ジャパンダイジェスト
独断時評


テレコムによる違法監視の衝撃

テレコムによる違法監視の衝撃社会主義時代の東ドイツで、悪名高い秘密警察シュタージ(国家保安省)は、政府に批判的な市民の電話を盗聴したり手紙を開封したりして、情報を集めていた。東ドイツは、あらゆる手段を使って情報を集める巨大な監視国家だった。

ドイツ統一によって幸いシュタージは消滅したが、市民は引き続き違法に監視されていた。ドイツの一流企業、それも最大の電話会社であるドイチェ・テレコムが、個人情報を違法に集めて分析していたことが明らかになったのである。同社は2005年ごろ、監査役会で話し合われた会話の内容がニュース雑誌などにたびたび掲載されることに、頭を痛めていた。会社の内紛がすっぱ抜かれるのは、経営者にとって悩みの種である。そこで、情報を漏らした犯人を探し始めた同社は、監査役会に出席していた組合代表がマスコミに情報を漏えいしていると判断。証拠をつかむために、組合代表や、特ダネを書いた雑誌記者の通話に関するデータを集め、ベルリンの探偵事務所などに調査を依頼したのだ。

ドイツでも日本と同じく、企業のスキャンダルが次々に暴露されているが、今回の事件は非常に重大である。通話データは個人情報であり、第3者に渡して調査させるのは個人情報保護法に違反する行為だ。また、ジャーナリストの取材活動の自由を脅かすものでもある。通信網を運営する電話会社は、通話データを簡単に入手できる立場にあり、通信の秘密を特に厳しく守ることを求められる。そうした会社が、法律を破って通話データを悪用していたのである。倫理観のまひ、モラルの低下のひどさに戦慄させられる。

検察当局はテレコム本社などへの家宅捜索に踏み切り、当時社長だったカイ=ウーヴェ・リッケ氏と監査役会長だったクラウス・ツムヴィンケル氏が、違法な調査について知っていたかどうかに注目している。もしも検察庁の捜査によって、企業のトップが通信の秘密を侵害する行為を命じていたとしたら、ドイチェ・テレコムへの信頼は完全に地に堕ちるだろう。

コミュニケーション技術の発達によって、個人の通話や行動パターンなどを監視することはますます容易になりつつある。今回のテレコムによる違法監視は、便利なテクノロジーが実は両刃の剣であることをはっきり示した。

違法な監視を行っていたのはドイチェ・テレコムだけではない。スーパーマーケット・チェーン「リードル」も、従業員の行動を監視するために、隠しビデオカメラで店内を撮影していた。シュタージによる市民に対する監視や弾圧はなくなったが、モラルを失った民間企業による違法な監視活動はますます強まっているように見える。

「国家による暴力は恐ろしい。しかし、カネの暴力も危険だ」。違法監視の実態を聞くと、東ドイツ出身のある共産主義者が語ったこの言葉が、脳裏によみがえってくる。

13 Juni 2008 Nr. 718

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:10
 

大統領選と大連立政権の混乱

来年の総選挙を前に、メルケル首相率いる大連立政権で、内部対立が目立ち始めている。特に大統領選挙をめぐって、5月26日に社会民主党(SPD)が、ゲジーネ・シュヴァン氏を候補として擁立したことは、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に強い衝撃を与えた。

CDU/CSUは、現職のケーラー大統領が続投することを希望している。連立政権を構成する二つの党が別々の候補を推薦するというだけでも、政府内部に強い不協和音があることを示している。だがCDU/CSUを最もいらだたせているのは、シュヴァン候補が大統領選の際に、左派政党リンクス・パルタイの票を必要とすることだ。

シュヴァン氏は、「左派政党が生まれたのは、ドイツ統一とグローバル化の結果であり、無視することはできない」という趣旨の発言を行っており、リンクス・パルタイに対して批判的な姿勢はとっていない。それどころか、「(自分を選ぶよう)左派政党と交渉はしないが話し合いは行う」と、意味深長な発言をしている。

メルケル首相をはじめCDU/CSUの幹部は、「シュヴァン氏の擁立によって、SPDがまた一歩、リンクス・パルタイに歩み寄った」と厳しく批判している。SPDのベック党首は、各州のSPD党支部が州議会で左派政党と連立することは承認しているが、「連邦議会では左派政党とは組まない」と発言している。しかしCDU/CSU側は、今回のシュヴァン氏擁立について、連邦レベルでもSPDが左派政党と協力しようとしている姿勢の表れだと見て警戒している。

一方、左派政党の赤い津波は、旧西ドイツの州にもひたひたと押し寄せている。5月25日にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州で行われた地方自治体選挙でも、リンクス・パルタイは躍進して6.9%の得票率を確保。一方、既成政党のCDUとSPDは得票率を大幅に減らした。西側でも、左派政党の「社会保障費の削減に歯止めをかけ、所得格差を減らそう」という訴えに共感する庶民が増えているのだ。

しかし、左派政党の綱領を読んでみても、現在の政府の財政状態で、本当に社会保障サービスを増やしたり、教育などのために500億ユーロもの投資を行ったりすることができるのかどうかが見えてこない。シュヴァン氏自身も、「リンクス・パルタイは、グローバル化に対するドイツの解答を提示していない」と分析している。

社会保障費削減は、長年の「ドイツ病」を治して失業者の数を減らすために、シュレーダー前首相が始めたものである。現在のドイツ社会の左旋回は、そうした「治療」に対する患者の強い拒否反応だ。

ドイツ人たちは、どちらの道を選ぼうとしているのか。来年の総選挙へ向けて、政局の動向から目を離せない。

6 Juni 2008 Nr. 717

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:11
 

選挙と年金改革

今年7月から、ドイツの2000万人の年金生活者が受け取る年金が1.1%引き上げられることが決まった。年金額はここ数年据え置きされてきたので、物価上昇率を考えると、実質減らされてきた。年金生活者たちにとってはグッド・ニュースだが、社会全体の視点で長期的に考えると手放しでは喜べない。

旧西ドイツは、高福祉国家として充実した公的年金制度を持っていた。しかし統一によって旧東ドイツの市民を受け入れた上、高齢化と少子化が急速に進んでいることから、このままの状態では破綻することが目に見えていた。このため前のシュレーダー政権は、年金制度が創設されて以来、最も抜本的な改革を行った。端的に言えば、公的年金の大幅な削減が始まったのである。

具体的には、保険料を払い込む人口が減ると支給額の伸びにブレーキがかかるように、年金の計算方法を変更した。また年金の受給開始年齢も、65歳から67歳に引き上げられた。

シュレーダー改革は「ドイツ企業の国際競争力向上につながる」として、財界からは大歓迎された。しかし、労働組合や市民の間では不評だった。社会民主党(SPD)への支持率が急落し、社会主義政党であるリンクス・パルタイがヘッセンやハンブルクでの地方議会選挙で大幅に得票率を伸ばした背景には、市民が社会保障改革に強い不満を抱いているという事実がある。リンクス・パルタイは、特に高齢者の間で着実に支持者を増やしている。

今回の年金引き上げは、来年の連邦議会選挙で得票率が大幅に下がることを恐れた、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の一部の政治家の強い要望に基づく。メルケル首相自身は、シュレーダー氏が始めた改革を続行することを基本路線にしているので、年金引き上げに批判的だったが、党内で亀裂が拡大することを恐れてしぶしぶ首を縦に振った。9月にバイエルン州議会選挙で得票率が下がることを危惧しているCSU内では、所得税減税を提案する声も強まっている。これもまた選挙対策にほかならない。

確かに現在、連邦政府の財政状態は数年前に比べて改善しつつある。その利益を市民に還元するべきだという意見も理解できる。しかし、シュレーダー改革の狙いは公的年金制度を長期的に安定させることにある。本来は財政状態が良い時に、将来に備えて蓄えを行うのが筋であろう。そう考えると、有権者を喜ばせるために一時的に年金を引き上げるというのは正しい政策だろうか。シュレーダー改革による年金の大幅カットで将来最も皺寄せを受けるのは、現在30代から50代の働き盛りの世代なのである。

今回の決定は、公的年金が選挙の道具として利用されつつあることをはっきり示しており、CDUなど与党が来年の選挙についていかに悲観的な見通しを抱いているかを浮き彫りにしたと言えるだろう。

30 Mai 2008 Nr. 716

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:52
 

国民の不安にどう答えるのか

今秋から来年にかけて、ドイツでは重要な選挙がいくつか行われる。たとえば今年9月には、バイエルン州議会選挙、そして来年には連邦議会選挙がある。これら選挙の重要な争点の一つは、国内で格差社会化が進む中、既成政党は国民の漠然たる不満にどう答えるのか、ということである。

2年前から景気が上向き、失業者数が減っているにもかかわらず、ブルーカラーだけでなくホワイトカラーの間にも将来に対する不安が残っている。特に前のシュレーダー政権が始め、メルケル政権が引き継いで行っている社会保障の削減によって、多くの市民が「仕事があるうちは何とかやっていけるが、病気になったり高齢になったら、自分は貧困層に属するのではないか」という不安を持っている。

先ごろ、ヘッセンとハンブルクで行われた州議会選挙で、社会主義政党・リンクスパルタイが躍進したのは、まさにそうした人々が政府に対する抗議票として選んだからである。(外国人である私は、彼らがネオナチ政党に投票しなかったのは良かったと思っている)リンクスパルタイの連邦議会入りは、確実と見られている。

また、多くの市民は、ドイチェ・バンクのアッカーマン頭取や、ドイチェ・ポストの元社長だったツムヴィンケル氏のように、毎年数億円を稼ぐ人々が庶民とは違う尺度で生きていることに腹を立てている。たとえば起訴されても、司法に金さえ払えば有罪判決を免れたり、身柄の拘束を避けたりすることができるからだ。マンネスマンのエッサー氏のように、会社は買収されて消滅するのに、数億円の退職金を受け取る人もいる。米英型の価値観が富裕層に浸透するほど、戦後の旧西ドイツが誇ってきた「社会的市場経済」に対する人々の信頼は揺らいでいく。

今年3月2日にバイエルンで行われた市町村選挙は、既成政党の地盤がじわじわと崩れていることをはっきり示した。キリスト教社会同盟(CSU)は自らの牙城で、前回選挙に比べて得票率を5.8%減らし、40%に落ち込んだのである。これは1966年以来、最悪の記録である。この保守王国バイエルンですら、市民は既成政党に強い不満を抱いているのだ。人々の怒りは、党首だったシュトイバー氏が辞任してから一気に表面に噴出した。CSU関係者は、この選挙結果に強い衝撃を受けている。

バイエルン州政府が、シュトイバー氏の悲願だった超高速列車トランスラピードの建設計画を葬った背景にも、人々の怒りを鎮めようというCSUの意図が感じられる。だがバイエルン州立銀行で、サブプライム危機による損失が増えていることはCSUにとって痛手である。一方、興味深いのは、バイエルンの市町村選挙で社会民主党(SPD)も得票率を2.5%減らし、むしろバイエルンでは少数派である緑の党が得票率を2.6%伸ばしたことだ。9月の州議会選挙、そして来年の総選挙でも、大きな波乱が起こるかもしれない。

23 Mai 2008 Nr. 715

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:52
 

健康保険ブルース

原稿の書きすぎのせいか、腱鞘炎(けんしょうえん)になった。左手首の関節に、時おり痛みが走る。このため整形外科医へ行こうとしたら、電話がつながるまでに15分もかかった。受付には、公的健康保険に入っている患者と民間健康保険に入っている患者の窓口が別々に設けてあった。見ていると、民間健保の加入者は優先的に診察してもらっており、待ち時間も公的健保の患者より短い。米国ほどではないが、ドイツでも医療制度が二つの階級に分かれ始めているのを象徴する光景だった。

公的健保に入っている市民は、民間健保に入っている市民に比べて、診察や検査のために待たされる日数がはるかに長くなる。一方、民間健保では、家族一人ひとりの保険料を払わなくてはならないので、保険料が公的健保よりもはるかに高くなる。

この国では、民間健保の被保険者は10%にすぎない。だが公的健保と違って、医師が請求できる診療報酬には上限が設けられていないので、彼らにとっては重要な収入源なのである。ある皮膚科の医師が、「我々は、民間健保に入っている人々のおかげで生き延びているのです」と自嘲気味に語っていたことがある。またすでに、民間健保に入っている患者以外は診察しない医師も現われている。

いよいよ来年から、メルケル政権の社会保障改革の目玉である健康保険基金制度がスタートする。これにより公的健保の患者は、これまでとは異なり、この健康保険基金に保険料を払い込み、公的健保の運営機関(クランケンカッセ)は、同基金から資金を受け取ることになる。

ドイツでは現在、健康保険に入っていない市民が増えている。そのため政府は、無保険者を減らすために、民間健保に公的健保と同範囲をカバーする「基本タリフ」の商品を開発させようというのだ。それにより民間健保会社は、基本タリフの商品を望む市民には、リスクにかかわらずこの商品を売らなくてはならなくなる。しかし、基本タリフの商品が生まれることによって、現在の民間健保の保険料は大幅に高くなる見通しとなっており、民間健保会社は、基本タリフの商品販売を強制されることを不服として、連邦憲法裁判所に提訴している。

米国では患者は、病気にかかって検査や治療を受ける前に保険会社に電話して、その治療行為が保険でカバーされるかどうか事前にたずねなくてはならないケースがある。高額な治療費がかかっても、保険会社が支払わないことがあるからだ。同国では、治療費を払うことができず破産する市民すらいるのだ。

ドイツでも高齢化が進んでいることから、改革によって医療費の増加に歯止めをかける必要があることは確かだ。しかし、ドイツが米国のように「医は算術」の世界になることだけは避けてほしいものだ。

16 Mai 2008 Nr. 714

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:51
 

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