労働力不足に悩むドイツは、欧州連合(EU)域外からの高技能・高学歴の外国人の移住を促進する方向で、法律を大幅に改正する。
特に医療・介護分野における人手不足の解消は急務となっている
カナダを模範としたポイント制度
高齢化と少子化が進むドイツでは、IT産業などで技能を持つ人材が不足している。そこでショルツ政権は、産業界の要請に応えて、優秀な人材のドイツへの移住を容易にするため、法律を改正することを決めた。
最も重要なのが、カナダがすでに実施している移民制度に似た、ポイント制度の導入である。狙いは、経済界が欲しているEU域外の専門職業人のドイツ移住を促進することだ。法案によると、職業に関する資格や技能、過去の就労年数、学位、ドイツ語能力などが判断基準になる。例えば、「ドイツの職業資格と同等」と認証できる職業資格を持つ外国人は、4ポイントを取得できる。3年間の職業経験を持つ外国人は、3ポイントを得られる。さらにゲーテ・インスティテュートのドイツ語検定試験でB2の水準に達している35歳未満の外国人は2ポイント、ドイツ語能力がB1で40歳未満の外国人は1ポイントを取得できる。
合計点数が6ポイントを超えた外国人には、「Chancenkarte」(チャンスカード)という滞在資格を与えられ、最長1年間ドイツに住んで就職先を探すことができる。チャンスカードでは1週間に最高20時間までしか働くことができない。したがって6カ月の試用期間が終わって企業に正式に採用された外国人は、通常の労働・滞在許可を申請して働くことになる。
これまでドイツでは原則として、企業から招聘されないと、働くための入国ビザを取得できなかった。しかしチャンスカードが導入されれば、事前に企業から招聘されなくても、入国して仕事を探すことができる。これは高技能・高学歴を持つ外国人にとって、就職のチャンスが大幅に増えることを意味する。
さらに、外国人が長期間ドイツに住みたいと思うように、インセンティブも用意する。例えば現在では、ドイツの滞在許可を取得してから8年たたないと、ドイツ国籍を取得できないが、ショルツ政権はこの期間を5年間に短縮することを検討している。特殊技能を持つ上にドイツ語が堪能であるなど、優秀な外国人については、移住3年後に帰化を可能にすることも検討されている。さらに、EU域外からの外国人に二重国籍を認めることも検討中だ。これまでドイツでは、日本と同じく原則として二重国籍が禁止されていた。元の国籍を捨てないで済むならば、ドイツの国籍を取ろうという外国人が増える可能性もある。
IT部門を中心に専門職業人が不足
ショルツ政権が外国人受け入れに関する規定を大幅に緩和する理由は、同国が特殊技能を持つ人材不足に悩んでいるからだ。連邦労働局のアンドレア・ナーレス長官によると、ドイツでは毎年40万人の労働力が不足している。特にIT部門での人材不足は13万7000人と過去最高の水準に達している。経済界では今後、特殊半導体の設計、IoT(物のインターネット)、ビッグデータの分析による新しいビジネスモデルの開発、人工知能、量子コンピューターなどに関する知識を持った人材への需要が急増するが、国内だけで適した人材を見つけるのは困難とみられている。
しかもドイツでは今後ベビーブーム世代に属する多数の市民が引退するので、2035年までに労働人口が現在に比べて約700万人減ると予想されている。あるコンサルティング企業は、昨年10月に公表した報告書の中で、「人材不足のためにドイツに毎年生じる経済損害額は、860億ユーロ(12兆4000億円・1ユーロ=140円換算)に達する」と指摘した。
チャンス滞在権によって就業機会を与える
しかも労働力が不足しているのは、IT分野だけではない。公共交通機関、スーパーマーケットからクリーニング店、パン屋さんまで、働き手を募集している。
人手不足が特に深刻なのが、医療・介護部門だ。コンサルタント企業PWCが昨年公表した報告書によると、2035年に医療・介護分野で不足する勤労者の数は、約180万人に達する見込みだ。私の知人の医師によると、ミュンヘンの大病院でも、コロナ・パンデミック以降、集中治療室で働く看護師の数が減ったため、手術を延期しなくてはならない例が増えている。
ドイツ政府は今年1月1日から、移民法の中に「チャンス滞在権」(Chancen-Aufenthaltsrechts)という新しい滞在資格を導入した。昨年10月31日の時点で、最低5年間ドイツに居住し、その間に法律に違反しなかった外国人に対して、18カ月間の滞在権を与えるという制度だ。ドイツに亡命を申請したものの、すぐに難民として認定されなかったが、健康上・人道上の理由などから、仮滞在を認められるケースは少なくない。彼らがドイツ語を学び、職業に就いて生活の糧を得られるようになれば、長期間の滞在許可を取得することができるかもしれない。
日本にとっても他人事ではない
世界では、人材の獲得競争が激化している。高度な専門技能を持った人々は、「どの国で働こうかな?」と各国の給与水準や労働条件を比べている。日本政府も法制度の整備を進めてはいるが、外国人の専門職業人はドイツほど社会に溶け込んでいない。高齢化と少子化が急速に進む日本にとっても、人材不足に悩むドイツの窮境は決して対岸の火事ではない。