「Namayasai」を経営
ロビン・ジェレミー・ウィリアムズさん
鈴木郁子さん
[ 前編 ]ロンドンから鉄道に乗って1時間ほどで到着する郊外の街、クックスブリッジ。シーサイド・リゾート地として知られるイングランド南東部ブライトンに程近いこの片田舎に、大根や春菊、ごぼうといった日本の野菜を栽培する広大な畑がある。日本とは何の縁もなさそうに思えるこの街で、日本の野菜を育てる事業が生まれるに至った経緯とは。全2回の前編。
ロビン・ジェレミー・ウィリアムズ すずきいくこ - イングランド南西部デボン州に生まれ、小売業を経てITエンジニアとして働いていたウィリアムズさんと、大分県出身、中学教員を経て国際協力事業に携わっていた鈴木さんが、2004年にイングランド南東部ルイスにて自然農法で日本の野菜を栽培する事業「Namayasai」を設立。2011年より近郊のクックスブリッジにある畑を拠点として活動を行う。大根、かぶ、みずな、にら、春菊など、朝に収穫した日本野菜をその日のうちにロンドン各地に点在する配達ポイントへと定期的に送り届け、販売している。
Tel: 01273 470 667
www.namayasai.co.uk
「私は猛反対したんです」
今から20年前、2人は今とは全く違う人生を歩んでいた。ウィリアムズさんはITエンジニア。そのITエンジニアと交際していた鈴木さんは、国際開発の仕事の延長として、英国へ留学に来ていた。しかし、もともとアウトドア派のウィリアムズさんは、デスクワークの毎日に嫌気が差し、転職を考え始めていたのだという。また鈴木さんは、国際開発事業において海外で働いてきた経験から、この分野に携わり続けている限り、いずれはまた発展途上国に赴かなければならなくなることを気にかけていた。
そんなときに、ウィリアムズさんが「日本の野菜を育てる」という新規事業を思い付く。「ほかにもワイン園をつくりたいとか、彼は色々なことを考えていましたよ。日本の野菜を育てて販売するビジネスを始めたいと言い出したときには、私は猛反対したんです。日本の野菜が英国で育つわけがないと思っていましたし」と鈴木さんは振り返る。
2人には農業の経験がほとんどなかった。鈴木さんは幼いころから家庭栽培になじみ、大学は農学部を卒業しているが、専門は環境科学。緑豊かなイングランド南西部デボンにあるウィリアムズさんの実家も「有機栽培」という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)していなかった時代から家庭菜園で有機栽培を行っていたというが、本人は野菜栽培を体験したことがなかった。
収穫した野菜をイングランド南東部ルイスのマーケットで販売する
また今から約10年前となる当時は、ロンドン市内でさえ日本食レストランはまだ珍しい存在で、ウィリアムズさん曰く、「英国人の大多数は、きっと日本人の主食が寿司だと思い込んでいた」時代。それでも、「インドや中国の経済成長に伴い、輸入食品が今後値上がりしていく」と、野菜栽培ビジネスの可能性を予感したウィリアムズさんが、「いずれ英国でも日本食が注目を浴びる時代が来る」と鈴木さんを説き伏せ、自然農法によって日本の野菜を育てる事業を始めるに至った。
家に充満する野菜の香りに感動
2004年12月に「Namayasai」を法人登記。翌年の春には自宅の裏庭にみずな、春菊、大根などを植え始め、5月末には収穫が始まった。初めて収穫した春菊は「見た目も味も素晴らしかった」一方で、大根は虫がついて売り物にならなかったという。地元近郊で開かれているファーマーズ・マーケットで売りに出すと、目新しい食べ物を「どうやって食べたらよいか分からない」と買うことをためらう人も多く、大量に売れ残った野菜を無料同然で近隣の店に引き取ってもらったこともあった。
収穫したばかりの野菜をロンドン市内のレストランへ配達する鈴木さん
その後、ウィリアムズさんと鈴木さんは、栽培技術の向上を図るため、日本へ泊まり込みの農業研修に出掛けるなどしながら試行錯誤を繰り返すことになる。安心して食べられる新鮮な野菜を提供するため、化学肥料や農薬は一切使わず、朝に収穫した野菜をその日のうちに配達することを徹底した。やがて日本野菜を詰め合わせた「野菜ボックス」の販売を始めたところ、これが大ヒット。ロンドンからも注文が寄せられるようになり、顧客リストは徐々に拡大していった。その野菜を購入した人々からは「調味料をつけずに生でバリバリ食べられる」「キッチンに充満する野菜の本来の香りに感動した」という声が届く。ロンドンに赴任している間、Namayasaiで購入した野菜を毎日食べていた駐在員の家族から、帰国後に「日本で買った日本の野菜は味がない」という感想が寄せられたこともあった。こうした反響に手ごたえを感じた2人は、2010年に近隣のクックスブリッジで新たな畑を購入。事業を拡大していく。