ジャパンダイジェスト
独断時評


銃乱射事件・若者の心の闇

3月11日午前9時30分。バーデン=ヴュルテンベルク州のヴィネンデンで実科学校に乱入した17歳の少年ティム・Kは、拳銃で生徒や教師12人を次々に射殺。そして、逃げる途中に自動車販売店の従業員や顧客など3人を無差別に殺害した後、自殺した。ドイツ社会に強い衝撃を与えたこの事件で、特に人々を震撼(しんかん)させたのは、少年の冷血さである。なぜか女子生徒を中心に狙い、落ち着き払って頭を撃ち抜いた。生徒をかばって前に立った若い教師も、ためらうことなく射殺している。

これまでのところ遺書や犯行声明は見つかっておらず、動機は解明されていない。裕福な家庭に育った、一見おとなしそうな少年が、なぜ大量殺人を実行したのか。彼は何に対して激しい怒りを持っていたのか。なぜ両親を始め、周りの人々は凶行の兆しを見つけることができなかったのか。謎は深まるばかりである。

これまで学校での無差別発砲と言えば主に米国が舞台だったが、2000年以来ドイツでも5件発生している。とりわけ、02年にエアフルトのギムナジウムで19歳の若者が拳銃で教師や生徒16人を射殺した事件は、記憶に新しい。政府はこの事件以来、銃の所持に関する規制を強めたが、少年Kは射撃クラブの会員である父親の銃と実弾を犯行に使った。法律改正だけでは、この種の事件を防ぐことはできないのである。

むしろ問題は、社会が子どもたちの心を読めなくなっている現状にあるだろう。犯罪心理学者によると、このような無差別殺人(Amoklauf)に走る少年は友人が少なく、集団の中で孤立していることが多い。友人や両親から認められないことを不満に思っているが、内向的な性格なので悩みをほかの人に相談することもできない。ささいなことで「ばかにされた」と感じて、怒りを心の中に溜め込み、ある日ダムが決壊するように暴力を爆発させる。

少年Kは、特殊部隊とテロリストの戦いを題材にしたコンピューター・ゲームが好きだった。ドイツだけでも200万人の若者がこのゲームで遊んでいるというが、もちろん大半の若者は殺人者にはならない。だが心理学者は、「Kのように強い怒りを溜め込んでいる少年がこの種のゲームで遊ぶと、人を撃つことに対するためらいが減る」と指摘する。さらにKの父親は自宅に15挺の銃、4600発の実弾を保管しており、Kを射撃場に連れて行って試し撃ちもさせていた。平和そうなシュヴァーベンの田舎町で、彼を殺人者に変える条件は、刻々と整っていたのである。ただし、周りの人々は全くそのことに気づかなかった。

ドイツでは今、教師不足が深刻だ。また、両親が働いている家庭も多く、大人たちは子どもの話をじっくり聞く時間を持てなくなっている。戦後最悪の不況のために、若者たちの就職は今後さらに難しくなるだろう。安定した職業に就くために、学校で良い成績を収めなくてはならないというプレッシャーは一層高まる。

子どもたちとの対話を深めることによって、彼らの心の闇に光を当てることが緊急の課題である。

27 März 2009 Nr. 758

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:25
 

どこへ行く 自動車産業

米国の不動産バブルの崩壊に端を発する不況の地震波は、瞬く間に全世界に広まった。世界銀行は、この不況の影響で世界全体の経済成長率が、第2次世界大戦後初めてマイナスになるという予測を発表している。

この戦後最悪の不況によって銀行業界の次に大きな影響を受けているのが、自動車業界である。ドイツ自動車工業連合会(VDA)によると、2008年度の西ヨーロッパでは新しい乗用車の販売台数が前の年に比べて8%減った。

ヨーロッパ最大の自動車マーケットであるドイツでは、今年2月の乗用車の輸出台数が前年比で51%、製造台数も47%減少している。各メーカーは生産体制を縮小し、派遣社員の解雇や労働時間の短縮によってコストの削減を図っている。労働時間の短縮によって減った給料の一部を国が補填する短時間労働制度(Kurzarbeit)は、失業者の急増を防ぐ上で有効なドイツ、オーストリア独特のシステムである。しかし、短時間労働制度の期間は1年半に限られているので、不況が長引けば各社とも解雇に踏み切らざるを得ない。勤労者の7人に1人が自動車と関連のある産業で働いているドイツにとっては、大きな打撃である。

ドイツで最も深刻な状態に陥っているのが、1862年創業の老舗オペルだ。親会社である米国のジェネラル・モーターズ(GM)が破たんの瀬戸際に追い詰められているため、オペルを初めとする欧州子会社に関して大規模な人員削減と工場閉鎖、売却が予定されている。

オペルはドイツ政府から33億ユーロ(約3960億円)の支援を受けられなければ、経営が行き詰まるとしているが、メルケル政権は3月上旬に同社が提出した再建計画を「不十分だ」として突き返し、交渉は暗礁に乗り上げている。やはりGMの子会社だったスウェーデンのサーブは、すでに会社更生法の適用を申請した。

ドイツ政府は、金融機関を救済するために多額の資金を投入している。米国のリーマン・ブラザースが破たんしたときのように、銀行倒産は1国だけでなく世界中の金融機関に悪影響を及ぼす恐れがあるからだ。政府は多額の借金によって救済資金を捻出しているが、財政状態が火の車であるため、あらゆる業種に救いの手を差し伸べるのは難しい。

オペルについては、以前から生産能力のだぶつきが指摘されてきた。政府内部では、「オペルの危機は不況のせいだけではない。過剰な生産能力を減らしてコストを引き下げる努力を怠ってきた経営陣の判断ミスも原因だ」として、オペルを国民の税金で助けることをためらっているのだ。

現在は原油価格が下がっているが、投機筋の暗躍によって1バレルが200ドルを超える時期が再びやってくるだろう。さらに気候温暖化を防ぐために二酸化炭素の排出量を削減しようという機運は、将来各国で高まるに違いない。21世紀の自動車業界には、新しい長期戦略、新しいビジネスモデルが求められているのかもしれない。

20 März 2009 Nr. 757

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:22
 

追放=独・ポーランド間の火種

ドイツ国民の中には、イタリアやギリシャ、トルコに行ったことがあるという人は多いが、東隣のポーランドに旅行したことがある人は少ない。ポーランドはドイツにとって、近くて最も遠い国の1つである。両国の上には、今なお第2次世界大戦中の経験が暗い影を落としているからだ。現在ドイツとポーランドの間で、「追放問題」をめぐって激しい論争が再燃していることは、過去の傷が癒えていないことを示している。

ポーランドは、ナチスによる侵攻で最も大きな被害を受けた国の1つである。当時、国土はドイツとソ連によって分割されて地図上から消滅し、国民の17%に当たる600万人が死亡した。首都ワルシャワだけでなく大半の都市が瓦礫の山と化した。

現ポーランド領・シレジア地方は、終戦までドイツ帝国の領土だった。だがポツダム合意によって、この地域がポーランドに編入されたため、ドイツ人約690万人が追放され、オーデル川から西側の地域へ強制的に移住させられた。西へ逃亡する途中に、ポーランド人による襲撃や飢え、寒さで死亡したり、行方不明になったりした市民も多い。また、多くのドイツ人がシレジア地方の土地や家屋を失ったが、今日まで全く補償を受けていない。現チェコ領のボヘミアや、ルーマニアなど旧ドイツ領から追放されたドイツ人の総数は、約1400万人前後と推定されており、その内211万人が死亡、もしくは行方不明になった。この問題は「追放」(Ver treibung)と呼ばれ、ドイツ人が戦争中に受けた最大の被害の1つとして記憶されている。

ドイツ政府はこれらの被害者と、他国での紛争で住居追放の犠牲となった人々について記録し、想い起こすための資料館をベルリンに設置する方針である。「追放被害者連盟」がエリカ・シュタインバッハ会長をこの施設の管理評議会のメンバーの1人として指名しようとしたところ、ポーランド政府が強く反発。シュタインバッハ氏は就任を断念した。

これまでもポーランド側は追放被害者連盟に批判的だったが、今回はシュタインバッハ氏への個人攻撃が熾烈をきわめた。ポーランド政府のドイツ問題に関するアドバイザーであるウラディスラフ・バルトジェフスキー氏が、シュタインバッハ氏をホロコースト否定論者に例えた上、同氏を「金髪の野獣」とまで呼んだことは、この問題がいかにポーランド人の国民感情を刺激したかを物語っている。

統一前の西ドイツでは、追放問題を歴史にとどめようという動きは今日ほど強くなかった。だが東西統一以降、住民追放を忘れてはならないという意見が強まっており、この問題を扱った本や映画が次々に発表されるようになった。ドイツが国家主権を回復したことで「我々は加害者だったが、被害者でもあった」と考える人が増えているのだ。いわば「普通の国」に近づこうとする動きである。ポーランドが「シュタインバッハおろし」に成功したことは、ドイツの保守勢力の間に強い不満感を生んでいる。この論争が、両国の関係全体を悪化させることだけは防がなければならない。

13 März 2009 Nr. 756

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:22
 

財産の没収は許されるのか

ドイツの銀行危機の焦点となっている金融機関が、ミュンヘンの中心部にあるヒポ・レアル・エステート(HRE)だ。端正な外観とは対照的に、内部は腐食しきって「炉心溶融(メルトダウン)」状態になっている。そのきっかけは、HREが2年前にダブリンに本社を持つデプファという銀行を買収したことだった。その後デプファは、米国のサブプライム・ローン債権が混入した金融商品への投資により巨額の損失を被った。ドイツ政府はHREに1020億ユーロ(約12兆2400億円)もの公的資金を投入したが、損失はさらに膨らむ見通しである。この国の銀行は病人だらけだが、HREは集中治療室に入れられた危篤患者だ。国からこれほど多額の支援を受けた銀行はほかにない。

政府はなぜHREを救わなければならないのか。その理由は、HREがドイツのPfandbrief(抵当証券もしくは担保証券)市場で最も重要な金融機関の1つだからである。担保証券とは、金融機関が担保に取った不動産担保権を引き当てにして発行する債権証券。様々な債権証券の中で、最も信用度が高いとされている。ドイツの担保証券市場は、9000億ユーロ(約108兆円)と世界最大の規模で、HREはその内の約15%を発行する。担保証券は安全度が高いと見られてきたため、多くの金融機関が投資している。したがってHREが倒産すると、担保証券に投資している企業に連鎖的な影響が及ぶのである。ドイツの金融システム全体が揺らぐのを防ぐために、政府はHREの倒産を絶対に防がなくてはならない。そこで政府は、HREの株式の過半数を買い取って事実上国有化する方針をとった。国営になれば、倒産はありえないからだ。

ところが、政府は大きな壁にぶつかった。米国の投資家クリストファー・フラワーズ氏が、所有する25%の株式を手放すことを拒否したからだ。同氏がHREの株式を買った当時、1株当たりの値段は22.5ユーロだった。しかし、現在ではわずか1.3ユーロと大幅に低くなっている。今株を売ればフラワーズ氏は100億ユーロ近い損失を受けることになるため、売却を拒んでいるのだ。

これに対しメルケル政権は、HREに限って個人投資家の株式を没収できる法律を施行させることを決めた。ドイツの憲法である基本法(第14条第3項)によると、政府は公共の利益にかなう場合に限り、個人の財産を没収できることになっている。財産を没収された市民は、政府から賠償金を受け取る。

それにしても、自由市場経済であるドイツで、政府が個人財産を強制的に没収するというのは穏やかではない。外国の投資家の中には、将来この国への投資をためらう人も現われるかもしれない。キリスト教民主同盟(CDU)の議員からは、「政府はタブーを破った。財産没収は許されない行為だ」と批判する声が出ている。これに対しメルケル首相は、「財産没収は、市場経済を守るために必要な措置だ」と防戦に努めている。

政府が通常では考えられない「禁じ手」を使わざるをえないという事実は、金融システムがいかに切迫した状況にあるかを浮き彫りにしている。重症患者が集中治療室から出られるのは、いつの日か。

6 März 2009 Nr. 755

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:21
 

金融危機とボーナス論争

米国の不動産バブル崩壊に直撃されたドイツでは、多くの金融機関が巨額の赤字を抱え、危機の只中にある。しかしそうした中でも、ドレスナーバンクの投資銀行であるドレスナー・クラインヴォルト(DKW)の面々は笑いが止まらないだろう。社長だったシュテファン・イエンチュ氏は、巨額の損失を生んだにもかかわらず、800万ユーロ(約9億6000万円)の退職金を手にしている。さらに、彼の下で働いていたディーラーたちも、合わせて4億ユーロ(約480億円)のボーナスを支給されることになっている。

DKWは昨年の第3四半期までに22億ユーロ(約2640億円)の損失を計上。コメルツバンクは昨年アリアンツ保険からドレスナーバンクを買い取ったが、買収してからドレスナーの財務状態が当初の予想よりも悪いことに気付き、ドイツ政府に支援を要請した。政府はコメルツの破たんを防ぐために、同行に180億ユーロ(約2兆1600億円)の公的資金を注入するとともに、株式の25%を買い取って部分的に国有化した。

イエンチュ元社長の退職金やディーラーたちへのボーナスは、彼らの契約に明記されていたものであり、法的には問題がない。だが彼らがコメルツの経営悪化の一因を作ったことも間違いない。そうした銀行員たちが多額のボーナスを受け取ることに、ドイツ社会では強い憤りの声が上がっている。

財務省側にも落ち度はある。コメルツバンクへの支援を決定する際に、社員への多額のボーナス支払いを禁止するなどの条件を設けなかったからだ。メルケル首相は、「国の支援を受けている銀行が、同時に巨額のボーナスを支払うことは理解できない」と述べてバンカーたちの振る舞いを批判した。

金融機関に注入される公的資金は、国民の血税である。大手銀行が破たんすると、ドイツだけでなく世界中の金融システムに悪影響が及ぶので、政府は銀行が潰れないように天文学的な額の金融支援を行わざるを得ない。

しかし、幹部に巨額のボーナスを支払うのは、DKWだけではない。英国のRBSは、昨年352億ユーロ(約4兆2240億円)の赤字を出しながら、総額13億ユーロ(約1560億円)のボーナスを支払う。スイスのUBSの幹部たちも、124億ユーロ(約1兆4880億円)の赤字決算にもかかわらず、合計14億ユーロ(約1680億円)のボーナスを受け取る。

多くのメーカーが社員の解雇や労働時間の短縮に追い込まれている。銀行融資の条件も厳しくなり多くの企業が資金繰りに苦労している。そうした中、不況の一因を作った銀行が幹部たちに多額のボーナスを払うことに、市民の怒りが高まるのは当然だ。

だが、銀行が高い報酬で人材を集めるのは今に始まったことではない。「利潤極大化」という根本的な欲望がある限り、この不況が去った時、金融機関は再び高額のボーナスでディーラーをかき集め、短期的な利益の計上に走るだろう。過去に世界中で何回もバブルが出現しては消えていったが、バブルの形成が一向に後を絶たないのは、人間の性(さが)のためである。

27 Februar 2009 Nr. 754

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:21
 

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