たり25ユーロの税金を課した。市民がディーゼルエンジン・ガソリンエンジンの車から電気自動車(EV)に乗り換えることや、灯油による暖房をヒートポンプなどCO2排出量が少ない暖房に切り替えるのを促進するためである。

ちなみに、この炭素税は今後毎年引き上げられていく。給油時に、「昨年よりもガソリンや軽油が高くなった」と感じた人が多いと思うが、内燃機関の車のコストは、今後年々増大する。2045年までにカーボンニュートラルを達成するための施策の一つである。

メルケル政権が導入した炭素税

メルケル政権が導入した炭素税

オランダのオンラインガス取引市場Title Transfer Facilityでも、昨年12月31日には1メガワット時当たりのガス価格が16.75ユーロだったが、今年9月21日には73.78ユーロに達した。340%もの上昇である。英国、フランス、スペインでも、ガスや灯油の価格上昇に対して市民の懸念が強まっている。電力大手RWEのマルクス・クレッバーCEOは日刊紙のインタビューで、「ガスと電力は今後数年間にわたり、高い水準にとどまるだろう。今起きているような価格の急上昇は、誰も予想していなかった」と語った。

炭素税収入の市民への還元が必要

価格高騰の理由として、まずパンデミックの影響が弱まった国では経済活動が再開され、エネルギー需要の急激な高まりが挙げられる。さらに昨年冬の寒さが厳しかったため、ドイツのガスの貯蔵施設が約67%しか充填されていないことや、ガス企業が価格高騰を嫌って仕入れを控えている可能性が指摘されている。

また緑の党の一部の議員は、「現在ドイツ政府は、ロシアから同国へ直接ガスを輸送する海底パイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請を審査している。ロシアはガス供給量をわざと減らして、ドイツが一刻も早く稼働を許可するように、圧力をかけている」と指摘。ロシアのエネルギー企業ガスプロムは「わが社は契約通り、ドイツなど西欧諸国にガスを供給している」として、緑の党の批判に反論している。

欧州連合(EU)加盟国首脳は10月21日から2日間、ブリュッセルでエネルギー問題について討議したが、有効な結論は出なかった。スペイン政府は、EUに対してガスを共同購入して配分するよう求めている。

ドイツ消費者保護センター連合会のクラウス・ミュラー会長は、「ドイツに近く樹立される新政権は、オーストリア政府が行っているように、炭素税収入を全ての消費者に対して『気候保護ボーナス』として還元するべきだ。同時に、再生可能エネルギー拡大を加速したり、EV充電器を増設したりすることによって、化石燃料への依存度を減らす必要がある」と訴えている。

最も大きなしわ寄せを受けるのは、低所得層だ。可処分所得が大幅に減った場合、エネルギー転換に反対する市民が増える危険もある。次期政権は、「エネルギー弱者」への支援を強化する必要があるだろう。

最終更新 Mittwoch, 03 November 2021 15:20
 

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