Fujitsu 202406
独断時評


ドイツ、2030年のCO2削減目標の達成失敗か

欧州で気候変動への不安が高まるなか、ドイツ政府の諮問機関・気候問題専門家評議会(ERK)は8月22日、「政府の気候保護プログラム(KSP)施策は不十分であり、ドイツは2030年の二酸化炭素(CO2)削減目標を達成できない」という厳しい見解を発表した。

交通によるCO排出量の多さが目標達成の足かせの一つになっている交通によるCO2排出量の多さが目標達成の足かせの一つになっている

2030年までにCO2排出量を65%減に

2019年に施行され、2021年に改訂された気候保護法は、2030年までにCO2などの温室効果ガス(GHG)の排出量を、1990年比で65%減らすことを政府に義務付けている。ドイツでは2022年に7億4600万トンのGHGが排出されたが、2030年までに4億4000万トンに減らさなければならない。

さらに政府は、2040年までにGHGの排出量を88%減らし、2045年までにカーボンニュートラルを達成しなくてはならない。カーボンニュートラルとは、CO2排出量が事実上ゼロの状態だ。排出が避けられないCO2と同じ量のCO2を植林や大気中からの回収することで、プラスマイナスゼロの状態にする。KSPは、気候保護法の基礎となるもので、再エネ拡大、水素を生産するための水電解設備の建設など130の施策が盛り込まれている。

交通と暖房からの排出量に大きなギャップ

ERKのハンス・マルティン・ヘンニヒ座長は、ベルリンでの記者会見で「KSPの方向性は正しいが、具体的な施策が不十分だ。今のままでは、2030年にドイツで排出される温室効果ガスの量は、目標値を約2億トン上回ってしまう」と批判した。

気候保護法は、エネルギー、製造業、交通、建物、農業の五つの部門について、2030年までに排出を許される温室効果ガスの上限を定めている。それぞれの大臣が排出量の削減を監督しなくてはならない。ERKの報告書によると、エネルギーと農業の各部門は2030年の目標を達成できるが、それ以外の3部門は達成に失敗する。特にギャップが大きいのが自動車や船舶など交通部門で、2030年の排出量は目標値を1億1700万トン~1億9100万トン上回る見通しだ。

気候保護法の改正案は今年6月21日にショルツ政権によって公表され、現在連邦議会で審議されている。ヘンニヒ座長は、「政府は、2030年の排出量と目標値のギャップをどう埋めるのかは明らかにしていない。政府はKSPを見直すべきだ」と述べた。

気候変動による影響が顕在化

今年の夏には、世界各地で地球温暖化や気候変動と関連があると思われる現象が多発した。気候学者たちによると、欧州は地球温暖化の兆候が世界で最も明確に表われている地域の一つだ。

例えば、イタリアのサルデーニャ島では、7月25日に気温が48.2度に達した。これは2021年にシチリア島で観測された欧州での最高気温(48.8度)に次ぐ。南欧ではギリシャのロードス島、スペインのテネリファ島などで森林火災が多発し、多くの観光客が避難を強いられた。地中海では、一時水温が通常よりも1~5度高い25~30度に達した。水温の上昇は大気中の水蒸気を増やすので、いわゆるゲリラ豪雨の頻度を高める。今年5月にはイタリアのエミリア・ロマーニャ地方、6月にはスロベニアなどバルカン半島を洪水が襲い、深刻な被害をもたらした。

気候変動は、難民危機にも拍車をかける。アフリカの一部の地域では、数年前から一度も雨が降らず、深刻な食料難が起きている。今後食糧や水不足が原因で、アフリカや中東から欧州を目指す市民が増える可能性があるという。難民数は、すでに増加傾向にある。欧州統計局によると、2020年に欧州連合(EU)加盟国で亡命申請した難民の数は約47万人だった。2022年には104%増えて約96万人になった。

温暖化は、生命と健康にも関わる問題だ。7月28日、ドイツのカール・ラウターバッハ健康大臣は、「昨年わが国では、暑さに関連した死者の数が約8000人に達したと推定される」と発表した。日本の2022年6~9月の熱中症による死者数1387人(厚生労働省調べ)を大幅に上回る。ドイツでは日本に比べてエアコンが普及していないことが一因かもしれない。ラウターバッハ大臣は、死者数を半分に減らす対策を実施すると約束した。

一部の市民は気候保護策に反発

ドイツではハーベック経済・気候保護大臣が、建物エネルギー法案によってヒートポンプを急速に普及させようとしたが、野党などの反対のために内容を大幅に緩和せざるを得なかった。この法案は緑の党への支持率を引き下げ、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)の支持率を押し上げる一因となった。一部の市民は、気候保護のための政策に強い反発を示している。

今年11月には、ドバイで地球温暖化に関する国連の会議COP28が開かれる。この会議では、CO2削減の加速を求めるEUと、産油国の間で意見が激しく対立することが予想される。

最終更新 Donnerstag, 31 August 2023 11:17
 

独政府の中国戦略をどう読むか

ショルツ政権は、6月14日に国家安全保障戦略、7月13日に中国戦略という二つの文書を公表した。特に注目されていた中国戦略で、ドイツは中国との「関係断絶は避けるが、重要原材料についての高い依存率を減らす」という硬軟二段構えの方向を打ち出した。

6月20日にベルリンで行われた独中政府間協議で握手する、ショルツ首相と中国の李首相6月20日にベルリンで行われた独中政府間協議で握手する、ショルツ首相と中国の李首相

「パートナーだが、ライバルでもある」

ショルツ政権はこれらの文書の中で、「中国はパートナー、競争相手、そしてシステムをめぐる競争でのライバルだ。しかしここ数年間には、競争相手・ライバルとしての性格を強めている」と指摘した。ドイツが中国の政策に批判的な態度を取っていることは、戦略文書の23ページにはっきり表れている。ショルツ政権は、「中国は攻撃的な形で、アジアでの地域的な優位性を確保しようとしているほか、われわれ欧州人の利益や価値と矛盾する行動を取っている。そのために、地域的な安定と国際的な安全保障が脅かされている。中国は、政治的目標を達成するために、経済力を利用している」と批判した。

ドイツ政府は、「中国共産党の影響力拡大とともに、市民権は後退し、言論や報道の自由は制限されている。少数民族や宗教共同体の文化的アイデンティティーも圧迫されている」とも指摘。その上で「中国は新疆 (しんきょう)ウイグル自治区とチベットで人権を侵害しているほか、香港では国際的合意に反して自治権や市民の自由を抑圧している」と批判した。ショルツ政権は、「われわれは今後も中国での人権に関する状況を改善し、言論や発言の自由を回復するために、努力する」と明記した。

さらに中国戦略文書は、「中国は、ルールに基づく国際秩序の変更を試みている。中国はその経済力を、政治的目標を達成するために利用している。他国への中国経済への依存度を高めることによって、他国に中国の意図を受け入れさせようとするのだ」と批判した。

また同文書は「台湾海峡の安全保障はアジアだけの問題ではなく、ドイツや欧州の安全保障にも影響を与える。現状を変更する場合には、全ての関係者の合意に基づき、平和的手段によってのみ行われるべきだ。軍事的なエスカレーションは、ドイツと欧州の権益にも影響を与える」と釘を刺した。またショルツ政権は、中国がプーチン政権のウクライナ侵攻を糾弾せず、逆にロシアとの関係を深めていることについても、懸念を表明した。

対中依存度の削減を目指す

ドイツは過去のロシア政策の失敗の経験から、将来レアアース(希土)など重要原材料に関する中国への高い依存度を減らしていく。その目的は、調達先の分散化により、サプライチェーンを強靭化することだ。

太陽光発電設備、風力発電設備、BEV(電池だけを使う電動車)のための原材料や半製品について、ドイツは中国に大きく依存している。中国戦略文書は、35ページで「中国との経済関係を維持するものの、リスクを避けるために、戦略的に重要な分野での対中依存を減らす」という方針を明記した。ドイツ政府によると、2020年に勃発したコロナ・パンデミックでは、ドイツがマスクや医療関係者用の防護衣をほぼ100%中国に依存していた実態が明らかになった。

さらにドイツ政府は「再生可能エネルギーの拡大やBEVの普及に不可欠なレアアースなどの重要原材料や半製品、部品について、中国への依存度が危険な高さになっている」と指摘している。

中国戦略文書は、「われわれはこれらの分野での対中依存リスクの引き下げを、優先的に行なう。レアメタル、レアアース、重要な医薬品などの対中依存度を継続的に監視し、調達先の多角化や、欧州連合(EU)域内での調達量の引き上げによって、対中依存度を減らす」と明記した。現在EUは、戦略的に重要な原材料のEU域内でのリサイクル比率を引き上げるための法的な枠組みを整えつつある。これも中国への依存度を引き下げるための試みの一環だ。

デカップリングではなくデリスキング

同時にドイツ政府は、中国戦略文書で、「中国に対して門戸を閉ざさない」という姿勢も明確にした。つまり中国を率直に批判しているが、人権問題などを理由に関係を断絶しようとしているわけではない。例えば、中国戦略文書は「気候変動抑制のためのCO2削減や、将来のパンデミックの再発防止など、グローバルな問題では中国との協力を欠かすことはできない」と主張する。「中国はパートナーでもある。中国抜きには解決できないグローバルな問題に取り組むには、中国とのパートナーシップを利用すべきだ」と述べている。

「われわれが目指すものは、関係を断絶するデカップリングではなく、依存リスクを減らすデリスキングだ」と述べている。ショルツ政権は、文書の中に硬軟二段構えの路線を織り込んだのである。ただしドイツ政府は対中戦略文書の中で、対中依存度をどの程度下げるのか、あるいはどのようにして依存度を下げるのかについては、詳細を記していない。ショルツ政権は、「現在多くの独企業が中国に直接投資を行い、現地で製造活動を行っている。しかし企業は(投資などに関する)決定を行う際には、地政学的リスクに十分配慮しなくてはならない」と述べるに留めた。このことは、政府が民間企業の中国事業のやり方について大幅な介入を避け、企業の判断に任せたことを示している。

将来ドイツ企業の経営者は、経営戦略において中国で事業を行うことの地政学的リスクを詳しく分析し、決定の中に反映させなくてはならない。彼らの責任は、より重くなったというべきだろう。

最終更新 Mittwoch, 02 August 2023 17:30
 

極右政党AfD躍進の背景に ショルツ政権への強い不満

旧東ドイツ・テューリンゲン州のゾンネベルク郡は、人口約5万7000人。ドイツで最も小さな郡の一つだ。6月25日にここで行われた郡長(ラントラート)選挙の決選投票は、ドイツ全体に強い衝撃を与えた。

6月25日、ゾンネベルク郡の選挙で勝利したAfDのゼッセルマン氏(中央)6月25日、ゾンネベルク郡の選挙で勝利したAfDのゼッセルマン氏(中央)

初めてAfDに属する郡長が誕生へ

この決選投票で、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)のロベルト・ゼッセルマン候補が、現職のユルゲン・ケッパー(キリスト教民主同盟・CDU)氏に勝った。ゼッセルマン氏の勝利を防ぐために、CDUから左翼党(リンケ)までが一丸となって現職の郡長を推したが、AfDに勝てなかった。ドイツの自治体としては初めて、AfDに属する首長が誕生することになった。移民数の削減やユーロ圏からの脱退を求めるAfDは、連邦憲法擁護庁から「極右勢力の疑いのある政党」と位置付けられ監視されている。

AfDテューリンゲン州支部長のビェルン・ヘッケ氏は、「市民は、ドイツの政治の改革を望んでいる。この勝利を、ほかの郡での選挙にもつなげていく。来年テューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州で行われる州議会選挙で、政治的な大地震を引き起こす」と発言した。ヘッケ氏は、ベルリンの中心部にあるホロコーストの犠牲者に対する追悼モニュメントについて「あのような恥ずかしい物を首都の真ん中に設置する国は、ドイツだけだ」と公言するなど、AfDで最も過激な政治家として知られる。ゼッセルマン氏もドイツ政府のコロナ感染防止策に反対するデモに参加するなど、ヘッケ氏の路線を信奉している。

ドイツ・ユダヤ人中央評議会のヨゼフ・シュスター会長は、AfDの勝利を、「ダムの決壊だ」と呼んだ。シュスター氏は、「AfDの全ての党員が極右思想を持っているわけではない。しかしAfDテューリンゲン州支部は、同州の憲法擁護庁から極右勢力と位置付けられている。それにもかかわらず、多くの有権者がこの党の候補者に票を投じたことは、私に強い不安を与える。ドイツの民主勢力は、AfDのゾンネベルク郡での勝利を、傍観していてはならない」と警告した。

背景にショルツ政権への強い不満

AfDが勝った理由の一つは、同党がショルツ政権のさまざまな政策に対する市民たちの不満を煽ったからだ。その象徴が、CO2削減をめぐる議論だ。緑の党のロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣は「来年1月1日から、ガスや灯油を使った暖房設備の新設を禁止する」という内容を含んだ建物エネルギー法案を連邦議会で可決させようとしたが、AfDなど野党は「緑の党はあらゆることを禁止し、市民の生活に口を挟もうとしている」と猛烈に反対。この結果、ショルツ政権は法案の内容を大幅に緩和せざるを得なかった。

社会民主党(SPD)のサスキア・エスケン党首は6月26日、「連立与党の政策に関するコミュニケーションだけではなく、政策の遂行の仕方も悪かった」と述べ、AfDの勝利の一因は、ショルツ政権の政策の混乱にあると認めた。

このほかにもAfDは欧州連合(EU)と連邦政府のさまざまな政策を強く批判している。例えば同党はEU域外からの難民の各国への配分や、労働力不足を緩和するための、技能を持つ移民の奨励、2035年以降は原則として内燃機関を使う新車の販売を禁止することに反対している。さらにウクライナへの武器供与や、ロシアに対する経済制裁措置も批判している。緑の党が「家畜が出すメタンガスなど温室効果ガスを減らすために、肉食を減らすべきだ」と主張していることについても、AfDは反発している。

リンケのマルティン・シルデヴァン党首は「ドイツでショルツ政権の政策について、市民の不満が沸騰していることが、AfDの勝因だ。市民の間には、暖房、食生活、車の運転などの領域に政府が必要以上に介入すべきではないという感情が強まっている。同時に、CDUやキリスト教社会同盟(CSU)がAfDと似た言葉を使ってショルツ政権を批判していることも、大きな問題だ」と述べ、保守政党の態度も強く批判した。

旧東独では3人に1人がAfDを支持

市民の不満を背景に、AfDへの支持率は急上昇している。インフラテスト・ディマップが6月23日に公表した世論調査結果によると、AfDへの支持率は19%で、CDU・CSU(29%)に次いで第2位。SPD(17%)、緑の党(15%)に水を開けた。昨年6月には12%だったので、1年で7ポイントも増えている。

AfDの人気は、旧東ドイツで特に高い。フォルサが6月13日に公表した世論調査によると、旧東ドイツでのAfDへの支持率は32%で、ほかの全ての政党を上回った。一方、旧西ドイツでのAfDへの支持率は13%。この数字には、ドイツ統一から33年たっても、東西間に残る「心の中の壁」が表われている。

AfDに票を投じる有権者の半分以上が、「私は連邦政府に抗議するために、AfDに投票している」と答えている。つまりAfDがSPDやCDUよりも良い政策を遂行すると思って選んでいるわけではない。だがナチス時代について学校で教育を受けた市民が、ネオナチまがいの発言を行う政治家が率いる政党に票を投じるのは、ドイツの対外的なイメージを傷つける。ショルツ政権が近年アピールしている「ドイツは外国からの勤勉な移民に開かれた国」という路線に逆行する。

民主勢力はAfDの躍進にどのようにして歯止めをかけるか。伝統的な政党もメディアも、明確な答えを示せないでいることが、非常に気になる。

最終更新 Donnerstag, 06 Juli 2023 10:56
 

G7が広島サミットでウクライナ支援強化を確認

日独米などG7(主要7カ国)首脳は、5月19日から21日まで広島で開催したサミットで、ウクライナ支援を「必要な限り継続する」という姿勢を打ち出した。

5月19日、G7首脳がそろって原爆死没者慰霊碑に献花した5月19日、G7首脳がそろって原爆死没者慰霊碑に献花した

対ロシア制裁措置を強化

今回のサミットの中心は、ウクライナ危機だった。G7諸国は共同声明の中で、「ロシアのウクライナ侵攻は国際社会のルールや規範を破るものであり、世界全体への脅威だ」とロシアのプーチン政権を非難。その上で、「ウクライナへの外交、財政、人道、軍事面での支援を今後さらに強化する」と強調した。

G7諸国は、ロシアに対するテクノロジーや機械輸出に関する経済制裁措置をさらに強化する。ウクライナの復興も重要な課題だ。欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)をはじめとして、世界各国は戦争でインフラが破壊されつつあるウクライナに対して、総額1150億ドル(16兆1000億円・1ドル=140円換算)の復興支援を行う。日本政府は法律により、ウクライナに兵器を送ることを禁止されているので、復興支援で大きな役割を演じることが期待されている。

今回のサミットで注目されたのは、ウクライナのゼレンスキー大統領が協議に参加するために初めて日本を訪れたことだ。彼は中東での会議後、フランス政府の飛行機で広島に到着した。同氏は、世界で最も暗殺の危険が高い人物であるため、米軍の空中警戒機などが常時監視し、彼の乗った飛行機の安全を確保した。

米国がウクライナへの戦闘機供与に青信号

ウクライナの大統領があえて日本に来たのは、西側の戦闘機供与の重要性を訴えるためだった。ロシアのウクライナ侵攻開始から1年以上たったが、戦争終結の見通しは立っていない。ゼレンスキー政権は、ロシア軍が領土から完全に撤退するまで、和平交渉に応じない。ウクライナ軍は春から夏に反転攻勢を実施するとみられているが、ゼレンスキー政権はウクライナに展開するロシア軍を攻撃するために、米国のF16戦闘機などの供与を要求してきた。

ゼレンスキー大統領の訴えは実を結び、米国政府は5月22日、同盟国がウクライナにF16などの戦闘機を供与することを承認すると発表した。米軍は今後ウクライナのパイロットがF16の操縦に習熟できるように、訓練を実施する。バイデン政権は今年2月の時点では、同盟国がウクライナに米国製の戦闘機を供与することに反対していた。しかしバイデン大統領は、ウクライナが「ロシア国内の目標を攻撃しない」という条件で、戦闘機の供与にゴーサインを出した。

ロシア政府は「F16などの供与により、欧米諸国は事態をエスカレートさせる。われわれは対抗措置を取るだろう」と警告している。

ゼレンスキー大統領は5月14日に初めてドイツを訪問したが、ショルツ政権はウクライナへの軍事支援額をこれまでの2倍に増やすと発表した。同国はレオパルド1型戦車30両、マルダー装甲歩兵戦闘車20両、IRIS-T対空ミサイル4基など総額27億ユーロ(3780億円・1ユーロ=140円換算)相当の兵器をウクライナに供与する。ドイツは米国に次いで、ウクライナに対する軍事支援額が世界で2番目に多い国になった。欧米諸国が「最後のタブーの一つ」と見られていた西側戦闘機まで供与するのは、ウクライナ戦争の長期化の危険が高まっていることを示している。

G7首脳が原爆資料館を訪問

日本は世界で唯一、核兵器による攻撃を受けた国だ。ロシアがウクライナ戦争で核兵器使用の可能性をちらつかせるなか、1945年に原爆で廃墟と化した広島にG7諸国が集ったことには、大きな意義がある。5月19日に、G7首脳は広島の平和記念資料館を訪問した。ここには犠牲者が着ていた服や原爆の熱線で溶けたガラス瓶、真っ赤に焼けただれた被害者の背中の写真などが展示されている。ショルツ首相は記帳の際に、「この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。私たちは今日ここでパートナーたちと共に、この上なく強い決意で平和と自由を守っていくとの約束を新たにする。核戦争は決して再び繰り返されてはならない」と書いた。首脳たちは、これらの展示物を見て、核兵器の恐ろしさを肌身に感じたかもしれない。

実際サミットの共同声明には、「核兵器のない世界を作るために努力する」という一文が盛り込まれた。だがこれとは別のG7サミット外相声明には、核兵器を「戦争や脅迫を防ぐための抑止手段」として保有を容認する文章が含まれている。この一文によって、G7は「わが国の核兵器は抑止力だ」と正当化できる。「核兵器のない世界」に矛盾する、一種の抜け穴だ。

ロシア、中国、北朝鮮が核兵器を自主的に放棄することはない。したがって、米英仏も核兵器を放棄することはあり得ない。このようにして、核兵器をめぐる議論は平行線をたどる。「核兵器のない世界」は崇高だが、残念ながら実現が極めて困難な努力目標だ。

今回ウクライナ問題が重視されるあまり、地球温暖化対策では大きな進展がなかった。対中戦略についても、前進はなかった。共同声明は、「世界のいかなる地域でも、領土を武力によって変更してはならない」と述べるにとどめた。中国の封じ込めを目指す米国と、中国との経済関係を重視する日独仏の意図が対立したために、G7は強硬なメッセージの発信を避けた。宮島の美しい風景を背に、結束を強調する首脳たちのにこやかな表情も、国際政治・経済の上に垂れ込める暗雲を完全に覆い隠すことはできなかった。

最終更新 Freitag, 26 Mai 2023 17:15
 

ドイツ脱原子力達成と市民の懸念

4月15日深夜、RWEなどドイツの大手電力会社3社は、ニーダーザクセン州のエムスランド原子炉など、最後の原子炉3基のスイッチを切った。ドイツは2011年に日本の福島第一原発で起きた西側最悪の原子炉事故をきっかけに、脱原子力政策を加速し、約62年間続いた原子炉の商業運転の幕を閉じた。

ベルリンやミュンヘンでは、環境保護団体などが脱原子力の完遂を祝った。ロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)は、「原子炉が廃止されても、ドイツのエネルギー安定供給は確保される。わが国はロシアの天然ガス供給停止にもかかわらず、冬を乗り切った。脱原子力が後戻りすることはない」と語った。社会民主党(SPD)のサスキア・エスケン党首も「脱原子力を果たしたことを、うれしく思う」と述べた。

4月15日、ミュンヘンのオデオン広場では反原発グループの集会が開かれ、数百人が参加した4月15日、ミュンヘンのオデオン広場では反原発グループの集会が開かれ、数百人が参加した

世論調査で過半数が脱原子力を批判

だが市民の間では、脱原子力について批判的な意見が強まっている。例えばドイツ公共放送連盟(ARD)のニュース番組ターゲスシャウが4月14日に公表した世論調査結果によると、「脱原子力政策は間違っている」と答えた市民の比率は59%で、「正しい」(34%)を25ポイント上回った。ARDによると、18~34歳の市民の50%が脱原子力に賛成したのに対し、35歳以上の60%以上が脱原子力に反対した。

また脱原子力についての意見は、支持政党によっても異なる。緑の党支持者の82%、SPD支持者の56%が脱原子力に賛成した。一方、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)支持者の83%、ドイツのための選択肢(AfD)支持者の81%、自由民主党(FDP)支持者の65%が脱原子力への反対を表明した。

2011年の福島原発事故から3カ月後に行われた世論調査では、54%が脱原子力に賛成し、反対する市民の比率(43%)を上回っていた。これらの数字は、ドイツ市民の間で福島原発事故の記憶が薄れ、原子力を容認する市民が増えていることを示している。

背景にウクライナ戦争によるエネルギー危機

世論の変化を加速したのは、ロシアのウクライナ侵攻後の電力・ガス価格の高騰だ。ARDの世論調査では、回答者の66%が「エネルギー価格の高騰が心配だ」と答え、「心配していない」と答えた人の比率(32%)を大きく上回った。ウクライナ戦争勃発後、ガスと電力の卸売価格が高騰したために、エネルギー供給会社も、一時大幅な値上げを発表。昨年10~11月には、ミュンヘンの地域エネルギー会社SWMが電力・ガス料金の約2倍の引き上げを顧客に通告するなど、「異次元の料金改定」が市民や企業経営者に衝撃を与えた。

もちろん、実際に料金が2倍になったわけではない。独政府が1月1日以降、電力、ガス、地域暖房の価格に部分的な上限を設定する激変緩和措置を実施したため、エネルギー価格の上昇率は抑えられた。さらに昨年8月下旬以降はガスの卸売価格が下落し、これに連動して電力の卸売価格も下がったために、電力・ガス料金が倍増する事態は避けられた。SWMも今年4月1日以降は電力価格を引き下げると発表している。

だが市民の心の中には、昨年のエネルギー価格値上げ通告の際のショックが刻み込まれている。ARDの世論調査結果は、「エネルギー情勢が不安定になっている時期に、使える電源を廃止するのは正しいのか」という市民の不安感を表している。

野党は原子力カムバックを要求

3基の原子炉の廃止後も、原子力エネルギーをめぐる議論は続く。ドイツ商工会議所(DIHK)のアドリアン会頭は「私は、脱原子力後に電力の安定供給が確保されるかどうかについて、疑問を持っている。本来は、エネルギー不足や価格高騰を防ぐために、使用可能な全ての電源を使うべきだ」と述べた。

連立与党内の意見も分かれている。緑の党とSPDは脱原子力に賛成しているが、財界寄りのFDPは、原子力エネルギーという選択肢を放棄するべきではないと主張してきた。FDPのヴォルフガング・クビツキ副党首は「脱原子力は、大きな誤りだ。外国ではドイツのエネルギー政策は世界で最も愚かだと批判されており、われわれはこの汚名を返上しなくてはならない」と語った。

野党CDU・CSUも原子力推進派だ。CDUのカーステン・リンネマン副党首は「エネルギー供給に不安が残っている時期に、使える発電設備を廃止して解体するのはナンセンス」と発言。バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相(CSU)は4月16日、「われわれは原子力についての議論を将来も続ける。エネルギー供給の不安が続く限り、あらゆる電源を使うべきだ。将来は核融合の研究も進めたい」と語っている。

欧州では、脱原子力国は少数派だ。ドイツ、イタリア、オーストリアなどを除くと、大半の国が脱炭素化のために再エネとともに原子力を拡大する政策を取っている。ベルギーは2025年までに脱原子力を予定していたが、ロシアのウクライナ侵攻後、路線を変更し2035年まで運転を続けることを決めた。英仏、東欧諸国、スカンジナビア諸国は、原子力が電源構成に占める比率を拡大する方針だ。ポーランドは現在原子炉を持っていないが、2030年代に最初の原子炉を稼働させる。欧州委員会も、再エネだけではなく原子力を重視している。こういった流れを考えると、将来CDU・CSUとFDPが連立政権を構成した場合、脱原子力政策に変更を加える可能性はゼロではない。原子力をめぐる議論が、ドイツの脱原子力完遂後も続くことは確実だ。

最終更新 Mittwoch, 03 Mai 2023 16:43
 

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