ジャパンダイジェスト
独断時評


メルケル首相の後継者最有力はゼーダー氏

来年秋の連邦議会選挙まで、およそ1年。この総選挙にはドイツだけではなく世界各国が注目している。その理由は、2005年以来首相を務めているアンゲラ・メルケル氏が総選挙後に政界を引退する方針を明らかにしているからだ。つまり、来年はメルケル首相の後継者が決まるのである。

バイエルン州旗をモチーフにしたマスクは、ゼーダー氏のトレードマークにバイエルン州旗をモチーフにしたマスクは、ゼーダー氏のトレードマークに

ゼーダー氏への支持率がトップ

そうしたなか、この国の政界では異変が起きている。これまで首相候補として名乗りを上げていたキリスト教民主同盟(CDU)の3人の政治家を差し置いて、バイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(53歳)が最も有力なメルケルの後継者と見られているからだ。ゼーダー氏は、CDUの姉妹政党で、バイエルン州の地域政党のキリスト教社会同盟(CSU)の党首である。

シュピーゲル誌が今年6月の最後の週に実施した世論調査によると、メルケル氏の後釜に座るべき人物として、ゼーダー氏を挙げた人の比率は39%で最も多かった。ゼーダー氏は、CDUのフリードリッヒ・メルツ元連邦議会院内総務(14.4%)、ノルベルト・レットゲン連邦議会・外務委員長(5.3%)、ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のアルミン・ラシェット首相(4.7%)に大きく水をあけている。

メルツ氏ら3人のCDU党員とは対照的に、ゼーダー氏は本稿を執筆している8月12日の時点では「メルケルの後継者として連邦政府の首相を目指す」という出馬表明を行っていない。彼はドイツのメディアでのインタビュー中に、「私の居場所は、バイエルン州だ」という言葉を繰り返している。

ゼーダー氏のコロナ対策への高い評価

ゼーダー氏の人気が急上昇している最大の理由は、彼のコロナ対策だ。同氏は、今年春に欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時に、感染者の増加を防ぐために積極的な対策を取った。彼はドイツの16の州の首相の中で、感染拡大の防止のために最も積極的な政治家と見られている。

例えばゼーダー氏は、バイエルン州に3月21日に罰則付きの外出禁止・接触制限令(ロックダウン)を施行した。これは、メルケル首相が全国に外出禁止・接触制限令を施行するよりも2日早かった。また、ゼーダー氏の機敏な決断を多くの市民が支持。ある若者はCDUの支持者ではないが、「ゼーダー氏がいち早く外出禁止・接触制限令を施行したのは正しかったと思う」と語っている。

またゼーダー氏は、7月1日以降バイエルン州でPCR検査を希望する市民に対して、症状がない場合にも無料で検査するという仕組みを導入した。このような対策を打ち出したのは、ゼーダー氏が全国で最初である。

さらに彼は、新規感染者数が減少傾向に転じても「ウイルスが消えたわけではないので、商店やレストランの再開はあくまでも段階的に行うべきだ。公共交通機関や商店でのマスク着用義務、1.5メートルの最低距離は維持しなくてはならない」として、ロックダウンの急激な緩和に対しては消極的な姿勢を貫いた。

旗色が悪いラシェットNRW州首相

こうした姿勢が有権者の間で「ゼーダー・ファン」を増やしつつあるのだ。ゼーダー州首相は出馬表明はしていないものの、「コロナ対策で成功した者だけが、次期首相候補を名乗る資格がある」と語っている。この論法で行くと、コロナ対策に関わっていないメルツ氏とレットゲン氏は、首相候補レースでは不利である。

またNRW州のラシェット首相は、ロックダウン緩和に慎重なメルケル首相に反旗を翻して、今年4月という早い時点で経済活動の再開など「出口戦略」を要求した。さらに今年6月に同州のギュータースロー郡の食肉加工場でクラスターが見つかった時のラシェット氏の対応もぎこちなかった。同郡の保健所が食肉加工場で最初の感染者を確認したのは、6月17日。同郡はこの日に学校や託児所を閉鎖した。

だがラシェット氏は当初、「食肉加工場を除けば、感染者の数は多くない」として、直ちに同郡のロックダウンを命じなかった。彼がロックダウンを命じたのは、最初の感染者の発見から6日後。6月23日の時点でギュータースローの直近1週間の新規感染者数は10万人当たり約270人と極めて多くなっていた。ラシェット氏が集団感染の発生後も直ちにロックダウンに踏み切らなかったことは、「コロナ対策に積極的ではない」という印象を与えた。

黒・緑連立政権が誕生か?

来年の連邦議会選挙のシナリオで最も可能性が高いと見られているのが、CDU・CSUと緑の党の連立政権である。公共放送局ARDが8月6日に発表した調査によると、CDU・CSUへの支持率は38%、緑の党は18%なので過半数を確保できる可能性が強い。

2015年の難民危機以降、CDU・CSUへの支持率は下がる一方だったが、コロナ危機からは回復した。イタリアやフランス、スペイン、英国とは対照的に、メルケル政権がパンデミックの第1波で死者数を比較的低い水準に抑えることに成功したからである。

コロナ対策の巧拙は政局に大きな影響を与える。ゼーダー氏も完全無欠ではない。8月中旬には、バイエルン州保健当局で帰国者に対するPCR検査の結果通知が大幅に遅れるなど、混乱が生じている。「ゼーダー首相」が来年本当に誕生するかどうかは未知数だ。

最終更新 Donnerstag, 20 August 2020 12:15
 

第2波に備えるドイツ科学者は重大な懸念

7月28日に、ドイツの国立感染症研究機関であるロベルト・コッホ研究所(RKI)のヴィーラ―所長が、厳しい表情で記者会見を行った。彼は「ドイツでは再び感染者数が増えている。集団感染は、職場、家族や親戚の間での会食、介護施設で起きている。このため私は、非常に大きな懸念を抱いている」と語った。

7月25日、ケルン・ボン空港で無料のPCR検査の列に並ぶ、危険地域から帰国した人々7月25日、ケルン・ボン空港で無料のPCR検査の列に並ぶ、危険地域から帰国した人々

「国内で規則が守られていないことが主因」

ヴィーラ―所長によると、7月中旬以降に新規感染者数が増加している主な理由は、ドイツに住む人々の間で、感染を防ぐための規則を守らない人が増えていることだ。つまり5月の規制緩和以降、他人と最低1.5メートルの距離を取らなかったり、商店や公共交通機関でマスクを着けない人が増えているという。

彼は「現在の状況が、パンデミックの第2波であるかどうかは、断言できない。しかしわれわれは、最低限の距離やマスク着用の義務を守り、ウイルスが急激に拡散することを防がなくてはならない」と訴えた。

ヴィーラ―所長は欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るった3月後半から4月には、毎日記者会見を行っていたが、ロックダウン緩和以降は何週間も会見を行わなかった。メルケル首相のアドバイザーであるウイルス学者が、7月28日に再び会見を行ったこと自体が、事態の悪化を象徴している。

7月下旬以降、新規感染者数が増加傾向

ドイツの1日当たりの新規感染者数 (資料=RKI)ドイツの1日当たりの新規感染者数 (資料=RKI)

RKIの7月28日付けの報告書によると、ドイツの累計感染者数は20万6240人。累計死者数は9122人で、フランスやイタリア、スペインなどに比べるとはるかに少ない。集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着している重症者の数は、126人と低い水準にある。

だがRKIの統計によると、7月下旬になってから、1日当たりの感染者数が500人を超える日が、以前に比べて増えている。ヴィーラー所長は、「感染者数の増加傾向に変化が現れている」と指摘する。

確かにドイツでは、夏に入って新型コロナウイルスのクラスターが時折発見されている。例えば7月25日には、バイエルン州ディンゴルフィング・ランダウ郡の農場で、収穫作業員176人が感染していることが分かり、労働者約500人が隔離された。州政府は連邦軍の応援も受けて、この地区の住民に無料でPCR検査を実施している。またバーデン=ヴュルテンベルク州のシュヴェービッシュ・グミュントでも、7月14日に行われた葬儀に参列したイスラム教徒らの間で、58人の感染が確認された。

リスク国からの帰国者に強制検査

一方、シュパーン連邦保健大臣は、7月27日に「新型コロナウイルスが蔓延している危険国から帰国する人に対しては、空港などでPCR検査を受けることを義務付ける」と発表した。ドイツでは日本と異なり、帰国者に対し強制的に検査を実施することを「市民権の制限」と見なす傾向が強い。このためシュパーン大臣は、当初強制検査には慎重な姿勢を示していた。

だが、多くのドイツ人が夏のバカンスを過ごすトルコ、スペインなどで感染者の数が増える傾向にあることから、シュパーン大臣も方針を変更して、強制検査に踏み切った。特にスペインのカタルーニャ地方では7月に入って感染者数が急増しているため、ドイツ外務省は7月28日に、同地方への観光など不要不急の旅行を見合わせるよう市民に勧告している。

今年3月にドイツで感染者が急増した理由の一つは、イタリアやオーストリアで謝肉祭や復活祭の休暇を過ごした市民の一部が、ウイルスをドイツへ持ち込んだことだった。このため政府は、夏休み後に同様の事態が繰り返されるのを防ごうとしているのだ。

パンデミックは終わっていない

バイエルン州政府は、7月1日以降、市民が希望すれば症状がなくても無料でPCR検査を受けられる態勢を整えた。これもクラスターを早期に発見して、さらなる感染を防ぐための対策の一部である。

ヴィーラ―所長は、記者会見の席上で「われわれは、まだ世界で急速に広がりつつあるパンデミックの只中にいる。パンデミックは、まだ終わっていない」と警告した。ウイルス学者の間では、秋から冬にかけて、第2波が到来するという見方が有力だ。今年3~4月のように感染者数が爆発的に増えた場合、政府は再びロックダウンを施行せざるを得ない。その場合、経済が再び大きな打撃を受け、不況がさらに深刻化する。

こうした事態を防ぐためには、市民は責任感を持って行動すべきだ。萎縮する必要はないが、ワクチンが開発されて投与が始まるまでは、過剰な楽観主義は禁物だと思う。科学者の言葉に、耳を傾けたい。

最終更新 Mittwoch, 05 August 2020 16:32
 

DAX市場の寵児ワイヤーカード破綻の衝撃

今年6月のドイツは、大きな経済スキャンダルに揺れた。6月25日に、キャッシュレス決済サービス企業ワイヤーカード(本社・アッシュハイム)が、債務超過により裁判所に倒産申請を行ったのだ。

1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社

DAX企業が初めて倒産

このニュースはドイツの金融業界だけでなく、フィンテック銘柄に注目する世界中の投資家にも強い衝撃を与えた。最大手企業30社が構成するドイツ株式指数市場(DAX)に上場している企業が倒産したのは、今回が初めてだからである。

同社は6月18日に「フィリピンの二つの銀行の信託口座に保管していた19億ユーロ(2280億円・1ユーロ=120円換算)の現金が見つからない」と発表した。このため会計監査法人は、同社の2019年の会計報告書の承認を拒否した。19億ユーロは同社の資産の約4分の1に相当する。つまり会計報告書に架空の資産が計上されていた疑いが強まり、一時200ユーロ近かった同社の株価は、2ユーロ前後まで暴落した。

同社のCEO(最高経営責任者)は、オーストリア人起業家のマルクス・ブラウン。彼は6月19日にCEOを辞任した後、22日にミュンヘン検察庁によってバランスシートの偽造や株価操縦の疑いで逮捕された。(彼は一晩拘留された後、500万ユーロの保釈金を払って保釈された)。

フィンテック・ブームに乗り急成長

1999年に創設されたワイヤーカードは、クレジットカードやスマートフォンを使ったキャッシュレス決済、Eコマース(電子商取引)などに関する技術やサービスを提供する企業だ。倒産前には、「欧州、北米、アジアなどの約28万社の企業と取引もしくは提携関係にある」と主張していた。

同社は、フィンテック・ブームの波に乗って急成長した。2004年の年間売上高は680万ユーロ(8億1600万円)だったが、2018年には20億1600万ユーロ(2419億円)に増加。従業員数も2013年からの5年間で5倍に増え、約5100人に達した。

ワイヤーカードは厳密にいうとIT企業だが、銀行も所有していたほか、急ピッチで世界各地に拠点を設置した。ワイヤーカードは、2018年にDAX市場に加わった。創設当初はオンラインゲームの決済サービスなどを提供していた元零細企業が、ドイツ経済界のエリートが名を連ねるクラブに仲間入りしたのだ。

英国日刊紙FTとの苛烈な戦い

だがワイヤーカードについては、2008年頃から「財務内容が不透明だ」という指摘がときおり出され、インターネット上に疑惑が流れるたびに同社の株価が大きく下がった。これに対してワイヤーカードは「一部の投資家が嘘の情報を流すことによって、株価を操縦したり、空売り(株価下落を予想して利益を得る特殊な取引)を行ったりしている」と反論した。

2019年2月には英国の日刊紙ファイナンシャルタイムズ(FT)が、「ワイヤーカードのシンガポール子会社が、香港での営業許可を取得するために売上高を過剰に計上している」という疑惑を報じ、再び株価が急落した。ワイヤーカードは「FTが株価を操作しようとしている」と反論し、同社を相手取って民事訴訟を提起。ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)は、ワイヤーカードの株の空売りを2カ月間にわたり禁止するとともに、FTの記者らを株価操縦の罪で告発した。これを受けたミュンヘン検察庁も、同紙の記者に対して有価証券取引法違反の疑いで、一時捜査した。つまり当時監督官庁や捜査当局は、ワイヤーカードを「空売り行為の被害者」と見ていたのだ。

社内調査で不正発覚

だが一方で、監督官庁はワイヤーカードに対する不信感も抱き始めた。BaFinは、2019年2月にバランスシートの審査団体である「ドイツ会計審査機関(DPR)」に対し、ワイヤーカードの2018年上半期の会計報告書の点検を命じている。

ワイヤーカードの監査役会も2019年2月に社内に調査委員会を設置し、通常監査を任せている監査法人とは別の企業に、2016~2018年の会計報告書の分析を依頼した。この監査法人は今年4月に調査結果を公表し、「一部の取引に関する書類が見つからない」と報告。つまり社内調査委員会は、「売上高の一部が存在しない」というFTが報じた疑惑を払拭できなかった。このためブラウンCEO(当時)は、2019年の年次報告書・業績報告書の発表を延期。BaFinは、株価操縦の疑いでブラウンCEO(当時)を刑事告発した。6月5日には、検察庁がワイヤーカードの本社などを家宅捜索して書類などを押収している。

監督官庁の責任は?

ワイヤーカードの経営実態については解明されていない点が多いが、ドイツの論壇では、「この事件は第二次世界大戦後のドイツで最大の会計偽造事件になる」という見方も出ている。なぜ監督官庁や監査法人は、最初の疑惑が指摘されてから10年以上にわたり、ワイヤーカードについて詳細な調査を実施しなかったのか。同社の株や社債に投資していた市民や企業は、今回の株価暴落によって多額の損害を受けた。

ワイヤーカード事件は、ドイツの株式市場に対する投資家の信頼感にも悪影響を与える可能性がある。検察庁による徹底的な解明が必要だ。

最終更新 Dienstag, 14 Juli 2020 16:41
 

初の地域ロックダウン第2波への不安

パンデミックの第1波を乗り越えて、日常生活を取り戻しつつあるドイツ社会に、冷水を浴びせるような出来事が起きた。

クラスターが発生したNRW州にあるテニエス社の食肉加工場クラスターが発生したNRW州にあるテニエス社の食肉加工場

ギュータースローなどで再び接触制限令

ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州政府は、6月23日に同州北東部のギュータースローなどで新型コロナウイルス感染者数が増加したため、二つの郡に接触・外出制限令を施行した。メルケル政権が5月にロックダウンを緩和して以来、特定の地域に限定した接触・外出制限令が発布されたのは初めてだ。

ギュータースロー郡では2週間、ヴァ―レンドルフ郡では1週間にわたり、屋内でのイベントやスポーツ、バーや映画館の営業が禁止されたほか、家族を除いて2人以上の市民が集うことも禁じられた。約64万人の市民が影響を受けた。

集団感染(クラスター)の発生は、他州でも「ウイルスが持ち込まれるのではないか」という不安を引き起こしている。例えばシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府は、「ギュータースローとヴァ―レンドルフ郡の市民がバカンスなどのために入境した場合、2週間の隔離を命じる」と発表。またメクレンブルク=フォアポンメルン州のある島のホテル経営者は、ギュータースローからやって来た観光客の滞在を拒否して追い返した。これは他州の市民への偏見と差別である。

ロックダウンを躊躇した州首相

クラスターが見つかったのは、ギュータースローにあるテニエス社の食肉加工場。約7000人が働く同工場で、6月24日の時点で1553人がウイルスに感染した。NRW州政府は連邦軍の支援も受けて、従業員と家族全員にPCR検査を行っている。政府は作業場での労働条件などについて、厳しく調査する方針だ。さらに、加工場と関連のない住民75人からも陽性反応が出ており、市内感染の可能性も浮上している。

ギュータースローの保健所が食肉加工場で最初の感染者を確認したのは、6月17日。同郡はこの日に学校や託児所を閉鎖した。NRW州のラシェット首相(キリスト教民主同盟・CDU)は当初、「食肉加工場を除けば、感染者の数はそれほど多くない」として、この郡でのロックダウンを躊躇した。

しかし5月にメルケル政権は、「直近1週間の新規感染者の数が人口10万人あたり50人を超えた場合には、地域的なロックダウンを再開する」という方針を打ち出していた。ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、6月23日の時点でギュータースローの直近1週間の新規感染者数は10万人あたり約270人、ヴァーレンドルフでは66人。連邦政府が取り決めた「非常ブレーキ」の基準を超えたため、ラシェット首相も地域的なロックダウンに踏み切らざるを得なかった。野党の社会民主党(SPD)や緑の党は、「ラシェット氏のコロナ対策は出足が鈍い」と批判していた。

ラシェット首相は16人の州首相の中で、最もロックダウンに批判的な政治家の1人だった。4月14日には「ロックダウンは、経済に大きな損害を与える。封鎖措置を段階的に緩和していくべきだ」と述べ、連邦政府に迅速に出口戦略を示すよう強く求めていた。

他州でもクラスター発生

クラスターはほかの地域でも発生している。ニーダーザクセン州のゲッティンゲンの高層住宅では100人を超える住民がウイルスに感染し、約700人が隔離された。同州のヴィルデスハウゼンの食肉加工場、ベルリンのノイケルン地区やフリードリヒスハイン地区の集合住宅でも、集団感染が起きている。

政府は、感染速度を推定する目安として、実効再生産数(R)という数値を使う。Rが1ということは、1人の感染者が1人に感染させることを意味する。ウイルスが猛威を振るっていた3月10日頃にはドイツのRは3.3だった。その後ロックダウンによって、3月下旬から約3カ月にわたってRは1前後で推移。先月は一時Rが0.7まで下がり、シュパーン保健大臣は「ウイルスを制御できるようになった」と発言していた。だがギュータースローなどのクラスターのために、6月22日にはRが2.88まで急上昇した。これは、ドイツ社会に対する警戒信号である。

「第2波に備えて警戒態勢の強化を」

ベルリン・シャリテー病院のドロステン教授は「われわれが知らない間に、ウイルスが拡大している可能性がある。ウイルスがクラスターの発生地域から別の地域へ広がらないようにすることが重要だ」と述べた。さらに教授は「1カ月後の状況について、私は楽観的になれない。今警戒態勢を強めないと、2カ月後にウイルスが広範囲に拡大するかもしれない」と語り、秋から冬にかけて第2波が到来する可能性を示唆した。

RKIのヴィーラ―所長も「今後も局地的なクラスターが発生するだろう。警戒を怠らずに、最低距離やマスク着用などの規則を守らなくてはならない。これが今後数カ月にわたって続く、新しい日常となる。第2波を防げるかどうかは、1人1人の行動にかかっている」と述べ、過度に楽観的にならないよう戒めた。

6月に入ってオフィスでの仕事を再開したり、バカンス旅行を計画する市民が増えた。コンサートが部分的に再開されるなど、街は活気を取り戻しつつある。だがワクチンが開発されない限り、人類が油断すると何度でもウイルスが襲いかかってくる可能性があることを、頭の片隅に置いて行動する必要がある。

最終更新 Mittwoch, 08 Juli 2020 15:39
 

メルケル政権はコロナ・デフレを防げるか?

新型コロナウイルスの新規感染者数は減っているが、パンデミックの経済への打撃は深刻化する一方だ。そうしたなか、メルケル政権は不況の悪影響を緩和するために大規模な景気刺激策を発表した。

3日、コロナ危機における景気パッケージについて発表するメルケル首相3日、コロナ危機における景気パッケージについて発表するメルケル首相

ドイツで初の付加価値税引き下げを断行

連邦政府が6月3日に公表した「景気パッケージ(Konjunkturpaket)」の総額は、約1300億ユーロ(15兆6000億円・1ユーロ=120円換算)に上る。メルケル首相と共に記者会見に臨んだショルツ連邦財務大臣は、この不況対策の規模について「ドカーン(Wumms=ヴムス)という感じです」と形容した。

パッケージの最大の目玉は、付加価値税の引き下げだ。メルケル政権は、今年7~12月に限り付加価値税率を19%から16%に下げることを決めた。また、食料品は7%から5%に引き下げる。

この措置によって、200億ユーロ(2兆4000億円)の負担が軽減されるという。政府は特に低所得層の負担を減らしたり、コロナ危機によって減退している市民の購買意欲を高めることにより、景気の底上げを図る。ドイツで付加価値税が引き下げられたのは、今回が初めてだ。この決定は、多くの報道関係者や経済学者を驚かせた。

ただし、この減税が本当に消費を増加させ、景気の下支えにつながるかどうかは、未知数だ。今後ドイツでは失業者数が増えていく。雇用に不安がある人は、消費に走らず財布の紐を固く締めるだろう。

またドイツの付加価値税は内税だ。税金が減っても、企業が小売価格を下げるという保証はなく、価格を変えなければ企業の収益は増える。政府は企業に対し、商品の値段を下げて減税分を消費者に還元するよう強制することはできない。「企業は売上高を増やすために、値下げするだろう」という予想も出ているが、今回の引き下げがどの程度市民の消費を促進するかは、ふたを開けてみないと分からない。

政府が小売店などに資金援助

連邦政府は、小売店、飲食店、ホテルなどコロナ危機で売上高が大幅に減った事業所に対し、3カ月につき最高15万ユーロ(1800万円)まで固定費用をカバーする。例えば売上高が70%減った企業には、国がコストを80%まで支払う。メルケル政権は、この「つなぎ援助金」のために250億ユーロ(3兆円)を投じるという。さらに、子ども1人につき300ユーロ(3万6000円)の「家族ボーナス」を出して、市民の消費意欲を高める。その総額は43億ユーロ(5160億円)に上る。

小売店や企業の売上が激減し、地方自治体の営業税収入も減っている。このため連邦政府は、地方自治体の営業税収入を最大59億ユーロ(7080億円)補填。また地方自治体は、長期失業者に給付金「ハルツIV」だけではなく、家賃も支払っているが、連邦政府は40億ユーロ(4800億円)を投じて、長期失業者の家賃を肩代わりし、地方自治体の負担を軽減する。

自動車補助金で気候保護に配慮

ドイツの物づくり業界の屋台骨である自動車産業は、コロナ危機で車への需要が激減したために苦境に陥っている。そこでメルケル政権は、自動車メーカーの支援にも乗り出した。

大連立政権のうち、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は全ての車種に補助金を出すべきだとしていた。これに対し、連立パートナーの社会民主党(SPD)は、「温室効果ガスの削減努力をしている時に、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを積んだ車にも補助金を出すのはおかしい」と反対した。

その結果、メルケル政権は内燃機関を持つ車には新車購入補助金を出さず、電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車を買う市民だけに補助金(6000ユーロ=72万円)を出すことを決めた。つまりドイツ人たちは、コロナ対策においても、温室効果ガスの削減を重視したのだ。この支援措置には22億ユーロ(2640億円)の予算が投じられる。

心理的効果でコロナ・デフレ防止を狙う

ドイツでは、今年1月から再生可能エネルギー賦課金や、電力の送料である託送料金の増加により、電力料金が上昇傾向にある。

メルケル政権は市民の負担を軽減するために、賦課金の上昇を防ぐ措置に踏み切った。現在、再生可能エネルギー賦課金は電力1キロワット時当たり6.8セントだが、政府の補助によって2021年は6.5セント、2022年は6セントを超えないようにする。連邦政府はこの措置のために11億ユーロ(1320億円)を投じる。賦課金を廃止しないのは、電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率を2030年までに65%にするという目標を達成しなくてはならないからだ。

今回の景気パッケージには57項目の対策が列記されているが、そのうち半分近く(24項目)はエネルギー転換や気候温暖化対策に関するものだ。項目の数を増やすためか、水素エネルギーの拡大や住宅の暖房効率強化など、過去に発表されていた施策も混ざっており、本当に新しい政策は少ない。

しかし、メルケル首相は「Wumms」という大音響とともに景気対策を公表することで、人々の不安を減らし、コロナ不況と闘うための自信を与えようとしたのだろう。いわゆるコロナ・デフレの防止が先決なのだ。このパッケージが今年後半の成長率の低下にどの程度の歯止めをかけるか、注目される。

最終更新 Donnerstag, 18 Juni 2020 10:13
 

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