不登校のことを、ドイツ語では"Schulangst"や"Schulverweigerung"などと言いますが、私が知る限りでも何人かそれに該当する子どもがいました。今回は、ヘレン(仮名)という5年生の女の子のケースをご紹介しましょう。ヘレンと初めて会ったとき、彼女はお母さんの後ろに身を隠すようにしてこちらを見ていました。そんな小柄で可愛い内気な少女は、私の娘の親友Bの妹。Bはヘレンのことをとても心配していて、私の娘にいつも相談していました。
イラスト: © Maki Shimizu
ヘレンはギムナジウムに進学してすぐに不登校になりました。「学校に行きたくない!!」そう言って、ヘレンは毎朝家で大泣きします。母親は、そんなヘレンを学校へ連れて行こうと、柱にしがみつく彼女を引き剥がし、なんとか学校の玄関口まで送り届けます。そこには携帯電話で連絡を受けたヘレンのお姉さんBが待機しています。私の娘も協力し、2人はヘレンの手を取って彼女の教室へ行きます。しかし、ヘレンは教室に入ろうとしません。Bは教室内の女の子に声を掛けてヘレンを引き取ってもらい、ヘレンが教室に1歩でも足を踏み入れたらすぐにドアを閉めてしまいます。彼女には、クラスに友達がいないわけではなく、友達も先生も彼女を心配し、気遣っています。できるだけヘレンが学校に居られるように、みんなも協力しているらしいのです。ところがヘレン自身が友人を寄せ付けません。とにかく学校が怖いのです。家にいたいと言います。学校にいても授業をこっそり抜けて、1人で自宅に戻ってしまう。そんなことが毎日のように繰り返されました。
ヘレンの場合、学校カウンセラーだけでは対処できず、小児専門の精神科医に診てもらうことになりました。そこで、"Schulangst"と診断されたことにより、ヘレンは特例で3時間目から登校することが許されました。しかし、状態は改善されません。
イラスト: © Maki Shimizu
ヘレンの本心を代弁するBによると、ヘレンはギムナジウムにどうしても行きたくなかったというのです。なぜならば、小学校で彼女と親しくしていた友達が全員、レアールシューレに進学してしまったからです。ヘレンもみんなと同じ学校に行きたかったのに、彼女だけがギムナジウムに行くことになったのでした。
Bは、「ヘレンを友達のいる学校に転校させたほうがいいんじゃない?」 と母親に言ったこともありましたが、「気持ちは分かるけどダメよ。ギムナジウムがうちの伝統なのよ」と、物静かで聡明そうなお母さんは、ヘレンがどんなに泣きわめいても引きずるようにして学校へ連れ出します。こちらがやるせない気持ちになるほど、その態度は強硬です。私は常々4年生での進路振り分けに伴う子どもの心理的負担について考えていましたが、今回も子どもがその"犠牲"になったようなケースだと思わずにはいられませんでした。
それにしても、不登校児を無理やり学校に連れて行くとは……。しかも、ヘレンのお母さんを批判する人は誰もいません。その背景には、ドイツならではの事情があります。つまり、親は子どもを学校へ通わせる義務があり、それができなければ警察が子どもを保護して学校へ連れて行くことが可能なほど、「義務教育を受ける権利と、それを受けさせる就学義務」に法的拘束力があるのです。嫌がる子どもを強制的にでも学校に連れて行く、そうしなければ親が罰せられます。だからこそ、不登校児は少なからずいるのに、ドイツではそれが公のテーマとして取り上げられにくい状況にあるのです。