ジャパンダイジェスト
独断時評


ドイツのコロナ禍が深刻に - 未接種者に大幅な制約導入

11月に入ってドイツでは感染者数が急増し、西欧で最もコロナ禍が深刻な国の一つになった。ワクチン接種率がほかの欧州諸国に比べて低く、連邦議会選挙などのために、政府の対応が遅れたことが一因だ。

11月22日、ハンブルクのエルプフィルハーモニーで行われた予防接種キャンペーンの列の長さは数百メートルに及んだ11月22日、ハンブルクのエルプフィルハーモニーで行われた予防接種キャンペーンの列の長さは数百メートルに及んだ

仏伊に比べて低い予防接種率が災い

 ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、11月24日には過去最多の7万5961人の新規感染者が確認され、351人が死亡。パンデミックが始まってからの累計死者数は10万人を超えた。直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者数(7日間指数)は404.5人と過去最高になった。特にザクセン州の状況は深刻だ。ワクチン接種率が57.8%(24日時点)と最も低い同州では、7日間指数が935.8で全国で最悪の状態にあり、1000を超えるのは時間の問題。重症者の約90%が、ワクチン未接種者だ。  重症者の急増により集中治療室のベッド数が不足しつつあり、同州医師会の会長は22日に「トリアージュが必要になる可能性がある」と語っている。トリアージュとは戦争や自然災害で用いられる手法で、医療資源が逼迫(ひっぱく)したときに、命を救える見込みが高い患者を優先的に治療する。昨年3〜4月に、イタリアやスペイン、フランスの一部の病院はトリアージュを余儀なくされたが、似た状況がドイツにも近づいている。  ちなみにドイツの7日間指数はフランス(69.0)、スペイン(90.4)、イタリア(114.4)などほかの西欧諸国に比べてはるかに高い。その原因の一つはドイツ政府が人々に予防接種の重要性を理解させることに失敗し、職場での3G規則、介護・医療従事者に対する接種の義務化などの対策を取るのが遅れたからだ。

コロナ対策の優等生が劣等生に転落

 スペインの接種率は80.6%、フランスは77.9%、イタリアは74.8%とドイツ(68%)を上回っている。例えばイタリア政府は今年9月に、全ての就業者に3G(接種済み、快復済み、または陰性証明)規則の遵守を義務付け、守らない者には出社を禁止し、自宅待機中には給料も支払わないという強硬な措置を取った。ドイツがこの措置を取ったのは11月24日で、イタリアに比べて約2カ月遅れた。  仏政府は9月15日に介護・医療従事者にワクチン接種を義務付け、約3000人が接種を拒否して事実上解雇された。ドイツでは本稿を書いている11月24日時点でも義務化していない。病院関係者らは、医療資源が逼迫しているときに接種を義務化した場合、さらに看護師数が減ることを懸念しているのだ。  ドイツのコロナ対策が大幅に遅れた理由の一つは、8~9月に政治家たちが連邦議会選挙に時間とエネルギーを集中させて、「コロナの冬への備え」を怠ったことだ。前のメルケル政権にはもはや統率力がないが、ショルツ政権も11月24日の時点では発足していない。つまり「権力の空白期」のために国が中ぶらりんの状態にあるときに、コロナウイルスがこの国を襲った。昨年は「コロナ対策の優等生」と呼ばれたドイツだが、今年は劣等生に転落したと言わざるを得ない。

未接種者の行動に大幅な制約

 メルケル首相は11月22日に、疲れ切った表情で記者会見に臨み、「現在の状態は、これまでで最も深刻だ。今準備されている対策では十分とはいえない」と語った。これに先立って18日にRKIのヴィーラ―所長は、ザクセン州政府とのビデオ会議の中で「1日の新規感染者5万人のうち、0.8%は死亡する。つまり毎日400人の命が失われる。厳しい措置を取らなければ、今年のクリスマスは悲惨なものになるだろう」と強い言葉で警告した。  しかも、ドイツ政府は2020年とは異なり、全国的ロックダウンをもはや実施できない。シュパーン保健相のイニシアチブで、昨年以来の「公衆衛生に関する国家緊急事態」は25日に終了したからだ。その背景には、ロックダウンが経済や教育に与えた悪影響が余りにも大きかったという事情がある。  このため各州政府は11月下旬から、クラブの一時的な営業禁止、職場などでの3G規則の導入、映画館などへの2Gプラス規則(接種済みまたは快復した市民も、コロナ検査で陰性であることが必要)の導入、ホームオフィス(テレワーク)を許可することを義務化するなどの措置を実施した。  バーデン=ヴュルテンベルク州のシュヴァルツヴァルト・バール郡など三つの郡では、ワクチン未接種者は午後9時~午前5時までは、病院や職場へ行く場合を除いて、原則的に外出を禁止された。また、快復者を除く未接種者は、レストラン、ホテル、商店(食料品店や薬局を除く)を利用することも禁じられる。

ワクチン接種義務を要求する声も

 バーデン=ヴュルテンベルク州のクレッチュマン首相とバイエルン州のゼーダ―首相は23日付のフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)に投稿して、ドイツはオーストリアと同じく、国民全員にワクチン接種義務を導入するべきだと主張。両氏は「接種義務は、自由権の侵害ではない。憲法は、ワクチンを自発的に受けない一部の市民の自由を守るために作られたものではない。接種拒否者の勝手な行動が、ほかの市民に被害を与えるのを放置してはならない」と訴えた。  パンデミックでは、1カ月の対策の遅れが多数の死者につながる。後手に回ったドイツが、いつウイルスの急激な拡大に歯止めをかけられるかは未知数だ。
最終更新 Donnerstag, 02 Dezember 2021 09:45
 

新たな難民危機にドイツはどう対応するか?

欧州で新たな難民危機が起きつつある。氷点下以下の厳しい寒さのなか、ポーランド・ベラルーシの国境地帯では、シリア、イラク、アフガニスタンなどからの難民約4000人が野宿している。人々は寒さに震えながら、たき火をして暖を取っている。衛生状態は劣悪で、水や食べ物も十分ではない。

10日、ベラルーシとポーランドの国境地帯の難民キャンプの様子10日、ベラルーシとポーランドの国境地帯の難民キャンプの様子

欧州の国境に新たな壁の建設

ポーランド政府は国境地域に「非常事態宣言」を発令して、数千人の兵士・警察官を配置。鉄条網やフェンスを設置して難民の侵入を防ごうとしている。ポーランド・ベラルーシ間の国境線の長さは約400キロメートル。このためポーランド政府は国境を完全に遮断することが難しい。

同じ状況は、ベラルーシと国境を接するラトビアとリトアニアでも起きつつある。これらの国々も国境沿いにフェンスを建設し始め、両国では欧州連合(EU)に対する資金や人員による支援を求める声が強まっている。ベルリンの壁が崩壊してから32年目の今年、欧州には新たな「壁」がつくられつつあるのだ。

国境の突破に成功した難民たちが目指す最終目的地は、ドイツだ。彼らはドイツの難民保護規定がほかの欧州諸国に比べると寛容で、社会保障制度が手厚いことを知っている。今年8月末から10月中旬までに、ベラルーシ経由でドイツに到着した難民の数は約4500人。ポーランドと国境を接するブランデンブルク州に今年8月に到着して亡命申請した難民の数は400人だったが、9月にはその数が約6倍に増加した。

ルカシェンコ大統領の圧制

難民危機の引き金は、EUとベラルーシ政府の政治的対立だ。「欧州最後の独裁者」と呼ばれるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、昨年8月の選挙で再選。得票率は80.1%と異常に高く、市民は「不正選挙だ」と政府に抗議するデモを繰り広げた。ルカシェンコ大統領は、警官隊を動員して暴力でデモを制圧。政府に批判的な多数の市民を投獄した。大統領選挙以降逮捕された市民のうち、約450人が拘留中に拷問や性的暴力を受けたと主張している。

今年5月には、ギリシャのアテネからリトアニアのビリニュスに向かっていたライアンエアの旅客機がルカシェンコ政権によってベラルーシに強制着陸させられた。目的は、機内にいたベラルーシ人のジャーナリストらを逮捕するためだった。この時にベラルーシ空軍はミグ29戦闘機を発進させて、旅客機をミンスク空港に向かわせた。反体制派を逮捕することを目的とした、航空史上にも例のない「国家によるハイジャック」だ。EUはルカシェンコ政権が暴力によって市民の異議申し立てを抑え込もうとしていることを重く見て、今年9月に政府要人に対する経済制裁を発動した。

難民を武器に使うベラルーシ政府

ルカシェンコ政権はEUに圧力をかけて制裁措置を撤回させるために、難民を「将棋の駒」として使うという手段に出た。同政権は、レバノンやトルコからチャーター便でシリア難民らをベラルーシに移送し、トラックでポーランドやリトアニア、ラトビアの国境まで運んでEUに送り込み始めた。ルカシェンコ大統領は、多数の難民の流入がEUを苦境に陥れることを知っている。2015年には、戦火を逃れたシリア人ら約100万人の難民がドイツなど欧州諸国に流入し、各国で政治的・社会的な混乱が起きた。

EUは、「ルカシェンコ大統領は難民を武器として使って、西欧に対するハイブリッド(混合型)戦争を行っている」と反発。ハイブリッド戦争とは、難民の流入や偽情報など軍事力以外の手段を使って外国に損害を与えようとする、新しい戦争手段である。

ドイツのハイコ・マース外務大臣は、難民危機を人為的に引き起こしているルカシェンコ大統領を、「国営の人身売買機関の元締め」と呼んで強く非難。同外相は、9日に「EUはベラルーシ政府の脅迫行為には屈しない。われわれは、難民のEUへの移送に関わっている全ての関係者や団体を、経済制裁のリストに載せる」と述べ、同国に対する制裁をさらに強化する意向を明らかにした。ブランデンブルク州のミヒャエル・シュトゥープゲン内務大臣も、「ルカシェンコ大統領は、難民が凍死したり飢え死にしたりしても構わないと考えている。最悪の人身売買だ」と批判している。

EU共通の難民政策の難しさ

EUでは、2015年の難民危機後も、域内に多数の難民が到着した際の配分の仕方など、統一された難民規定が作られていない。各国とも難民をなるべく受け入れたくないというのが本音だ。例えば2015年にEUはイタリアやドイツに到着した多数の難民を、人口や国内総生産などに従って加盟国に割り当てようとしたが、東欧諸国は難民受け入れを頑として拒んだ。ルカシェンコ大統領は、そうしたEUの足並みの乱れに付け込んでいるのである。

人口学者たちの間では、「欧州に比べ出生率が高い北アフリカや中東では、将来多くの若者が職業や住宅を見つけられなくなり、生活水準を引き上げるために欧州を目指すだろう」という意見が有力だ。さらに、今後地球温暖化と気候変動のために、アフリカやアラブ諸国では干ばつと食糧不足が悪化する可能性が強い。つまり、飢餓から逃れるために欧州へ向かう難民が増加するとみられている。人権擁護を重視するEUは一刻も早く、有効な難民政策を確立する必要がある。

最終更新 Dienstag, 16 November 2021 17:35
 

エネルギーの価格高騰 新政権はどう対応する?

ドイツなど欧州諸国ではガスなどのエネルギー価格が昨年に比べて大幅に高くなっており、市民の間では暖房費用の高騰について懸念が強まっている。

メクレンブルク=フォアポンメルン州ルプミンにあるノルドストリーム2のガスステーションメクレンブルク=フォアポンメルン州ルプミンにあるノルドストリーム2のガスステーション

エネ高騰がインフレに拍車

連邦統計庁は9月30日に、「今年9月の消費者物価指数は、前年同期比で4.1%上昇した」と発表した。ドイツの物価上昇率が4%を超えたのは、28年ぶりだ。同庁によると、最大の原因は原油やガス価格の高騰である。エネルギー価格は、前年同期比で14.3%も増えている。特に増加率が高いのが暖房用の灯油で、価格が76.5%上昇した。自動車燃料も28.4%、ガスが5.7%、電力は2%高くなった。

環境コンサルティング企業「co2online」によると、暖房に灯油を使う家では、今年の暖房費用が前年比約44%、ガスでは約14%増える可能性がある。同社は「8月の天然ガスの輸入価格は、前年同期に比べて約177%高くなったほか、原油の輸入価格は前年同期比で約64%上昇した」と説明する。ドイツの家庭の約半分が暖房にガスを、約25%が灯油を使っている。エネルギー価格などの比較サイト「Verivox」によると、ガス供給会社32社が9月から10月にかけて、価格を平均12.6%引き上げる方針を明らかにした。

電力価格も高騰している。欧州エネルギー取引所のドイツ向けEPEXスポット価格は、今年1月の1メガワット時当たり34.9ユーロから、8月には82.7ユーロに跳ね上がった。もちろん昨年ドイツ経済がコロナ・パンデミックのために停滞していたため、エネルギー価格が低かったこと、さらに昨年後半に付加価値税が一時的に引き下げられていたことも影響している。しかし、それだけではこの高騰は説明できない。

炭素税も高騰の一因

連邦統計庁は、「暖房と自動車の燃料に導入された炭素税も、エネルギー価格高騰の一因」と指摘。メルケル政権は、地球温暖化に歯止めをかけるための施策の一環として、今年1月から暖房や自動車から排出される二酸化炭素(CO2)1トン当たり25ユーロの税金を課した。市民がディーゼルエンジン・ガソリンエンジンの車から電気自動車(EV)に乗り換えることや、灯油による暖房をヒートポンプなどCO2排出量が少ない暖房に切り替えるのを促進するためである。

ちなみに、この炭素税は今後毎年引き上げられていく。給油時に、「昨年よりもガソリンや軽油が高くなった」と感じた人が多いと思うが、内燃機関の車のコストは、今後年々増大する。2045年までにカーボンニュートラルを達成するための施策の一つである。

メルケル政権が導入した炭素税

メルケル政権が導入した炭素税

オランダのオンラインガス取引市場Title Transfer Facilityでも、昨年12月31日には1メガワット時当たりのガス価格が16.75ユーロだったが、今年9月21日には73.78ユーロに達した。340%もの上昇である。英国、フランス、スペインでも、ガスや灯油の価格上昇に対して市民の懸念が強まっている。電力大手RWEのマルクス・クレッバーCEOは日刊紙のインタビューで、「ガスと電力は今後数年間にわたり、高い水準にとどまるだろう。今起きているような価格の急上昇は、誰も予想していなかった」と語った。

炭素税収入の市民への還元が必要

価格高騰の理由として、まずパンデミックの影響が弱まった国では経済活動が再開され、エネルギー需要の急激な高まりが挙げられる。さらに昨年冬の寒さが厳しかったため、ドイツのガスの貯蔵施設が約67%しか充填されていないことや、ガス企業が価格高騰を嫌って仕入れを控えている可能性が指摘されている。

また緑の党の一部の議員は、「現在ドイツ政府は、ロシアから同国へ直接ガスを輸送する海底パイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請を審査している。ロシアはガス供給量をわざと減らして、ドイツが一刻も早く稼働を許可するように、圧力をかけている」と指摘。ロシアのエネルギー企業ガスプロムは「わが社は契約通り、ドイツなど西欧諸国にガスを供給している」として、緑の党の批判に反論している。

欧州連合(EU)加盟国首脳は10月21日から2日間、ブリュッセルでエネルギー問題について討議したが、有効な結論は出なかった。スペイン政府は、EUに対してガスを共同購入して配分するよう求めている。

ドイツ消費者保護センター連合会のクラウス・ミュラー会長は、「ドイツに近く樹立される新政権は、オーストリア政府が行っているように、炭素税収入を全ての消費者に対して『気候保護ボーナス』として還元するべきだ。同時に、再生可能エネルギー拡大を加速したり、EV充電器を増設したりすることによって、化石燃料への依存度を減らす必要がある」と訴えている。

最も大きなしわ寄せを受けるのは、低所得層だ。可処分所得が大幅に減った場合、エネルギー転換に反対する市民が増える危険もある。次期政権は、「エネルギー弱者」への支援を強化する必要があるだろう。

最終更新 Mittwoch, 03 November 2021 15:20
 

三党連立政権は信号機かジャマイカか?

9月26日のドイツ連邦議会選挙では、社会民主党(SPD)と緑の党が躍進し、保守党が大敗。三党連立政権が誕生する公算が強いが、交渉は難航しそうだ。

1日、三者協議を終えた緑の党の共同党首ハベック氏(左)とベアボック氏(中央)、 FDPのリントナー氏(右)1日、三者協議を終えた緑の党の共同党首ハベック氏(左)とベアボック氏(中央)、 FDPのリントナー氏(右)

SPDと緑の党が躍進

選挙管理委員会によると、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は前回より8.8ポイント減り24.1%となった。結党以来、最低の数字だ。これに対しSPDは前回比で5.2ポイント増え、25.7%を記録。緑の党も5.9ポイント増えて14.8%になり、第3党の地位に到達した。第4党は、企業経営者や自営業者を支持基盤とする自由民主党(FDP)。同党は、得票率を前回よりも0.8ポイント増やした(11.5%)。

政界では、三党連立が必要になるという見方で、現在最も有力視されているのが、次の二つのパターンだ。次期連邦議会の議席数は735なので、新政権は368議席を確保すれば過半数を獲得できる。

連立パターン① 連立パターン②
通称 信号機連立 ジャマイカ連立
首相 ショルツ ラシェット
政党(議席数) SPD(206) CDU・CSU(196)
政党(議席数) 緑の党(118) 緑の党(118)
政党(議席数) FDP(92) FDP(92)
議席数 416 406

各党のシンボルカラーにより、連立パターン①は信号機連立、連立パターン②はジャマイカ国旗の3色が使われているため、ジャマイカ連立と呼ばれる。SPDのショルツ候補は、「今回の選挙ではSPD、緑の党、FDPが得票率を前回に比べて増やした。従って国民の要請に応えて、この3党が連立政権を作るべきだ」と述べている。これに対しCDUのラシェット候補は、「SPDとCDU・CSUの得票率の差はわずか1.6ポイント。得票率が2番目の政党にも、連立政権を率いる権利がある」と主張している。

鍵を握る緑の党とFDP

このため緑の党とFDPは、キングメーカーとして極めて重要な役割を演じる。方向性は異なるものの、両党とも政治経済の改革を求めている。緑の党はエコロジー国家を建設すること、FDPはデジタル化と教育改革を強調したために、特に30歳未満の有権者の間で得票率が高かった。ショルツ・ラシェット両候補の運命は、緑の党とFDPがSPDとCDU・CSUのどちらを選ぶかにかかっているのだ。現在各党は、正式な連立交渉の準備として、個別に事前協議を始めている。

SPDと緑の党は、温暖化と気候変動に歯止めをかけるための政策や、コロナ危機で拡大した所得格差を是正するための政策を重視しており、共通点が多い。両党とも、富裕層への課税強化や、法定最低賃金の引き上げを求めている点は同じだ。緑の党は、再生可能エネルギーの拡大などのために多額の投資が必要になるため、債務ブレーキの緩和を要求している。

CDU・CSUとFDPは政策面では理想的なパートナーである。両党は左派政党ほど具体的に気候保護政策をマニフェストに掲げておらず、富裕層・企業への増税に反対だ。また債務ブレーキの緩和に反対し、一刻も早く財政黒字を回復させることを求めている。

焦点の一つは、緑の党とFDPがどのようにして政策を擦り合わせるかだ。緑の党は政府主導で二酸化炭素CO2削減を加速するため、例えば気候保護省を新設して、パリ協定にそぐわないほかの省庁の法案に対する拒否権を与えることを提案している。

三党は妥協点を見出せるか?

緑の党は、メルケル政権が決めた脱石炭の実施時期(2038年)を8年早めること、全ての新築の建物に太陽光発電装置の設置を義務付けること、全国の土地の少なくとも2%を風力発電設備の用地にすること、2030年以降ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの新車の販売を禁止することなどを求めている。

これに対しFDPは、「禁止など法律による強制は、企業に過重な負担となる。気候保護対策については、企業が競争力を維持できるように、禁止措置ではなくイノベーションやCO2排出量取引制度の拡大など、市場メカニズムを重視するべきだ」と主張する。同党は内燃機関を使う新車の販売禁止に反対の立場である。さらに富裕層に対する増税に反対し、逆に企業減税をマニフェストの中で提案している。

つまり緑の党とFDPが信号機連立かジャマイカ連立を成立させるには、数々の政策について、妥協点を見出さなくてはならない。緑の党とFDPは、2017年の連邦議会選挙後の交渉で譲歩せず、ジャマイカ三党連立構想を破綻させた経験がある。ちなみに、三党連立政権が万一成立しない場合、計算上CDU・CSUとSPDは大連立によって402議席を確保できる。しかしSPD執行部はCDU・CSUとの再連立に強く反対しているので、実現する可能性は低い。一方FDPと緑の党は、連立交渉前の準備協議を入念に行っている。

世論調査機関「選挙研究グループ」が10月2日に公表した世論調査によると、「信号機連立を望む」と答えた比率は59%で、ジャマイカ連立を支持する回答者(24%)に大きく水を開けた。「ショルツ候補が首相になるべきだ」と答えた人は76%で、ラシェット候補への支持率(33%)の2倍を上回った。敗軍の将への圧力は、日一日と高まりつつある。前回の選挙時には、政権樹立までに5カ月かかった。欧州のリーダー国で空白状態が長期化するのは好ましくないので、一刻も早く新政権が誕生することを望む。

最終更新 Donnerstag, 14 Oktober 2021 09:43
 

ドイツ経済を建て直せ!次期政権の課題

連邦議会選挙後に誕生する次期政権の前には、さまざまな難題が立ちはだかっている。連邦議会選挙で勝った政党は、一刻も早く政権を樹立して国民の前に具体的な回答を示さなくてはならない。

ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)

7年間で初の財政赤字

喫緊の課題の一つは、国家財政の建て直しだ。ドイツ政府は昨年コロナ・パンデミックによる悪影響を緩和するために、大規模な財政出動を行った。営業を禁止されたレストランや劇場などの経営者に緊急援助金を支給したり、自宅待機する社員の所得減額分の一部を補填する「時短労働補償金」の適用期間を延長したりした。さらに内需の減退を防ぐために、昨年は一時的に付加価値税率が引き下げられた。

これらの措置は、パンデミックという緊急事態に対処するために必要な政策だった。しかし2020年の連邦政府、州政府など公的機関の歳出は前年比で12.1%増え、歳入は3.5%減少。このためドイツは昨年1892億ユーロ(24兆5960億円・1ユーロ=130円換算)という巨額の財政赤字を抱えることになった。2019年までは、G7の中で唯一黒字の優等生だった。赤字に転落するのは、2013年以来7年ぶりだ。

ドイツの基本法には債務ブレーキという規定があり、連邦政府は国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字(新規債務)を禁じられている。もちろんパンデミックは緊急事態なので、メルケル政権は2020年の財政については、例外的に債務ブレーキを適用しなかった。ただし次期政権はできるだけ早く財政赤字を減らし、再び黒字を生まなくてはならない。

財政黒字化と気候保護政策のジレンマ

問題は、ドイツ経済の成長率が他国に比べて低いことだ。コロナ危機の影響で、同国のGDPは昨年4.8%減少した。2021年のドイツの予測成長率は3.6%で、中国(8.1%)や米国(7.0%)、英国(7.0%)に比べて大幅に低い。選挙戦のなかでキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、「経済成長によってコロナ危機による打撃から回復する」と繰り返し主張したが、予測成長率が世界の平均成長率(6.0%)よりも低いのでは、財政黒字の早期回復は難しい。

ドイツ政府は、2045年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を持っている。政府は今後地球温暖化・気候変動に歯止めをかけるために、水素エネルギーの実用化や再生可能エネルギー拡大の加速、電気自動車の充電インフラの整備、二酸化炭素を出さない新しい合成燃料の開発、鉄道網の拡充などに多額の投資を迫られる。さらに、今年7月にドイツ西部に深刻な被害を与えた水害から、住宅などを守るための治水対策も重要な課題だ。そのためのお金をどのようにして調達するのかは、未知数である。

つまり次期政権は、財政の健全化と気候保護のための投資という二つの課題を同時に達成しなくてはならない。これはどの政党が首相を輩出しても、極めて困難なテーマである。実際、市民の間では巨額の財政赤字のつけに対する懸念が募っている。R+V保険会社は、1992年以来「ドイツ人の不安」に関するアンケートを毎年実施しているが、今年は不安の原因として「コロナの影響で国の債務が増えたために、増税が行われたり、社会保障サービスが減らされたりすること」を挙げた人が53%と最も多かった。この調査結果には、市民の不安感が反映されている。

さらに、多くの人々がインフレに対しても不安を抱いている。ドイツ政府は気候変動対策として今年1月から車や暖房の燃料に炭素税をかけ始めた。このためガソリンなどの価格が過去に比べて大幅に高くなったが、来年以降、炭素税率は年々上昇する。今年8月のドイツの物価上昇率は前年同期比で3.9%と、過去28年間で最高だった。このため前述のR+Vの調査によると、「生活コストの上昇について不安を抱いている」と答えた人の割合が50%と2番目に高かった。

デジタル化の加速を

またドイツ経済の屋台骨である製造業界は今、産業革命以来最も大きな変化に直面している。政府には、この構造転換が労働者に過剰な負担をかけないように配慮することも求められる。例えば自動車業界は内燃機関を使った車から電気自動車へ移行するだけではなく、自動運転技術や「インターネットに常時接続された車」(コネクテッドカー)の技術をも導入しなくてはならない。内燃機関のエンジニアたちは、新しい知識を身に付けなくてはならないのだ。

一方、鉄鋼業界や化学業界、セメント業界などは非炭素化を達成するために、製造法を大幅に変更することを求められているが、そのために必要な投資額は、東西ドイツの再統一にかかった費用をも上回るという予測すらある。

新政権は、経済、行政、社会のデジタル化も加速しなくてはならない。コロナ危機は、この国のデジタル化が米国、中国、イスラエルなどに比べて遅れていることをはっきりと示した。スイスの市場調査機関IMDが発表した「2020年・デジタル競争力ランキング」によると、ドイツの総合的なデジタル化の度合いは第18位。米国(第1位)、シンガポール(第2位)だけではなく、デンマーク(第3位)、スウェーデン(第4位)など欧州諸国にも水をあけられている。これでは、欧州随一の経済パワーの名が泣く。

こうした難しい課題が山積していることを考えると、選挙で首位に立った政党も、勝利の美酒に酔っている暇はない。

最終更新 Mittwoch, 29 September 2021 14:39
 

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