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ドイツ経済を建て直せ!次期政権の課題

連邦議会選挙後に誕生する次期政権の前には、さまざまな難題が立ちはだかっている。連邦議会選挙で勝った政党は、一刻も早く政権を樹立して国民の前に具体的な回答を示さなくてはならない。

ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)

7年間で初の財政赤字

喫緊の課題の一つは、国家財政の建て直しだ。ドイツ政府は昨年コロナ・パンデミックによる悪影響を緩和するために、大規模な財政出動を行った。営業を禁止されたレストランや劇場などの経営者に緊急援助金を支給したり、自宅待機する社員の所得減額分の一部を補填する「時短労働補償金」の適用期間を延長したりした。さらに内需の減退を防ぐために、昨年は一時的に付加価値税率が引き下げられた。

これらの措置は、パンデミックという緊急事態に対処するために必要な政策だった。しかし2020年の連邦政府、州政府など公的機関の歳出は前年比で12.1%増え、歳入は3.5%減少。このためドイツは昨年1892億ユーロ(24兆5960億円・1ユーロ=130円換算)という巨額の財政赤字を抱えることになった。2019年までは、G7の中で唯一黒字の優等生だった。赤字に転落するのは、2013年以来7年ぶりだ。

ドイツの基本法には債務ブレーキという規定があり、連邦政府は国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字(新規債務)を禁じられている。もちろんパンデミックは緊急事態なので、メルケル政権は2020年の財政については、例外的に債務ブレーキを適用しなかった。ただし次期政権はできるだけ早く財政赤字を減らし、再び黒字を生まなくてはならない。

財政黒字化と気候保護政策のジレンマ

問題は、ドイツ経済の成長率が他国に比べて低いことだ。コロナ危機の影響で、同国のGDPは昨年4.8%減少した。2021年のドイツの予測成長率は3.6%で、中国(8.1%)や米国(7.0%)、英国(7.0%)に比べて大幅に低い。選挙戦のなかでキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、「経済成長によってコロナ危機による打撃から回復する」と繰り返し主張したが、予測成長率が世界の平均成長率(6.0%)よりも低いのでは、財政黒字の早期回復は難しい。

ドイツ政府は、2045年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を持っている。政府は今後地球温暖化・気候変動に歯止めをかけるために、水素エネルギーの実用化や再生可能エネルギー拡大の加速、電気自動車の充電インフラの整備、二酸化炭素を出さない新しい合成燃料の開発、鉄道網の拡充などに多額の投資を迫られる。さらに、今年7月にドイツ西部に深刻な被害を与えた水害から、住宅などを守るための治水対策も重要な課題だ。そのためのお金をどのようにして調達するのかは、未知数である。

つまり次期政権は、財政の健全化と気候保護のための投資という二つの課題を同時に達成しなくてはならない。これはどの政党が首相を輩出しても、極めて困難なテーマである。実際、市民の間では巨額の財政赤字のつけに対する懸念が募っている。R+V保険会社は、1992年以来「ドイツ人の不安」に関するアンケートを毎年実施しているが、今年は不安の原因として「コロナの影響で国の債務が増えたために、増税が行われたり、社会保障サービスが減らされたりすること」を挙げた人が53%と最も多かった。この調査結果には、市民の不安感が反映されている。

さらに、多くの人々がインフレに対しても不安を抱いている。ドイツ政府は気候変動対策として今年1月から車や暖房の燃料に炭素税をかけ始めた。このためガソリンなどの価格が過去に比べて大幅に高くなったが、来年以降、炭素税率は年々上昇する。今年8月のドイツの物価上昇率は前年同期比で3.9%と、過去28年間で最高だった。このため前述のR+Vの調査によると、「生活コストの上昇について不安を抱いている」と答えた人の割合が50%と2番目に高かった。

デジタル化の加速を

またドイツ経済の屋台骨である製造業界は今、産業革命以来最も大きな変化に直面している。政府には、この構造転換が労働者に過剰な負担をかけないように配慮することも求められる。例えば自動車業界は内燃機関を使った車から電気自動車へ移行するだけではなく、自動運転技術や「インターネットに常時接続された車」(コネクテッドカー)の技術をも導入しなくてはならない。内燃機関のエンジニアたちは、新しい知識を身に付けなくてはならないのだ。

一方、鉄鋼業界や化学業界、セメント業界などは非炭素化を達成するために、製造法を大幅に変更することを求められているが、そのために必要な投資額は、東西ドイツの再統一にかかった費用をも上回るという予測すらある。

新政権は、経済、行政、社会のデジタル化も加速しなくてはならない。コロナ危機は、この国のデジタル化が米国、中国、イスラエルなどに比べて遅れていることをはっきりと示した。スイスの市場調査機関IMDが発表した「2020年・デジタル競争力ランキング」によると、ドイツの総合的なデジタル化の度合いは第18位。米国(第1位)、シンガポール(第2位)だけではなく、デンマーク(第3位)、スウェーデン(第4位)など欧州諸国にも水をあけられている。これでは、欧州随一の経済パワーの名が泣く。

こうした難しい課題が山積していることを考えると、選挙で首位に立った政党も、勝利の美酒に酔っている暇はない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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