ジャパンダイジェスト
独断時評


極右・極左躍進の背景にショルツ政権への強い不満

9月1日にテューリンゲン州とザクセン州、同22日にブランデンブルク州で行われた州議会選挙で、極右・極左政党が高い得票率を獲得したことは、市民の連邦政府への不満と怒りが強まっていることを示した。

9月23日、記者会会見に臨んだAfD共同党首のティノ・チュルパラ氏(左から2番目)とアリス・ヴァイデル氏(同3番目)9月23日、記者会会見に臨んだAfD共同党首のティノ・チュルパラ氏(左から2番目)とアリス・ヴァイデル氏(同3番目)

初めて極右政党が州議会選挙で首位に

今回の結果は、米国や英国、フランスなどで起きているポピュリズム勢力の拡大と社会の分断がドイツにも到達したことを示す。この傾向が最も極端に現れたのは、テューリンゲン州だ。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は、得票率を前回(2019年)の選挙に比べて9.4ポイント増やした。同党は32.8%の得票率を確保し、首位を占めた。ドイツの州議会選挙で極右政党が首位に立ったのは初めてだ。

AfDテューリンゲン支部は、同州の憲法擁護庁から「過激団体」として監視されている。同党筆頭候補のビョルン・ヘッケ氏は、ナチス突撃隊のスローガンを演説中に使ったために、国民扇動罪で有罪判決を受けた。AfDは過激な排外主義を標ぼうし、ユーロ廃止やドイツの欧州連合(EU)脱退などを求めている。それにもかかわらず、州の有権者のほぼ3人に1人がこの党に票を投じた。ドイツのユダヤ人団体は、「多くの市民が、あえて民主主義を否定する政党を選んだ。この国にとって破局的な事態だ」と衝撃をあらわにした。

さらに、今年1月に結党したばかりの極左政党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」(BSW)も、15.8%の得票率を確保し、第3位になった。BSWは親ロシア政党で、やはりショルツ政権とEUに対して批判的だ。つまりテューリンゲン州では、現在の政治・経済体制に批判的な過激政党が有権者のほぼ半数の心をつかんだ。逆に、緑の党と自由民主党(FDP)は、得票率が5%に達しなかったため、州議会での議席を失った。オラフ・ショルツ首相の社会民主党(SPD)はかろうじて州議会にとどまったが、得票率は6.1%とAfDの約5分の1にすぎない。

ショルツ政権への不満が過激政党の追い風に

AfDとBSWが高い得票率を得た理由は、ショルツ政権の経済、財政、環境保護、難民政策に対する不満が、旧東独で特に強いからだ。今年8月にテューリンゲン州とザクセン州の有権者を対象に行われた世論調査では、回答者の3分の2が「今回の選挙では、連立与党三党を懲らしめる」と答えていた。つまり有権者は、ショルツ政権に「落第通知」を手渡したのだ。

ただし、AfDのテューリンゲン州での政権入りについては未知数だ。第2位の保守中道政党・キリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)、BSWは連立政権を組む方向で協議を続けている。だがCDU内部には、「ロシアの回し者であるBSWと連立してはならない」と反対の声もあり、連立交渉は難航すると予想される。その理由は、安全保障への見解の違いだ。BSWはドイツの対ウクライナ軍事支援と米軍の中距離ミサイルのドイツ配備に反対だが、CDUは賛成の立場を取る。CDUのフリードリヒ・メルツ党首は、「これらのテーマは譲れない一線」と述べている。

旧東独ザクセン州でも、AfDが得票率を前回に比べて3.1ポイント多い30.6%に引き上げた。BSWも初の選挙で11.8%の得票率を確保した。ただしザクセン州ではCDUが31.9%の得票率で首位を守り、SPDなどと連立して、AfDの政権参加を防ぐとみられている。

旧東独ブランデンブルク州でも、AfDは前回の選挙に比べて5.7ポイント多い29.2%の得票率を記録した。ただしこの州では、34年間にわたり政権に参加しているSPDが30.9%の得票率を確保して首位となった。これはディートマー・ヴォイトケ現州首相への個人的な人気が理由だ。BSWは同州で初めての選挙にもかかわらず13.5%という高得票率を獲得した。SPDはCDUやBSWと連立政権樹立の可能性を探る。

「過去との対決」は失敗したのか

AfD・BSWは共に外国人の受け入れに否定的だ。われわれ日本人にとっても懸念の種である。私が驚いたのは、テューリンゲン州の18~24歳の世代で、AfD支持率が38%とほかの世代よりも高くなっていることだ。ドイツ政府・経済・学界は第二次世界大戦後、若い世代にナチス・ドイツの犯罪について詳しく伝えてきた。若者は歴史教育の時間に、ナチスの非道さについて詳しく学ぶ。それにもかかわらず、旧東独では有権者のほぼ3人に1人がAfDを選んだ。AfDの幹部には、ナチスの犯罪を矮わいしょう小化する発言を行う者も少なくない。連邦政府に対する抗議とはいえ、これだけ多くの人がネオナチに近い政党を選ぶ現状を見ると、「ドイツの歴史教育は果たして成功したのだろうか」という疑問を抱かざるを得ない。

旧東独市民の間では、ドイツの民主主義制度に疑問を持つ者も少なくない。アレンスバッハ人口動態研究所が8月22日に公表した世論調査結果によると、「『政府からどう生きるべきかについて常に指図されている』と感じているか」という設問に対して、旧東独では63%が「そう思う」と回答。これは旧西独(53%)よりも10ポイント高い。また「民主主義は、見せかけだ。実際には国民に発言権はない」と答えた人は、旧東独では54%で、旧西独(27%)の2倍だった。

現在の連立与党は来年9月の連邦議会選挙で敗退する可能性が強い。現在支持率が35.5%でトップのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、メルツCDU党首を首相候補に擁立することを決めた。メルツ氏は、民主主義に失望したAfD・BSW支持者の信頼を回復することに成功するだろうか。

最終更新 Mittwoch, 02 Oktober 2024 13:41
 

ゾーリンゲンのテロと難民政策をめぐる激論

8月23日にノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のゾーリンゲンで発生したシリア難民による無差別殺傷事件を巡り、政党間で激しい議論が行われている。

襲撃事件が発生した現場付近に花を捧げている人々襲撃事件が発生した現場付近に花を捧げている人々

テロ組織ISが犯行声明

この日ゾーリンゲンでは、「多様性のためのフェスティバル」と名付けられた650周年記念祭が行われていた。シリアからの亡命申請者イッサ・アル・H(26歳)は、街の広場にいた市民たちをナイフで次々に切りつけ、3人を殺害し、8人に重軽傷を負わせた。Hは翌日警察に自首して逮捕された。テロ組織イスラム国(IS)は、「われわれの戦士が、パレスチナなどのイスラム教徒の仇を討つために、ドイツでキリスト教徒を攻撃した」という犯行声明を発表。このためドイツ連邦検察庁は、ISの指示に基づく無差別テロの疑いがあるとして、Hを追及している。現場にはオーラフ・ショルツ首相やNRW州のヘンドリク・ヴュスト州首相らが訪れ、犠牲者に献花した。同住民だけではなく、全国の市民がこの惨劇に強い衝撃を受けている。

本来Hは、昨年ドイツから追放されているはずだった。そうした難民が国に居残り、市民の命を奪う。この不条理は、欧州連合(EU)の難民政策が機能していない証拠だ。Hはシリアからブルガリアに到着し、2022年12月に不法にドイツに入国した。EUのダブリン協定によると、難民は最初にEUに入域した国で、亡命申請を行わなくてはならない。しかし多くの難民は、社会保障が手厚いドイツで亡命を申請しようとする。入国管理当局はHのドイツでの亡命申請を却下し、ブルガリア政府もHの受け入れに同意。Hは2023年にブルガリアへ追放されるはずだった。しかしHが行方をくらましたため、入国管理当局は彼をブルガリアへ追放することができなかった。本来ならばドイツに違法に入国し、しかも逃亡した難民は、逮捕されて国外に追放されるはずである。

ところが奇妙なことに、入国管理当局はHを逮捕するために、警察を通じてHを全国に指名手配しなかった。さらに不思議なことに、Hは昨年12月に多くのシリア難民が受ける「仮の保護措置」を適用され、ゾーリンゲンの難民滞在施設に滞在することを許されていた。HとISの関連は、解明されていない。彼がドイツでテロを行うために、ブルガリア経由でこの国にやって来たのか、もしくはドイツにいる間にインターネットなどを通じてISの過激思想に感化されたのかどうかも明らかにされていない。

ドイツ政府は昨年、滞在資格がない5万3000人の外国人を国外追放するはずだったが、実際に追放されたのは2万1000人に留まった。外国人を移送する係員、警察官などが不足していることが一因だ。ドイツからの退去を義務付けられている外国人の数は、約24万人に上る。そのうち80%は、健康上の理由や人道的な理由により、強制退去を免れている。さらに、滞在法第60条の規定により、アフガニスタンとシリアからの外国人については、母国で拷問されたり死刑に処させられたり、戦争に巻き込まれたりする可能性がある場合には、送還を禁止されている。

保守政党は難民規定の厳格化を要求

政治家たちの間からは、難民規定を厳しくするよう求める声が相次いでいる。キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首は、8月24日にドイツ第2テレビ(ZDF)のインタビューで、「シリアとアフガニスタンからの難民受け入れを停止するべきだ」と語った。しかし、ドイツは亡命申請権を憲法の中で保障している。シリアやアフガニスタンからの難民の受け入れを拒否することは、憲法違反だ。このためメルツ党首も、後日この発言を撤回した。

これまで難民受け入れについて最も否定的な態度を取ってきたのは、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。AfDのアリス・ヴァイデル共同党首は、「実効性のない対策について議論している余裕はない。ドイツは5年間にわたり、亡命申請者の受け入れを停止するべきだ」と提案した。

AfDテューリンゲン州支部のビェルン・ヘッケ支部長は、ゾーリンゲン事件後に行なった演説の中で、「既成政党の政治家たちの難民政策は、ドイツを、ぬるま湯を浴びせられて溶ける石けんのように、小さくしてきた。AfDは、このぬるま湯を止める。ドイツにおける多文化に関する実験を中止しなくてはならない」と述べた。これに対しショルツ首相は、「ドイツに滞在する資格がない者を、これまでよりも早く退去させられるような態勢を整える」と発言したものの、憲法が定める亡命申請権の変更には反対した。

さらに、一部の政治家は公共の場にナイフを持ち込むことの禁止や、警察官が路上で市民の所持品の検査を行う権限を強化することを提案している。しかしテロ問題の専門家は、「ナイフに関する法律を厳しくしても、テロリストの犯行を完全に防ぐことはできない」とコメントしている。ドイツの論壇では、「ゾーリンゲンの事件は市民の難民政策に対する不満を増幅し、AfDにとって強い追い風になる」という見方が出ている。EUは今年5月に難民審査規定を大きく改訂した。将来は域内で亡命を申請した全ての外国人を周辺部の滞在施設に収容して、審査を行う。亡命資格のない外国人は、直ちに退去処分になる。しかし、この制度が本格的に始動するのは2026年以降だ。難民政策の機能不全は、極右を勢いづける。政府の迅速な対応を望む。

最終更新 Donnerstag, 05 September 2024 09:15
 

なぜドイツの名目GDPは日本を抜いたのか?

国際通貨基金(IMF)は、今年4月「2023年の日本の名目GDP(国内総生産)がドイツに抜かれた」と発表した。ドイツの2023年の名目GDPは4兆4574億ドルで、米国・中国に次いで第3位だった。日本は4兆2129億ドルで第4位に転落した。ドイツの2023年の名目GDPは、日本を5.8%上回った。

第7代連邦首相のゲアハルト・シュレーダー氏(2003年撮影)第7代連邦首相のゲアハルト・シュレーダー氏(2003年撮影)

インフレと円安だけが原因ではない

日本の多くのメディアは「ドイツのインフレと円安が主な原因」と報じた。確かにドイツ連邦統計局によると、2023年のドイツの消費者物価上昇率は前年比で5.9%だった。これに対して日本の2023年の消費者物価総合指数の上昇率は前年比で3.2%だ。さらにドイツの2023年の物価上昇率は、日本の1.8倍だった。名目GDPでは、実質GDPと違って物価上昇の影響が差し引かれていない。したがって物価が上昇すれば、財やサービスの合計である名目GDPも上昇する。

もう一つの理由は、円安だ。IMFの統計はドル建てである。日本銀行によると2023年の年初(1月4日)には、交換レートが1ドル=131.30円だったが、2023年の年末(12月29日)には1ドル=141.40円だった。この期間にドルに対する円の交換レートは、約6.6%減ったことになる。

一方この時期にユーロの交換レートは、ドルに対して下落しなかった。例えば2023年の年初(1月4日)には1ユーロ=1.0546ドルだったが、2023年の年末(12月29日)には1ユーロ=1.1066ドルだった。

過去30年間の成長率の違いも影響

だがドイツのインフレと円安だけが順位逆転の理由ではない。より重要な理由は、過去30年間の両国の成長率の違いだ。

経済協力開発機構(OECD)によると、日本の名目GDPは1970~1980年に201.8%増えた。ドイツの名目GDP成長率(159.4%)に大きく水をあけている。1980年の日本の名目GDPは1兆5050億ドルと、ドイツ(8148億ドル)の約1.3倍になった。1980~1990年の日本の名目GDP成長率もバブル景気の影響で134.1%と高くなり、ドイツ(89.6%)を上回っていた。1990年の日本の名目GDPは2兆4588億ドルと、ドイツ(1兆5450億ドル)のほぼ1.6倍だ。

だがバブル崩壊の影響で、日本の1990~2000年の名目GDP成長率(40.8%)は、ドイツ(44.8%)に追い抜かれた。2010~2020年のドイツの名目GDP成長率は51.2%だったが、日本の名目GDP成長率は18.4%とドイツの約3分の1だ。

2000~2020年までの日本の名目GDP成長率は70.3%だったが、ドイツは日本の2.1倍の149.6%だった。1990年代まで日独間で広がっていた名目GDPの差が、2010年代以降急激に縮まったのである。

シュレーダー氏の改革プログラムで成長率が改善

ドイツの名目GDP成長率は、2010年以降に伸びが目立つ。例えば2010~2020年のドイツの名目GDPの成長率は51.2%で、2000~2010年の42.4%を上回った。その一因は、1998~2005年まで首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏が断行した、労働市場・社会保障制度改革「アゲンダ2010」だった。

シュレーダー氏は、社会民主党(SPD)の政治家としては珍しく、経済界の重鎮たちと太いパイプを持っていた。彼は、企業経営者たちの「社会保険料などの労働費用を減らさないと、雇用を増やせない」という訴えに理解を示した。彼は2003年に連邦議会で「アゲンダ2010」の発動を宣言し、この国で最も大胆な労働市場・社会保障改革に踏み切った。

シュレーダー氏の「アゲンダ2010」はこの国の労働費用の伸び率を、ほかの欧州諸国に比べて抑え、企業競争力を引き上げた。欧州連合(EU)統計局によると、ギリシャの労働費用は2000~2010年に37.2%、フランスは22.7%伸び、加盟国も平均14.2%増えた。これに対して、ドイツの労働費用の2000~2010年の伸び率は5.8%に留まった。シュレーダー氏の改革は、労働費用の上昇率を抑制したのだ。2010年以降、ドイツの名目GDP成長率が上昇し、日本を追い上げた一因もこの改革にある。

生産性の違いも一因

労働生産性(1人の労働者が1時間に生み出すGDP)の違いも、ドイツが日本を追い抜いた原因の一つだ。OECDによると、2022年のドイツの労働生産性は68.6ドルで、日本(48.0ドル)よりも約43%高い。日本は、OECDの37カ国中第21位だった。これに対しドイツの労働生産性はOECDで第11位で、G7ではドイツの労働生産性は米国に次いで第2位である。自動車など一部の業種では、日本の労働生産性はドイツを上回っているとされるが、サービス業などあらゆる業種を含めると、ドイツに水をあけられている。

21世紀に入って日独の名目GDP成長率に差が生じ、ドイツが日本を追い上げていたところに、2023年のインフレ・円安が加わり、順位逆転につながった。だが、2023年のドイツの実質GDP成長率はマイナス0.3%で、G7で最低だった。IMFは、2027年にはドイツもインドに抜かれ、世界第4位になると予想している。高齢化と少子化が進み、就業人口の減少に悩む日独は、大幅なデジタル化などによって生産性を引き上げたり、高技能・高学歴移民を増やしたりしなければ、将来GDPの順位が下がっていく。日本もドイツも、さらなる努力が必要だ。

最終更新 Donnerstag, 01 August 2024 08:59
 

欧州議会選挙の結果をどう読むか

6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)6月9日夜、ブリュッセルで演説したEPPのマンフレート・ヴェーバー党首と筆頭候補のフォン・デア・ライエン氏(現欧州委員長)

6月6~9日に行われた欧州議会選挙では、保守中道勢力と極右勢力が議席数を増やし、リベラル勢力が後退した。次期欧州委員会は、環境保護重視の路線の修正を迫られる。

保守・極右が躍進

欧州議会の発表(6月21日現在、今後変わる可能性あり)によると、保守中道政党が構成する欧州人民党(EPP)が議席を2019年の選挙での176から189に増やし、首位を守った。EPPは全議席の26.25%を確保した。この会派は、欧州連合(EU)統合に前向きな、ドイツのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)などが属する会派だ。EPPがトップに立ったことは、多くの市民が、欧州統合の深化、結束の強化に賛成したことを意味する。

ただし、EU懐疑派も議席数を増やした。フランスの国民連合(RN)などが構成する極右会派「アイデンティティと民主主義」(ID)が議席数を49から58に増やしたほか、ポーランドの右派ポピュリスト政党「法と正義」(PiS)などが加わっている「欧州保守改革グループ」(ECR)も議席数を69から83に増やした。右寄りのEU懐疑派の中心であるこれらの二会派の議席数を合わせると、141に達する。

一方、リベラル勢力や環境保護主義者たちは、大敗を喫した。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が属する「再生」(旧・共和国前進)などの会派・欧州刷新(RE)の議席数は、102から74に激減。環境保護勢力の会派「緑の党・欧州自由連盟」(Greens/EFA)も、議席数を71から51に減らした。

「環境保護だけではなく経済強化を」

この選挙結果には、欧州の有権者たちの「環境保護だけではなく、経済競争力と安全保障の強化も重視するべきだ」というEUへの要求が反映されている。欧州ではウクライナ戦争の長期化、景気停滞、米国や中国に比べた競争力の低下、脱炭素化がもたらす産業構造の転換などによって、市民の不安感が強まっている。

前回の欧州議会選挙が行われた2019年には、地球温暖化と気候変動に対する危機感が、若い有権者たちの間で強まっていた。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏の運動「フライデーズ・フォー・フューチャー」が、世界中のメディアによって大きく取り上げられていた。この結果、2019年の欧州議会選挙では、Greens/EFAの議席数が2014年の選挙時の52から71に大幅に増えていた。このため保守中道勢力も、経済の脱炭素化を重視せざるを得なかった。

2019年に欧州委員長に就任したウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、同年に「欧州グリーン・ディール」を宣言し、温室効果ガス(GHG)の削減をEUの最も重要な政治的目標に据えた。同氏は、2050年までにEU域内でカーボンニュートラルを達成するという目標を打ち出したのである。

次期欧州委員会は、環境保護路線を緩和へ

EUはこの目標の達成のために、矢継ぎ早にさまざまな政策・法律を発表した。例えば、エネルギー部門での再エネ比率の引き上げ、二酸化炭素(CO2)排出権取引(EU ETS)の強化、気候変動の抑制などに貢献する経済活動のリストやEUタクソノミーの導入、2035年以降、内燃機関を使う新車の販売を原則として禁止する法案などを次々に打ち出した。

EPPが首位を維持したため、同会派がほかの穏健会派と協力して議席の過半数を確保できれば、フォン・デア・ライエン氏が委員長に再選される可能性が強い。しかし同氏も、2024~2029年までの任期には、CO2削減を最重視する路線の修正を余儀なくされるだろう。フォン・デア・ライエン氏は、環境保護だけではなく、ロシアの脅威に対する抑止力の強化と、中国や米国企業に対する欧州企業の競争力の強きょうじん靭化にも力を入れることを求められる。

ドイツでも緑の党が後退

「環境保護政策の過度の重視はごめんだ」という市民の反応が最もはっきり表れたのが、ドイツだ。選挙管理委員会の発表(6月24日現在)によると、CDU・CSUが得票率を前回の28.9%から30.0%に増加。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は得票率を前回の11.0%から15.9%に4.9ポイント増やした。AfDに対してドイツで行われていた抗議デモなどを考えると、この躍進ぶりには驚かされる。

逆に、オーラフ・ショルツ政権を構成するSPDの得票率は15.8%から13.9%、緑の党は20.5%から11.9%、自由民主党(FDP)は5.4%から5.2%にそれぞれ減った。ドイツでも、連立与党の環境保護最優先の政策が、市民によって拒絶されたのだ。背景には、ウクライナ支援などをめぐるショルツ首相の優柔不断な態度や過去の予算措置をめぐる失敗などに対する、国民の強い不満がある。

CDU・CSUは得票率を2019年に比べて微増させ、AfDに多くの票が奪われることを阻止した。この選挙結果から、来年秋にドイツで行われる連邦議会選挙でCDU・CSUが首位に立ち、連立政権を樹立する可能性が強まった。CDUのフリードリヒ・メルツ党首が首相の座に就く公算が大といえる。その意味で今回の欧州議会選挙は、ドイツも今後は保守化の道をたどり、1980年の緑の党結成以来この国で重要な役割を果たして来たエコロジー最重視の政策が、曲がり角に到達したといえる。心配なのはAfDの躍進だ。今年9月に旧東独の3州で行われる州議会選挙が注目される。

最終更新 Donnerstag, 04 Juli 2024 11:03
 

マクロン訪独 不協和音を克服できるか?

5月27日にドレスデンで演説をしたマクロン仏大統領(右)とシュタインマイヤー独大統領(左)5月27日にドレスデンで演説をしたマクロン仏大統領(右)とシュタインマイヤー独大統領(左)

5月26日、フランスのマクロン大統領が国賓としてドイツを訪問した。目的は、ウクライナ戦争などを巡ってぎくしゃくしている両国の関係を正常化することだ。コール氏、メルケル氏が首相だった時代には、独仏は欧州連合(EU)の主軸であり、EUで最も緊密な二国間関係を誇っていた。したがって、相手を国賓として招くような格式ばった外国儀礼は不要だった。フランスの大統領がドイツに国賓として招かれたのは、24年ぶりである。ドイツがあえてフランスの大統領を国賓として招かなくてはならないという事実は、いかに独仏間の不協和音が高まっているかを象徴している。両国は、今回の訪問によって、独仏関係を再スタートさせることを狙っているのだ。

「EUは、存亡を左右する曲がり角に立っている」

マクロン大統領は5月27日、ドレスデンで重要な演説を行った。力点は、ロシアのウクライナ侵攻にどう対処するかに置かれた。同氏は演説の中で、「EUは今、かつて例がなかったほど重要な局面を経験している。もしもわれわれが誤った決定を行ったら、EUは滅びるかもしれない」と警告。彼は、ウクライナでの戦争がEUに飛び火するかもしれないという危機感をあらわにした。同氏は、「われわれは欧州の防衛について真剣に考えなくてはならない。ロシアはウクライナを侵略したが、近い将来、ここ(ドイツ)にやって来る可能性はゼロではない」と指摘した。さらに、「ウクライナは自国だけではなく、欧州をも守るために戦っている。もしもウクライナがロシアに征服された場合、ドイツやフランスも危険にさらされる」と述べた。

最近マクロン大統領は、ロシアに対する危機感をあらわにすることが多い。彼は4月22日にパリのソルボンヌ大学で行った演説でも、「プーチン大統領は、歯止めが利かなくなっている。われわれはロシアに対する防衛体制を強化しなくてはならない」と訴えた。

そのためにマクロン大統領はドレスデンでの演説で、「欧州統合は、防衛努力を統合しなくては完成されない。そのためには、欧州は新しい防衛コンセプト(構想)を策定する必要がある。軍備を拡張し、経済的インフラや研究開発への投資を増やすためには、EUの予算を2倍に増やす必要がある」と主張した。この際にマクロン氏は、「私は再びEUが共同債を発行して、資金を調達するべきだと考えている。独仏がイニシアチブを取るべきだ」と訴えた。

EUは2020年のコロナ禍の際に、初めてEU共同債を発行した。ドイツ政府はEU共同債については「債務を共同化することは、万一返済できない国が現れたときに、ほかの国が債務を肩代わりすることになる。これは欧州通貨同盟の精神に反する」として長年反対してきた。しかしメルケル首相(当時)は、コロナ禍で特に甚大な経済損害を受けたイタリアやスペインを救うために、しぶしぶ共同債に同意したのだ。マクロン大統領は、現在欧州が直面している危機を克服するには、再び共同債の発行が必要だと考えている。ドイツのショルツ首相は、この提案を拒否している。

巡航ミサイル・地上軍派遣を巡り対立

独仏の不協和音は、共同債を巡る対立だけではない。フランスは英国と共に、ウクライナ軍がクリミア半島の橋などを攻撃できるように、ゼレンスキー政権に巡航ミサイルを供与している。だがショルツ首相は、ウクライナ政府が要望している巡航ミサイル「タウルス」の供与を拒否。ショルツ氏は、「タウルスの目標設定には、ウクライナでドイツ連邦軍の兵士が協力しなくてはならない。しかし私は一兵たりともウクライナに連邦軍兵士を送ることには反対だ。ロシアから交戦国と見なされる危険があるからだ」と主張している。

地上軍の派遣を巡っても、独仏の意見は食い違っている。マクロン大統領は2月27日にパリで開かれたウクライナ支援会議で、「私は、今後情勢が変わって来たときには、特定のオプションを排除するべきではないと考えている。フランスがウクライナに地上軍を送る可能性はある」と述べ、ドイツ政府を驚かせた。ショルツ首相は、地上軍の派遣については否定的だ。

ショルツ首相は、社会民主党(SPD)のハト派に属する政治家だった。それが、彼の煮え切れない態度の原点だ。彼はウクライナ戦争の初期に、同国が希望する対戦車ミサイルやレオパルド戦車などの供与を拒否した。しかし結局はウクライナや同盟国の圧力に屈して、これらの兵器をウクライナに供与した。

フランスの大統領は伝統的に、戦略的な見地に立った発言、大所高所からの構想(グランド・デザイン)を重視した発言を行う傾向がある。ドイツの首相は細部にこだわってしまい、グランド・デザインを語るのが不得意だ。マクロン大統領は、今欧州が「生きるか死ぬか」の分水嶺に立っていると主張する。同氏はウクライナ侵攻直後には、プーチン大統領に頻繁に電話をかけて、交渉のテーブルに着かせようとした。マクロン氏は、その結果匙さじを投げて、「プーチン氏は武力そして抑止力という言葉しか理解しない」という結論に至った。マクロン大統領は、フランスの核兵器を他国とシェアすることすら提案している。欧州は米国に頼らない核抑止力を持つべきだという発想である。

私は、マクロン大統領の悲観論が的を射ていると思う。欧州諸国は、米国に依存しない防衛体制の整備を着々と進めている。今後欧州諸国は、軍備に多額の予算を回さざるを得ない。徴兵制についての議論も各国で始まっている。1980年代に見た東西冷戦下の欧州へ向けて、時計の針が逆戻りしているようだ。

最終更新 Donnerstag, 06 Juni 2024 08:40
 

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